ほんの小さな奇遇
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(*)夢主はヒロアカの世界に迷いこんでしまっただけの異世界人 / 狼「イフ」,猫「ミロ」という眷属を連れている
深夜、気が付いたら見知らぬ世界に来てしまったユキは肩に黒猫のミロを乗せてこの世界をぶらぶらと歩いていた。
とりあえず、道中人々から盗み聞いた話から推察するに、こっちの世界は「個性」と「ヒーロー」それと「ヴィラン」という概念が蔓延る普通の世界だということがわかった。特にこれといって興味を惹かれなかったユキは、暫く滞在しようにも面白そうな目的を見つけることができなかった。
自分自身がヒーローになるというのもあったけど、忙しそうだし、窮屈そうだと思った。いっその事、「ヴィラン」という存在を眺めてみるのも良いかなとも思ったけど、やっぱり辞めた。
あーあ、なんか面白いことが起きないだろうか。
そんなことを考えていたある夜だった。みゃあ、と黒猫のミロが鳴いて、ミロに呼応するように右耳についてるダイアモンドの宝石が強く光った。
2人ともどうしたのだろうかと、視線を動かした矢先、少し遠くの方で、いっそう蒼く燃える山がユキの視界に飛び込んできた。
「うわあ、ひどい山火事だ」
燃える山の方をぼんやりと見つめ、そんなことを呟くユキだったが、今度はその方向から何かの泣き声が聞こえた気がした。
なんだろう、誰かが助けてと言っている、なんてそんな声じゃなくて、もっと悲痛な叫びや憎悪が入り交じった酷く不快な泣き声だ。ユキはその声を聞いて、にっこりと笑顔を浮かべる。
ああ、面白そう。私が見に行ってあげなくちゃ。
『火傷するなよ』
みゃあ、とまた黒猫が鳴いた。
火傷しても私は直ぐに治るよ。ミロが火傷しないように魔法をかけてくれてもいいけれど。
そう心の中でミロの問いかけに答えながら、ユキは何の戸惑いもなく、轟々と燃える火の中へ足を踏み入れた。
そこにいたのは真っ白な髪の毛と水玉のような瞳の少年。
「ひどい火傷だね」
「…だれ、だ」
「私はユキっていうの」
「…」
「ねえ、君は死にたいの?」
「…し、たく、い」
「それなら、私が助けてあげるよ」
そうしてユキは、今もなお燃え続ける少年の右手を掴んだ。有り得ないほどの高温、普通じゃあ近づくだけで火傷しちゃいそうなその蒼炎は、ユキが少年の手を掴んだその瞬間に消失した。
少し驚いたように目を見開いた彼が何か言おうとしていたけれど、それは叶わず少年は気を失ってしまった。
『それ、連れて帰るの?』
うん、ダメかな?
『いや、ユキがそうしたいなら別にいいけど』
じゃあ、急いで連れて帰って治療しないと、流石に死んじゃいそう。
『それで、どこに連れて帰るの?』
* * *
さっきまで都市にいたのに、いったいなぜユキたちは森の中にいるのか。それは、彼女たちがこの世界に来てから日が浅く、こっちでの「家」を持っていなかったから。ユキはとりあえず人気のないところに連れて行こうと思ったのだ。人気のないところといったら、まず森の中だろう。それに、ユキ的には都市よりも森の中の方が好みだ。
まあそんなことはどちらでも良い。ユキはまず、連れてきた少年を適当な場所へ寝かせてから、ちょこんと一人差し指を彼の額へ乗せた。
よし、これでこの少年が今死ぬことはなくなった。
あとは、この火傷の跡を、ミロー?
