蜃気楼
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―蜃気楼
うだるような夏の暑さだ。
家を出るとぶわっと全身を覆う熱気に襲われる。背負ったリュックが思っていたより重くて、生気が吸い取られたかのようにだらしなく私は背を丸めた。
進む先の信号がちょうどよく黄色から赤に変わったのを見て舌を打つ。しかも右手を塞いでいる傘が鬱陶しい。
まったくどうしてこんなに暑いのに雨が振ってるんだ。いや違うな、どうして雨が降っているのに、こんなにも外は暑いのだろうか。
それは、夏真っ只中だからだ。そんな分かりきった答えを思い浮かべて息を吐く。私は頭上を覆う傘を少しずらして空を見た。家を出た時よりも雲の向こう側は明るく見えた。
ここまでの小雨だったら流石に傘さす必要ないかな。周りを見ても傘を差す人、差していない人はまちまちである。
湿気で身体中がジメジメして気持ち悪い。頬に張り付いた髪の毛を払って赤信号を見上げる。
ぐにゃりと、信号機が曲がったように見えた。途端に欠伸が込み上げてきて、ひとしきり大きく息を吸ったあとに重たい瞼を開ければ、街の景色が視界の中でゆらゆらと揺れていた。
暑さの中、途端に歪んだように見える世界を前に、私は小さなため息をついた。
今日は月曜日だ。また新しい1週間が始まろうとしている。
今日、プールの授業があるかもしれない。
学校に行く途中、道端で同じ学校の子たちがそう話していたのを聞いた。今は少し雨が降ってる。けれども私のクラスのプールの授業は午後。スマホで今日の天気を検索すると、12時以降の枠にはニッコリ顔の表情がついた太陽のマークがついていた。
(忘れ物はちょっと嫌だな。あの先生怒ると面倒くさいし、なるべく授業を休みたくない)
そもそも忘れ物というイレギュラーの存在が嫌いだ。だって、教室の前に出て先生に伝えるときに嫌でも目立ってしまう。もしそれが教科書なら誰かに借りなければならないし、今回のように水着を忘れたなら見学になってしまう。やっぱり目立つのはちょっと…。
それに先生から「あ、コイツ水着忘れたんだ」と思われるのも癪だし。そう思って私は水着を取りに家に戻った。
いつもより少し遅れて学校につくと、いつもより教室が賑やかだった。プールバッグを自分のロッカーに詰めてから私はいつものように自分の席に着く。昨日図書館で借りた本を手に持って適当なページを開くと、パサリと栞が机にこぼれた。ああそういえば、昨日ここまで読んだんだっけ。
雨が止んだらプールの授業あるって。
えーそれホント?私水着忘れちゃったよ。
プールだって、やだなぁ。髪の毛キシキシになるからあんまり好きじゃないんだよね。
そんな声が教室に飛び交ってる、やっぱりプールの授業はあるようだ。プールの授業はクラスのみんなからの評価もあまり良くないらしい。私もそう思う。
お昼休み、お弁当を食べ終えた人たちが騒ぎ始めた。今日はうちのクラスのKくんの誕生日らしい。隣のクラスから、他学年の部活仲間から、Kくんの友達が教室を行き来しては、さっき自動販売機で買ったであろう紙パックジュースをKくんの机の上に置いていく。
ジリジリとヒリつくような暑さに私は水筒を手に取った。もう温くなってしまった水を飲んで、私は窓の外を見る。
今朝見た予報通り、雨が上がって雲ひとつない空には青が広がっている。それに映えるように設置された、いっとう目立つ太陽の存在が、この世界をよりいっそう暑くさせた。
窓から覗ける土のグラウンドも、ボヤボヤと夢を見ているかのように歪んでいて、今にものみこまれてしまいそうだと思った。
私は自分のお弁当を片して時計を見遣る。あ、もう13時過ぎてる。そろそろチャイムが鳴る時間だ。
はぁ面倒くさ。そう思いながらさっさと次の授業の支度を始めた。水着は持った。プールカードは持った。水筒も、あとはリップも、必要なものは全部ちゃんと持ったはず。
私はいつものメンバーの所へ行き、みんなが支度を終えるのを待つ。いつも通り、彼女たちと一緒に水泳の授業が行われる場所へ移動する。学校のプールは教室から少し遠いから早く行かないと授業開始のチャイムに間に合わないのに、やっぱりこの子たちは準備を始めるのが少し遅い。
