寄る辺のない春に咲く
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ぼんやりと、遠くの空を見つめて今日も時間が過ぎるのを待つ。自分の生き方が果たして本当に正しいのか、本当にこの先私は立派に生きていけるのか、時々ものすごく不安になるのだ。
父が死んでから何日経っただろうか。父は私がちゃんと生きて、ちゃんと幸せになることを望んでいる。もう私に笑いかけてくれる父は居ないけど、私の父は私のことをとても大切にしてくれていた。それだけは自信を持って言える。だって父は、いつも私のために一生懸命に働いていた。
「こんにちは」
そう言って、突然私の前に現れたのは見たことのない男性だった。彼は大きなギターケースを背負って私の座るベンチに並んで腰掛けた。「いつもこの公園にいるよね」なんて話しかけられて、こんなあからさまな不審者がいるかと最初は心底驚いたものだ。
そう、彼の登場の仕方からなにまで普通に考えたら完全に不審者、もしくは女子高生を狙う変質者のソレであった。けれども、警戒をして顔を上げた先、私を見る彼の瞳が、どうにも悪い人のようには見えなかった。眉を下げて、見ず知らずの私をただ心配してくれているだけのような…。
いや、彼の雰囲気が少し父に重なったから、そう思いたくなかっただけなのかもしれない。
彼と出会って最初の日は、私が軽く会釈を返しただけで、それ以上の会話はなかった。ベンチに2人並んで、しばらく沈黙が続いた。カチッと野外時計の針が重なってお昼のチャイムが公園内に響いたとき、「スコッチ」という誰かの声が聞こえた。その声に反応した彼は、さっきの私の動作を真似るようにして軽く会釈をして、慌ただしく公園を出ていった。
スコッチって、なんてシャレたあだ名なんだろう。大人になってもそんな風にあだ名で呼び合える友達がいたら、ちょっと楽しそうだな、なんて。そんなことを考えて私は読みかけの参考書を手に取った。
翌日、格安ホテルから出た私はまたいつもの公園に向かった。私はこの公園が好きだ。理由なんか単純で、私が小さい頃によく父が連れてきてくれたから。本当は父と関係のあるこの場所に来るのも危ないかと思ったけど、私と父がこの公園に来ていた頃は、父がまだ裏社会に呑み込まれていなかったから…。
この時期は桜が綺麗に咲き始めて公園の景色が一段と華やかになる。鬼ごっこに夢中の子どもたちには見向きもされないけど、ちょっとしたお花見にはちょうど良いと思う。
春風に吹かれて散った桜の花びらを手のひらで受け止めたとき、また私の隣に誰かが座った。私が持つ花びらを見て、桜が好きなのか?なんて突然現れてごく自然に語りかけてくるのは昨日出会ったばかりの男性。彼が私に話しかけることになんの意図があるのか分からないけど、優しげな笑みを向けて私に話しかけてくる彼は、やっぱり悪い人には見えなかった。あげくには俺の名前はヒロミツだからヒロって呼んでくれなんて、聞いてもいない情報まで出してきて、前言撤回、やっぱり変な人かもしれない。
「そういえば君、学校は?」
不意をついたその質問に私は首を横に振る。前にも見回りの警察官に声をかけられたことがある。平日の真昼間にいつも公園にいるのは確かに珍しいから気になったのだろう。その時は私は母の免許証を出して学生じゃないと誤魔化せたけど、なんだかヒロさんにはそんな適当な誤魔化しは効かないと思った。
私は中学を卒業してからは学校に行ってない。父の残した財産にも限りがあるし、つまらない学校に行くよりアルバイトをする方が有意義だと思ったから。それに勉強なら自分でもできる。
私の答えに「そっか…」とただ一言、微妙な顔をしながらそう呟いた彼は私のことを心配してくれているのだと思った。
(やっぱり、ちょっとお父さんみたい…)
けれども私は学校に行くつもりはないし、私は私のやりたいことをして過ごしたいから、大人の言うことにいちいち答えてられないのだ。
――ユキのやりたいことはなんだ?
