845年~851年
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「…エレン、顔色が良くないね。」
連日硬質化の訓練をしているというエレンが心配で、彼らがいるという孤児院へと赴き、エレンの姿を見て出てきた最初の感想はそれだった。1度巨人化しただけでかなり体が消耗するようで、やはりリヴァイの言う通りそんなに都合のいい能力ではないのだと分かる。
「アイツは今、焦っている。人類存亡の命運がアイツに懸かっているんだ、無理もねぇ。が、無茶をすれば使いモンにならなくなるかもしれねぇ。アイツのケアを頼む。」
「分かった。」
見様見真似の私のケアでは、効かないかもしれない。が、それでもやってみるしかないか…と軽く気合を入れ、エレンの元へと駆け寄った。近くで見ると余計に、疲れた顔が良く見えた。
「エレン、お疲れ様。」
「ユニさん!いらしてたんですか。」
「うん。みんなからエレンが頑張ってるって聞いて、気になって。」
「そんな…もっと、頑張らないと…。」
「…エレン、背が伸びたね。それに顔つきも男らしくなったし…手も、もう男の人の手だね。」
「えっ、あ…そうですか…?」
エレンの手を取って大きさを比べようと手のひら同士を合わせると、もう男の子の手とは呼べない、正真正銘男の手になっていた。
つまり、彼は今成長期を迎えている。そんな時期に体に負担をかけ続けるのは、やっぱり彼にとって良くない。
「エレンは、私がエルヴィン団長の恋人だって知ってる?」
「えっ!?そうなんですか…!?」
「なんだ…知らないならわざわざ言わなくても良かったな。」
ハンジさんがバレバレだっていうから、エレンも知っているのかと思ったのに。本当に、わざわざバラさなくて良かった。
「エルヴィン団長って、身長が高くて手も大きくて、抱きしめられると守られているような感じがするの。エレンは、身長が高い人に憧れたりしない?」
「あぁ…まぁ、そうですね。エルヴィン団長ほどは無理でも、もう少し欲しいな、とは。」
「やっぱりそうなんだ!男の子から見ても、エルヴィン団長はかっこいいよね?」
「おい、ユニ…。」
地獄の底から響くような低い声の方を見ると、リヴァイが離れたところから鬼のような形相でこちらを睨み手を挙げていて、手…?と不思議に思ったが、自身の手がエレンの手を指を絡めて握ってしまっていたのでパッと離した。
「ごめんエレン。エルヴィン団長の話だと思ったら、つい。」
「い、いえ。」
「えぇと、それでね、身長を伸ばすにはどうしたらいいか、エレンは知ってる?」
「それなら、牛乳を飲むとか?」
「ふふ、それも良いかもね。でも、それよりも良いものがあるの。ちゃんとご飯を食べて、運動して、しっかり寝る。体に不調があると、正しく成長しないんだよ。」
「あ…、そういう、お話ですか。今は俺の身長なんかより、人類の命の方が大事ですから…。」
「…そう来たか。」
エレンはこんなにもネガティブな思考の持ち主だっただろうか。なんというか、自己肯定感が底の方まで落ちているというか…。
なら、アプローチの仕方を変えなきゃならない。
「エレン。エレンはすごいよ。私達が勝手に期待してるのに、その期待に応えようと頭を悩ませてるんだもんね。15歳の少年が人類の未来を背負ってるなんて…重いよね。変わってあげられるなら変わってあげたいくらい。」
「… ユニさんに背負わせるくらいなら、自分でどうにかしますよ。」
「あはは。私エレンのそういうところ、好きだな。優しいね。」
「ありがとうございます…。」
「ねぇ、どうしても辛くなったら、リヴァイを頼って。…今も物凄い形相でこっちを見てるけど、ああ見えてリヴァイは、誰よりもエレンの事を心配してるの。本当だよ。」
「…あの顔は、俺を心配してる顔ではないと思いますが…。」
「もう!…前に、リヴァイが"ありがとう"って言った時があったでしょう?あれって、エレン達104期生の事が大事だから出てきた言葉なの。かわいいでしょう?言葉選びと表情管理が壊滅的に下手なだけで、心の中ではあなた達の事をとても頼りにしてるし、信頼してるのよ。じゃなきゃ、あの捻くれたリヴァイの口からあんなストレートな"ありがとう"が出てくるわけない。」
エレンの視線がリヴァイへと向けられて、私の方へと返ってくる。その表情からは何を考えているのかは読み取れないが、しばし見つめあった後、優しく目尻が緩められた。
「ユニさんがそこまで言うなら、そうなんでしょうね。」
「!そうなの!」
「分かりました。ちゃんと休みます。とはいえ調査兵団に入ってからあまりゆっくり休んでいないので、休み方を忘れちゃいました。」
「あはは!なら、とりあえず美味しいものでも食べようか。…みんなには内緒でね。リヴァイ!」
「…なんだ。」
「お金は払うから、ここの食材を使っても良い?」
「それは構わんが…何をするつもりだ。」
「エレンに、家庭の味を思い出してもらおうかと。」
「あぁ?」
途端に眉間に皺を寄せ、エレンを睨むリヴァイ。すぐエレンを虐めるんだから…!