他の子たちよりも出遅れた私たちは女子更衣室の前で項垂れる。理由は混雑していたから。空いている場所は角の狭い場所だけ。いつも通りだ。
私は空いているロッカーに荷物を入れてさっさと着替えを始めた。
「じゃあ、先に行ってるからね」
支度を終えた友達がそう言って一足先にプール場へ向かった。私も早く着替えないと。そう思って手を動かすけど、あんまりスピードは変わってない。だってタオルで囲まれた中だと動きずらいから。やっぱりプールの着替えは苦手だ。
「ちょっと、ははっアンタなにやってんの!!」
「おもろすぎ!!」
ケラケラ、そんな笑い声が聞こえた。思わず後ろを振り向くと、クラスでも目立つ女子がすっぽんぽんになってみんなを笑わせていた。
すごい、私にはそんなこととても恥ずかしくて出来ない。そんなことを思いながら私は支度を終えて、あの女の子たちから逃れるように足早にみんなの所へ向かう。良かった一番最後じゃなかった。
プール場の入口。タオルと水筒を持って目の前の入り口に入ると、プール場の中央に私はいた。ブワッと両サイドから色んな声が聞こえて、一気に自分の周りが騒がしくなった。そりゃあプール場にはクラスの人たちと隣のクラスの人たちがほとんど集まってるから当然か。
あれ?どうして私こんな真ん中に立ってるんだ。そう思って後ろを振り向くと全部で3つある入口のうち、私は真ん中の入り口から入ったみたいだった。
どうやらボケっと歩いていたら1つ目の入り口を通り過ぎてしまったらしい。間違えちゃった。
真ん中の入り口付近には男の子たちが輪になって騒いでいた。そんなとこで固まったら入り口を行き来する人の邪魔になるのに、この人たちはそんなことも分からないのだろうか。そんな通りずらい道を抜けて私は私の友達のいる場所へ向かう。
ああ、その前に水筒とか、色々置いてこないと。プール場の端っこにはいつもみんなの荷物がまとめて置いてある。右から左へ見渡して、友達の荷物の場所を探す
その中で、真ん中の、男子の荷物が固まっている場所で、目立つピンク色の水筒が目に付いた。
ああ、あの水筒、クラスでいつも目立っているあの女の子たちのものかと理解するのに時間はかからなかった。
友達の荷物はここじゃなさそう、そう思って私は小走りで女子の水筒が固まる右側へ来た。右端、しかもちょこっとだけ前に飛び出ているところにみんなの水筒を見つけた。だから私も、そこに自分の水筒を合わせて置き、荷物の近くでだべっている友達の輪の中に入った。
お、やっと来た。そんなことを言う友達の横に、みんなと同じように体育座りをする。すると、プール場の中央前で、体育の先生が話し始めた。
プール場の中では声が反響しててとても聞きづらい。私たちみたいに一番後ろに座っていれば余計に。でも前に座るのは誰だって嫌でしょ。
先生が何を言ってるか、本当に何も分からないので、私はぼーっと聞き流しながら辺りを見回す。
誰も入っていないプールの水がキラキラ光って見えるのは、真上の空に浮かぶ太陽のせいか。透明な屋根に反射した光が目に入ってきて眩しかった。
次いで視線を動かすと、プールサイドに座る生徒たちが並んでいる。各々好きなように好きな人と座っているから、列が蛇のように曲がっている。先生も注意をするのは諦めたみたい。
そんな中、一番列からはみ出しているグループがいた。ああ、クラスでも目立っている男の子たちの輪の中に、同じように目立つ女の子たちの姿もある。先生の話を無視して何やら話をしているようだ。あそこの集団とはちょっと関わりたくないなぁ、そんなことを思いながら私は少しだけ体を動かした。だってプール場特有の、滑り止め加工の施されたボコボコの床の上にずっと体育座りをしてるんだ。おしりが痛くて仕方がない。
――ミーンミンミンミン
プール場の中まで聞こえてくるセミの鳴き声。コイツらは私がどこにいても、どこまででもついてくるようだ。
――ミーンミンミンミン
うるさい鳴き声に耳を傾ける。視界の中、夏の暑さのせいで失敗した水彩画みたいに歪んでいるプールのビニル床を見て、私はそこに触れた。塩化ビニル樹脂で作られたらしいプールの床は思ったよりも固くて、爪で叩くとカチリと鈍い音が鳴った。
