快晴の夢を見ている
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某日昼、なんの用か角名と治の所属するクラスに突如として乗り込んで来た侑に、角名と治は揃って顔を歪めた。
今朝自宅で揉めてきた双子はどうやら絶賛喧嘩中のようだ。話を無視する治が気に食わない侑は、何を思ったのか治が食べていたおにぎりを奪って自分の口の中へと放り投げた。
これみよがしにドヤ顔をかます侑の胸ぐらを、治が掴むまで残り1秒。
あ、と思った時にはすでに手遅れ。治がブチ切れて双子の喧嘩が激化することを察した角名は、こっそりと教室を抜け出した。
どこに向かおうかと迷った末、屋上へ繋がる階段の前で足を止めた。そういえば、この学校って屋上が使えるのだろうかと、角名は興味本位で屋上の扉へと手をかけた。
屋上の扉を開けて外へ出るとそこには先客がいた。そよそよと吹く風にサラサラの髪を靡かせて目を閉じるその女子生徒は、広い屋上の真ん中で日向ぼっこをしながらよく眠っている。生温い風が吹いて鼻を擽る髪の毛が鬱陶しいのか一度身を捩った彼女。今度は大きく寝返りをうった。そして仰向けに大の字になり、再び静かな寝息を立て始める。
楽しい夢でも見ているのか、ふふっと口角をあげて穏やかな寝顔を晒す彼女は随分と気持ち良さそうだ。
ま、いいかと屋上の端っこへと足を進めた角名はさっさと食べ終えて教室へ戻ろうと思い弁当を広げた。
何となく、先程の昼寝している女子が気になってそちらを向いた。そして、慣れたようにスマホをポチポチと操作をしてはパシャリと1枚。何かあるとすぐに写真を取る癖がある角名は、今も特に何を考えるわけでもなく写真を取った。
すると、昼寝をしていた女子生徒の目がパチリと開いた。「あ、やば」と声を漏らしながら咄嗟にスマホを伏せた角名は何事もなかったかのように弁当を食べ始める。
しかしどうだろう、写真を撮られたことに気がついたのか、女子生徒が角名の方へ向かって歩いてくるではないか。それに気が付いた角名は、ああ面倒なことになるかも、と心の中で呟く。そもそも悪いのは角名自身であるのにも関わらず、自分の悪癖を棚に上げて角名は女子生徒から目を逸らした。
女子生徒は角名の目の前まで来ると彼の隣へ腰掛けた。そしてくりっとした大きな瞳を輝かせてお弁当を食べる角名の顔を覗き込む。
いきなりの距離の近さに驚いて角名は慌てて顔を上げた。
「ねえ、君はいつも屋上でご飯食べてるの?」
「え…?」
「私寝てて気づかなかったんだけど…」
「ああ、別にいつもは教室にいるから、今日屋上にいたのはたまたま?」
角名がそう答えると、女子生徒は「そうなの」と少し残念そうに目を伏せた。まさか、そんな質問をされるだなんて思わなかった角名は、少しの動揺を見せながらも盗撮がバレていなかったことに内心安堵した。そんな角名の横で、大きな欠伸をした女子生徒。今の会話で満足したのか彼女の意識は既に角名から外れたようで、もう一度、隠すことなく大きな欠伸をした彼女は再び目を閉じた。
警戒心の欠片もないな…と暖かな太陽のもとで無防備な寝顔を晒す女子生徒を見て角名は思った。
《双子の喧嘩、北さんが来て収束したわ!》
ピコンとスマホが鳴って画面を見ると銀から送られてきたメッセージ。今の双子、絶対落ち込んでて面白いだろうな、なんて思いながら腰を上げた角名は、女子生徒の寝顔をもう一度撮影して教室へ戻った。
* * *
翌日、授業中に昨日撮った女子生徒の写真を眺めながら角名はあることに気がついた。
(待って、この子めちゃくちゃ可愛い顔してんじゃん。上履きの色からして同学年だけど、何組の子なんだろ)
真っ白な柔らかそうな肌に長いまつ毛、血色の良いぷっくりとした唇にサラサラとした髪の毛。そういえば昨日一瞬だけこちらを見たときの目は大きかった。
こんな容姿で、あんなところで1人で寝るなんて、今の今までよく無事でいられたな…と心からそう思った。
お昼、何となく女子生徒の様子が気になった角名はさっそく弁当を持って屋上へ向かった。ただ何となく気になっただけ。
屋上へ行くとやはり彼女はいた。しかし昨日と違うのは、昼寝ではなくて彼女がスマホを見ながらおにぎり食べていたこと。屋上の扉が開いて顔を上げた女子生徒は角名の姿を視界に捉えると、待ってましたと言わんばかりに笑顔を見せて手を振った。
