拝啓、前世の私へ
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轟々と燃える炎の中煙の中、1人はぐれてしまった私に手を伸ばす眼鏡の少年はどこまでもお人好しである。
怖くて一歩すら踏み出せない。今私が歩き始めたらこの先の床が崩れちゃうかもしれない。さっきだって突然硝子の破片が飛んできた。今度はこの硝子が私の頭に突き刺さるかもしれない。
「オイ!オメーそんなとこで留まってたら死んじまうぞ!!」
「え、江戸川くん…」
自分だって危険なはずなのに、この最悪な状況の中、私を安心させるために彼は口角を上げて笑ってみせた。絶対にお前も一緒に連れて脱出するからなと力強い瞳で彼はそう言った。
な、なんだよそれ。そのセリフ、クソかっこいいじゃないか。私嬉しくて泣きそうだよ。彼はどこかの物語の主人公か何かか。なんだよクソ、頭も良くて運動も出来て、それでいて優しくて勇敢で誰よりも頼もしい。こんな小学生がいて溜まるかっての…。
色々な感情がぐしゃぐしゃになって涙が込み上げてくる。グッと拳を握った私は深呼吸して零れそうになる涙を無理やり押し込めた。
恐怖の中、震える足で立ち上がった私を見て、やれば出来るじゃねぇかと微笑んだ江戸川くん。私が手を伸ばすと、彼は待ってましたと言わんばかりに力強く私の手を握った。
「安心しろ、俺がいればオメーも死にやしねーよ」
たった7歳の小さな身体でいったい何ができるというのだろうかと思っていた。けれども、江戸川くんの言葉に酷く安心感を覚える私がいたのも事実。悔しいけど、彼の言葉一つ一つが今の私を勇気づけてくれるのだ。
轟々と燃え盛る炎の中、江戸川くんに手を引かれながら私は必死に走る。全身が焼けるように痛い。煙を吸い込んだせいで息がしずらい。ダメだもう走れそうにない。何度もそう思った。けれども私を手を繋いでいる江戸川くんがそれを許してくれなかった。煙によって何度も視界が遮られようとも、往く道が瓦礫に邪魔されようとも、彼は決して私の手を離すことはなかった。
ガシャンッと大きな音が聞こえて振り返ると、私がさっきまでいた場所に大きな鉄骨が突き刺さっていた。
ヒュッと喉がなった。彼がいなければ、私はあの場所で一人野垂れ死んでたということなのか。
今、私の目の前にあるの江戸川くんの背中は何かを守るには小さ過ぎる。けれども、真っ赤な視界の中で、必死に私を導こうとする彼の少し焦げた背中が、今この瞬間、他の何よりもが輝かしいものに見えたのはきっと間違いなんかじゃない。
* * *
スゥッと息を吸って吐く。私は知らぬ間に息を止めていたらしい。図書館から抜け出してすぐに入ってきた外の空気を肺に取り入れて私はその場にへたりこんだ。
「よ、良かった2人とも出られたんですね!」
「ユキちゃん!!ごめんね、歩美か手を離しちゃったから」
あわあわとして私に飛びついてくる歩美ちゃんを見て安心した。みんな、ちゃんと図書館から出られてる。最後に残ってたのは私だけだったみたいだ。
外へ出てきた私たちに消火活動中の消防隊はまだ気が付いていない。
帰り際、たくさんの消防車を背景にして光彦くんが思い出したように呟いた。
「それにしても、怪奇現象ってなんだったんでしょうね」
至極真面目に、そう口にする光彦くんに私は絶句した。この期に及んでまだそんなことを考えていたのかこのクソガキどもが。
そんな光彦くんのとこで、ああ実はな…と今回の事件と例の怪奇現象の繋がりについて解説し始める江戸川くんにも絶句した。
な、な、なんだこの子たち…やっぱり普通じゃない。今の自分たちの状況を理解していないのか。もうヤダ早く帰りたいよ…と思ったその時、聞こえてきたサイレンの音に、やっと警察が来てくれたこと安堵した。それと同時に、勢いよく私の目から流れ出す涙を見て江戸川くんはギョッと目を見開いていた。
警察に事情を説明して、説教を受けた後、親御さんに連絡するからと言って私たちはパトカーの中で待たされることになった。
歩美ちゃん、光彦くん、元太くん、哀ちゃんと順番にお迎えにきてみんなとバイバイする。今残っているのは私と江戸川くん。江戸川くんは哀ちゃんの保護者と一緒に帰ろうとしてたけど、パトカーに1人残される私を見て、最後まで一緒に待つと言った。
グズグズ泣く私を必死で慰めようとする江戸川くん。そんなに服を焦がして、自分だって満身創痍だった癖に、どこまでも深い優しさを見せる江戸川くんの姿に、私は涙を止めることが出来なかった。
「どうだ、落ち着いてきたか?」
「うん…ありがとう江戸川くん。でもやっぱり江戸川くん普通じゃないよ」
「は?何言ってんだオメー」
「あの、私前から思ってたんだけどさ。江戸川くんって、実は大人だったりするんじゃないかな…」
私みたいに…。と言い終わる前に私は口を噤んだ。なぜなら、私の言葉を前に江戸川くんがものすごい怖い顔をしていたから。さっきまで優しかった江戸川くんは、突如として顔色を変えた。なんだ、私何かいけないこと言った?どうしてそんなに、化け物を見るかのような恐ろしい目で私を見ているの…??
