余談
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「オルオ、ペトラ。食事が終わったら少し時間が欲しいんだけど、いいかな?」
「はっ…、ユニ団長補佐…!それにリヴァイ兵士長…!」
「もっ、もちろんです!!」
「ありがとう。私達も今から食事だから、もし先に食べ終わったら残っててくれる?ごめんね。」
「いえ!特に用事などはないので!」
最後の訓練終わりの、夕食の席。兵士長であるリヴァイを伴って向かったのは、少し前に入ってきたばかりの新兵であるオルオ・ボザド、そしてペトラ・ラルの元。彼らは新兵でありながら先日の壁外調査で巨人を討伐したと聞いた。初めて見る巨人を恐れ失禁したとは聞いたが、彼らの立体機動の腕前は教官として元々知っていたし、初めて見る巨人は誰が見ても恐ろしく感じるものだし、仕方のない事だろう。むしろそんな状況でも巨人を討伐したのだから、他の新兵に比べれば飛び抜けているのは間違いないだろう。
かなり久しぶりに調査兵団本部の講堂でリヴァイと食事を摂り、トレーを返して振り返ると件の2人は敬礼のポーズで私達の真後ろに既に控えていた。そんなに身構えなくても良いのに…と若干の居心地の悪さを感じたが、こちらは団長補佐と兵士長で、向こうは入ったばかりの新兵。そう考えるとまぁ、分からないでもない。
「2人とも、紅茶飲める?」
「いえ、お構いなく!」
「ふふ…私とリヴァイが飲むの。2人も飲めるなら、一緒に淹れちゃうけど。」
「あ…ありがたく頂戴します!」
「うん。じゃあ、少しの間ここに座ってリヴァイと待ってて。」
リヴァイと新兵2人を残しキッチンへと入って、ふと気がついた。いつものクセでリヴァイを新兵の元へ置いてきたが、彼は顔が怖い。表情は変わらないし声色も一定で、そして悲しいかな愛想というものがまるでない。つまりは第一印象が悪いとい。一見しただけでは怒っているかのように見えてしまうリヴァイと同じ空間に新兵を置いてきてしまった事を、今さらながら申し訳なく思った。案の定トレーに置いたティーセットを3人の元へ持っていくと上司に呼び出されて説教されているかのような緊張感が漂っていて、「お待たせ。ごめんね」と意識していつもより明るく声をかけた。
「悪くない…。……飲まないのか?」
「いっ、いえ!戴きます!」
「うん、飲んで飲んで。」
全員がティーカップから一口口に含んだのを確認して、椅子に置いていたバインダーを手に取る。すると何かよからぬ事を告げられると思ったのか、2人ともまた、ピシ、と背筋を正した。…こうなったら、緊張を解す方よりも、脅かす方に話を持っていこうか。
「先日の壁外調査、お疲れ様。まずは生きて帰ってこられた事を、高く評価します。」
「ありがとうございます!」
「それで……2人が配属された班の班長に、新兵に関する報告書を貰ったんだけど……。」
言葉を切りペラ、ペラ、と報告書のページを捲る。
「2人とも、初めて対峙した巨人に恐れおののき、戦闘中にも関わらず失禁した…とあるけど…。」
「!!」
「それは本当か、ユニ。」
「さぁ…真偽のほどは、2人に聞いてみない事には…。」
まっすぐな、リヴァイの刺すような視線が2人に向けられる。目つきの悪いリヴァイの視線を正面から喰らい、2人揃って完全に萎縮してしまった。
「も、申し訳ありません…。」
「…事実です…。」
「そう…。」
沈黙。元々緊張していたのに、怖がらせすぎてしまったかもしれない。そろそろ本題へ移ろうと口を開きかけた時、先に声を発したのはリヴァイの方で、「良かったな」と。良かった、とは?と、目の前の新兵2人は真意を測りきれずに戸惑いの表情を浮かべていて、リヴァイはそこにトドメを刺すように「漏らしたのがクソじゃなくて」と変わらぬ仏頂面で続けるのでもう、我慢なんてできなくて私が吹き出してしまった。
「ご、ごめんね…。安心して。私達はちゃんと、あなた達の事を高く評価してるから。」
「え?あの…。」
