845年~851年
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ヒストリア新女王の戴冠式。その戴冠の儀には、調査兵団団長であるエルヴィン・スミスも壇上へと上がる事となっている。つい最近まで反逆者だと言われ捕らえられていたというのに…エルヴィン団長の手腕でこんな奇跡のような状況へと事態は好転した。本当に…エルヴィン団長が王でもいいくらいだ。
「…リヴァイ。それ、似合ってるね。エルヴィン団長の次に。」
「あぁ?何でもかんでもあいつと比べるんじゃねぇよ。」
「…その…、エルヴィン団長に、何か言われた?」
「何かってなんだ。」
「いや、何もないならいいの。エルヴィン団長のタイミングでお声がかかると思うから。…それと、昨日は眠れた?」
「…いや。」
そうだろうと思った。リヴァイの事だから寝る時に色々と考えて、ろくに眠れていないのではないかと。とりわけ今回は、短い間ではあったが自分を育ててくれた父親代わりの人を亡くしたのだから、余計に。
「ユニ、ここにいたのか。」
「エルヴィン団長!おはようございます。今日もどこからどう見ても素敵です。…あれ、ループタイは…?」
正装姿のエルヴィン団長はいつにも増して魅力が倍増。思わず頬を緩ませて彼をよく見ると、いつも着けているループタイはなく首元が寂しい事に気がついた。
「あぁ、君に着けてもらおうと思ってな。」
そう言ってポケットから取り出し手渡されたのは彼のループタイで、隣でリヴァイが舌打ちをしたのが聞こえた。
「…ふふ。エルヴィン団長、左腕だけではループタイを身につけるのも一苦労ですね。」
「情けねぇな、エルヴィン。」
「…あぁ、全くだ。私にはユニがいないと…1人では生きていけないかもな…。」
「えっ。」
「あ?」
「いや、何でもない。聞かなかった事にしてくれ。」
「おい…テメェいつからそんな冗談を言うようになった?」
「冗談に聞こえたか?」
…なんだか、居心地が悪い。とても。口を挟める空気ではなくなってしまって、ループタイを締めた手をそっと離した。そうして、もう用は済んだとばかりに「ありがとう、ユニ。またあとで」と優しく頬を撫でて去っていった。
エルヴィン団長は体が大きいし、そしてとても頭が良いから、その言葉ひとつひとつに含みがあって、圧があって、重い。私なんかが口喧嘩したって、とてもじゃないが敵わないだろうと思う。
エルヴィン団長は絶対に、敵に回さないようにしなければ…と心に誓った。そもそも私がエルヴィン団長の敵になる事など、未来永劫ありえないのだが。
「ユニ。お前この後暇か?」
「暇か、って…。リヴァイ、私が団長補佐だって事、忘れてない?」
暇なわけがない事ぐらいは察してほしい。たとえエルヴィン団長の右腕が無くとも、私が怪我をしていようと、エルヴィン団長の元には次から次へと仕事が流れてくる。それが急ぎの仕事かどうかは置いておいて、やるべき事は飽きるほどにあるのだ。
「戻りがてら紅茶の茶葉を買いに行くぐれーの時間は取れるだろ。少し付き合え。」
「戻りがてらならまぁ、良いけど。」
どうせこの後、エルヴィン団長はここに少しの間残る事になっている。私は先に帰るように言われているし、それならば問題はない。
「…つかの間の休息…だね。」
「そうだな。」
「…それで、リヴァイは誰か待ってるの?」
私が買い物に付き合うと言っても未だ動かず、廊下の先を気にしているリヴァイ。どう見たって誰かを待っている様子だ。エルヴィン団長やハンジさんを待つならば、この後も会議があるためここを通るのはかなり後になるのだが…。
「…あ、ヒストリア。」
やがて廊下の奥から姿を現したのは、ヒストリアを含む104期生達で。リヴァイの視線は真っ直ぐ、彼らを捉えていた。
リヴァイは無言で彼らの前に立ち、ヒストリアと対面した。彼らを待っていた事は明らかだが…ヒストリアは震えていて、104期生達はそれを固唾を飲んで見守っている。…え?何?
