拝啓、前世の私へ
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いつの間にか寝ていたらしい。私は最後に時計を見てからさらに6時間程経った頃に目覚めた。ハッと時計を見ると時刻は夕方6時。辺りを見回して見ても歩美ちゃんは見当たらない。作業スペースの大きなテーブルにはポツリポツリと勉強している学生がいるだけだった。
あれ?歩美ちゃん、私が起きなさすぎて帰っちゃった?いやいや流石に。性格がエベレスト級に良いあの歩美ちゃんがそんなことする訳ない。
ひとまず、図書館が閉まるまで勉強しようとノートを広げて少し経った頃、閉館30分前の19時に歩美ちゃんは現れた。しかし私の予想と違ったのは、そこにいたのが歩美ちゃんだけでなく、少年探偵団のみんながいたことだ。みんなは最近学校で話題になっている市立図書館の怪奇現象について調べるために来たらしい。
え、と私は仕舞おうと手に取った筆箱を落としながら絶句する。
そんな私のそばで私のバッグの中を覗き込み、「オメー休日まで勉強かよ。すげぇな」と若干引き気味なリアクションをする江戸川くんを、私はキッと睨んだ。なんだ煽ってんのテメー。オメーみたいな天才にはバカな私の苦労など分かるまい。
この江戸川コナンとかいうハッピーキラキラネームを持つ少年は私の天敵である。彼はある日突然私の通う帝丹小学校へ転校してきた。
ただでさえ、私は私の知る世界の小学生と、この世界の小学生とのギャップについていけていないというのに、その私に追い打ちをかけてきたのがこの江戸川コナンである。
学校生活というものには友達の存在が不可欠である。そのため小学校入学式の日、友達を作るために意気込んでいた私に最初に話しかけてくれたのが私の天使・歩美ちゃんである。彼女が天使と呼ばれる所以は…諸説あるが最も大きなところで言うと、性格がすこぶる良いことだ。ほんと、小学生とは思えないくらい素直で理解力もありそれでいて気も使えるのがこの天使である。歩美ちゃんの心が綺麗すぎて私という存在が浄化されてしまうのではないかと日々恐怖していたがそんなことはなかった。
そして、歩美ちゃんと過ごして行く中で私は円谷光彦と小嶋元太という少年2人とも友達になった。円谷光彦、彼は本当に恐ろしい。小学生1年生になって間もないというのに、彼はとてつもなく博識な少年であった。しかも頭の回転も早いときた。普通じゃない。光彦くんは、かつて万学の祖と言われたアリストテレスの生まれ変わりなのかもしれない。つまらない社会の授業中、意味もなく教科書をペラペラと捲りながらそんなことを思った。
歩美ちゃんも、光彦くんも普通じゃないよ。私は元太くんがいなかったら2人の優秀さに気圧されて今頃病んでいたかもしれない。ありがとう元太くん。
しかしながら、勝手に同類だと思っていた元太くんだって普通の小学生とは少し違った。それに気が付いたのは、私が他クラスから些細なイジメを受けていた時。私はそのイジメに対して、わざわざ反抗するのも面倒だと思って適当に放置していた。なんなら人をイジめることしか脳のないバカの相手などしてられないと内心バカにしていた。そんな時、なんとなんと、元太くんは私の目の前に立ち、いじめていた子たちから私を守ってくれたのだ。その時の彼の背中はそれはもう富士山のように大きく見えたものだ。弱いものいじめはダメなんだと、相手の気持ちもちゃんと考えろと、彼は私のためにイジメていた子たちに向かって怒ってくれた。
彼のその正義感の強さも小学生にしては立派なものだと思った。内心で人を小馬鹿にしていた私とはまるで違うじゃないか。
私はちっぽけな存在である。けれどもそんな私を友達として受け入れてくれる3人には本当に感謝している。自分ももっと頑張らなければならない。彼らと仲を深めていく中でそんなことを思っていたある日、私の前に予期せぬ刺客が現れた。そう、江戸川コナンである。
彼は天才だった。天才である円谷光彦をはるかに凌駕するほどの天才。そんな天才を前に、興味を示さない小学生はいない。私の友達である3人も、江戸川コナンに興味津々で、ことある事に彼に絡んでいた。なんだか皆が江戸川コナンに取られたようでモヤモヤした。ついには少年探偵団なんて結成するようになっちゃって、私は大きなため息をついた。
少年探偵団、私も歩美ちゃんに誘われたけど、私には皆のように事件に首を突っ込むほどの勇気などない。何となく断りながら過ごすこと数ヶ月。またも私の前に現れた天才、灰原哀を前に私は数日寝込んだ。
ある日のことだ。私は放課後図書館で勉強していた。しかも小学生5年生用の算数の問題集。私は応用問題に苦戦してしばらく考え込んでいた。そこに現れたのは天才代表である江戸川コナン&灰原哀コンビ。いつの間にか友達と言えるくらいに関わるようになった2人は、私の問題集を見るなり感心するように目を見開いた。
ふふ、そうでしょ?もう百分率の問題やってるなんてってびっくりするのも当然のこと。この前だって従兄弟のお兄ちゃんに褒められたんだから。
「この問題につまずているの?」
「え?」
「たしかに少し応用が必要になるものね」
「あ、哀ちゃんわかるの?」
「ええ。これの答えは…」
「おい灰原、答えを教えちまったら勉強の意味ねーだろ。ここはやり方を教えてやんねーと。ま、一番手っ取り早いのはこのやり方だな」
「え、江戸川くんも分かるの」
「ったりめーだろこんな簡単な問題」
そう言って複数の解き方を紙に書く江戸川くん。はい、と私に解説の書かれた紙を差し出して、ドヤ顔をかました江戸川くんに右ストレートパンチを繰り出さなかった私を誰か褒めて欲しい。正直あの時の江戸川くんの顔は、興味のない話を延々にしてくる空気の読めない友達よりもウザかった。
ほら、これが一番分かりやすいだろ????じゃねーんだよ!!!なんなんだこの2人は私を煽りに来たのか???これ小学生5年生の問題だぞ、私が一番得意なところだったのに!!