父は私に良くそう聞いてきた。ついぞ私はその質問に正確に答えられぬまま、父と離れ離れになってしまったわけだけど。
「君には何かやりたいことはないのか?」
ヒロさんが話を切り替えるためにそう聞いてきた。父みたいなことを言う人だ。父と一緒に過ごしたい。父と2人で遊園地に行ってみたい。一瞬、そんな願いが頭をよぎったことに私は自傷気味に笑ってしまった。何を考えているんだ私は、もう気持ちは切り替えたはずだ。それに、今の私にはちゃんとした目標がある。
「私は、父に誇れるような生き方をしたいんです」
「へぇ、そんなことを言ってくれる娘さんがいて、君の父親も鼻が高いだろうな」
「…そうですね。私は父のようにはなりませんから」
桜が舞う公園で、その女の子は誇らしげな顔をしてこちらを向いた。彼女と出会って初めて、正面から彼女の顔を見た。
中学生か、高校生くらいの年齢だろうその女の子は、凛と背筋を伸ばして俺の前に立つ。
桜の大木をバックに俺の前に堂々と意思表明をする彼女の表情は、そのシルエットとは裏腹に、少しだけ寂しそうに見えたのはどうしてだろう。
風が吹いた拍子にベンチから何かが倒れる音が聞こえた。彼女の座っていた場所には彼女のトートバッグが置いてある。口の開いたバッグから零れたのは分厚い本の数々。刑法、民法、訴訟法、重なって倒れた本を見て俺は目を見開いた。この参考書の並びにすごく見覚えがあったからだ。
「もしかして君は警察官になりたいのか?」
「まだまだ勉強中ですけど、私はこの世界を少しでも悲しむ人がいなくなる世の中にしたいんです」
「なあ、君の名前はなんて言うんだ?」
「ああそれ聞いちゃうんですか?せっかく今まで気さくなお兄さんみたいな感じだったのに」
「ええ!?ごめん、でも俺不審者じゃないからな?ほら」
「ほら、って言われても。警察官を目指してる人の前で言うセリフとは思えませんね」
「う、ド正論…ごめん、俺が軽率だったよ」
「いえ、私もすみません。ヒロさんが悪い人じゃないことは最初から分かってますよ。そうですね…私の名前は佐倉弥子です。好きなように呼んで下さい」
たった1人の血縁者である父親が突然死を迎えて孤独となった少女。もともと学校は不登校気味で、中学は最低限の出席のみで卒業をしている。お金の節約のために高校には行けず、アルバイトで生活している。
そう聞くと大変そうだとか、可哀想だとか、同情されるかもしれないけど、私は自分自身を可哀想だと思ったことは一度もない。だって父は私のことを間違いなく愛してくれていた。そう自信を持って宣言できるから。母親は私が物心つく前に亡くなったと父から聞いた。だけど、母の話をする父の顔を見ていれば、母がとても優しい人だったのは容易に想像することができた。だから私は幸せだった。
けれども、私の心が幸せでも、家の懐事情は厳しくなる一方だった。父は不器用な人で、頭があんまり良くなかった。だから変な詐欺に引っかかって借金を抱えた。私にはバレないようにしていたつもりだろうけど、父の様子を見ていれば何があったなんてすぐにわかった。
父は私を安心させるために、私にひもじい思いを決してさせなかった。色んな仕事を抱えてて、何日も家に帰れないほど忙しいはずなのに、家に帰ってくる度にたくさんの食材を抱えて色んな料理を作ってくれた。だから私は幸せだった。
父の仕事について、私があることに気が付いたのはそんな生活が続いて数年経った後だった。その日は臨時ボーナスが入ったとかでお金がたくさん貰えたらしい。機嫌よく帰ってきた父は私に色んな種類のケーキを買って帰ってきた。それからしばらくしても、その生活は続いた。給料の良い仕事を見つけた変わりに前よりも忙しくなった父はほとんど家に帰って来なくなった。たまに私を心配して電話をかけてくるからそこまで気にならなかったけど、私は父の身体が心配で仕方がなかった。
そんなある日、突如として帰ってきた父は慌てた様子で私の肩を掴んだ。疲れてるでしょ、早く休んで、そんなことを言うまもなく、父は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
――お前の父親は今日からもういない。お前は、今日から1人で暮らして行くんだ。いいか、お前に父親はいない。二度と俺の名前を出すな、絶対に父親の存在を誰かに話すなよ。