うだるような夏の暑さだ。
家を出るとぶわっと全身を覆う熱気に襲われる。背負ったリュックが思っていたより重くて、生気が吸い取られたかのようにだらしなく私は背を丸めた。
進む先の信号がちょうどよく黄色から赤に変わったのを見て舌を打つ。しかも右手を塞いでいる傘が鬱陶しい。
まったくどうしてこんなに暑いのに雨が振ってるんだ。いや違うな、どうして雨が降っているのに、こんなにも外は暑いのだろうか。
それは、夏真っ只中だからだ。そんな分かりきった答えを思い浮かべて息を吐く。私は頭上を覆う傘を少しずらして空を見た。家を出た時よりも雲の向こう側は明るく見えた。
ここまでの小雨だったら流石に傘さす必要ないかな。周りを見ても傘を差す人、差していない人はまちまちである。
湿気で身体中がジメジメして気持ち悪い。頬に張り付いた髪の毛を払って赤信号を見上げる。
ぐにゃりと、信号機が曲がったように見えた。途端に欠伸が込み上げてきて、ひとしきり大きく息を吸ったあとに重たい瞼を開ければ、街の景色が視界の中でゆらゆらと揺れていた。
暑さの中、途端に歪んだように見える世界を前に、私は小さなため息をついた。
今日は月曜日だ。また新しい1週間が始まろうとしている。
今日、プールの授業があるかもしれない。
学校に行く途中、道端で同じ学校の子たちがそう話していたのを聞いた。今は少し雨が降ってる。けれども私のクラスのプールの授業は午後。スマホで今日の天気を検索すると、12時以降の枠にはニッコリ顔の表情がついた太陽のマークがついていた。
(忘れ物はちょっと嫌だな。あの先生怒ると面倒くさいし、なるべく授業を休みたくない)
そもそも忘れ物というイレギュラーの存在が嫌いだ。だって、教室の前に出て先生に伝えるときに嫌でも目立ってしまう。もしそれが教科書なら誰かに借りなければならないし、今回のように水着を忘れたなら見学になってしまう。やっぱり目立つのはちょっと…。
それに先生から「あ、コイツ水着忘れたんだ」と思われるのも癪だし。そう思って私は水着を取りに家に戻った。
いつもより少し遅れて学校につくと、いつもより教室が賑やかだった。プールバッグを自分のロッカーに詰めてから私はいつものように自分の席に着く。昨日図書館で借りた本を手に持って適当なページを開くと、パサリと栞が机にこぼれた。ああそういえば、昨日ここまで読んだんだっけ。
雨が止んだらプールの授業あるって。
えーそれホント?私水着忘れちゃったよ。
プールだって、やだなぁ。髪の毛キシキシになるからあんまり好きじゃないんだよね。
そんな声が教室に飛び交ってる、やっぱりプールの授業はあるようだ。プールの授業はクラスのみんなからの評価もあまり良くないらしい。私もそう思う。
お昼休み、お弁当を食べ終えた人たちが騒ぎ始めた。今日はうちのクラスのKくんの誕生日らしい。隣のクラスから、他学年の部活仲間から、Kくんの友達が教室を行き来しては、さっき自動販売機で買ったであろう紙パックジュースをKくんの机の上に置いていく。
ジリジリとヒリつくような暑さに私は水筒を手に取った。もう温くなってしまった水を飲んで、私は窓の外を見る。
今朝見た予報通り、雨が上がって雲ひとつない空には青が広がっている。それに映えるように設置された、いっとう目立つ太陽の存在が、この世界をよりいっそう暑くさせた。
窓から覗ける土のグラウンドも、ボヤボヤと夢を見ているかのように歪んでいて、今にものみこまれてしまいそうだと思った。
私は自分のお弁当を片して時計を見遣る。あ、もう13時過ぎてる。そろそろチャイムが鳴る時間だ。
はぁ面倒くさ。そう思いながらさっさと次の授業の支度を始めた。水着は持った。プールカードは持った。水筒も、あとはリップも、必要なものは全部ちゃんと持ったはず。
私はいつものメンバーの所へ行き、みんなが支度を終えるのを待つ。いつも通り、彼女たちと一緒に水泳の授業が行われる場所へ移動する。学校のプールは教室から少し遠いから早く行かないと授業開始のチャイムに間に合わないのに、やっぱりこの子たちは準備を始めるのが少し遅い。
他の子たちよりも出遅れた私たちは女子更衣室の前で項垂れる。理由は混雑していたから。空いている場所は角の狭い場所だけ。いつも通りだ。
