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エス
魚が空を飛んだら、貴方は何を思う?
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久しぶりに口を開いたかと思ったら、なんて不思議なことを聞くのだろうか。うーんと唸ってから首を傾げる。
考えたこともないから答えられない。
それに、なんて言ったって、急すぎる。 -
エス
思いつかない?
まぁ記憶がないからしょうがないのかもしれないけれど… -
エス
でも魚が空を飛ぶのよ?
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エス
水の中を揺蕩う彼らが陽の光に当てられるの
鱗に光が反射して、きっと美しいわ -
エス
きっと、ね
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エス
私はここの景色以外を知らないの
もちろん空も海も太陽も月も知らないわ -
エス
だから貴方に聞きたかったの
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エス
貴方なら何かわかるかもしれないと思って
記憶がないのにごめんなさい、不躾だったかしら -
そんなことはないと首を強く振る。
ここへ来てエスに会ってからは記憶がないなんてそんなことは些末なことにしか思えないくらいなのだ。気にしないで欲しい。 -
そう伝えると彼女は少しだけ微笑んだ。
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エス
そう…よかったわ
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エス
…さっき景色を知らない、私はそう言ったわ
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エス
知らないわけではないの
むしろ知っているわ
文字の世界でなら -
エス
いろいろな小説や文献で、それぞれ違った解釈を得る
例えば海
真珠のようだと言われたり、鏡のようだと、母のようだと言われたり -
エス
キラキラと輝くと言われたり、波が、とか
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エス
でも海というそれをこの目で見たわけではない私には、そのどれもが大した情報にならないの
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エス
だから生きた貴方の言葉で海や空、月や太陽のことを聞きたかっただけなの
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エス
まぁ…いいのよ
私には縁のないものなのだろうし -
エス
それに、今はそんな知識よりも貴方がいてくれれば…
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エス
いえ、なんでもないわ
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恥ずかしそうにも見える表情で、ふい、とそっぽを向いてしまう。耳まで、真っ赤だ。
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声を漏らして笑う。
すると彼女は不服そうに頬を膨らませた。 -
エス
なに?
言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなの? -
可愛いなって思っただけだよ。
笑いながら答えると、私の声をかき消すように彼女が声をあげた。 -
エス
もう…なんなのよ
全く、 -
エス
もういいわ
本を読むから、話しかけないで頂戴 -
不貞腐れてしまった彼女の名前を呼ぶ。
エス、エス。
でも彼女は答えなかった。
完全に読書を始めてしまったようだ。
こうなったら彼女は意地でも口を開かないから、仕方なく自分も本を開く。
横目に眺めた彼女の頬が少し緩んでいるように見えた。
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