「新兵が初めての壁外調査で失禁したって話は、たまに聞くから。あなた達だけじゃないから心配しないで。」
「…そうなんですか?」
「ほんとほんと。ね、リヴァイ?」
「あぁ。」
私が吹き出した事に満足したのか、リヴァイはもうこの脅かしに興味を無くしティーカップに口をつけていた。私達が笑顔で話し始めたのを見てようやく、2人は肩の力を抜き、息を吐き出した。
「それで本題なんだけど、エルヴィン・スミスが新しい団長になったのは知ってるよね?」
「は、はい。もちろんです。」
「うん。それの影響で私が団長補佐、リヴァイが兵士長になったわけなんだけど……役職が増えた以外にも変わった事がいくつかあって、いま座学で学んでいるところもそうだね。」
「長距離索敵陣形の事でしょうか?」
「そうそう!従来の壁外調査では目的地まで最短距離で移動し、道中会敵した巨人すべて相手にしてきたから、たくさんの兵士が命を落としてきたの。それがエルヴィン団長の考案した長距離索敵陣形を使えば──」
「おい。本題はそこじゃねぇだろ。」
「ハッ…!」
いけないいけない。エルヴィン団長の考案した長距離索敵陣形が画期的で完璧で素晴らしすぎて、思わず長々とプレゼンを始めてしまうところだった。ポカンとした表情の2人を見て若干の気まずさを覚えつつ、一旦仕切り直そうと一度紅茶を口に含んだ。
「…私の班の班員はね、私が選別しているの。リヴァイもそのうちの1人。」
「はい。それは存じております。」
「今までの壁外調査のやり方で、その兵士達が散っていく様を山ほど見てきた。一緒に訓練をして、一緒にご飯を食べていた仲間が、巨人に食われていくのを。」
「はい…。」
「とても、辛かった。それに、私が選んだ子達だから、申し訳なかった。巨人の群れに向かわせたのは、私だからね。」
「違ぇだろ。」
リヴァイが、気遣ってくれている。でも、これは事実なのだ。彼らは私の言葉で巨人に向かっていき、死んでいった。エルヴィン分隊長の指示、さらに上のキース団長の指示だったとしても、それを伝えるのは私なのだから。
エルヴィン団長はこれから団長として、これよりも重い責任を伴うのだろうと思うと、胃のあたりがズシッと重くなる。
「話が逸れたね。要はね、あなた達を私の班にスカウトしてるんだけど、どうかな?」
「えっ?私達が…、ですか?」
「そう。せっかく集めた班員も、これまでのやり方だとどうしても犠牲は出てしまって…。でもこれからは新しい戦術に移行していくから、改めて班員を募ってるの。私からのスカウトのみ、だけどね。」
正直に言えば、今まで声をかけて迎え入れた班員は数知れず。自分が認めた人と共に戦える反面、壁外調査へ行く我々にはどうしても犠牲は付き物。それがどうしても心苦しく…言い方は悪いが、いつからか本当に声をかけたい人に声をかけるのを避けてしまっていた気がする。リヴァイを除いては。
でも、これからは違う。これからはエルヴィン団長の考案した新しい戦術で、巨人との遭遇を最小限に抑えられる。生存率に重きを置いた戦術ならば、私も心置きなく班員を選抜できる。
「私の班に来れば、少しでも生存率を高められる。もちろん戦闘技術だって鍛えられる。その分訓練は他の班に比べて多少ハードだけど──」
「御託はいい。入るか入らねぇか、お前達はどっちを選ぶ?」
「…リヴァイの言い方だと、この場で今すぐ決めろって言われてる気分になるよね。ごめんね。とりあえず1週間私達の班の訓練に参加してから決めていいよ。最終的には、自分で決めてね。」
「いや……、俺は…、っ俺は!入ります!入れてください!」
「えっ…?」
「私達は当然歓迎だけど……そんなすぐに決めちゃって大丈夫?」
リヴァイの圧に負けたのか、はたまた自分の判断なのか。付き合いの浅い私には、それは判別できなかった。
勢い余ってガタ、と腰を浮かせたオルオは、冷静な私の声色を聞きハッとしたような表情を浮かべたのち、再び椅子に腰を下ろした。
「私も…、ユニ団長補佐の班に入れてください!」