ユキがそう心の中でそう呼びかけると黒猫はぴょこんと少年の腹の上に乗り、魔法をかけた。すると火傷のあとはみるみるうちに無くなっていく。
『これでいい? まったく、ユキはこれのどこが気に入ったの?』
あら、見たら分かるじゃない。彼の髪の毛見て、真っ白で雪みたい。それにふわふわ。あと、山で目が合ったとき、彼の瞳、アクアマリンみたいだなって思ったの。
『ユキの瞳みたいな色?』
私よりも少し薄いけれど、とても透き通った綺麗な色だったよ。
『俺の赤色の瞳とどっちのが綺麗?』
ーーーそれは、選べないよ。
* * *
「イフ、これ取ってきてくれたの?」
ヒトよりも少しばかり大きな体をした狼は今しがた採ってきたであろう木の実を口に咥えていた。狼はダイアモンドを嵌め込んだようなつぶらな瞳を細めて、肯定するようにユキに擦り寄る。
この森で過ごして3日目、少年はまだ目を覚まさない。雨が降らなかったのは不幸中の幸いか。今日もミロに頼んで家を探してもらうしかないか、と隣で眠る少年に視線を移した、そのとき。
パチッと少年が目を開けた。
「あ、おはよう」
* * *
パチッと目を開けた先で見えたのは背の高い木々と、青い空、そして俺が気を失う前、最後に見た不思議な女の顔。
「あ、おはよう」
その女は、俺が目覚めたことを認識すると、ふわりと笑ってそう言った。
深い、海の底みたいな吸い込まれそうな深い青色の瞳が印象的なやつだ。
「身体は痛くない?」
そう言われて、はっとする。俺はあの時、自分の炎で……。
けれど、自分の身体には痛みどころか、火傷の跡すら残っていない。この女の個性か、と納得すると共に新たな疑問が生まれる。
「なんで俺を助けた」
「だって、死にたくないって言ってた」
「…それで、あの炎の中に突っ込んできて、燃えてる俺の手なんかお構い無しに掴んできたのか」
「そうだね」
「…普通じゃねぇな」
「あと、君の顔が気に入ったの」
「…なんだそれ、意味わかんねぇ」
俺が鼻で笑ってその女に言い返すと、どこからかガウッと唸り声が聞こえた。低い唸り声につられて聞こえた方向に目を向けると、そこには自分の身長など優に超えるオオカミがいた。俺と目が合うなり牙を立てて威嚇してくるそいつは、「イフ」という女の声によってすぐに大人しくなる。
「私をバカにしたから、怒ったのよ、ね?」
女がオオカミの顔に手を持っていき、慣れた手つきで撫でると、オオカミは先程の威嚇をやめて、するりと女の腰に巻き付くようにして座った。
オオカミまで手懐けてんのかこの女…。
それよりも、
「なんで森の中なんだよ」
「仕方ないわ、まだ家を手に入れてなかったの」
「……? は?」
「だから、一緒に家を探そう?私まだこっちにきて日が浅いの。君にいろいろ教えて欲しいこともあるし」
ちょっと待ってくれ、この女が今言ったことが全く理解できない。
まず森の中にいるのはもちろん意味わかんねぇ。オオカミを手懐けてんのも意味わかんねぇ。家がないのも、これから俺と一緒に家を見つけに行こうとしてるのも、この女の言動全てが意味わからない。
とにかく、一旦この女の言うことは無視しよう。
よし、そうしよう。
「ほら、目も覚めたし、傷も治ったんだし」そう言って俺の手を引いて歩き始める女。
ふわっとした感触だった。俺の手を握る、コイツの手、小さくて柔らかい、そのまま握り潰せそうな真っ白い手だった。
森の出口が見えてきて、高い建物がよく見える。
「おい、あれも着いてきてんだけど」
「ああそっか、イフ、戻れる?」
女の言葉のすぐ後、チリンと鈴みたいな音がして、オオカミは姿を消した。
は?何が起こった?これもコイツの個性か?今、目の前でオオカミが消えた。ぎょっとして俺は思わず女の方を見た。あれ、この女、さっきまであんなでかい宝石のピアスを付けていただろうか。
「なあ、お前の個性ってなんだ」
「私に個性はないよ」
「嘘だ」
「どうしてそう思うの?」
「俺の火傷が消えてた。あと、さっきのオオカミ」
「それは、私の特殊能力みたいな?少なくとも、この世界における個性とは違うかな」
やっぱり意味わかんねぇ。
相変わらず、手は繋いだまま離してくれねえし。
何を考えてるのかもわかんねえ。
だけど、この手を俺が振り払うのはなんか違う気がした。
これからどうするつもりだ と問うつもりで女の顔を見ると、女は人形みたいな整った顔を微妙に歪めて難しい顔をしてた。
「おい、何考えてんだよ」
「やっぱりこの世界もお金なの?」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。どんな質問なんだ と言いたかったが、なぜか女は至極真面目に考え込んでいる様子だった。
にゃあ、どこからか猫の鳴き声が聞こえた。真下だ。1匹の黒猫が女の足元に擦り寄っている。それも、口に紙束を咥えて。
黒猫に気づいた女は、よくやったミロ!と目を輝かせてその紙束を受け取った。
「最新不動産情報」
「新築戸建」
「オープンハウス」
紙束見みながらぶつぶつと呟く女を見て俺は頭を抱えた。
おいおい待ってくれ、この女、マジで家を探してやがる。
「ねえ、あれ君の名前ってなに?」
「燈矢…じゃなくて、お前」
「これって、ここの通貨でしょ?すぐに集まると思う?」
【7500000円】と書かれた箇所を指さし、女は俺にそう聞いてきた。バカなのか、コイツは。マジで何考えてんだ。というか、なんでこれを猫が持ってきてたんだよ…!!