そんな人懐っこい笑みを見せられるなんて思いもしなかった角名は、気恥しさを感じながら控えめに手を振り返す。すると、こっち!と彼女が自分の隣を指さすので角名は言われた通り彼女の隣へ座って弁当を広げることにした。
「ほら、やっぱりいつも屋上に来てるんじゃない」
「……ああやっぱりバレてた?」
「うんうん、もうバレバレだよ!もーなんで昨日嘘ついたのさ」
「んーなんとなく」
角名の言葉にほーんなんて気の抜けた相槌をする女子生徒。相変わらずマイペースな会話だなと角名は思った。昨日も今日も少ししか言葉を交わしていないけど、彼女の会話のペースはなんだか独特だ。いきなり話し始めて突然終わる。それでいて多分、彼女は会話をするとき何も考えていないんだろうなというのが角名の感覚だった。そもそも角名が屋上に来たのは昨日が初めてだというのに、角名が毎日屋上に来ていることの、どこがどうバレバレだというんだ。ちょっと待って、もしかしてこの子相当面白いかも。
そんなことを考えて角名は、ジワジワと襲ってくる面白さに吹き出すまいと片手で口元を覆った。
弁当を食べていたはずなのに、笑いを堪えるのに俯いてプルプルと震え出した角名を前に、女子生徒は怪訝な目線を向ける。いったい何がそんなに面白いんだと、そんな面白い形のおかずでもあったのかと他人の弁当の中を覗き込む女子生徒。その行動までもがツボに入ってしまった角名はついに声を出して笑った。
「ちょっと待って、お前ホント面白すぎなんだけど」
「なんの話?それより、面白い形のおかずはどれ?」
「ああそれはもう食べちゃった」
「えー!私も見たかったのに、そこはお昼友達である私に見せてから食べるでしょ普通」
「お昼友達?」
「うん、だって毎日屋上に来てるんでしょ?私も毎日屋上でお昼過ごしてるから」
「ああうん、じゃあ今度からちゃんと見せるよ」
「約束ね?」
「うん、約束。それよりさ、お昼友達ならお前の名前、教えてくんない?」
「名前?」
「だって俺らお互いに名前知らないでしょ」
「ああ確かに、私は神代ユキ。ユキって呼んでいいからね!」
「わかったじゃあユキって呼ぶ。角名倫太郎、俺のことも倫太郎でいいから」
「わかった!」
ふふっと嬉しそうに笑って今しがた覚えたばかりの「倫太郎」という名前を口にするユキに角名は何となくむず痒い気持ちになった。
ひとしきり名前を呼んで満足したのか、ユキはぐぐっと大きく伸びをしてから地面に寝転んだ。
「ねえ前も思ったけどさすがに危険すぎじゃない、それ」
「なにが?」
「そうやって無防備な状態で一人で昼寝することだよ」
「大丈夫大丈夫、屋上なんて誰も来ないし」
「俺が来てるけど」
「へへ、お昼友達だもんね私たち」
「ああうん、もういいや。おやすみユキ」
「おやすみ!チャイム鳴ったら起こしてね」
「ハイハイ」
そんな会話を交わして約3秒後、すやーという効果音が付きそうなほど穏やかな表情で眠るユキに、角名は大きなため息をついた。
一体全体どうしてこうなったのか。出会って2日目なのに、この時間を彼女と一緒に過ごすことに対して、なんとも言えない心地良さを感じている自分がいることに気がついてしまった角名。これからどうしようかと考える。それにしても…
「ほんと、とんでもなく可愛い顔してるねお前」
そう呟いて彼女の白い頬を指でちょんちょんとつついても彼女が目を開ける様子は全くない。
* * *
…13時10分、チャイムの音で目を覚ました角名はスマホを確認して身体を起こす。隣には口を半開きにして相変わらず幸せそうに眠るユキ。どうやら彼女の寝顔を眺めていたら自分も眠ってしまっていたらしい。と角名は状況を整理しながら弁当を片付けた。
「ユキ、チャイムなったよ」
角名がそう声をかけても全く起きる様子のないユキ。チャイムが鳴っても起きないくらいだからそりゃそうかと、今度は少しだけユキの身体を揺らすと、んーとくぐもった声を出しながらユキが目を開けた。
「おはようユキ」
「あ、おはよう倫太郎。ほんとに起こしてくれたんだ」
「お前が起こせって言ったんじゃん」
「えへ、そうだったありがとう」
「どういたしまして」
じゃあまた明日ね〜と大きく手を振って廊下を走っていくユキ。当然のように明日も一緒にお昼ご飯を食べるつもりでいるらしいユキに苦笑しながら、角名は自分の頬が緩むのを抑えられなかった。
明日は、何かお菓子でも持って行こうかな。柄にもなくそんなことを思いながら機嫌良く午後の授業を受けていたら、治がお化けでも見るような目で角名を見ていたのは言うまでもない。
「それで次の日、倫太郎チューペット持ってきたんだよ!マジ笑えるよね!」
