寄る辺のない春に咲く
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ユキちゃんと出会って4日目。こうして俺と話すのを拒まない辺り、一応は信頼してくれてるのだろうが、彼女は中々踏み込んだ質問までには答えてくれなかった。今は組織の仕事が緩やかだから、彼女を気にかけることが出来るけど、彼女と関わり続けるのは俺にとっても彼女にとっても危険になりうる。
何か、一つでも有益な情報を手に入れなければならない。少しずつ焦りが募ってきているのは事実だった。
「そういえば、弥子ちゃんってどこに住んでるんだ?」
「ヒロさん、さすがにそこまでいくとまずいのでは?」
「だよな…」
ジトーと怪訝な目線を向けてくるユキちゃんを見て自分の発言のヤバさに気がついた。今のは完全に不審者の発言だったか。少しくらいは仲良くなったような気がしたけど、やっぱりある程度警戒はされてるよな…。
はあ、とわざとらしく大きなため息をついて、ユキちゃんは俺から目を逸らし読書を続けた。ゼロだけじゃなくてユキちゃんにまで呆れられるとか、こんなところをゼロに見られたら説教だけじゃ済まなそうだ。
ユキちゃんと出会って今日で五日目か…。徹夜してようやくまとめ終えた資料を見てひと息をつく。ふと目についたデジタル時計が朝の8時を示していることに気が付いて俺は慌てて資料の提出に向かった。
昨日、公園から直接警察庁へ向かったから手持ちの服が昨日と同じパーカーしかない。車の中に転がるパーカーと、今着ているスーツを見比べて結局着替えることにした。
子ども1人の調査に時間を使いすぎだと、そろそろ怒られてもおかしくない。公安の仕事もまだ残ってるし、さすがに手段を選んでいられないかもしれない。
「なあ弥子ちゃん、俺と一緒にカフェにいかないか?知り合いに美味しいお店を教えてもらったんだ」
「…急ですね」
「ダメだった…?俺が奢るからさ!」
「いえ、ダメとは言ってません。良いですよ、行きましょう。ヒロさんの奢りで」
もっと怪訝な顔をされると思われた食事の誘いを思いのほかすんなりと了承してくれて拍子抜けした。むしろ少し嬉しそうな顔をしていたような気がするほどだ。これは手応えがあったと言って良い。
カフェに来てさっそく、あれこれ注文したユキちゃんは幸せそうにショートケーキを頬張っていた。ケーキを食べるのは久しぶりだから、とっても嬉しい。そう言って緩んだ表情をしていた彼女を見て、これならいけそうだと思ってしまったのが良くなかった。
カラン という氷の音が静寂の中でよく聞こえた。
珍しく笑っていた彼女はどこへ行ったのか、何時間もかけて登った山の、頂上寸前で大きなネズミ返しにでも遭った気分だ。
潜入捜査において対象から話を聞き出すには互いの信頼、もしくは利害関係を一致させる必要がある。しかし今回に関しては彼女と利害関係を結ぶことなんてできない。だから彼女からの信頼を利用しようとしたのが間違いだった。一緒にカフェに来て、彼女が楽しそうに父親の話をしているところまでは良かった。
会話の流れの中で上手く誘導して彼女の父親の働いていた場所を特定しようとしたときだった。いつもより饒舌だった彼女がパタリと話を終えてしまった。
「ヒロさん、あなたが私の何を知りたいのか分かりませんが、これ以上プライベートなことを探るようなら私は警察に相談しますよ」
「弥子ちゃん…ごめんそんなつもりじゃ」
「…正直私には、ヒロさんが何かを企んでる人のようには見えません。ヒロさんは私が夜にアルバイトをしていることを知ってましたね。調べたのか、ただ適当に話をしていたのか分かりませんが、私はヒロさんを疑いたくありません」
「俺だって…」
(君を疑いたくなんかないんだ…)
結局、新しい情報を入手することが出来ずに俺は警察庁へと戻ることになった。想像以上に賢くて、警戒心の強い子だ。
(加えて俺は、彼女の信頼を裏切ってしまった...)