そんな出来事がついこの前あった。
というわけで江戸川コナンは私の天敵である。
そんな天敵を前に不機嫌になった私の手を引くのは歩美ちゃん。歩美ちゃんは私の手を握りながら、天使のような可愛らしい笑顔でこう言った。
「ユキちゃん、今日はお誘いに乗ってくれてありがとう!さっそく少年探偵団で怪奇現象調査の開始よ!!」
どうやら私はいつの間にか少年探偵団の一員となっていたらしい。
私の隣には随分と楽しそうな歩美ちゃん。彼女の可愛さを前に、私は今から誘いを断ることなんて出来なかった。
歩美ちゃんの背中を眺めながら閉館した図書館内を探索すること数分。お化けに耐性のない私は既に恐怖でビビり散らしていた。ダメだ何か違うことを考えよう。早く帰りたい。というかこの子たちはホント何やってんだ。図書館もう閉まってるんだけど?なにごく自然に潜入なんかしちゃってんの?侵入者センサーとかあったらどうすんだよ!!それにもしこんなことをしてるのがお母さんにバレたら…。それで今世でも両親に呆れられて挙句に勘当されようもんなら、私は今世でも不良の道に…。
「そ、そんなことになったら一生恨むからな江戸川くん!!!」
「あ?なんだよ急に大声出して。オメーに恨まれる筋合いはねェよ。つーかオメー俺らの話聞いてなかったのか?そっちには死体が…
っオイだからそっちには行くなって!!」
ボケっと歩いていたらしい私は彼らが立ち止まっていることに気が付かなかった。床を見つめ今日のことを親にどう説明しようかと考えながら一人勝手に歩き進める私に、少し焦ったように江戸川くんが声を上げた。それと同時に何かに躓いた私はその場に尻もちをつく。何に躓いたのか、暗闇の中目を凝らしたことを私は後悔した。
私たちの目の前には頭から血を流した死体だった。それを見た瞬間くらりと目眩がして足元がふらついた。つま先に力を入れて、気絶しそうになるのをギリギリで踏みとどまった私は思わず一番近くにいた哀ちゃんの背中に隠れた。
「オイ大丈夫か?」
「だ、だ、だ、大丈夫なわけないだろバカ!!!死体があるなら先に言ってよ!」
「だから言ったろバカ!」
「誰がバカだ!お前に言われると通常の5倍は傷付くんだよ!少しは歩美ちゃんみたいに気を使うことを覚えろよバカ!」
「な、なに言ってんだオメー…」
その後の私はほとんど放心状態だった。それもそうだろ。だって死体を見たんだぞ、普通だったら恐怖で泣き喚いてもおかしくない状況だ。ビビりまくっている私に呆れた目を向ける江戸川くん。ホントに人の心がないんじゃないだろうか。
そんなこんなで怪奇現象調査から事件の調査へと目的を変えた少年探偵団は、死体の持ち物や状況から死因を推測し手がかりを探し始めた。
「ユキちゃん何か見つけたたー?」と声をかけてくる歩美ちゃんには悪いけど、こんな状況でいったい私に何を見つけろと???え、もう帰ろうよ。何かヤバイことに巻き込まれる前にさ。今ならまだ小学生の好奇心でちょこっとヤンチャしちゃった!で済むかもしれないのに。自ら事件に関わろうとするなんて…と思っていたその時。
私たちの前には、金属バットを持ち仁王立ちする大柄の男が1人。
あ、終わった。私たちがコソコソ調査していることが犯人に見つかった。犯人に向かって果敢に噛み付こうとする元太くんや歩美ちゃんの手を引いて、今すぐここから逃げ出したいのに足が全く動かない。
犯人は酷く冷静な顔で私たちを見下ろしている。私たちが子どもだからだろうか。私たちに犯行がバレているのはもう分かっているはずなのに、犯人はいっこうにその金属バットを振り上げる素振りを見せない。
そんな犯人を前に、お得意の推理を披露し始める江戸川くんの口はもう塞いでしまってもいいだろうか。本当に肝が据わってる少年だ…いやもしかしたら一周まわってバカなのでは??
どうやら江戸川くんの推理は完璧だったらしい。ニッと不気味な笑みを浮かべる犯人は江戸川くんの推理に賞賛の拍手を送りながら、ポケットの中から小さなスイッチを取り出した。
ポチッと犯人がスイッチを押すと、その瞬間、私たちの背後でとてつもない轟音が鳴り響いた。続いて吹き荒れる激しい爆風に、私は思わず目を瞑った。
今、この図書館に仕掛けられた爆弾のうち1つが爆発したらしい。だって犯人がそう言っている。ガタガタと揺れる足場にたたらを踏めば、犯人は高笑いしながらもう一つの爆弾のスイッチを押した。