845年~851年
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コンコン、
「はい、どなた?…!…ユニ…。」
「久しぶり、お母さん…。」
久しぶりに顔を合わせたというのにこんなに気まずい雰囲気の親子が、他にいるだろうか?前に顔を合わせたのなんて多分、私が調査兵団に入った時で……、そう考えると、5年やそこらじゃ済まないというわけで、今さらながら冷や汗すら出てくる。
「来るなら事前に連絡くらいしなさいよ。とりあえず、入ったら?」
「あぁ、ちょっと待って。…実は、お母さんに紹介したい人がいるの。」
こちらが冷や汗をかいているのなんて全く意に介する事なく家の中へ入ろうとする母を玄関先で引き留めて、ドアの影にいる彼に視線を向けた。わざわざこのためだけに引っ張り出したスーツ姿の彼は、あまりにもかっこよすぎている。
「紹介したい人?」と不思議そうに私の視線の先の人物が見えるようドアを押し開けた母は、ようやく見えたその人の姿を見て僅かに目を見開いた。やはり、団服を着ていなくとも彼が誰なのか、ひと目で分かってしまったようだ。
「初めまして、エルヴィン・スミスと申します。… ユニさんと、交際をさせて頂いています。」
「!……ユニ?」
「驚くのも無理はないんだけど、本当なの。ご存知の通り彼は調査兵団団長で…、私の恋人、で…。」
「……とりあえず、中へ。」
さすがの母も動揺した様子で、私達に背を向け中へと入っていった。「お邪魔します」と私よりも先に私の家の中へと入っていくエルヴィンの背を追って、私も実におよそ10年振りの我が家に足を踏み入れた。
エルヴィンが手渡した手土産を手に「適当に座っていてちょうだい」と告げ母が向かったのは、キッチン。久しぶりの我が家を眺めていたらなんだか懐かしくて少しボーッとしてしまったが、今日は大事な話をしに来たのだった。
「それで、今日はなんの用事でここに?それも、恋人を連れて。」
母の言葉を合図に深呼吸をすると、目の前に出された紅茶の香りが鼻腔を擽った。私は紅茶の淹れ方は、母に教えてもらった。私が淹れるのよりも、母の淹れた紅茶の方が、きっとずっと上手だが。
「…お母さん。私ね、調査兵団に入って、大切な人ができたの。彼がその内の1人で、一番大事な人。」
「そう。良かったわね。」
「それで……、私達、ね……子供を授かりまして…。」
「………は…?」
重苦しい空気が、部屋の中に充満する。気まずくなって無意識に紅茶へと伸ばした手を制したのはエルヴィンで、そういえば紅茶にはカフェインが含まれているのだと思い出した。
「…私は、調査兵団です。いつ死ぬかも分からない身で、調査兵団へ入団した時から、結婚や恋愛事とは縁を切ったつもりでいました。」
「………。」
エルヴィンの話に、今度は私達親子でただ黙って耳を傾けた。私にはもう、何をどう話したらいいか分からない。こういうのはエルヴィンに任せた方がいいと、口を閉ざした。
「そんな私の決意が揺らいだのは、彼女に出会い、しばらく経った頃です。彼女は純粋で、綺麗で、強い。人には言えないような私の夢を聞いて、私の夢を一緒に追い、叶えようと、ただひたすらに私を信じ、この数年の間、共に過ごしてきました。そんな真っ直ぐな彼女を間近で見ていたら、惚れずにはいられなくて…。そして、自身と彼女の子供を残したいと、思ってしまったんです。…自身の欲しいものだけを求めて…申し訳ありません。」
「!…エルヴィン、それは違います。私は、…私も、別に結婚なんてしなくてもいいと思ってますし、あなたとの子供が欲しいと言ったのも、本当です。本心です。」
深々と頭を下げるエルヴィン。それをやめさせようと彼の体に触れるも、彼は頑なに頭を上げなかった。
「……ユニは、それで満足しているの?」
「!もちろん。次の作戦に参加できないのは残念だけど、その他は満足しているし、幸せなの。」
「そう…。…なら、エルヴィンさんが頭を下げる理由は無いじゃない。」
「!」
「ユニがいいなら、いいんじゃない?私だって別に、結婚する事が幸せとは思っていないし。」
「……ふ…。」
ようやく重い頭を上げたエルヴィンは吐息を漏らし、口角を僅かに上げた。もしかして、笑ってる…?と思ったら「失礼…、親子だな、と」と目尻を細めた。よく分からないが、エルヴィンが頭を上げてくれたので良しとしよう。彼のその微笑みで、場の空気がパッと明るいものへと変わった。
「はー……アンタが人の親にねぇ…。て事は、私もとうとうおばあちゃんって事?孫なんてもう諦めてたんだけどね。」
「え、欲しかったの?」
「そりゃあね。しかし、よくこんな色男捕まえたわね。私に似て、見る目あるわ。」
「本当、それはそう。」
