寄る辺のない春に咲く
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佐倉弥子、たった2日会った相手にどうこう感情を抱くのは自分でもどうかと思うけど、どうにも気になったその少女の名前を俺は調べることにした。しかし、ポチポチと仕事用のパソコンにその名前を打ち込んで、警察のデータベースに検索をかけて判明した事実に俺は唖然とすることになる。
(佐倉弥子…なんでだ、ここら辺の地域にその名前の子供なんていないぞ。割と珍しい漢字だったし、すぐに見つかるかと思ったけど…)
「ヒロ、そんな険しい顔して何を調べてるんだ。組織関連か?」
「あれ?ゼロお前いつからいたんだ…」
「嘘だろ、俺が家に来たことにも気が付かなかったのか。さすがに気を抜きすぎなんじゃないか?いくらセーフハウスといえど俺たちの任務の危険性はお前だって分かってるだろ」
組織の仕事から帰ったばかりなのだろう。潜入時の衣装として使っているベストを脱いでソファに放り投げたゼロは、気の抜けた俺の態度に少し怒ったように声を荒らげた。いつもなら敏感になるドアの開閉音や、人の靴音に気付かなかったことを今さら自覚した自分に肝が冷える。
ゼロの言う通りだ。俺は何に夢中になってるんだ。今は優先すべき仕事が山ほどあるというのに。
両手で顔を覆って大きなため息をつく。すぐに分かると思っていたのに、こんなところでお預けを食らうなんて思わなかった。煮え切らない態度でパソコンを閉じた俺を見て、俺の様子がいつもと違うことに気が付いたらしい。先ほどとは打って変わり、ゼロは少しばかり柔らかい口調で何があったのかと聞いてきた。
「そんなことか…」
「そんなことじゃないよ。あの子、まだ高校生くらいの歳のはずなのにいつもあの公園にいるんだ」
「だからなんだ、夜中に出歩いているわけじゃないんだろ」
「そうだけど…弥子ちゃん、警察官になりたいって言ってたんだ」
「…それが、君が自分の仕事を疎かにしても良いほどの問題とでも?」
今の自分の立場も考えろよ。というゼロの言葉は最もだった。俺は今危険な組織に潜入している捜査官。不要な巻き込み事故を防ぐためにも彼女と関わることは避けるべきなのは俺だって分かっている。だけど…
「…その後に"父のようにはならない"って言ってたんだ。彼女はずっと父親のことを慕っているような話しぶりだったのに」
「…それは確かに妙だな」
「だろ?しかも弥子ちゃんの戸籍が見つからないんだ」
「は?それを早く言え、なんだその怪しすぎる案件は」
「でも、弥子ちゃん自身は普通の女の子だよ」
「はあ…」
お前は何を言っているんだ?と言いたげな呆れたような目線をゼロから向けられるのを感じながら俺は再びパソコンを開いた。俺だって自分の言っていることが矛盾してるのは分かってるさ。
戸籍が見つからない少女のことを、たった2日会っただけで信頼するなど潜入捜査官の風上にもおけない。確かにこれもゼロの言う通りだ。
佐倉弥子、この名前で現在米花町周辺に住んでる若い女性が存在しなかったことをゼロに説明すればゼロも調べざるを得ないだろう。案の定、険しい顔をしたゼロはさっそく自分のパソコンを開いた。
ゼロと調べ初めて数分経った頃、佐倉弥子という名前はあの子の母親の名前である可能性にたどり着いた。佐倉は母親の旧姓のようだ。間違いない。その人物は結婚を機に米花町へ引越し出産して約1年後に亡くなっている。現在子どもは父親と共に2人暮らしのようだ。彼らの一人娘があの女の子であると仮定するなら、彼女の年齢は相応だし、辻褄も合っている。
「おい、ヒロこれを見てくれ」
「父親の死亡届け…半年前に出されてるなってこれが本当ならあの子は今…一人で暮らしているのか?」
「まだその子と決まったわけではないが、諸々の条件を含めると可能性は高いな」
「それならなんであの子はわざわざ自分の母親の名前を名乗ってるんだ?」
「そんなの俺が知るわけないだろ。ただ、俺たちはこれからこの子の監視をしなければならなくなったな」
「監視って…なあゼロ、それ、俺に任せてくれないか?」
くれぐれも警戒を怠るなよ。厳しい目でそう言うゼロの言葉に強く頷けば、ゼロは渋々といった様子で彼女の件を俺に任せてくれた。
少女の名前は七葉ユキ、16歳。父親と2人暮らしになってから父親が借金を抱え随分と貧乏な生活をしていたようだった。おかげで父親は複数の仕事をかけ持ちして朝から夜までずっと働き詰め、しかしそんな超過労働でまともに働ける訳もなく、度々仕事をクビにさせられては新しい職を探して転々としていた。しかしながらそんな父親は半年前に死別。死因は厳しい生活に耐えきれずに入水自殺か…。しかも遺体も未だ見つかっていない。この部分も不可解なことが多い。
