君と菫
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3.
翌日。
あのまま眠って一夜が明けたようだ。無気力な状態で天井を見つめる。外からは雀の鳴き声が遠くから聞こえ、窓を見れば白みかけている陽の光が視界に入った。
溜息を吐いて上体を起こす。何だかんだで昨日から何も食べてない。重い体をベッドから動かし寝室の扉を開けた。すると、リビングの方から何かをフライパンで焼いてるような音と少し焦げ臭い匂いがするではないか。人の気配に緊張が走る。
早朝ということは、恐らくエルヴィンだ。でも料理なんてしないのに、と不安を感じながらも静かにリビングの扉を開いた。そうすれば音と匂いが増し、誰が居るのかと念の為こっそり確認する。
そこに居たのはやはりエルヴィンでエプロンを着けて、コンロの前に立っていた。一体何をしているのか…。
その様子を眺めていたが視線に気付いた彼がこちらを向く。慌てて物陰に隠れたがすぐに見つかってしまった。
「何故隠れる。久しぶりで照れているのか?」
久々に彼の声を聞いて悲しみを通り越して怒りが込み上げる。
「…どうした?」
言いたい事なんて山ほどあるのに言葉にする事が出来ない。胸のシャツを握り締める手が震える。
「………か…」
「なんだ?」
「エルヴィンの馬鹿っ!!」
声を張り上げ彼に投げつけた。彼は目を見開いて驚愕している。それもそのはず、こんな風に感情を表に出したのはこれまでにないから。
「…馬鹿と言いながら何故泣いている?」
「自分の胸に聞いてみたらいいでしょ?!」
「……ちょっとこっちへ」
「嫌だ。エルヴィンの顔なんて見たくない」
「待て。何故そうなる?何があった?」
「だから、自分の胸に……っ?!」
彼に向かって怒りをぶつけていたのに腕を引かれ抱き締められる。
「いやっ!離して!!」
「待て、落ち着け……」
「落ち着いてなんて…いられない!!」
「…すまない」
「それは何に対しての謝罪……っ?!」
自分の過ちに対してだろうか。でもそんな事はもうどうでもいい。
「君を…不安にさせてしまったのだな…噂を、耳にしたんだろう?俺が別の女性と一緒にいる、と…」
「?!」
なんで彼がその事を知っているのだろうかと考えたが、社内でも人気のある彼の事だ。きっと噂が広まり、ましてや昨日自分が会社を休んでしまった…だから本人にも届いてしまったと推測が出来る。
「本当にすまない…言い訳に聞こえるかもしれないが聞いてもらえるか?」
少し話そう、肩を抱かれるようにしてソファーへと腰掛ける。
「まずその女性との関係だが……何もない」
「…嘘です。仲良く話してるのをみたんですから…」
「それはそうだろう。相談をしていたのだから」
「……相談?」
「ああ。これを……」
そう言って、ソファーの陰から取り出したのは小さな植木鉢に入った花だった。
「君への誕生日プレゼントだ」
「…っ!!私に……?」
「そうだ。夫婦になって初めて迎える誕生日だからな…と言っても一日過ぎてしまったが…」
受け取ってくれ、差し出された植木鉢を手にする。鉢には赤いリボンが巻かれていて、透明な袋でラッピングされていた。
「2月21日の花は"菫"だ。"謙虚"や"誠実"と言った花言葉がある。西洋では理想の女性の一つだそうだ」
語る彼の言葉に耳を傾けながら花を見つめた。紫の菫が小さいながらも可憐に花を咲かせている。彼が花屋にいたのはこういう事だったのか。でも、お店以外でも見かけたというのは…
「ただ、この季節にはまだ咲いていない。だから、花屋の彼女が一緒に探してくれたのだ」
結局、取り寄せなければならなかったが…と、苦笑するエルヴィン。誕生日は忘れてなかったけれどまだ彼の身の潔白が証明されていない。あのハグはなんだったのか。
「……でもこの間は花屋の人とハグしてた…」
「あれは相談のお礼をしたらいきなり抱き着かれただけだ。すぐに離れたよ」
納得がいかないがまだ確信出来ない。
「じゃあ、花屋に行くため帰りが遅かったの?」
