拝啓、前世の私へ
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拝啓、前世の私へ。
今度こそ、しっかり勉強して良い大学に進学し、立派な社会人になり、かっこいい男の人と結婚して幸せな家庭を築く。そんな夢を掲げて6年と少し。私の人生まだ始まったばかりだというのに、今まさに詰んでしまいそうです!!
ドッカーン!!!という音と共にものすごいスピードで私の真横を通り過ぎるガラス破片。咄嗟に身を翻した私は近くにあるコンクリートの壁際に寄り添うようにして縮こまった。ケホッと小さく咳を零しながら膝を抱える。最悪だ。なんでこうなったんだ。私、今日は友達の歩美ちゃんに誘われて図書館に来ただけなのに…。こんなところで今世の人生終了なんて聞いてない。享年7歳なんてホント笑えないから。
ああもう、酸素が足りなくて息が苦しくなってきた。頭が痛くて何も考えられない…。
「オイ!オメーそんなとこで留まってたら死んじまうぞ!!」
あれ、はぐれたはずの江戸川くんの声が聞こえる。歩美ちゃんたちと一緒に逃げたんじゃないのか。
なんで、お前までここにいるんだよ。なんで、ここまで戻ってきたんだよ、このマセガキが…。
* * *
「ユキちゃんユキちゃん。歩美たち明日米花町の大きな図書館に行くんだけどユキちゃんもどうかな?」
「え、行く!」
「ほんと!?今日も断られるんじゃないかって思ったから嬉しい!!ありがとうユキちゃん、それじゃあまた明日ね!」
「うん!バイバイ歩美ちゃん!!」
昨日学校で歩美ちゃんに誘われたのだ。いつもは公園でサッカーだとか、博士?とかいう人のところでゲームだとか、そんな誘いばかりだったから断ることも確かに多かった。なぜなら今世の私は、勉強に命を懸けているから。
けれども今回誘われたのは図書館。家から少し遠い市立図書館にはあまり行くことがないから、良い機会だと思った私はもちろんその誘いに頷いた。今朝起きてメールで送られてきた集時間は7時。随分と早い集合だと思ったけど、その分たくさん勉強出来るから良いかと1人で図書館に向かってから数時間。算数の問題集を広げて私は机の上に突っ伏した。
そういえば、歩美ちゃんたちまだ来てないな…なんて思いながら眠気に負けた私は重たい瞼を閉じた。
* * *
妙にハッキリとした意識の中、私は"この世界"で目を覚ました。
意識はとても明瞭だった。目線の先にある白い天井を見て、ここはどこだと私は首を傾げる。上手く動かない身体に疑問を持ちながら、しばらく天井を眺めていると、私の視界に若い女性の顔が飛び込んできた。その女性は私を顔を見るなりとても優しい笑顔で私の名を呼んだ。ユキ。そう、これは私の名前だ。
そういえば、私なんで寝転んでるんだろう。なんで身体が動かないんだ。
ああ、そうだった。私刺されたんだっけ。全く見覚えのない女の人に後ろからグサリと。それにしてもこの女性、誰だろうか。私の知り合いにこんな美人で、こんなに綺麗に笑う人がいただろうか。都合の良い夢か、もう私は死後の世界にでも来てしまったのだろうか。
ふいに、女性の手が私の頬に触れた。少しひんやりとしたけど、その柔らかい手はひどく心地よかった。壊れやすいガラス細工にでも触れるような優しさ手つきで私の頬を撫でる女性。もっとその手に触れたいと必死で頬を寄せると、女性はわっと声を出して喜んだ。
暖かい女性の腕の中で、私は再び目を覚ました。ゆらゆらと緩やかに揺れる腕の中で私は大きな欠伸をした。
ふふふ、と聞こえた優しい笑い声に上を向けば、あの時の女性と目が合う。
「おはようユキ」
ふんわりと笑った女性がそう言った。だから私もそれに応えるように声を出したとき、「うー」という自分の口から発せられたなんとも言えないくぐもった音を聞いた。なんだこれ。思うように声が出ない。赤ん坊の発する喃語のようなそれに、私はようやく自分の状況を理解した。