私は空いているロッカーに荷物を入れてさっさと着替えを始めた。
「じゃあ、先に行ってるからね」
支度を終えた友達がそう言って一足先にプール場へ向かった。私も早く着替えないと。そう思って手を動かすけど、あんまりスピードは変わってない。だってタオルで囲まれた中だと動きずらいから。やっぱりプールの着替えは苦手だ。
「ちょっと、ははっアンタなにやってんの!!」
「おもろすぎ!!」
ケラケラ、そんな笑い声が聞こえた。思わず後ろを振り向くと、クラスでも目立つ女子がすっぽんぽんになってみんなを笑わせていた。
すごい、私にはそんなこととても恥ずかしくて出来ない。そんなことを思いながら私は支度を終えて、あの女の子たちから逃れるように足早にみんなの所へ向かう。良かった一番最後じゃなかった。
プール場の入口。タオルと水筒を持って目の前の入り口に入ると、プール場の中央に私はいた。ブワッと両サイドから色んな声が聞こえて、一気に自分の周りが騒がしくなった。そりゃあプール場にはクラスの人たちと隣のクラスの人たちがほとんど集まってるから当然か。
あれ?どうして私こんな真ん中に立ってるんだ。そう思って後ろを振り向くと全部で3つある入口のうち、私は真ん中の入り口から入ったみたいだった。
どうやらボケっと歩いていたら1つ目の入り口を通り過ぎてしまったらしい。間違えちゃった。
真ん中の入り口付近には男の子たちが輪になって騒いでいた。そんなとこで固まったら入り口を行き来する人の邪魔になるのに、この人たちはそんなことも分からないのだろうか。そんな通りずらい道を抜けて私は私の友達のいる場所へ向かう。
ああ、その前に水筒とか、色々置いてこないと。プール場の端っこにはいつもみんなの荷物がまとめて置いてある。右から左へ見渡して、友達の荷物の場所を探す
その中で、真ん中の、男子の荷物が固まっている場所で、目立つピンク色の水筒が目に付いた。
ああ、あの水筒、クラスでいつも目立っているあの女の子たちのものかと理解するのに時間はかからなかった。
友達の荷物はここじゃなさそう、そう思って私は小走りで女子の水筒が固まる右側へ来た。右端、しかもちょこっとだけ前に飛び出ているところにみんなの水筒を見つけた。だから私も、そこに自分の水筒を合わせて置き、荷物の近くでだべっている友達の輪の中に入った。
お、やっと来た。そんなことを言う友達の横に、みんなと同じように体育座りをする。すると、プール場の中央前で、体育の先生が話し始めた。
プール場の中では声が反響しててとても聞きづらい。私たちみたいに一番後ろに座っていれば余計に。でも前に座るのは誰だって嫌でしょ。
先生が何を言ってるか、本当に何も分からないので、私はぼーっと聞き流しながら辺りを見回す。
誰も入っていないプールの水がキラキラ光って見えるのは、真上の空に浮かぶ太陽のせいか。透明な屋根に反射した光が目に入ってきて眩しかった。
次いで視線を動かすと、プールサイドに座る生徒たちが並んでいる。各々好きなように好きな人と座っているから、列が蛇のように曲がっている。先生も注意をするのは諦めたみたい。
そんな中、一番列からはみ出しているグループがいた。ああ、クラスでも目立っている男の子たちの輪の中に、同じように目立つ女の子たちの姿もある。先生の話を無視して何やら話をしているようだ。あそこの集団とはちょっと関わりたくないなぁ、そんなことを思いながら私は少しだけ体を動かした。だってプール場特有の、滑り止め加工の施されたボコボコの床の上にずっと体育座りをしてるんだ。おしりが痛くて仕方がない。
――ミーンミンミンミン
プール場の中まで聞こえてくるセミの鳴き声。コイツらは私がどこにいても、どこまででもついてくるようだ。
――ミーンミンミンミン
うるさい鳴き声に耳を傾ける。視界の中、夏の暑さのせいで失敗した水彩画みたいに歪んでいるプールのビニル床を見て、私はそこに触れた。塩化ビニル樹脂で作られたらしいプールの床は思ったよりも固くて、爪で叩くとカチリと鈍い音が鳴った。
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