「それもあるが、仕事を前倒しにして無理矢理休みをもらった。本当は昨日休日を貰うつもりだったんだが、トラブルが発生してな…」
彼の事を信じたいけれどどうにも信じられない。
「エルヴィンが…私に飽きて、違う女性を選んだのかと……」
「違う。俺には君だけだ。信じてくれ」
「…本当に、何もないの?」
「ああ、何もない。だが…すまない…君を不安にさせるとは……夫失格だな…」
「本当に?エルヴィンを信じるよ?」
「ああ…信じてくれ」
分かった、と彼を信じる事にして疑ってしまった自分にも情けない。彼をどうして信じてあげられなかったのかと。
「…エルヴィン、ありがとう」
「いいんだ。一日遅れたが、誕生日おめでとう」
ふわりと微笑む彼が顔を寄せて唇にキスをする。何日振りだろうか。くすぐったさを感じながらも顔が離れれば微笑み合う。
「でも…なんで植木鉢に?」
「これから毎年、君の誕生日には菫を贈ろうと思う。菫は短命だが、種を植えればまた芽を出す。それに…多忙で会えなくてもこれがあれば気を紛らわす事が出来るんじゃないかと思ってな…」
頬を掻きながら話すエルヴィンを見て、喜びで涙が込み上げる。
「菫と共に、歳を重ねるのも悪くない」
君にピッタリだ、頬に手を添える大きな手が温かい。その手に自分のを重ねて顔を擦り寄せた。
「うん…疑ってごめんね?ありがとう…」
「君が謝る必要はない。不安にさせた俺の失態だ」
悪かった、抱き寄せて耳元で呟くように声のトーンを落とす。真実を知る事が出来て本当に良かった。
そこへタイミングかいいのか悪いのか、お腹の虫が鳴ってしまう。
「朝食だな。準備していたところだった」
「そう言えばなんでご飯なんか?」
「休みを貰ったからな。誕生日を迎えた君をもてなしたいと思ったんだが……」
慣れない事はするものではない、と苦笑する彼とキッチン周りを見て思わず吹き出す。彼の言う通り、普段から料理なんてあまりする方ではないから、コンロや流し台の辺りが卵の殻やキッチン道具で散乱していた。仕事ではキッチリしているのにこういう一面があると知れてなんだか微笑ましくなる。
何より、彼の気持ちが嬉しくてこれまでの事が全部吹き飛んだ。
そこからは一緒に朝食を作って食べ、二人で久しぶりにデートをした。「夫婦では初デートだな」なんて言うから照れ恥ずかしさを感じながらもとても楽しく過ごす事が出来た。誕生日のお祝いだからと全部彼がエスコート。いつもそうだけれど久しぶり過ぎて本当に照れてしまう。
「エルヴィン、楽しかった。素敵な誕生日をありがとう」
「一日過ぎたがな」
「ううん。関係ないよ。凄く嬉しかった」
ディナーを食べ、帰宅しお風呂まで済ませたところでお礼を伝えた。本当に思い出に残る誕生日。幸せいっぱいで就寝しようと寝室へ。
「待ってくれ。君に、これを」
後ろから呼び止められて振り向けば彼の手には包装された小包が…。受け取れば「開けてくれ」と促す彼に綺麗に包みを取っていく。箱を開ければそこにあったのは淡いピンク色をした細身の手袋だった。
「君は手袋が煩わしいと言っていたが…これだと手に程よく馴染む。寒さも少しは紛れるかと思ってな…」
彼からのもう一つのプレゼントに言葉が出なかった。シンプルなデザインで手首の部分は毛皮?でモコモコしている。手触りが良くて手にはめれば暖かい。
「凄く嬉しい。ありがとう」
「良かった。…実はこれを買う時も手伝ってくれてな…」
申し訳なさそうに話すのは恐らく花屋の女性の事だろう。でももういいのだ。彼にたくさん祝って貰えたのだから。
「いいよ、もう怒ってないから。むしろ真剣に悩んで買ってきてくれたんでしょう?ありがとう」
笑顔を向ければ笑みを返してくれるエルヴィン。そろそろ休もうと寝室に入ったところでいきなりお姫様抱っこをされた。
「もう一つ言っておこう。明日も休みを貰っている。だから今夜は…」
"寝かせないよ"
耳元に顔を寄せ、ボソリと低い声で囁く彼を見れば悪戯な笑みを浮かべていた。