それを自覚した途端ひどい罪悪感に包まれたような感覚に陥った。
まだ七葉ユキのことを探ってるのかとゼロの小言を適当に笑って誤魔化したが、正直状況は全く笑えない。
ダメだ。そろそろ片を付けるとか言っておきながら彼女の情報は全然手に入らなかった。煮え切らない気持ちを抱えたまま、溜まっている別の仕事を片付けるために俺はデスクについた。
また次の日、俺はいつもの時間に公園に行く。昨日は少し無理やり情報を聞き出そうとしすぎた。まさか彼女にあんなことを言われるだなんて思わなかった。少しは信頼を築けていたはずだったのに、軽率に行動を起こして裏切るような形をとった自分が本当に情けない。
(気味悪がられて彼女が公園に来ることを避けていなければいいけど)
そんなことを考えながらいつものベンチを覗くと、彼女はいつも通り桜の木の下にいた。
「弥子ちゃん、昨日はごめん。もう何も聞かないから許してくれないか?」
黙って本を読み続ける彼女の隣に座って、恐る恐る話を切り出せば、彼女はパタンと音を立てて読んでいた厚い参考書を閉じた。
「私はヒロさんと話をするの、嫌いじゃありませんよ」
「えっと、それなら嬉しいんだけど、でも昨日は君を裏切るようなことをしてしまったから」
「そうですね。私も少しショックでした」
「本当にごめん…」
「それはもういいですよ。気にしないでください。昨日も言いましたが、私にはとてもヒロさんが悪い人に見えないんです」
「…それ、前にもそんなこと言ってたけど、俺ずっと不審者みたいな言動してるし」
「ああ自覚あったんですね」
「でも別に君をどうこうしたいってわけじゃないんだ」
「それもわかってますよ」
「なあ、なんで君はそんなに俺を信頼してくれてるんだ?君にとって俺は本当にただの見知らぬおじさんも同然じゃないか」
「…確かに、なんででしょうね」
――たぶん、ヒロさんが父に似てるからでしょうかね。
そう言って力なく笑ったユキちゃんは少し寂しそうに見えた。今になって分かる。彼女の口から紡がれる父親の話の意味が。これほど警戒心の強い彼女が、どうしてずっと俺に構ってくれるのか。
(亡くなった父親に俺を重ねているのか…)
ごめんゼロ、やっぱり俺もユキちゃんを疑うことなんてできそうにない。もう少し待ってくれ、彼女が偽りの名前を名乗り続けることも、彼女の父親の死因もちゃんと俺が突き止めて見せるから。
ユキちゃんは今までどんな気持ちで過ごしていたのだろうか。ぎゅっと締め付けられるように痛む心臓を抑えて彼女を見れば、もうあの寂しそうな面影はなく相変わらず真剣な顔で勉強をしていた。本当に強くて賢い子なのだろう。あんな家庭環境でよくここまで真っ直ぐ育ったものだ。
ヒロさんと出会ってから1週間ほど経った頃だろうか。朝5時30分ずっとバックの中に入れてあった父のスマホ、それが久しぶりに通知を知らせた。あれこの人...。
液晶に表示されたメールの差出人の名前には見覚えがあった。
父がいなくなった直後は仕事仲間と思われる人物からの連絡が度々きていたし、なんとなく電源を切りたくなくて定期的に充電しているこのスマホ。
(そういえば、この人は父が死んだこと知らなそうだな...)