「はは、そんなに褒められると、居た堪れないな…。」
ようやく、エルヴィンが紅茶を一口口に含んだ。それを見て母は私の分の紅茶を自分の方へ引き寄せ、再びキッチンの方へと姿を消した。そうしてややあってから、私達が先ほど手土産として持ってきた焼き菓子とともにグラスに入った水が置かれた。…水…。
「君が淹れた紅茶と、大差ないな…。今度来る時はリヴァイも連れてくるといい。」
「リヴァイ?連れてくる理由がないです。」
「リヴァイって、リヴァイ兵士長の事?あんたそんな有名人達と働いてるのね。…そりゃあそうか。あんたの名前も、よく聞くようになったしね…。」
「え?あぁ…反逆者として追われてたから…。」
「違う違う。兵団一の美少女兵士だとか何とかって、よくゴシップ記事になってるみたいよ。"少女"って年齢でもないのにね。」
そんなの、知らない。エルヴィンの方へ驚きの眼差しを向けると目尻を細めて微笑むので、おそらく彼は知っていたのだろう。そしてそれをそのままにしていたのだから、タチが悪いったらない。
「どうして、言ってくださらなかったんですか…。」
「調査兵団に害はないからな。それに、私も結構楽しみにしているんだ。」
「読んでいらっしゃると…。ちなみに、どんな事が…?」
「お気に入りの茶葉だとか、仕事が出来るだとかその程度だ。あぁ、ただ…前にリヴァイと恋仲だと書かれていた事があったな。」
「リヴァイと!?そ、それは訂正して頂けたんですよね!?」
「いや、別に。」
「訂正記事が出なかったから、私もてっきりあんたはリヴァイ兵士長とそういう仲なんだと思ってたわ。」
一体、なぜ…。帰ったら私自らそのゴシップ記者とやらを探し出して、訂正させる記事を書かせなければ。
「…さ、聞きたい話も聞けたし、そろそろ帰りな。お茶も飲み終わった事だしね。調査兵団は今、忙しいんだろ?」
もう?と思ったが、別に思い出話や馴れ初めの話をするような親子関係でもないのだから私もそれで構わなかった。こういう必要以上に干渉しないのが、私は心地よかった。
「…はい。明日、ウォールマリアを奪還するため、壁外に。」
「明日…。あんたは、ここに残るかい?」
「え?いや、本部に戻るよ。長期の壁外調査ってわけじゃないし…。」
「そうだな…。…ユニ、先に馬に戻っていてくれ。私もすぐに行く。」
「はい…分かりました。じゃあ…またね、お母さん。」
「今度は、その子が産まれる頃にね。」
エルヴィンの言葉に従って、特に振り返る事なく母とは別れた。みんな、こういう時は親子で抱き合ったりするのだろう。残念ながら、私にも母にも、そんなかわいげはない。久しぶりに家へ帰って母と話して、懐かしさこそ感じたが、ただそれだけだった。
「ユニ…?…ユニだよな!?」
「……えぇと、そう、ですけど。」
私を呼ぶ男性の声を聞き、並んでいる2頭の馬の手綱を握り振り返ると、その人はいた。しかし残念ながら、その人の顔を見ても一体誰なのかは分からなかった。年の頃は…私と同じくらいだろうか?
「覚えてないか?幼なじみのヴァンだよ!」
「え?あぁ…幼なじみ…。」
正直、ほとんど覚えていないに等しい。そんな存在がいたな…という程度だ。向こうは私をよく覚えているのだろうが、訓練兵団へ入団してからというもの家へは帰っていないので、当たり前といえば当たり前だ。
「お前今、調査兵団で団長補佐してるんだろ?すげぇよな。それに、リヴァイ兵士長と恋仲なんだって?」
「…それ、間違った情報だから二度と言わないで。」
「なんだ、ガセなのか?じゃあユニは今、フリーって事?」
「いいや、彼女は私のだ。」
「!エルヴィン。お話は終わったんですか?」
するりと腰に巻きついてくる太い腕は、エルヴィンのものだ。彼だと分かって振り返るといつもよりも顔が近くて、思わずドキリとした。
「あぁ。妊娠中でも飲める紅茶をいくつか教えてもらってきたよ。戻りがてら買って帰ろう。」
「エルヴィン…って、調査兵団団長…!?それに妊娠って…!」
「?全部、そのままの意味だよ。」
「ユニ、彼は?」
「えぇと、幼なじみ…みたいですね。ごめんなさい。あまり、過去の事は覚えてなくて…。」
正しくは過去にあった重要でない事は、だ。ここへの道のりだって、母の誕生日だって、長年使われていない自室のどこに何があるのかだって、ちゃんと覚えている。彼の事を覚えていないという事は、私の中で彼はそういう位置づけだったのだろう。
私のこの答えに満足したエルヴィンはフ、と微かに微笑んで「戻ろうか」と手を差し伸べた。心做しか嬉しそうに見えたのは、気のせいじゃないはずだ。
「じゃあ…、……。」
またね、というのも違う気がして、静かに頭だけ下げて背を向けた。次に会った時に覚えている保証は、どこにもなかったから。