「無理に決まってんだろ」
「ええ!?じゃあとりあえず家は諦めるか。やっぱりお金がないと何も始まらないよね」
「…本当に家がないのか?」
「どうして嘘つくのよ。それより、お金を稼ぐのに手っ取り早い方法はなあに?」
「……そうだな、金が欲しいんなら、ほらあそこにいる奴から奪えばいいんじゃね?」
これはほんのイタズラ心だった。この女と出会って数時間しか経ってねえが支離滅裂な発言を繰り返して俺を振り回す仕返しだと思って、コイツを困らせてやろうと思った。それなのに、
「え!それってありなの?」
「は?」
そう思っただけなのに、この女はなぜか、目を輝かせて紙束を放り投げた。そして今俺が言ったことをすぐにでも実行しようとしている。
「おい、ホントにやるのか?」
「君が言ったんじゃない」
「いや冗談に決まってんだろ。バカなのかお前。まあヴィランになっても良いってんならやればいいけど」
「うーん、ヴィランってこの世界では悪い奴ってことなんでしょ?指名手配されるのはちょっとなあ」
「ヴィランになること自体はいいってか?」
「まあ、それは別に。とにかく私は今お金が欲しいのよ」
女は澄ました顔でそう言った。金が手に入るならなんでもいい。女の言ってることはそういうことだ。思考があからさまにヴィランのそれと同じじゃないか。
だけど、そのフランス人形みたいな造形の整った顔は、何が悪いの?と言いたげだ。
みゃあ、また黒猫が鳴いた。
威嚇するような鳴き声を出した黒猫の方を見ると、黒猫は真っ赤な瞳をこれでもかと見開いて、ある1点を見つめている。
それにつられて俺も目線を動かす。そのとき、女はずっと掴んでいた俺の手を離し、背中を強く押してきた。咄嗟のことで後ろに数歩よろけると、目の前に大きな刃が突き刺さる。
そして目の前には飛び散る血。
「おい!ッ」
誰の血かは直ぐにわかった。咄嗟に名前を呼ぼうとしたけど、女の名前がわからなかった。
俺はすぐに炎を出して、突如現れたヴィランを燃やす、するとヴィランは呻き声をあげて街中へ走り去っていった。本来ならそいつを追いかけ、街に注意を呼びかけるのが良いことは分かっているが、今の俺にはそれよりも確認すべきことがあった。
「おい、大丈夫か?」
目の前には蹲って左腕を抑える女。
その腕からは、血が…………出てない。
「燈矢くん!ナイス連携だったね」
血は止まっているようだと安心して顔を上げると、なぜが満面の笑みで俺の右手をぎゅっと掴み、喜ぶ女。
そうして、くふふ、と愉快そうに笑いながら女は手に持っているものを俺の目の前で掲げた。
「さっきのヴィランのお財布」
「は?」
おい。マ ジ か こ の 女 。
マジでイカれてるやがる。こいつは燃え盛る炎の中、俺を助けてここまで連れてきた。そして女はまた俺を助けて、とんだお人好しだと思った矢先、次に成し遂げたことがコレか。
女はにんまりと綺麗な顔に笑顔を浮かべて、してやったりと喜んでいる。
「これで今日はご飯が食べられるね!燈矢くん」
変なヤツについてきてしまったと思った。なんで金すら持ってないこの女が俺を助けたのか未だ不明だが、なぜか再び俺の手を取ったコイツの優しい手を離そうとは思わなかった。
ヒーローでもヴィランでもない、俺が今まで見てきた人間とは明らかに違う何か。
だけどそれが、今の俺にはひどく眩しく見えたのだ。
「そういえば、お前の名前教えろよ」
「うん!ユキって呼んでね」
* * *
そうして、俺らは先程盗んだ財布を使って昼飯を食べるため、安いファミレスへ来ていた。
ユキについて、聞きたいことが山ほどある。そして、言いたいことも山ほどある。
まず、ユキは自分は違う世界から来たというのだ。そもそも信じられないが、今までの言動と彼女の能力からギリギリ呑み込むことができた。
そして、この世界に来たばかりだと言うユキはこの世界の常識をあまり理解できていない様子だった。ヒーローについて、かっこいいとか凄いとかそういう感覚があまりないようだ。そして、ヴィランについても、そんなに悪い人たちばかりなの?と一言。
「じゃあ、さっきのヴィランは?お前、腕刺されてただろ」
「ああ、わざとだけどね。すぐに治るし」
「は?なんでわざわざ」
「ほら、ケイサツが来たら被害者だって泣き喚いてすぐに逃げれるでしょ?それにそんな刺されるような弱い人が盗みをするなんて思わないかなって」
「……まあ、それはそれとして、さっきのは悪い人じゃないのか?」
「さあ?人殺しが生き甲斐なのかも」