「スコッチはノック。今俺たちがスコッチを捉えれば、お前の信用は回復するかもしれない」
メッセージを読み上げてはたと首を傾げる。スコッチとは…、お酒の名前だけどこの名前どこかで…。そこでハッと顔を上げた。スコッチ、確かヒロさんがそう呼ばれていた気がする。ヒロさんと出会った日、ヒロさんの知り合いがヒロさんのことをそう呼んでいた。
とは言っても、ノックというのは…。私の父はおそらく俗にいう裏社会の中で仕事をしていたはずだ。そんな場所で用いられるノックといえば、NOC(Non-Official cover)。アメリカのCIAなどで使われる隠語、つまりスパイのことを示しているのだろう。
父は頭こそ良くないが良い人だった。情に厚い人だ。人との関わりと大切にする人。そして私のために一生懸命に生きてくれた人。だからだろうか、このような裏社会の中でも、父のことを慕ってくれる人がいたのが驚きだ。この人のあだ名は確かブランデー。父が亡くなってすぐにコードネームを貰ったとわざわざこのスマホに連絡してきたんだ。
「スコッチはノック」
そう呟いて父のスマホを手に取った。そしてアルバイト先の店長さんに断りを入れて早朝、私は店を飛び出した。向かうのはいつもの公園。
今日、ヒロさんは公園に来れるのだろうか。こうして連絡が回ってるってことは、もうバレてしまっているのかもしれない。ヒロさんは悪の組織に潜入するスパイ。それが分かって私は嬉しかった。やっぱりヒロさんは悪い人じゃなかったと私の信用を裏付ける証拠となったから。けれどもそれは、ヒロさんに父と同じような"死"が迫っていることも同義だった。
早く、この事実を彼に伝えなければならない。朝の人通りの少ない道路を疾走して公園の門をくぐる。当然、誰もいない公園には静寂が広がっていた。
(早く、早く、いつもみたいに私に声をかけてきて。あたかも私の友人のように、いつもみたい私の隣に腰かけて。あれ?今日はもうアルバイト終わったのか?ってストーカーじみたセリフを吐いたって構わないから…)
バクバクと破裂しそうなほど大きく音を立てる心臓に、ぎゅっとシャツを握った。大丈夫、大丈夫、あの人は父とは違ってスパイだから。優秀な人のはずだ、そんな簡単に死んだりしない。
「あれ?弥子ちゃん、今日のバイトはまだ後1時間残ってるんじゃ…」
「ヒロさん!!」
私は相当ひどい顔をしていたのだろう。必死の形相をする私に若干引き気味で1歩後退ったヒロさんを見てホッとした。
良かった。まだ生きてるし、ヒロさんはいつも通り。ふと気を抜いたら溢れそうになる涙を堪えて私は彼に詰め寄った。
「えっ、弥子ちゃんどうして泣いて…」
「ヒロさん、これを見てください」
今にも泣き出しそうな私の表情にあたふたするヒロさんを無視して私は父のスマホを突き出した。不思議そうな顔でスマホを受け取ったヒロさんは、そのメール画面を見て目を見開く。
「...弥子ちゃんこれって」
「シードル、これが父のコードネームです。半年前、娘である私の存在を隠すための嘘がバレて殺されました」
何か、一つでも有益な情報を手に入れなければならない。少しずつ焦りが募ってきているのは事実だった。
「そういえば、弥子ちゃんってどこに住んでるんだ?」
「ヒロさん、さすがにそこまでいくとまずいのでは?」
「だよな…」
ジトーと怪訝な目線を向けてくるユキちゃんを見て自分の発言のヤバさに気がついた。今のは完全に不審者の発言だったか。少しくらいは仲良くなったような気がしたけど、やっぱりある程度警戒はされてるよな…。
はあ、とわざとらしく大きなため息をついて、ユキちゃんは俺から目を逸らし読書を続けた。ゼロだけじゃなくてユキちゃんにまで呆れられるとか、こんなところをゼロに見られたら説教だけじゃ済まなそうだ。
ユキちゃんと出会って今日で五日目か…。徹夜してようやくまとめ終えた資料を見てひと息をつく。ふと目についたデジタル時計が朝の8時を示していることに気が付いて俺は慌てて資料の提出に向かった。
昨日、公園から直接警察庁へ向かったから手持ちの服が昨日と同じパーカーしかない。車の中に転がるパーカーと、今着ているスーツを見比べて結局着替えることにした。
子ども1人の調査に時間を使いすぎだと、そろそろ怒られてもおかしくない。公安の仕事もまだ残ってるし、さすがに手段を選んでいられないかもしれない。
「なあ弥子ちゃん、俺と一緒にカフェにいかないか?知り合いに美味しいお店を教えてもらったんだ」
「…急ですね」
「ダメだった…?俺が奢るからさ!」
「いえ、ダメとは言ってません。良いですよ、行きましょう。ヒロさんの奢りで」
もっと怪訝な顔をされると思われた食事の誘いを思いのほかすんなりと了承してくれて拍子抜けした。むしろ少し嬉しそうな顔をしていたような気がするほどだ。これは手応えがあったと言って良い。