突然すぎてわけが分からなかった。私の頬からポロリと目から零れ落ちた涙を見て、父は動揺したように瞳を揺らしていたけど、私は父の話に何も反応出来なかった。
しばらくして、思い詰めたようにして家から出て行った父親の後ろ姿を見つめて、私はその場に崩れ落ちた。
だって意味が分からなかったから。私はついに父から見放されたのだと思った。しばらく泣いて落ち着いたあと、玄関に落ちているスマホを見つけた。よほど慌てていたのだろう。もしかしたらこれを取りに戻ってくるかも、なんて希望は届かなかったけど、私はこのスマホをもとに父の言葉の意味を理解したのだ。
やっぱり私の父親は頭が良くない。スマホのパスワードも分かりやすいし、メールのやり取りや父が調べたことの履歴を見ながらそう思った。
父は全く、とんでもない裏の社会の人とつるんでいたらしい。メールの文面から"密売"の文字が浮かび上がった。その世界については私だって詳しくないけど、父がやっている仕事が違法なものだったのだと知った。
"シードル"父はこの名前で呼ばれていたらしい。あまり聞き馴染みはないがお酒の名前だ。
メールの中にこんなやり取りがあった。相手の名前は分からなかったが、娘を組織に連れてこいと命令されていたらしい。そうでなければ、相応の制裁が下ると。父は何度も娘はいないと反論しているようだったけど、父の上司は父の言葉に聞く耳を持ってなかったようだ。
なるほどそうか、父は殺される前に、どうにかして私を助けようと思ったのだろう。殺される前に家に来たら、足跡が残るのに、よりいっそう私の存在がバレそうな方法だけど…。そんなことを考えてたらなんだか笑けてきて身体から力が抜けた。
(本当に、お父さんはバカだなぁ…)
私はその事実を知った翌日に家を出た。大家さんに謝って、契約期間分の家賃だけ支払って私は最低限の荷物だけ持って街に繰り出した。名前も、佐倉弥子という偽名を名乗ることにして、私はどこか雇ってくれるお店がないか探すことにした。警察に頼ることも考えたけど、父のことを馬鹿正直に話してどうなるのか分からなかったし、それに、施設に入れられるのも面倒だと思った。だから私はこれから自分一人で生きていくことを決めた。自分で勉強して、私は警察官になる。私は絶対に父のようにはならないから。
父が死んでから何日経っただろうか。父は私がちゃんと生きて、ちゃんと幸せになることを望んでいる。もう私に笑いかけてくれる父は居ないけど、私の父は私のことをとても大切にしてくれていた。それだけは自信を持って言える。だって父は、いつも私のために一生懸命に働いていた。
「こんにちは」
そう言って、突然私の前に現れたのは見たことのない男性だった。彼は大きなギターケースを背負って私の座るベンチに並んで腰掛けた。「いつもこの公園にいるよね」なんて話しかけられて、こんなあからさまな不審者がいるかと最初は心底驚いたものだ。
そう、彼の登場の仕方からなにまで普通に考えたら完全に不審者、もしくは女子高生を狙う変質者のソレであった。けれども、警戒をして顔を上げた先、私を見る彼の瞳が、どうにも悪い人のようには見えなかった。眉を下げて、見ず知らずの私をただ心配してくれているだけのような…。
いや、彼の雰囲気が少し父に重なったから、そう思いたくなかっただけなのかもしれない。
彼と出会って最初の日は、私が軽く会釈を返しただけで、それ以上の会話はなかった。ベンチに2人並んで、しばらく沈黙が続いた。カチッと野外時計の針が重なってお昼のチャイムが公園内に響いたとき、「スコッチ」という誰かの声が聞こえた。その声に反応した彼は、さっきの私の動作を真似るようにして軽く会釈をして、慌ただしく公園を出ていった。
スコッチって、なんてシャレたあだ名なんだろう。大人になってもそんな風にあだ名で呼び合える友達がいたら、ちょっと楽しそうだな、なんて。そんなことを考えて私は読みかけの参考書を手に取った。
翌日、格安ホテルから出た私はまたいつもの公園に向かった。私はこの公園が好きだ。理由なんか単純で、私が小さい頃によく父が連れてきてくれたから。本当は父と関係のあるこの場所に来るのも危ないかと思ったけど、私と父がこの公園に来ていた頃は、父がまだ裏社会に呑み込まれていなかったから…。