「良いじゃない。エレンもそれで安心できるかもしれないし。」
「俺の分も用意しとけ。じゃなきゃ許さねぇ。」
「分かった分かった。子供じゃないんだから、ちょっと落ち着いて。じゃ、調理室借りるからね。行こう、エレン。…リヴァイはここにいて。出来たら呼ぶから。」
「……チッ。」
リヴァイがいては、エレンもリラックスできないだろう。今日私がここに呼ばれたのはエレンのメンタルケアのためなのだから、それでは私が来た意味が無くなってしまうじゃないか。
「エレン!その人誰?とっても綺麗な人!」
「ほんとだ!エレンの彼女?」
孤児院の中なので当たり前なのだが、無邪気な声を掛けられて足を止めずにはいられなかった。孤児をここへ集めて早1ヶ月。そろそろここでの生活にも慣れ始めて来た頃だろうその子達は、よく顔を出しているであろうエレンに既に懐いているようだった。
「ばッ…!調査兵団の2番目に偉い人だよ!彼女とか、そういう事言うのやめろよな…!」
「ふふ…私は偉くないよ。私は団長のおまけみたいなものだから。No.2はリヴァイで…いや、ハンジさんか?とにかく、私は偉い人じゃないよ。」
「……どういう事?」
「謙遜してるんだよ。お前らもちゃんと見習えよ?」
「見習わなくていいよ。子供は子供らしく、素直でいるのが一番。エレンだってまだ子供なんだから、何でもかんでも難しく考える事ないんだよ。」
「そう…ですか。…ほら、お前ら邪魔するな。外にミカサ達もいるから、遊んでもらってこいよ。」
「えっ、ミカサいるの?早く行こう!」
「…ミカサ、子供達に好かれてるのね。」
「子供ですからね。強い人に憧れるんじゃないですか?」
ミカサが子供達に好かれているのは正直意外だったが、なるほど、そういう事か。なら、リヴァイだって案外人気が出るかもしれないな。なんてったって、リヴァイは人類最強…らしいから。
「俺…実はユニさんに憧れてたんです。」
調理室に着いて食材の確認や調理器具の準備を始めてまもなく、エレンは独り言のようにそう呟いた。顔を上げると表情はよく読めなかったが、何となく寂しいような雰囲気を漂わせていて、作業しつつ言葉の続きを待つ事を選んだ。
「俺はその気持ちをてっきり、恋だと思ってたんです。俺の気持ちに寄り添ってくれて心地よかったし、優しいし、守ってあげたくなるような人でしたし…。でも、ユニさんの話を聞いて俺はユニさんに、無意識に母を重ねていたんだと気づきました。…急にこんな事聞かされて、困りますよね。すみません…。」
「…いや、いいよ。むしろ嬉しいかも。エレンが本音を話してくれて。」
「…良いんでしょうか…?ユニさんと話してると、甘えたくなってしまうんです…。」
「ふふ、いいよ。エレンはまだ、子供なんだから。それに私は元々、調査兵団内でもその役を求められてるし、甘えられるのも頼られるのも好きだから。思う存分、甘えていいんだよ。」
今やもう、純粋な善意でやっているとは言えないが、それでも、こんな私でも何かできる事があるのなら、力になってあげたい。
「よしよし。エレンはかわいいね。それに、がんばり屋さんでとってもいい子。」
片手でエレンの手を握って、もう片方で頭を撫でる。前に撫でた時に犬みたいだと思ったが、あの時と同じ感想を抱いた。
「俺、そこまで子供じゃないです…。でも、ありがとうございます。」
クールぶりながらもしっぽを降っていそうなエレンが、かわいくて仕方ない。