君と菫
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2.
誕生日数日前。
「……ねぇ。ちょっと」
職場の給湯室で紅茶を入れていると小声で呼ばれ振り向けば、先輩が給湯室の奥にある女性用仮眠室から顔を少し覗かせ、ちょいちょいと手巻きをしていた。
「どうしたんですか?」
なんで隠れるようにして自分を呼びつけるのか分からず先輩に近寄る。
「いいから!」
「わわ!」
先輩の前まで来るといきなり手を引かれ部屋の中へ引きずり込まれる。先輩は誰も居ないか確認してから仮眠室のドアを閉めた。中にはあと一人、先輩が居て、その不安気な表情を見て嫌な予感がした。
「ねぇ。単刀直入に聞くけど、あなた達夫婦は上手くいってるの?」
「ど、どうしてですか?」
いきなり先輩がそんな事を聞いてきて、不安が増す。
「普通だと思いますが…」
「そう…。それならいいんだけど少し心配になって…」
二人の先輩が顔を見合わせている。なんでわざわざ自分をこんな所に招き入れ、そんな話をするのか。
彼は社内でも人気が凄い。だから自分の知らない所で、何か起きたのか。胸騒ぎがして落ち着かなくなる。
「先日、あなたの旦那さんを見たかけたのよ。花屋だったわ。その日だけならいいのだけれど…最近毎日見かけるのよ……」
ドクンと心臓が一つ脈を打つ。花屋?毎日?何故…と頭の中が一気に混乱する。そこから先は聞かない方がいいような気がした。でも足が震えて動かない。
「花屋だけかと思ったら違うお店で見かけてね?しかも女の人と一緒だったの…それがその花屋で働いてる女性みたいで…」
「途中から私も見かけるようになったわ…とても仲良さげに歩いていたから…だからその……あなたが心配になって…」
もう一人の先輩も付け加えるように話す。自分は、信じられなくて体が小さく震え出した。
「……本当、なんですか?」
「ええ…他にも見かけた子がいるの…」
「そう、ですか……ありがとうございます…」
それを聞いてショックで何も考えられなくなり、先輩達には無理矢理笑ってお礼を伝え、逃げるように仮眠室を出た。花屋なんて何をしに?私の誕生日が関係している…?そんな事を考えたけれど期待してはダメだと自分に言い聞かせた。
「ちょ、ちょっと!!どうしたの?!」
自分を探しに来た同期に腕を掴まれ驚愕している。何故なら自分は涙を流していたから。同期はハンカチを手渡してくれ落ち着くまで傍に居てくれた。
「それで?何があったの?」
自分達は今、会社の屋上にいた。日中は陽射しが暖かくなってきたとは言え、風が吹けば冷える。屋上に来る前、持参したコートと同期がいつの間にか用意していたホット缶コーヒーを手に口にはせず、その熱にすがるように泣いてしまう。
そしてまだ鼻を啜りつつも落ち着きを取り戻した自分に語りかけてくる同期。その瞳を見つめ返し何があったのか説明した。
「ぶん殴ってくるわ」
同期から怒気を含む声が聞こえ慌てて引き留めた。
「どうして止めるの?もしそれが本当なら問い詰めなきゃ駄目でしょ?!」
「そうなんだけど…彼は忙しいから…その女性との方が気持ちが安らぐのかな、って…」
「あなた達夫婦でしょ。そんな事あっちゃ駄目よ」
同期の夫婦という言葉に重みを感じる。やはり自分では妻としての役目を果たせていないのかと…。
「…だけど、ちょっと待ってよ」
同期が顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「その話に信憑性はあるの?」
「何人もの社員が見かけたらしいけど…」
「"らしい"でしょ?あなた本人が見てないんだからまだ決めつけるのは早いわ。私だって信じられないもの。あなたにベタ惚れの彼が?浮気?まさか……。もしかすると妬みによる陰謀かもしれないじゃない?それにあなたの誕生日プレゼントを考えてるというの事も考えられる。いい?百聞は一見に如かず。この目で確かめるよ!」
ガッツポーズを決めてやる気満々の同期。不安な気持ちを抱えたままその日、会社に張り込んで尾行をする事に。