「それは、悪いことじゃねえのか」
「この世界では悪いことかもね、戦いが耐えない世だったら重宝されてたかも」
そう言って目の前の女はサクッとフォークでガトーショコラを割って口に入れる。美味しい!と表情を幸せそうにふやけさせてデザートを食べるユキ。ついさっき、なんの悪びれもなく窃盗を行った女にはとても見えねぇな。
てか、なんでガトーショコラ頼んだの?飯を食えよ、デザート頼むならせめてもっと安いやつにしろって。
「それよりも、夜はどうすんだよ」
「どうって?またお金探さないとだね」
「は? てかお前今までどこで寝てたんだ?」
「ん?寝てないけど」
「……は、」
「因みに君はあの森で3日間寝てたけどね」
***
「えーガッコウがあるの!?」
「…あるけど、でも別に学校行かないやつもいるぜ。俺はまあ行ってたけど別に好きじゃなかったし」
「そうなの?」
この世界の常識を教えようとまずは俺の今までの生活の話をすることにした。轟家が普通の家庭であるかは置いておいて、少なくとも生活は常識の範囲内であったと思う。だけど「学校」という単語を出した途端、何を思ったのか目を輝かせたユキ。お前は学校に通う年齢じゃないだろと指摘すると、私も行こうかと思ったのに…としょんぼりと項垂れて、ため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちの方だという言葉を呑み込んで、次はこの世界の「仕事」についての話をする。
「やっぱりヒーローなのね」
「やっぱりってなんだよ」
「私がこの世界に来て最初に街を歩いていたときにヒーローって単語とヴィランって単語がたくさん聞こえてきたもの」
「なるほどな、それでお前はこれからどうするつもりなんだよ」
俺がそう言うと、ユキはうーんと唸りながら眉間に皺を寄せる。ユキは、なるべくヒーローにはなりたくないらしい。何故かと問うと、「窮屈そう」とただ一言呟いて顔を歪めた。
ユキからするとこの世界の常識は少し変わってるらしい。だけど俺からすると変わってるのはユキの方だし、ヒーローやヴィランに対する認識も普通じゃない。
小さい頃、エンデヴァーに憧れて、ヒーローに憧れた。しかしどうだ、俺の命を救ったのはヒーローではなく、今目の前でバームクーヘンを頬張る不思議な女。ヒーローを窮屈そうと一蹴りし、ヴィランを頑なに否定しない。俺の顔が好きだからと俺を助け、金が欲しいからと襲ってきたヴィランから財布を盗んだ。明らかに私利私欲のために動いているこの女を俺は決して否定出来なかった。なんともおかしな話だ。だけど、ユキと話すときは不思議と気が楽だった。
「なに笑ってるの?」
「え、俺笑ってた?」
「うん、そのパスタそんなに美味しい?私にもちょうだい」
「ダメに決まってるだろ」
「えー、まいっか、それじゃあ…あの店員さん!このアップルパイを」
「わかった!1口やるから。お前この金がどれだけ大切か分かってんの?」
呆れた。俺がこんなに考えてんのに随分と呑気なやつだ。パスタを一口あげると、ユキはこれでもかというくらい綺麗に笑ってみせた。右手を頬に当て、大きな瞳を細めて幸せそうな顔をするユキはどこからどう見ても純粋無垢な少女にしか見えない…。待て、コイツ何歳だ。
「なあ、お前って何歳?」
「そんなの知らないよ」
「はあ?」
「じゃあ燈矢くんは何歳なわけ?」
「俺は、もうすぐ14」
「じゅ、じゅうよん!?!?」
テーブルをバシッと叩いて思いきり立ち上がったユキにファミレス内が一気に静まる。お客様…とさり気なく声をかける店員を気の毒に思いながら静かにユキを睨むが、ユキはお構いなしに言葉を続ける。
「14って生まれたてじゃない」
「…」
「なあにその顔、私そんな変なこと言ったかな」
ずっとおかしなことしか言ってないと正直に伝えるべきか、もう一度大きなため息をついてユキに向き直ると、今度はコソッと耳打ちをしてきた。
「もしかしてジュミョウってのがあるのかしら」
「…100まで生きれたら凄いんじゃないかな」
「なら少なくとも私は君たちの数百倍は生きてるよ」
多分ね、とバームクーヘンの最後の一口をパクリと口の中に入れ美味しそうに食べるユキを見て絶句。作り話ではないかと疑いたくなるが、ユキの顔を見たらわかる。彼女は至極真面目に答えている。
あ、バームクーヘン一口貰い忘れた。
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