状況が飲み込めずただ黙って見守っていると、先に動いたのはヒストリアで──
「うぁぁああ!」とかわいらしい雄叫びを上げ、リヴァイの脇腹をドン、と一度殴りつけた。
「あはははは!どうだ!私は女王様だぞ!文句があれば──」
「フッ…。…お前ら…ありがとうな。」
「!」
よく分からないが、双方目的は果たしたようで、リヴァイはそれだけ言って踵を返し歩き出した。
えー、なに今の…かわいー…。
リヴァイのあんな笑顔は、滅多に見られるものではない。心からホッと安心したような穏やかな表情を見られて、私も自然と同じように目を細め口角を上げた。リヴァイがここで彼らを待っていたのは彼らに素直に感謝の言葉を伝えるためだったのだと思うと、胸が温かくなる。
「みんなのおかげで、数ある問題の中でも一番の山場は超えられた。まだ問題は残ってるけど、今はゆっくり休んでね。…私からも、ありがとう。…じゃあ、私達は行くところがあるから、各々気をつけて戻ってね。」
「は、はい…。」
最近何かと厄介だが、それを抜きにしたらやはり、私の部下はかわいい。数歩先を歩くかわいい部下の頭を撫でるといつも通り振り払われたが、いつもと比べて力を加減してくれたため痛くはなかった。そういうところも、憎めない奴。
「お前は…エルヴィンの夢が叶ったら、その後はどうする。」
わざわざ私を待ち「茶葉を買いに行くのに付き合え」なんて言うから、何か話したい事があるとは思っていた。しかし彼が話し出した話は、こうして茶葉を選びながら話す事ではないと思う。むしろ私としては、誰もいないような個室で、ゆっくり紅茶を飲みながら話したい内容であった。
「夢が叶ったら、か…。正直、考えた事もなかった。」
「そうか。なら、今考えろ。」
また、無茶な事を。しかし答えを急かすという事は、リヴァイの中で何か迷いがあって、それを判断するのに必要だという事だろう。そういう事なら、考えて、答えてやりたい。だが、しかし──
「…分からないよ。その時になってみないとね。…というか、私の人生はエルヴィン団長のために捧げたから…エルヴィン団長がどうするかによるかな。」
「…お前は、自分の意思はねぇのか?」
「それを選んだのは私の意思だよ。…だけど…言われてみればそうなのかも。元々私はそうだから。」
「…なら、もし万が一、エルヴィンが死んだら…お前はどうする。」
そんなの、考えたくもない。しかし、我々調査兵団にとって、死は突然やってくるものだ。団長だから、頭が良いから死なないなんてそんな都合のいい話は、ない。でも、それでも。
「…それこそ、その時にならないと分からないよ。今まで、ここまで人生を懸けた事なんてないから…。どう、なっちゃうんだろうね…。」
その状況に陥った時、自分がどうなってしまうのか…いくら想像しても、分かりっこなかった。
やがてリヴァイは諦めたように「…そうだな」と1人納得し、お会計を済ませた。私の答えに満足はしていないだろうが、一応納得はした。これでリヴァイが何をどう選択するのかは分からないが、今は知らなくていい。何となく、そんな気がした。
「いい買い物はできた?」
「あぁ。それと、これはお前にやる。」
「え?これって…、いいの?」
取っ手のあるものとないもの、2つの紙袋を持っていると思ったら、どうやら取っ手のついた紙袋は私への贈り物だったらしい。私の手に移動してきたそれは茶葉の下に箱のようなものが見え、重さ的にも茶器か何かが入っているようだった。
誕生日でもないしめでたい事があったわけでもないのに、貰ってしまっていいのだろうか?そういう思いを込めて「いいの?」と聞いたのだが、リヴァイの答えは「お前にはいつも、感謝している」と素直な言葉を頂いたので、ありがたくこの紙袋の中身も頂く事にした。
「ありがとう…。私も、リヴァイにはいつも感謝してるよ。…大事にするね。」
そう感謝の言葉も、忘れずに。