カフェに来てさっそく、あれこれ注文したユキちゃんは幸せそうにショートケーキを頬張っていた。ケーキを食べるのは久しぶりだから、とっても嬉しい。そう言って緩んだ表情をしていた彼女を見て、これならいけそうだと思ってしまったのが良くなかった。
カラン という氷の音が静寂の中でよく聞こえた。
珍しく笑っていた彼女はどこへ行ったのか、何時間もかけて登った山の、頂上寸前で大きなネズミ返しにでも遭った気分だ。
潜入捜査において対象から話を聞き出すには互いの信頼、もしくは利害関係を一致させる必要がある。しかし今回に関しては彼女と利害関係を結ぶことなんてできない。だから彼女からの信頼を利用しようとしたのが間違いだった。一緒にカフェに来て、彼女が楽しそうに父親の話をしているところまでは良かった。
会話の流れの中で上手く誘導して彼女の父親の働いていた場所を特定しようとしたときだった。いつもより饒舌だった彼女がパタリと話を終えてしまった。
「ヒロさん、あなたが私の何を知りたいのか分かりませんが、これ以上プライベートなことを探るようなら私は警察に相談しますよ」
「弥子ちゃん…ごめんそんなつもりじゃ」
「…正直私には、ヒロさんが何かを企んでる人のようには見えません。ヒロさんは私が夜にアルバイトをしていることを知ってましたね。調べたのか、ただ適当に話をしていたのか分かりませんが、私はヒロさんを疑いたくありません」
「俺だって…」
(君を疑いたくなんかないんだ…)
結局、新しい情報を入手することが出来ずに俺は警察庁へと戻ることになった。想像以上に賢くて、警戒心の強い子だ。
(加えて俺は、彼女の信頼を裏切ってしまった...)
それを自覚した途端ひどい罪悪感に包まれたような感覚に陥った。
まだ七葉ユキのことを探ってるのかとゼロの小言を適当に笑って誤魔化したが、正直状況は全く笑えない。
ダメだ。そろそろ片を付けるとか言っておきながら彼女の情報は全然手に入らなかった。煮え切らない気持ちを抱えたまま、溜まっている別の仕事を片付けるために俺はデスクについた。
また次の日、俺はいつもの時間に公園に行く。昨日は少し無理やり情報を聞き出そうとしすぎた。まさか彼女にあんなことを言われるだなんて思わなかった。少しは信頼を築けていたはずだったのに、軽率に行動を起こして裏切るような形をとった自分が本当に情けない。
(気味悪がられて彼女が公園に来ることを避けていなければいいけど)
そんなことを考えながらいつものベンチを覗くと、彼女はいつも通り桜の木の下にいた。
「弥子ちゃん、昨日はごめん。もう何も聞かないから許してくれないか?」
黙って本を読み続ける彼女の隣に座って、恐る恐る話を切り出せば、彼女はパタンと音を立てて読んでいた厚い参考書を閉じた。
「私はヒロさんと話をするの、嫌いじゃありませんよ」
「えっと、それなら嬉しいんだけど、でも昨日は君を裏切るようなことをしてしまったから」
「そうですね。私も少しショックでした」
「本当にごめん…」
「それはもういいですよ。気にしないでください。昨日も言いましたが、私にはとてもヒロさんが悪い人に見えないんです」
「…それ、前にもそんなこと言ってたけど、俺ずっと不審者みたいな言動してるし」
「ああ自覚あったんですね」
「でも別に君をどうこうしたいってわけじゃないんだ」
「それもわかってますよ」
「なあ、なんで君はそんなに俺を信頼してくれてるんだ?君にとって俺は本当にただの見知らぬおじさんも同然じゃないか」
「…確かに、なんででしょうね」
――たぶん、ヒロさんが父に似てるからでしょうかね。
そう言って力なく笑ったユキちゃんは少し寂しそうに見えた。今になって分かる。彼女の口から紡がれる父親の話の意味が。これほど警戒心の強い彼女が、どうしてずっと俺に構ってくれるのか。
(亡くなった父親に俺を重ねているのか…)
ごめんゼロ、やっぱり俺もユキちゃんを疑うことなんてできそうにない。もう少し待ってくれ、彼女が偽りの名前を名乗り続けることも、彼女の父親の死因もちゃんと俺が突き止めて見せるから。
ユキちゃんは今までどんな気持ちで過ごしていたのだろうか。ぎゅっと締め付けられるように痛む心臓を抑えて彼女を見れば、もうあの寂しそうな面影はなく相変わらず真剣な顔で勉強をしていた。本当に強くて賢い子なのだろう。あんな家庭環境でよくここまで真っ直ぐ育ったものだ。
ヒロさんと出会ってから1週間ほど経った頃だろうか。朝5時30分ずっとバックの中に入れてあった父のスマホ、それが久しぶりに通知を知らせた。あれこの人...。
液晶に表示されたメールの差出人の名前には見覚えがあった。
父がいなくなった直後は仕事仲間と思われる人物からの連絡が度々きていたし、なんとなく電源を切りたくなくて定期的に充電しているこのスマホ。
(そういえば、この人は父が死んだこと知らなそうだな...)
