845年~851年
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「ユニ。」
「…エルヴィン団長!」
オルブド区、兵団支部。ここに今、各兵団の全兵力が集結している。応急処置を終え私もみんなのところへ…と医務室を出たところでエルヴィン団長から声をかけられた。
「怪我の具合はどうだ?」
「やはり2本とも、また折れてしまっていました。せっかくくっつきかけてたのに…。でも大丈夫です。サポーターを巻いてもらって、楽になりましたし。むしろ、作戦に参加する前よりも楽かも…。もっと早く着けてれば良かった。」
それは強がりなどではなく、本当の事だった。呼吸する度に痛んでいた胸は、サポーターの圧で外から固定されているようで、格段に息がし易い。また腕に巻いたサポーターも、多少の動きの制限はあるものの動かない事もない。つまりは、短時間であればまだ、立体機動ができるという事だ。
「そうか。…よく、生きて帰ってくれたな。」
「…はい。エルヴィン団長も。これが終わったら、エルヴィン団長にこんな事をした中央憲兵の名前を1人残らず教えてくださいね。死よりも辛い苦しみを与えて、償わせないと。」
「はは…君はいつの間にか、ずいぶん物騒になったな。」
「だって私、エルヴィン団長と地獄に行くんですから。エルヴィン団長にこんな事をした奴らも連れてって、もう一度地獄を見せるんです。」
「……ユニ。」
「は、…!」
話の流れとは無関係に、唇を奪われた。それに気づいたのは、団長の顔が離れていってから。こんな他の兵団の兵士達が出入りしているところでこんな事…、こんな、事…!
「すまない。どうしても今したくなった。」
「あ…、謝らなく、ても…、いいですが…。」
「…続きは、この作戦が成功してからだ。」
「は…、はい…。」
彼の優しい微笑みと囁き声は、心臓に悪い。とても。この胸の苦しさは、サポーターを巻いたせいではないはずだ。
ぽわぽわした頭でエルヴィン団長の後ろをついて歩き講堂へと入ると、目が合った途端リヴァイに睨まれてしまった。…それほど、表情が緩んでいたらしい。
「ロッド・レイス巨人の、現在の位置が分かりました。オルブド区の南西を進行中。やはり、夜明け頃にオルブド区に到達する見込みです。」
エルヴィン団長の横で立ち止まり、気持ちを引き締める。もう少し…あと少しで、この作戦は本当に終了を迎える。今はまだ、その機を待っているだけ。…多分。
「…分かった。エルヴィン団長。君の腹案を聞かせてもらおうか。どうやって住民を避難させるつもりだ。」
「避難はさせません。」
「…なに?」
「住人にはこのまま、オルブド区に留まってもらいます。」
エルヴィン団長の静かな声が部屋に響き、直後、部屋の中がざわめく。しかし動揺しているのは駐屯兵団の兵士だけで、調査兵団の兵士達は静かに、その後に続く言葉を待った。エルヴィン団長の作戦はいつも大胆だが、それがどんな結果をもたらすか、既にみんな理解しているからだ。内心不安を覚えながらも、エルヴィン団長の指示に従いさえすれば何とかなると、全員が信頼し、動く。それが今の、調査兵団だ。
「何を考えているエルヴィン!住人を避難させず、街に留めるだと!?」
「…その手を離してください。今すぐに。」
「そんな事を言っている場合か!夜明け時にはもう、あの巨人はここに到着するのだぞ!?」
「言っている場合です。エルヴィン団長の作戦に従えば、どう転んでも最悪の事態は免れる。それを信じて今まで着いてきたのが、我々調査兵団です。その調査兵団の最高責任者であるエルヴィン・スミスにこんな事をされて、我々が黙っているとお思いですか?」
「そ…それとこれとは話が違うだろ!」
「良いから離せ。離さないというのならその手を切り落とし─」
「やめとけ、ユニ。…おい、コイツはエルヴィンの事になると本当にやる奴だ。今コイツの口から出かかった事が現実になる前に、その手を離すのが得策だと思うが。」
グリップに伸ばしかけた手を、リヴァイが抑えつける。その力はとても強く、私では到底適いそうもなかった。
しばしの沈黙のあと、ようやく駐屯兵の男の手は離された。
「あの巨人は奇行種です。目標の巨人は、より大勢の人間が密集する方へと吸い寄せられる、いわゆる奇行種。それも、小さな村ぐらいじゃ目もくれずにこの城壁都市に反応する極端な子です。なので今から急に住民をウォールシーナ内に避難させれば、目標はそれに引き寄せられ、壁を破壊し突き進むでしょう。果ては、最も人々の密集した王都ミットラスに到着し、人類は破滅的被害を被る事になります。」
「…つまりあの巨人は、このオルブド区外壁で仕留めるしかありません。そのためには、囮となる大勢の住民が必要なのです。ただし、民の命を守る事こそが我々兵士の存在意義である事に変わりはありません。目標を仕留め損なったとしても、住民に1人として死傷者を出さぬよう尽くしましょう。オルブド区と周辺の住民には緊急避難訓練と称し、状況によってオルブド区外へ移動させやすい態勢を整えます。」
「……やるしかないようだな。」
「はぁ…、ご理解頂けて、何よりです。」
エルヴィン団長はここに来るまでの間に、ここまで作戦を完成させていたらしい。本当に…素敵!
「おい…テメェ、ユニ。」
オルブド区、壁上。遠くの空から朝日が昇るのをボーッと眺めているところに、リヴァイの低い声で名を呼ばれ振り返る。その呼び方から察していたが、予想通り彼の眉間には皺が寄せられていた。
「リヴァイ。なに、どうしたの?」
「お前…誰彼構わず喧嘩を売るんじゃねぇ。」
「は…?…リヴァイには言われたくないんだけど。」
それに尽きる。リヴァイは自分の事は棚に上げて、何を言っているのだろうか。
「昔はもっと、かわいげってもんがあったんだがな…。」
「エルヴィン団長がそれで良いって言ってくれたから、それでいいの。」
「へぇ…エルヴィンは案外、趣味が悪ィな。」
「リヴァイは私に、理想を求めすぎ。昔のような天使ユニちゃんは、もういないんだから。」
「…自分で言うのか。しかし、お前が天使だったというなら…エルヴィンは悪魔か?」
「あははっ!そうかも!じゃあ今の私は、堕天使だね!」
それは別に、否定しない。私がこうなってしまったのは、エルヴィン団長のせいで間違いはないのだから。
「…リヴァイは、どっちかな?」
悪い悪魔に騙されてここまでついてきた、天使か。
それとも既に、私と同じ、堕天使か。
「……さぁな。」
リヴァイは優しい。そして仲間想いだ。私なんかより、ずっと。だから私やエルヴィン団長に騙されて、堕ちる事だけにはならないでほしい。
これは悪魔に誑かされて堕ちてしまった私からの、ささやかな願いだ。