「ペトラまで…。うん、いいよ。むしろ入ってくれて嬉しい。ありがとう。」
そんな気負わなくとも良いのに、2人とも握り拳を作って声高々に班に加わる事を宣言した。もう調査兵団へ入団し壁外調査へも行って帰ってきた立派な兵士なのだから、自分の言った言葉には責任を持ってもらおう。
快い返事をもらえて、思わずいつも以上に顔が綻んだ。
「こうなったら、早くエルヴィン団長に報告に行かなきゃ…。」
「待て。…もう少しコイツらと親睦を深めてからでも良いだろうが。」
エルヴィン団長へすぐに報告に…と腰を上げかけた瞬間、隣からものすごい速さで、そしてものすごい力で手首を掴まれた。掴んだのはもちろんリヴァイ。馬鹿力のリヴァイに掴まれて、少し痛い。
「親睦…。…それは確かに大事だけど、私はあとででも大丈──」
「それは、俺がコイツらと打ち解けるのには時間がかかるって言いてぇのか?」
そうだよ、とは言えなかった。リヴァイは自分が人に誤解されやすいと知っているから、ここに残されるのは不安なのだろう。そう思ったらもうかわいくて仕方なくて、上げかけた腰を元へと戻した。
「じゃあ親睦を深めるのに、おしゃべりでもしようか。なんの話をする?エルヴィン団長の話なら、いくらでもできるけど。」
「誰がアイツの話で盛り上がるんだ。ふざけてるのか。」
「は?私が盛り上がるでしょうよ。舐めないでよね。」
「舐めてねぇよ。阿呆か。」
「阿呆って…、…はぁ。2人とも、そんなに緊張しないで。私もリヴァイもものすごい大層な役職をエルヴィン団長から賜ってはいるけど、普通の兵士だから。」
「賜るなんて大層なモンでもねぇしな。」
「リヴァイは少し、謙遜というものを覚えた方がいいよ。」
「ふ…、…ふふっ。」
「お、おい…!ペトラ…!」
「ごめんなさい…。私、誤解してました。ユニ団長補佐はいつも笑顔を浮かべているけど、エルヴィン団長の補佐なので裏ではとても厳しい人なのかと…。それに、リヴァイ兵士長も無口な方なのかと思っていたのでまさかこんなに喋る方だったなんて…。それに、冗談を言ったりするなんて知りませんでした。」
「!…俺だって、冗談くらい言えるぞ。」
「…ね?私もリヴァイも、全然普通の人でしょ?」
リヴァイが少し嬉しそうで、私も嬉しくなった。それは他の人には分からない表情の変化──いや、リヴァイの纏う空気とでもいえばいいだろうか。懸念していた誤解が解けた途端に、リヴァイの周りの空気がパッと明るくなった気がする。
これだから、リヴァイをかわいがるのをやめられない。
「ちなみにコイツには、裏の顔はあるぞ。」
「は?なにそれ。」
「無自覚だからタチが悪い。ハンジの前で巨人の話、コイツの前でエルヴィンの話はするな。」
「ハンジさんの巨人好きと一緒にしないでくれる?エルヴィン団長は誰が見たって素晴らしい人でしょう?」
「私の話か?」
「エルヴィン団長!」
思いもよらぬタイミングでのエルヴィン団長の登場に、体が勝手に動きガタ、と音を立てて椅子から立ち上がった。これは、条件反射である。
「休憩ですか?どうぞ、お掛けください。今みんなで談笑していて、ちょうど紅茶のおかわりを淹れに行くところだったんです。エルヴィン団長も如何ですか?」
「ふむ…。いや、部屋で食事を摂ろうと思って取りにきただけなんだ。良ければ食べ終わる頃に部屋まで淹れに来てくれないか?」
「はい、承知しました。お手伝いできる事があれば、寄せておいてください。ご報告したい事もありますし、私は今日の分の仕事はもう終わりましたので。」
「あぁ、ありがとう。…すまない、邪魔したね。」
エルヴィン団長も交えて、報告も兼ねてお茶できると思ったのに、残念。
「な?今ので分かっただろ?」
「は?」
今の?分かったって、何が?
「な?」とリヴァイに同意を求められた2人を見るとどちらも何ともいえない顔をしていて、納得がいかなかった。
そんな信じられないようなものを見たかのような、軽く失望したような、そんな表情をするのはやめてほしい。