「スコッチはノック。今俺たちがスコッチを捉えれば、お前の信用は回復するかもしれない」
メッセージを読み上げてはたと首を傾げる。スコッチとは…、お酒の名前だけどこの名前どこかで…。そこでハッと顔を上げた。スコッチ、確かヒロさんがそう呼ばれていた気がする。ヒロさんと出会った日、ヒロさんの知り合いがヒロさんのことをそう呼んでいた。
とは言っても、ノックというのは…。私の父はおそらく俗にいう裏社会の中で仕事をしていたはずだ。そんな場所で用いられるノックといえば、NOC(Non-Official cover)。アメリカのCIAなどで使われる隠語、つまりスパイのことを示しているのだろう。
父は頭こそ良くないが良い人だった。情に厚い人だ。人との関わりと大切にする人。そして私のために一生懸命に生きてくれた人。だからだろうか、このような裏社会の中でも、父のことを慕ってくれる人がいたのが驚きだ。この人のあだ名は確かブランデー。父が亡くなってすぐにコードネームを貰ったとわざわざこのスマホに連絡してきたんだ。
「スコッチはノック」
そう呟いて父のスマホを手に取った。そしてアルバイト先の店長さんに断りを入れて早朝、私は店を飛び出した。向かうのはいつもの公園。
今日、ヒロさんは公園に来れるのだろうか。こうして連絡が回ってるってことは、もうバレてしまっているのかもしれない。ヒロさんは悪の組織に潜入するスパイ。それが分かって私は嬉しかった。やっぱりヒロさんは悪い人じゃなかったと私の信用を裏付ける証拠となったから。けれどもそれは、ヒロさんに父と同じような"死"が迫っていることも同義だった。
早く、この事実を彼に伝えなければならない。朝の人通りの少ない道路を疾走して公園の門をくぐる。当然、誰もいない公園には静寂が広がっていた。
(早く、早く、いつもみたいに私に声をかけてきて。あたかも私の友人のように、いつもみたい私の隣に腰かけて。あれ?今日はもうアルバイト終わったのか?ってストーカーじみたセリフを吐いたって構わないから…)
バクバクと破裂しそうなほど大きく音を立てる心臓に、ぎゅっとシャツを握った。大丈夫、大丈夫、あの人は父とは違ってスパイだから。優秀な人のはずだ、そんな簡単に死んだりしない。
「あれ?弥子ちゃん、今日のバイトはまだ後1時間残ってるんじゃ…」
「ヒロさん!!」
私は相当ひどい顔をしていたのだろう。必死の形相をする私に若干引き気味で1歩後退ったヒロさんを見てホッとした。
良かった。まだ生きてるし、ヒロさんはいつも通り。ふと気を抜いたら溢れそうになる涙を堪えて私は彼に詰め寄った。
「えっ、弥子ちゃんどうして泣いて…」
「ヒロさん、これを見てください」
今にも泣き出しそうな私の表情にあたふたするヒロさんを無視して私は父のスマホを突き出した。不思議そうな顔でスマホを受け取ったヒロさんは、そのメール画面を見て目を見開く。
「...弥子ちゃんこれって」
「シードル、これが父のコードネームです。半年前、娘である私の存在を隠すための嘘がバレて殺されました」