「そういうことやったんか!アイツ急に部室の冷蔵庫貸してくれなんて言うから何かと思ったらチューペットて!」
はははっ!!と声をあげて、それはもう楽しそうに笑うのはユキと侑。
あの時、角名はユキと仲良くなるためにどんなお菓子を持って行くべきかと割と真剣に考えていた。しかし彼女の好物も分からないので、最終的に自身の好物であるチューペットを選んだのだ。いや確かに、ほんとにこれで良いだろうかという気持ちはあった。けれども持ってきてしまったものは仕方ない。しかも相手はマイペースで何も考えてなさそうなユキである。特に気にせず受け取ってくれるだろうと思ったのが間違いだった。その日、チューペットを受け取ったユキはまず首を傾げた。そして、角名と話をする中でその過程、角名の葛藤を知ったユキは大いに爆笑した。
人の純情を笑いものにして、その日の話をいつまでも擦り続けるデリカシーの欠片もないユキ。これは彼女にとって非常にお気に入りのエピソードのようで、毎度毎度飽きずにこうしてバカにしてくるのだ。
「ほんとに、マジでコイツら腹立つんだけど。治どうにかして」
「いや…ははっマジでチューペットはおもろいて角名」
はああ、マジで最悪…と不機嫌そうに顔を顰めた角名に気がついたユキ。角名の顔の真ん前で、呑気な顔をしながら倫太郎どうしたー?腹痛ですかー?と手を振っている。
チラチラと視界に入るユキの細い腕を掴んで引き寄せれば、うわあ!!なんて間抜けな声をあげてユキは角名の腕の中へ飛び込んだ。
「あれ?倫太郎なんか怒ってる?あの双子のせいで?」
「はあ!?なんで俺らやねん」
「せや!責任転嫁は良くないで神代さん」
あーうるさい。ユキと2人きりの憩いの場であったはずの屋上が、なんでこうも騒がしくなったんだ。
ユキが楽しそうなので、百歩譲ってチューペットの件は置いとくとして、それよりも、角名にとって今問題なのはいったいどうして双子が屋上に居座っているのかということ。
まあそれは、部活中ついうっかり口を滑らせてユキの存在を示唆するような発言を角名自身がしてしまったのが原因なのだけれど。
角名は今でもあの時の発言は後悔している。だってまさか屋上まで探しに来るなんて思わなかった。
双子のしつこさを完全に舐めていた自分に腹がっているのか、チューペットの件をバカにされたことに腹を立てているのか、双子とユキが仲良さそうに話をしていることに腹を立てているのか、自分にも何にムカついているのかは分からない。とにかくこのソワソワするこの気持ちをどうにかしようと、角名は腕の中にいるユキの両頬を思いきり掴んだ。突然の行動にぱちくりと瞬きして角名を見つめるユキ。ムニッと頬が変形してもユキの顔は本当に、ムカつくほど可愛い。
そんなユキに対して角名は、一応、俺お前の彼氏なんだけど…という気持ちを込めてユキを睨み返した。
すると、何を思ったのか角名の顔を見るなり頬をゆるっゆるにしてへらりと笑ったユキは、角名の腕の中でモゾモゾと動き出した。そして突然、ユキが角名の両脇に手を入れてピタリと抱きついてきたので、今度は角名が驚く番となってしまった。
「ごめんて、チューペットの話そんなに嫌だった?」
「あ、そっちね…」
「違う?」
「いや、確かにその数ヶ月前の話をいつまで引きずるつもりなのかとは思ってるけど」
「ほらね?」
人差し指を立てて、可愛らしいドヤ顔でそう言うユキにまた、トクンと胸が高なった。いや違う、今はユキの言動と顔にときめいてる場合じゃない。
いったい彼女はどこまで鈍感で脳天気なのだろうか。角名は膝の上にいるユキの髪の毛をいじりながら再び大きなため息をついた。
3人のテンションについていけず疲労を蓄積させた角名はツッコミを諸々放棄することを選んだ。ちょうどいよい位置にあるユキの頭に顎を乗せて、お弁当を広げ始めた角名にユキからの野次が飛ぶ。
「ちょっと、それじゃ私がご飯食べにくい」
「えーいいじゃん別に」
「まあ、いいけど別に」
「なんやねんお前ら結局イチャイチャしよって」
「ホンマに、俺らもおるんやぞ」
「だからなに?文句言うなら屋上から出てけば」
「はあ!?なんやねんそれ!!ほんなら俺は絶対退かんで!」
「なんでだよ」
「なあ神代さん、その玉子焼き貰ってええ?」
「え?うーん半分なら?」
「ダメに決まってんだろ」
「俺、角名に聞いてへんねんけど」
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