夕方。仕事を終え、道向かいにある喫茶店で張り込む。しかしいくら経ってもエルヴィンは出てこない。
「やっぱりデマなんじゃないの?」
「…うん」
「きっとあなたに誕生日の花でもプレゼントしようと通ってたのよ」
そうなのかもしれない、そう考えが変わりだした頃、会社からエルヴィンが出てきた。
「出て来た!追いかけよう!」
素早く会計を済ませて彼の後を追う。家とは反対方向に歩く彼の姿にまた胸騒ぎが。どうか違いますように、何度も何度も祈りを彼に向けて投げかけた。
会社から十分程歩いた場所で脇道に入る。そしてそこから更に十五分歩いた所で彼が止まった。夜の暗闇に照らされていたのは花屋の看板だった。
店先で笑顔で話している姿を見て動けなくなる。そして店先にも関わらずハグをしているではないか。これ以上見たくなくて走り出す。大通りまで戻り、立ち止まった。同期の手が肩に触れ、たまらず抱きついてしまう。
「……帰ろう」
同期の言葉に黙って頷き、力無く歩き出した。家には帰りたくなくてそのまま同期の家に泊まる事に。一応彼には一報を入れて。
次の日から家に帰ったけれど彼と顔を合わせても何を話せばいいのか、普段通り振舞うことが出来そうになくて避けるようにして過ごした。と言っても、既に家でも顔を合わせる時間が少なかったからその点は助かったのだけれど。
※※※
結局、夫婦なのに顔を合わせる事もなく迎えてしまった誕生日。最悪な誕生日だと思いながらも寝室からリビングへ向かう。ふと、ダイニングテーブルの上にメモがあるのを見かけた。何気なく手に取ればそこには彼の字が。
『今日は家には帰れない。すまない』
その短い文の中に、あの花屋の女性が脳裏に浮かんで目頭が熱くなる。自分の誕生日なんか忘れていい人を見つけ、朝まで過ごすんだ…そんな事を考えてしまう。
なんだかもうどうでもよくなって会社に行く気にもなれず休んでしまった。途中、同期が家に来ると連絡があったけど、そっとしておいて欲しいと伝えてベッドで横になる。でも眠れる訳がなく時間だけが過ぎていった。
誕生日数日前。
「……ねぇ。ちょっと」
職場の給湯室で紅茶を入れていると小声で呼ばれ振り向けば、先輩が給湯室の奥にある女性用仮眠室から顔を少し覗かせ、ちょいちょいと手巻きをしていた。
「どうしたんですか?」
なんで隠れるようにして自分を呼びつけるのか分からず先輩に近寄る。
「いいから!」
「わわ!」
先輩の前まで来るといきなり手を引かれ部屋の中へ引きずり込まれる。先輩は誰も居ないか確認してから仮眠室のドアを閉めた。中にはあと一人、先輩が居て、その不安気な表情を見て嫌な予感がした。
「ねぇ。単刀直入に聞くけど、あなた達夫婦は上手くいってるの?」
「ど、どうしてですか?」
いきなり先輩がそんな事を聞いてきて、不安が増す。
「普通だと思いますが…」
「そう…。それならいいんだけど少し心配になって…」
二人の先輩が顔を見合わせている。なんでわざわざ自分をこんな所に招き入れ、そんな話をするのか。
彼は社内でも人気が凄い。だから自分の知らない所で、何か起きたのか。胸騒ぎがして落ち着かなくなる。
「先日、あなたの旦那さんを見たかけたのよ。花屋だったわ。その日だけならいいのだけれど…最近毎日見かけるのよ……」
ドクンと心臓が一つ脈を打つ。花屋?毎日?何故…と頭の中が一気に混乱する。そこから先は聞かない方がいいような気がした。でも足が震えて動かない。
「花屋だけかと思ったら違うお店で見かけてね?しかも女の人と一緒だったの…それがその花屋で働いてる女性みたいで…」
「途中から私も見かけるようになったわ…とても仲良さげに歩いていたから…だからその……あなたが心配になって…」
もう一人の先輩も付け加えるように話す。自分は、信じられなくて体が小さく震え出した。
「……本当、なんですか?」
「ええ…他にも見かけた子がいるの…」
「そう、ですか……ありがとうございます…」