その宣言通り、一晩中彼に愛され夫婦の仲が深まったのは言うまでもない。
翌日。
あのまま眠って一夜が明けたようだ。無気力な状態で天井を見つめる。外からは雀の鳴き声が遠くから聞こえ、窓を見れば白みかけている陽の光が視界に入った。
溜息を吐いて上体を起こす。何だかんだで昨日から何も食べてない。重い体をベッドから動かし寝室の扉を開けた。すると、リビングの方から何かをフライパンで焼いてるような音と少し焦げ臭い匂いがするではないか。人の気配に緊張が走る。
早朝ということは、恐らくエルヴィンだ。でも料理なんてしないのに、と不安を感じながらも静かにリビングの扉を開いた。そうすれば音と匂いが増し、誰が居るのかと念の為こっそり確認する。
そこに居たのはやはりエルヴィンでエプロンを着けて、コンロの前に立っていた。一体何をしているのか…。
その様子を眺めていたが視線に気付いた彼がこちらを向く。慌てて物陰に隠れたがすぐに見つかってしまった。
「何故隠れる。久しぶりで照れているのか?」
久々に彼の声を聞いて悲しみを通り越して怒りが込み上げる。
「…どうした?」
言いたい事なんて山ほどあるのに言葉にする事が出来ない。胸のシャツを握り締める手が震える。
「………か…」
「なんだ?」
「エルヴィンの馬鹿っ!!」
声を張り上げ彼に投げつけた。彼は目を見開いて驚愕している。それもそのはず、こんな風に感情を表に出したのはこれまでにないから。
「…馬鹿と言いながら何故泣いている?」
「自分の胸に聞いてみたらいいでしょ?!」
「……ちょっとこっちへ」
「嫌だ。エルヴィンの顔なんて見たくない」
「待て。何故そうなる?何があった?」
「だから、自分の胸に……っ?!」
彼に向かって怒りをぶつけていたのに腕を引かれ抱き締められる。
「いやっ!離して!!」
「待て、落ち着け……」
「落ち着いてなんて…いられない!!」
「…すまない」
「それは何に対しての謝罪……っ?!」
自分の過ちに対してだろうか。でもそんな事はもうどうでもいい。
「君を…不安にさせてしまったのだな…噂を、耳にしたんだろう?俺が別の女性と一緒にいる、と…」
「?!」
なんで彼がその事を知っているのだろうかと考えたが、社内でも人気のある彼の事だ。きっと噂が広まり、ましてや昨日自分が会社を休んでしまった…だから本人にも届いてしまったと推測が出来る。
「本当にすまない…言い訳に聞こえるかもしれないが聞いてもらえるか?」
少し話そう、肩を抱かれるようにしてソファーへと腰掛ける。
「まずその女性との関係だが……何もない」
「…嘘です。仲良く話してるのをみたんですから…」
「それはそうだろう。相談をしていたのだから」
「……相談?」
「ああ。これを……」
そう言って、ソファーの陰から取り出したのは小さな植木鉢に入った花だった。
「君への誕生日プレゼントだ」
「…っ!!私に……?」
「そうだ。夫婦になって初めて迎える誕生日だからな…と言っても一日過ぎてしまったが…」
受け取ってくれ、差し出された植木鉢を手にする。鉢には赤いリボンが巻かれていて、透明な袋でラッピングされていた。
「2月21日の花は"菫"だ。"謙虚"や"誠実"と言った花言葉がある。西洋では理想の女性の一つだそうだ」
語る彼の言葉に耳を傾けながら花を見つめた。紫の菫が小さいながらも可憐に花を咲かせている。彼が花屋にいたのはこういう事だったのか。でも、お店以外でも見かけたというのは…
「ただ、この季節にはまだ咲いていない。だから、花屋の彼女が一緒に探してくれたのだ」
結局、取り寄せなければならなかったが…と、苦笑するエルヴィン。誕生日は忘れてなかったけれどまだ彼の身の潔白が証明されていない。あのハグはなんだったのか。
「……でもこの間は花屋の人とハグしてた…」
「あれは相談のお礼をしたらいきなり抱き着かれただけだ。すぐに離れたよ」
納得がいかないがまだ確信出来ない。
「じゃあ、花屋に行くため帰りが遅かったの?」