ユキちゃんの方は、小学生、中学生時代に酷い虐めに遭っていたらしい。そのおかげで不登校になり必要最低限の出席で中学を卒業している。彼女は現在学校には行っていないと言っていたし、この情報も合ってそうだ。そしてその後は母親の名前を名乗りながら夜から朝にかけてのアルバイトをかけ持ちしている。
(そして昼間は、公園で法律の勉強か…)
彼女が名前を偽っていることは確かに見過ごせることではないが、何か大きな理由があるのだろう。だって、先日「私には目標があるんです」と語った彼女の瞳には少しの曇りもなかった。それに彼女はまだ高校生の年齢だ。そんな彼女を疑うのはさすがに早計すぎじゃないだろうか。彼女自身が何かを企んでいるとは到底思えない。とすれば、何らかの事件に巻き込まれている可能性が高いはず…。
翌日、俺はまた彼女に会うために公園へ訪れた。決して彼女を疑って素行調査をしているわけじゃない。俺はただ彼女が心配で…。
昨日と同じように、彼女は公園のベンチに座り綺麗な姿勢で本を読んでいる。
「今日も勉強か?偉いな」
そう話しかけると、彼女はちょっと怪訝そうな顔でこちらを見た。まあ確かに、今のは話しかけ方は自分でもちょっとキモいと思ったよ。ただ、彼女が俺のことを避けていないあたり俺が不審者じゃないことを信じてくれているのだろう。
(今はそれだけが救いだな...)
* * *
今日で3日目、またしても私の前に現れたヒロさんは相変わらず優しげな瞳で私のことを見ている。なんだか心配されているような、気にかけてもらっているような感じがして妙な気分になる。
「ヒロさん…こんな昼間から私に構ってばっかで仕事は大丈夫なんですか?」
「あはは…俺も実はメインで働いてるのは夜なんだよ」
(俺"も"実は…)
ここにきて、初めてヒロさんの言葉が引っかかった。この人はなんで私が夜に働いてることを知っている?まあ、昼間ずっとここにいたら見当はつくだろうけど…それにしてもなんか探られている感じがして妙な気分になった。不審者みたいだなんて思ったこともあったけど、信頼していた分、少しショックだったのかもしれない。
いくら父に雰囲気が似てるからといって警戒を解いていたのは間違いだった。私はいつ狙われたっておかしくないんだ。ヒロさんだって、実際のところ何を考えてるかなんて分からないし、そもそも昼間に公園にいる女子に毎日話しかけるような人だ。少なくとも普通じゃない。
(佐倉弥子…なんでだ、ここら辺の地域にその名前の子供なんていないぞ。割と珍しい漢字だったし、すぐに見つかるかと思ったけど…)
「ヒロ、そんな険しい顔して何を調べてるんだ。組織関連か?」
「あれ?ゼロお前いつからいたんだ…」
「嘘だろ、俺が家に来たことにも気が付かなかったのか。さすがに気を抜きすぎなんじゃないか?いくらセーフハウスといえど俺たちの任務の危険性はお前だって分かってるだろ」
組織の仕事から帰ったばかりなのだろう。潜入時の衣装として使っているベストを脱いでソファに放り投げたゼロは、気の抜けた俺の態度に少し怒ったように声を荒らげた。いつもなら敏感になるドアの開閉音や、人の靴音に気付かなかったことを今さら自覚した自分に肝が冷える。
ゼロの言う通りだ。俺は何に夢中になってるんだ。今は優先すべき仕事が山ほどあるというのに。
両手で顔を覆って大きなため息をつく。すぐに分かると思っていたのに、こんなところでお預けを食らうなんて思わなかった。煮え切らない態度でパソコンを閉じた俺を見て、俺の様子がいつもと違うことに気が付いたらしい。先ほどとは打って変わり、ゼロは少しばかり柔らかい口調で何があったのかと聞いてきた。
「そんなことか…」
「そんなことじゃないよ。あの子、まだ高校生くらいの歳のはずなのにいつもあの公園にいるんだ」
「だからなんだ、夜中に出歩いているわけじゃないんだろ」
「そうだけど…弥子ちゃん、警察官になりたいって言ってたんだ」
「…それが、君が自分の仕事を疎かにしても良いほどの問題とでも?」
今の自分の立場も考えろよ。というゼロの言葉は最もだった。俺は今危険な組織に潜入している捜査官。不要な巻き込み事故を防ぐためにも彼女と関わることは避けるべきなのは俺だって分かっている。だけど…
「…その後に"父のようにはならない"って言ってたんだ。彼女はずっと父親のことを慕っているような話しぶりだったのに」
「…それは確かに妙だな」
「だろ?しかも弥子ちゃんの戸籍が見つからないんだ」
「は?それを早く言え、なんだその怪しすぎる案件は」