それを聞いてショックで何も考えられなくなり、先輩達には無理矢理笑ってお礼を伝え、逃げるように仮眠室を出た。花屋なんて何をしに?私の誕生日が関係している…?そんな事を考えたけれど期待してはダメだと自分に言い聞かせた。
「ちょ、ちょっと!!どうしたの?!」
自分を探しに来た同期に腕を掴まれ驚愕している。何故なら自分は涙を流していたから。同期はハンカチを手渡してくれ落ち着くまで傍に居てくれた。
「それで?何があったの?」
自分達は今、会社の屋上にいた。日中は陽射しが暖かくなってきたとは言え、風が吹けば冷える。屋上に来る前、持参したコートと同期がいつの間にか用意していたホット缶コーヒーを手に口にはせず、その熱にすがるように泣いてしまう。
そしてまだ鼻を啜りつつも落ち着きを取り戻した自分に語りかけてくる同期。その瞳を見つめ返し何があったのか説明した。
「ぶん殴ってくるわ」
同期から怒気を含む声が聞こえ慌てて引き留めた。
「どうして止めるの?もしそれが本当なら問い詰めなきゃ駄目でしょ?!」
「そうなんだけど…彼は忙しいから…その女性との方が気持ちが安らぐのかな、って…」
「あなた達夫婦でしょ。そんな事あっちゃ駄目よ」
同期の夫婦という言葉に重みを感じる。やはり自分では妻としての役目を果たせていないのかと…。
「…だけど、ちょっと待ってよ」
同期が顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「その話に信憑性はあるの?」
「何人もの社員が見かけたらしいけど…」
「"らしい"でしょ?あなた本人が見てないんだからまだ決めつけるのは早いわ。私だって信じられないもの。あなたにベタ惚れの彼が?浮気?まさか……。もしかすると妬みによる陰謀かもしれないじゃない?それにあなたの誕生日プレゼントを考えてるというの事も考えられる。いい?百聞は一見に如かず。この目で確かめるよ!」
ガッツポーズを決めてやる気満々の同期。不安な気持ちを抱えたままその日、会社に張り込んで尾行をする事に。
夕方。仕事を終え、道向かいにある喫茶店で張り込む。しかしいくら経ってもエルヴィンは出てこない。
「やっぱりデマなんじゃないの?」
「…うん」
「きっとあなたに誕生日の花でもプレゼントしようと通ってたのよ」
そうなのかもしれない、そう考えが変わりだした頃、会社からエルヴィンが出てきた。
「出て来た!追いかけよう!」
素早く会計を済ませて彼の後を追う。家とは反対方向に歩く彼の姿にまた胸騒ぎが。どうか違いますように、何度も何度も祈りを彼に向けて投げかけた。
会社から十分程歩いた場所で脇道に入る。そしてそこから更に十五分歩いた所で彼が止まった。夜の暗闇に照らされていたのは花屋の看板だった。
店先で笑顔で話している姿を見て動けなくなる。そして店先にも関わらずハグをしているではないか。これ以上見たくなくて走り出す。大通りまで戻り、立ち止まった。同期の手が肩に触れ、たまらず抱きついてしまう。
「……帰ろう」
同期の言葉に黙って頷き、力無く歩き出した。家には帰りたくなくてそのまま同期の家に泊まる事に。一応彼には一報を入れて。
次の日から家に帰ったけれど彼と顔を合わせても何を話せばいいのか、普段通り振舞うことが出来そうになくて避けるようにして過ごした。と言っても、既に家でも顔を合わせる時間が少なかったからその点は助かったのだけれど。
※※※
結局、夫婦なのに顔を合わせる事もなく迎えてしまった誕生日。最悪な誕生日だと思いながらも寝室からリビングへ向かう。ふと、ダイニングテーブルの上にメモがあるのを見かけた。何気なく手に取ればそこには彼の字が。
『今日は家には帰れない。すまない』
その短い文の中に、あの花屋の女性が脳裏に浮かんで目頭が熱くなる。自分の誕生日なんか忘れていい人を見つけ、朝まで過ごすんだ…そんな事を考えてしまう。
なんだかもうどうでもよくなって会社に行く気にもなれず休んでしまった。途中、同期が家に来ると連絡があったけど、そっとしておいて欲しいと伝えてベッドで横になる。でも眠れる訳がなく時間だけが過ぎていった。