しばらく沈黙した後、「ねぇ、どうしてそう思ったの」とめちゃくちゃ低い声を出した江戸川くんに私は息を飲んだ。
「どうしてって…だって江戸川くん優秀過ぎるから」
「それだけ?」
「他に何か知ってることがあるんじゃないの?」と眼鏡を曇らせて詰め寄ってくる江戸川くんの冷たい声色に、再び私の涙腺が緩んだ。
なんで、そんなに私のことを疑うの。さっきまで優しかったはずなのに……。
なんだ急に。もしや、彼は二重人格なのか。突然意味不明な尋問が始まった。なんで、まるで犯した罪を刑事に問い詰められている時のようだ。あっ、前世の記憶がまた…。ズキリと痛んだ頭を抑えて江戸川くんの顔を見る。やっぱり意味が分からない。なんで私、江戸川くんに詰められてるの?おかしくない??だって私、ただ泣いてただけなのに、おかしくない??
やっぱり天才の考えてることは分からない。
あれ、なんか一周まわって腹が立ってきた。
江戸川くん、今の自分の顔がどれだけ怖い顔てるかわかってんのかな?さっきまであれだけ優しく人を慰めおいて突然なんなんだ。なに、江戸川くんってそういう感じ?そういうプレイが好きなの??
それにしても…それどう考えても今じゃなくない??人の気持ち弄ぶんじゃねーよ小学生ごときがよ!!!
「うっぐす」
「あ、オイなんでまた泣くんだよ」
オメーのせいだろバカたれが!!!悲しみと怒りと恐怖が重なって、ついに涙腺が崩壊した。だから、私は江戸川くんの耳元で、うわあーーーん!!と大声を出して号泣してやった。うるせっなんて言って耳を塞ぐ江戸川くん。へへ、ざまあみろ。
今世紀最大の大声を出した私に、駆け寄ってくる警官たち。その中にお兄ちゃんの姿を見つけた私は、私の肩を掴む江戸川くんの手を振り払ってお兄ちゃんの胸へと飛び込んだ。
「ユキ!ごめんな迎えが遅くなって。怪我はしてないか?」
「う、うう、お"に"い"ぢゃん"ん"」
「おーよしよし怖かったな。兄ちゃんが来たからもう大丈夫だ」
大好きなお兄ちゃんの腕に包まれて安心した。ついつい溢れてしまった涙と大声はご愛嬌ということで。優しく涙を拭ってくれるお兄ちゃんに甘えるように抱きつけば、隣で江戸川くんがため息をついたのがわかった。
(なんだよ、ただの小学生じゃねぇか。それにしてもユキが良く言ってる従兄弟のお兄さんって…)
「萩原刑事のことかよ…」
* * *
拝啓、前世の私へ。今世の私は色んなトラブルに巻き込まれながらも、しぶとく強く生きています。幸運なことに周囲の人たちに恵まれた私は今日も今日とて賑やかな日々を送りながら過ごしています。特に、私の天敵である江戸川コナン少年は、例の図書館爆発事件の日から私によく絡んでくるようになりました。何やら私に後ろめたさがあるのか、彼は私に対してやたら気を使って接してくるのです。はっきりいって気味が悪いので、早く今までのように戻って欲しいものです。
「おい、誰が気味悪いだって?」
「あっ!?江戸川くん!?なんでここに…」
「オメーが図書館にこもって出てこねーからだろ。もう完全下校の時間だぞ」
「ええ!?ホントだ」
「ったく勉強もほどほどにしねーと身体壊しちまうぞ」
「はあ!?!?なに江戸川くん、私にわざわざ喧嘩売りに来たの?」
「はあ!?なんで今のでその解釈になんだよ」
(はあ…これだから天才は困るってばよ)
「なんだよその目は…」
「別に?江戸川くんのその天才的な頭脳で当ててみればいいじゃない!」
「んだよそれ…」
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