この時期は桜が綺麗に咲き始めて公園の景色が一段と華やかになる。鬼ごっこに夢中の子どもたちには見向きもされないけど、ちょっとしたお花見にはちょうど良いと思う。
春風に吹かれて散った桜の花びらを手のひらで受け止めたとき、また私の隣に誰かが座った。私が持つ花びらを見て、桜が好きなのか?なんて突然現れてごく自然に語りかけてくるのは昨日出会ったばかりの男性。彼が私に話しかけることになんの意図があるのか分からないけど、優しげな笑みを向けて私に話しかけてくる彼は、やっぱり悪い人には見えなかった。あげくには俺の名前はヒロミツだからヒロって呼んでくれなんて、聞いてもいない情報まで出してきて、前言撤回、やっぱり変な人かもしれない。
「そういえば君、学校は?」
不意をついたその質問に私は首を横に振る。前にも見回りの警察官に声をかけられたことがある。平日の真昼間にいつも公園にいるのは確かに珍しいから気になったのだろう。その時は私は母の免許証を出して学生じゃないと誤魔化せたけど、なんだかヒロさんにはそんな適当な誤魔化しは効かないと思った。
私は中学を卒業してからは学校に行ってない。父の残した財産にも限りがあるし、つまらない学校に行くよりアルバイトをする方が有意義だと思ったから。それに勉強なら自分でもできる。
私の答えに「そっか…」とただ一言、微妙な顔をしながらそう呟いた彼は私のことを心配してくれているのだと思った。
(やっぱり、ちょっとお父さんみたい…)
けれども私は学校に行くつもりはないし、私は私のやりたいことをして過ごしたいから、大人の言うことにいちいち答えてられないのだ。
――ユキのやりたいことはなんだ?
父は私に良くそう聞いてきた。ついぞ私はその質問に正確に答えられぬまま、父と離れ離れになってしまったわけだけど。
「君には何かやりたいことはないのか?」
ヒロさんが話を切り替えるためにそう聞いてきた。父みたいなことを言う人だ。父と一緒に過ごしたい。父と2人で遊園地に行ってみたい。一瞬、そんな願いが頭をよぎったことに私は自傷気味に笑ってしまった。何を考えているんだ私は、もう気持ちは切り替えたはずだ。それに、今の私にはちゃんとした目標がある。
「私は、父に誇れるような生き方をしたいんです」
「へぇ、そんなことを言ってくれる娘さんがいて、君の父親も鼻が高いだろうな」
「…そうですね。私は父のようにはなりませんから」
桜が舞う公園で、その女の子は誇らしげな顔をしてこちらを向いた。彼女と出会って初めて、正面から彼女の顔を見た。
中学生か、高校生くらいの年齢だろうその女の子は、凛と背筋を伸ばして俺の前に立つ。
桜の大木をバックに俺の前に堂々と意思表明をする彼女の表情は、そのシルエットとは裏腹に、少しだけ寂しそうに見えたのはどうしてだろう。
風が吹いた拍子にベンチから何かが倒れる音が聞こえた。彼女の座っていた場所には彼女のトートバッグが置いてある。口の開いたバッグから零れたのは分厚い本の数々。刑法、民法、訴訟法、重なって倒れた本を見て俺は目を見開いた。この参考書の並びにすごく見覚えがあったからだ。
「もしかして君は警察官になりたいのか?」
「まだまだ勉強中ですけど、私はこの世界を少しでも悲しむ人がいなくなる世の中にしたいんです」
「なあ、君の名前はなんて言うんだ?」
「ああそれ聞いちゃうんですか?せっかく今まで気さくなお兄さんみたいな感じだったのに」
「ええ!?ごめん、でも俺不審者じゃないからな?ほら」
「ほら、って言われても。警察官を目指してる人の前で言うセリフとは思えませんね」
「う、ド正論…ごめん、俺が軽率だったよ」
「いえ、私もすみません。ヒロさんが悪い人じゃないことは最初から分かってますよ。そうですね…私の名前は佐倉弥子です。好きなように呼んで下さい」
たった1人の血縁者である父親が突然死を迎えて孤独となった少女。もともと学校は不登校気味で、中学は最低限の出席のみで卒業をしている。お金の節約のために高校には行けず、アルバイトで生活している。