「でも、弥子ちゃん自身は普通の女の子だよ」
「はあ…」
お前は何を言っているんだ?と言いたげな呆れたような目線をゼロから向けられるのを感じながら俺は再びパソコンを開いた。俺だって自分の言っていることが矛盾してるのは分かってるさ。
戸籍が見つからない少女のことを、たった2日会っただけで信頼するなど潜入捜査官の風上にもおけない。確かにこれもゼロの言う通りだ。
佐倉弥子、この名前で現在米花町周辺に住んでる若い女性が存在しなかったことをゼロに説明すればゼロも調べざるを得ないだろう。案の定、険しい顔をしたゼロはさっそく自分のパソコンを開いた。
ゼロと調べ初めて数分経った頃、佐倉弥子という名前はあの子の母親の名前である可能性にたどり着いた。佐倉は母親の旧姓のようだ。間違いない。その人物は結婚を機に米花町へ引越し出産して約1年後に亡くなっている。現在子どもは父親と共に2人暮らしのようだ。彼らの一人娘があの女の子であると仮定するなら、彼女の年齢は相応だし、辻褄も合っている。
「おい、ヒロこれを見てくれ」
「父親の死亡届け…半年前に出されてるなってこれが本当ならあの子は今…一人で暮らしているのか?」
「まだその子と決まったわけではないが、諸々の条件を含めると可能性は高いな」
「それならなんであの子はわざわざ自分の母親の名前を名乗ってるんだ?」
「そんなの俺が知るわけないだろ。ただ、俺たちはこれからこの子の監視をしなければならなくなったな」
「監視って…なあゼロ、それ、俺に任せてくれないか?」
くれぐれも警戒を怠るなよ。厳しい目でそう言うゼロの言葉に強く頷けば、ゼロは渋々といった様子で彼女の件を俺に任せてくれた。
少女の名前は七葉ユキ、16歳。父親と2人暮らしになってから父親が借金を抱え随分と貧乏な生活をしていたようだった。おかげで父親は複数の仕事をかけ持ちして朝から夜までずっと働き詰め、しかしそんな超過労働でまともに働ける訳もなく、度々仕事をクビにさせられては新しい職を探して転々としていた。しかしながらそんな父親は半年前に死別。死因は厳しい生活に耐えきれずに入水自殺か…。しかも遺体も未だ見つかっていない。この部分も不可解なことが多い。
ユキちゃんの方は、小学生、中学生時代に酷い虐めに遭っていたらしい。そのおかげで不登校になり必要最低限の出席で中学を卒業している。彼女は現在学校には行っていないと言っていたし、この情報も合ってそうだ。そしてその後は母親の名前を名乗りながら夜から朝にかけてのアルバイトをかけ持ちしている。
(そして昼間は、公園で法律の勉強か…)
彼女が名前を偽っていることは確かに見過ごせることではないが、何か大きな理由があるのだろう。だって、先日「私には目標があるんです」と語った彼女の瞳には少しの曇りもなかった。それに彼女はまだ高校生の年齢だ。そんな彼女を疑うのはさすがに早計すぎじゃないだろうか。彼女自身が何かを企んでいるとは到底思えない。とすれば、何らかの事件に巻き込まれている可能性が高いはず…。
翌日、俺はまた彼女に会うために公園へ訪れた。決して彼女を疑って素行調査をしているわけじゃない。俺はただ彼女が心配で…。
昨日と同じように、彼女は公園のベンチに座り綺麗な姿勢で本を読んでいる。
「今日も勉強か?偉いな」
そう話しかけると、彼女はちょっと怪訝そうな顔でこちらを見た。まあ確かに、今のは話しかけ方は自分でもちょっとキモいと思ったよ。ただ、彼女が俺のことを避けていないあたり俺が不審者じゃないことを信じてくれているのだろう。
(今はそれだけが救いだな...)
* * *
今日で3日目、またしても私の前に現れたヒロさんは相変わらず優しげな瞳で私のことを見ている。なんだか心配されているような、気にかけてもらっているような感じがして妙な気分になる。
「ヒロさん…こんな昼間から私に構ってばっかで仕事は大丈夫なんですか?」
「あはは…俺も実はメインで働いてるのは夜なんだよ」
(俺"も"実は…)
ここにきて、初めてヒロさんの言葉が引っかかった。この人はなんで私が夜に働いてることを知っている?まあ、昼間ずっとここにいたら見当はつくだろうけど…それにしてもなんか探られている感じがして妙な気分になった。不審者みたいだなんて思ったこともあったけど、信頼していた分、少しショックだったのかもしれない。
いくら父に雰囲気が似てるからといって警戒を解いていたのは間違いだった。私はいつ狙われたっておかしくないんだ。ヒロさんだって、実際のところ何を考えてるかなんて分からないし、そもそも昼間に公園にいる女子に毎日話しかけるような人だ。少なくとも普通じゃない。