「それもあるが、仕事を前倒しにして無理矢理休みをもらった。本当は昨日休日を貰うつもりだったんだが、トラブルが発生してな…」
彼の事を信じたいけれどどうにも信じられない。
「エルヴィンが…私に飽きて、違う女性を選んだのかと……」
「違う。俺には君だけだ。信じてくれ」
「…本当に、何もないの?」
「ああ、何もない。だが…すまない…君を不安にさせるとは……夫失格だな…」
「本当に?エルヴィンを信じるよ?」
「ああ…信じてくれ」
分かった、と彼を信じる事にして疑ってしまった自分にも情けない。彼をどうして信じてあげられなかったのかと。
「…エルヴィン、ありがとう」
「いいんだ。一日遅れたが、誕生日おめでとう」
ふわりと微笑む彼が顔を寄せて唇にキスをする。何日振りだろうか。くすぐったさを感じながらも顔が離れれば微笑み合う。
「でも…なんで植木鉢に?」
「これから毎年、君の誕生日には菫を贈ろうと思う。菫は短命だが、種を植えればまた芽を出す。それに…多忙で会えなくてもこれがあれば気を紛らわす事が出来るんじゃないかと思ってな…」
頬を掻きながら話すエルヴィンを見て、喜びで涙が込み上げる。
「菫と共に、歳を重ねるのも悪くない」
君にピッタリだ、頬に手を添える大きな手が温かい。その手に自分のを重ねて顔を擦り寄せた。
「うん…疑ってごめんね?ありがとう…」
「君が謝る必要はない。不安にさせた俺の失態だ」
悪かった、抱き寄せて耳元で呟くように声のトーンを落とす。真実を知る事が出来て本当に良かった。
そこへタイミングかいいのか悪いのか、お腹の虫が鳴ってしまう。
「朝食だな。準備していたところだった」
「そう言えばなんでご飯なんか?」
「休みを貰ったからな。誕生日を迎えた君をもてなしたいと思ったんだが……」
慣れない事はするものではない、と苦笑する彼とキッチン周りを見て思わず吹き出す。彼の言う通り、普段から料理なんてあまりする方ではないから、コンロや流し台の辺りが卵の殻やキッチン道具で散乱していた。仕事ではキッチリしているのにこういう一面があると知れてなんだか微笑ましくなる。
何より、彼の気持ちが嬉しくてこれまでの事が全部吹き飛んだ。
そこからは一緒に朝食を作って食べ、二人で久しぶりにデートをした。「夫婦では初デートだな」なんて言うから照れ恥ずかしさを感じながらもとても楽しく過ごす事が出来た。誕生日のお祝いだからと全部彼がエスコート。いつもそうだけれど久しぶり過ぎて本当に照れてしまう。
「エルヴィン、楽しかった。素敵な誕生日をありがとう」
「一日過ぎたがな」
「ううん。関係ないよ。凄く嬉しかった」
ディナーを食べ、帰宅しお風呂まで済ませたところでお礼を伝えた。本当に思い出に残る誕生日。幸せいっぱいで就寝しようと寝室へ。
「待ってくれ。君に、これを」
後ろから呼び止められて振り向けば彼の手には包装された小包が…。受け取れば「開けてくれ」と促す彼に綺麗に包みを取っていく。箱を開ければそこにあったのは淡いピンク色をした細身の手袋だった。
「君は手袋が煩わしいと言っていたが…これだと手に程よく馴染む。寒さも少しは紛れるかと思ってな…」
彼からのもう一つのプレゼントに言葉が出なかった。シンプルなデザインで手首の部分は毛皮?でモコモコしている。手触りが良くて手にはめれば暖かい。
「凄く嬉しい。ありがとう」
「良かった。…実はこれを買う時も手伝ってくれてな…」
申し訳なさそうに話すのは恐らく花屋の女性の事だろう。でももういいのだ。彼にたくさん祝って貰えたのだから。
「いいよ、もう怒ってないから。むしろ真剣に悩んで買ってきてくれたんでしょう?ありがとう」
笑顔を向ければ笑みを返してくれるエルヴィン。そろそろ休もうと寝室に入ったところでいきなりお姫様抱っこをされた。
「もう一つ言っておこう。明日も休みを貰っている。だから今夜は…」
"寝かせないよ"
耳元に顔を寄せ、ボソリと低い声で囁く彼を見れば悪戯な笑みを浮かべていた。
その宣言通り、一晩中彼に愛され夫婦の仲が深まったのは言うまでもない。