そう聞くと大変そうだとか、可哀想だとか、同情されるかもしれないけど、私は自分自身を可哀想だと思ったことは一度もない。だって父は私のことを間違いなく愛してくれていた。そう自信を持って宣言できるから。母親は私が物心つく前に亡くなったと父から聞いた。だけど、母の話をする父の顔を見ていれば、母がとても優しい人だったのは容易に想像することができた。だから私は幸せだった。
けれども、私の心が幸せでも、家の懐事情は厳しくなる一方だった。父は不器用な人で、頭があんまり良くなかった。だから変な詐欺に引っかかって借金を抱えた。私にはバレないようにしていたつもりだろうけど、父の様子を見ていれば何があったなんてすぐにわかった。
父は私を安心させるために、私にひもじい思いを決してさせなかった。色んな仕事を抱えてて、何日も家に帰れないほど忙しいはずなのに、家に帰ってくる度にたくさんの食材を抱えて色んな料理を作ってくれた。だから私は幸せだった。
父の仕事について、私があることに気が付いたのはそんな生活が続いて数年経った後だった。その日は臨時ボーナスが入ったとかでお金がたくさん貰えたらしい。機嫌よく帰ってきた父は私に色んな種類のケーキを買って帰ってきた。それからしばらくしても、その生活は続いた。給料の良い仕事を見つけた変わりに前よりも忙しくなった父はほとんど家に帰って来なくなった。たまに私を心配して電話をかけてくるからそこまで気にならなかったけど、私は父の身体が心配で仕方がなかった。
そんなある日、突如として帰ってきた父は慌てた様子で私の肩を掴んだ。疲れてるでしょ、早く休んで、そんなことを言うまもなく、父は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
――お前の父親は今日からもういない。お前は、今日から1人で暮らして行くんだ。いいか、お前に父親はいない。二度と俺の名前を出すな、絶対に父親の存在を誰かに話すなよ。
突然すぎてわけが分からなかった。私の頬からポロリと目から零れ落ちた涙を見て、父は動揺したように瞳を揺らしていたけど、私は父の話に何も反応出来なかった。
しばらくして、思い詰めたようにして家から出て行った父親の後ろ姿を見つめて、私はその場に崩れ落ちた。
だって意味が分からなかったから。私はついに父から見放されたのだと思った。しばらく泣いて落ち着いたあと、玄関に落ちているスマホを見つけた。よほど慌てていたのだろう。もしかしたらこれを取りに戻ってくるかも、なんて希望は届かなかったけど、私はこのスマホをもとに父の言葉の意味を理解したのだ。
やっぱり私の父親は頭が良くない。スマホのパスワードも分かりやすいし、メールのやり取りや父が調べたことの履歴を見ながらそう思った。
父は全く、とんでもない裏の社会の人とつるんでいたらしい。メールの文面から"密売"の文字が浮かび上がった。その世界については私だって詳しくないけど、父がやっている仕事が違法なものだったのだと知った。
"シードル"父はこの名前で呼ばれていたらしい。あまり聞き馴染みはないがお酒の名前だ。
メールの中にこんなやり取りがあった。相手の名前は分からなかったが、娘を組織に連れてこいと命令されていたらしい。そうでなければ、相応の制裁が下ると。父は何度も娘はいないと反論しているようだったけど、父の上司は父の言葉に聞く耳を持ってなかったようだ。
なるほどそうか、父は殺される前に、どうにかして私を助けようと思ったのだろう。殺される前に家に来たら、足跡が残るのに、よりいっそう私の存在がバレそうな方法だけど…。そんなことを考えてたらなんだか笑けてきて身体から力が抜けた。
(本当に、お父さんはバカだなぁ…)
私はその事実を知った翌日に家を出た。大家さんに謝って、契約期間分の家賃だけ支払って私は最低限の荷物だけ持って街に繰り出した。名前も、佐倉弥子という偽名を名乗ることにして、私はどこか雇ってくれるお店がないか探すことにした。警察に頼ることも考えたけど、父のことを馬鹿正直に話してどうなるのか分からなかったし、それに、施設に入れられるのも面倒だと思った。だから私はこれから自分一人で生きていくことを決めた。自分で勉強して、私は警察官になる。私は絶対に父のようにはならないから。
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