「まあ、もう喋れるようになったの?今なんていったのかしら。ユキ、今のもう1回言ってくれないかな?お母さんもっとユキの声が聞きたいわ」
* * *
まだ言葉が喋れない赤ん坊のときから、妙な違和感はあった。父や母の言うことが良く理解出来たし、赤ん坊の私は気味の悪いくらい聞き分けの良い子どもだったと思う。そしてその違和感の正体に気が付いたのは、私が2歳の誕生日を迎えたときだった。
私は一人っ子だったけど、よく家に遊びに来る従兄弟のお兄ちゃんとお姉ちゃんがいた。
そして2歳の誕生日、従兄弟の研二兄ちゃんと過ごしていたときだった。
「俺、警察官になるんだ」と、自慢げに笑ったお兄ちゃんの顔を見て、私は唐突に前世の記憶を思い出したのだ。
私がまだ生まれて間もない頃、よく見ていたあの夢。あれは夢ではなく、私の前世だ。
私の前世はそれはもう散々なものだった。中学生の頃、とある不良集団に入っていた友達がいた。その時からバカだった私は、その友達に騙されて犯罪に加担し少年院行きとなった。友達に騙されたことで精神を病んだ私は、出所した後にグレて高校をバックれた。そののち親にも勘当され身寄りの無くなった私は、またも知らぬ間に変な奴に騙されて変な仕事(密売?)に手を出していた。しかしバカな私はそれに気づかなかった。
私には帰る場所がなかった。知り合いも皆どこにいるか分からない状態で、愛に飢えていた私はまんまとホストにハマった。その当時かなりの金持ちであった私はそのホストと付き合うことが出来たことに大変喜んだ。けれども、違法なことをして金を稼いでいることがバレて呆気なく振られた。その時に初めて自分がヤバイことしてることを自覚した。しかし既に後戻りなど出来るわけなかった私は、そのまま仕事を続け、最後には別れたホストの客による逆恨みで刺されて死亡した。まじかまじか。さすがに笑えないレベルでヤバい私の過去を思い出して頭が痛くなった。
私はお兄ちゃんの腕の中でそんな前世のフラッシュバックを経験した。
「ユキ、なにかあれば兄ちゃんに直ぐに連絡するんだぞ。絶対に助けてやるからな」
そんなお兄ちゃんの言葉に私の心はほんのりと暖かくなった。それと同時に、私はあることに気が付いてしまった。
今世の私の父は医者である。そして私の母は世界的に有名なデザイナーとして活躍している。今私の目の前にいるこの研二兄ちゃんはこれから警察官になるようだ。因みにお兄ちゃんのお姉ちゃんである千速姉ちゃんも警察官である。つまりあれだ、この遺伝子、強すぎる。これなら私も、優秀な遺伝子を引き継いでいるに違いないと思ってしまったのだ。仕方がないだろう。今世の私の身内はみんなエリートだったのだから。
というわけで、この最強の遺伝子を持つ私は、今世こそ、この萩原の名を穢すことなく、素晴らしい人生を送ってやろうと心に決めたのである。
しかしその決意が揺らぐことになったのは小学校に入学した直後である。私は自分自身を過信していたのだ。前世ではろくな人生を歩んでないけれど、人生を一度経験していることには変わりない。だから、今世は普通の人よりも一歩リードして人生を始められるのだと。強くてニューゲームってやつ。私はこのアドバンテージを活かして頑張ろうと決めた。
しかし私は自分自身を過信していたのだ。前世は中卒、勉強もほとんどしていない、社会人となっても尚、子どものまま成長することが出来ずに人生を棒に振った。そんな私が今世でいきなり勉強などできるはずもなく、無事に小一の算数で躓いた。あれれ、最強の遺伝子は何処へ…?
ここ数年ぽっちの人生で唯一役に立ったことと言えば、もともと精神年齢の低かったおかげで子どもというコミュニティに簡単に馴染むことができたことくらいだろうか。
はあ、なんてことだ。私も皆と同じ、しっかりゼロから人生リスタートだ。今世は真面目に頑張ろう。
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