Nonfiction
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右腕は既に肩から無くなっていて、左腕は肘より下が無くなっている。さらに右脚は膝から下がない、左足は足首より下が見当たらない。
傷だらけでほとんど血色のない青白い肌と煤が乗ったねずみ色の髪の毛。
今朝、スメールシティへ行く途中で通った森で見つけた。大きな木々の中にぽつりと忘れられたように置き去りになった袋。キノコンたちが不思議そうに寄って囲っていたのですぎに目に入ってきたのだ。土の地面にくっきりと凹んだ後が残るほど大きなものが入っているのだろうと思って中身を確認しようと近づいた。重いものといえば金属製の機械パーツか何かだろうか。
(キャラバンの運ぶ荷車からこぼれてしまったものなら大変だ、なくなったら困るものかもしれないし。今のうちに回収しておこう)
森の中へ足を踏み入れるとパシャリと水の音が耳に響いた。足元を見ると大きな水溜りが広がっている。この辺は少し前までかなりの雨が降ってたみたいだ。それならなおさら、雨で荷物がダメになっていないと良いけど。
そして、質の悪く汚れた布にくるまっていた中身を見て絶句した。一瞬、何が起こっているのか分からなくて、今自分の目の前にある惨状を理解するのに少し時間がかかった。
そしてその中身が"ヒト"であることを理解した途端、自身の手が震えたのがわかった。 それほどにソレは異常な状態であった。クラリと眩暈がして倒れそうになるのを踏ん張ってソレに手を伸ばす。
明らかに死体じゃないか。そう思ったはずなのに、少しの希望を願うようにして、その"ヒト"の首筋あたりに手を翳してみた。
すると、トク…トク…という小さな鼓動が、翳した手のひらから伝わってきた。ほんとうに微弱な脈動であったが、確かに動いているこの心臓は、この子が生きているということを明確に示している。
それを確認した途端、弾かれたように体が動いた。まだ生きているこの子どもを何としてでも生かしてやらないとならないと思った。同情心か正義感か、どんな気持ちがあったのかはあまり覚えてないけど、その時、確かに心の中でこの子をどうにか生かさないとと、そう強く思ったのだ。
幸い、怪我や病気の処置については人より経験も知識もある。だからこそわかった。この子の生命力は異常だ。この子の状態であればいくら健康な生き物であっても間違いなく死んでいる。でもそれは僕が知る生命体の中では、という文章が前提に入るわけで、この子が生きるていることに疑問を持つほどの理由にはならないのだ。
なぜ君がそんな状態で生きていられるのか、今の僕にはわからないけど、それならば今の僕にできることは、僕のできる精一杯を使って君を助けてやること。
ああ、最悪だ。また「トリップ」した。いや、トリップすることは別にどちらでも良いんだけど、ここまで悲惨なことになるのは初めてだった。まず、移動先が森の中だった。しかも見た事のない大きな植物だらけで、見慣れない獣も多い。加えて人も居ないし食べ物もない。何とか森を抜け出して、安全そうな洞窟で一夜を明かそうと思ったら速攻でイカれた奴らに捕まった。まあでも、これもまだ許容範囲内。旅先で事故に遭うのは何も珍しいことじゃない。私を拾ったのが良い人ならそれはそれで僥倖だが、悪い奴なら逃げれば良いだけ。これまでも「トリップ」を経験して、色々な能力を身に付けてきた私からしたら造作もないこと。ただここで想定外なのは私の身体が幼くなっていたことだった。それに気が付いたのはどう見ても肉食の危険な獣から逃げ出そうとした時だ。バリア的な何かを張って逃げるとか、自分の身体にバフをして足を速くするとか、ちょっと疲れるけどワープをするとか、逃げる方法はたくさんあったのにも関わらず何故かどれも使うことが出来なかった。
こんなことは初めてで、呆気に取られてその場に固まった。すると背後からガルルルルと、腹を空かせた獣の鳴き声。
まずい、と思って振り返るとそこには毛を逆立てて明らかに私を狙う獣がこちらを見ていた。キラリと水溜まりに反射して獣の瞳が光った。それを合図に私は獣から目を逸らし、全力で走った。
そして、よく分からないジメジメとした洞窟にたどり着いた時には完全に体力を使い果たしていた。とりあえず獣から逃れたことに安堵した私はその場に腰掛けて目を閉じた。いつもならもっと警戒して、結界を張ったりトラップを仕掛けたりしていたけど、疲れていたし、子どもの体になって思考力も落ちていたのか、不用意にも私はそのまま眠ってしまったのだ。これがいけなった。
目を覚ますと知らないやつが知らない武器を持って私を囲っていた。どう見てもヤバそうだったから咄嗟に身を隠そうとしたけど、あまりにも眠過ぎて私は抵抗する気力もなく捕まった。
最初は腕を切られた。普通に痛かったけど、腕が無くなることは初めてじゃないし、また元に戻すこともできる。と思ったけど、幼い身体で満足に自身の力を使えないことを忘れていた。そしてこの世界に身体がなかなか順応してくれないみたいで、色々不具合が重なってしまった。
ああ、これは詰んだかも。その後はご飯も満足に食べられずに体力も無くなっていくだけだった。翌日にはもう片方の腕も切られて右脚も消えて完全に動けなくなっていた。お腹もすいたし、血を流しすぎて頭痛いし、旅先に着いた途端ジ・エンドなんて聞いてない。唯一ずっと活性化している治癒力によって死ぬことはないけど、おかげで地獄みたいな状況が出来上がってしまった。
さらに私に追い討ちをかけたのは、この世界の言葉が分からなかったことだ。うん、これはかなり悪条件。とりあえず寝よう。数百時間くらい寝れば少しは回復するかもしれないし。
* * *
くぁっと欠伸をして目を覚ますと、寝る前よりふわふわとした場所に寝転んでいた。
起きようにも手足が綺麗になくなっていて上手く動けない。ただ、自分の身体のあらゆる所に包帯が巻いてあるのを見る限り、誰かが助けてくれたのだろう。
――いや待て、本当に助け出されたのか。開始早々にデンジャラスな奴らとしか出会わなかったような世界だぞ。可能性としては、売れらたのか、また攫われたのか、はたまた何かの実験にでも使われるか。いずれにしてもありえる話だ。
(はあ、今回は最初からハードモードだなあ…)
なんて、優しい植物の香りに包まれた小さな部屋を見渡しながらぼんやりと考えていると、ぽとりと何かが落ちる音が聞こえた。
「…××、×××××××××!」
音の方へ顔を向けると、ウサギのようなキツネのような、おおきくて可愛らしい耳を持つ少年が扉の前に立っていた。少年は持っていた物を落としてしまったみたいだ。驚いた様子でこちらを見る彼は、落としたものには目もくれず、何かを呟きながらこちらに近づいてくる。
「×××××、××××××××××××?」
ものすごく優しい雰囲気の人だと思った。この世界では初めてのタイプ。それに綺麗な瞳…。こちらを覗き込む彼の瞳を見て私の脳がピコッと反応する。なるほど、彼は全く、もう全然悪い人ではないようだ。むしろ優しさや正義感すら感じられる。どうやら私の運はここにきてようやく風向きが変わったらしい。とここで一安心して息を吐く。
目尻を下げて心配そうにこちらを覗き込んで何かを喋っているようだけれど、生憎この世界の言葉が理解できない私は首を傾げることしかできない。ただ、この人が私を助けて手当してくれたのは間違いないのだろう。そんな優しい彼の言葉を理解できないなんて、ちょっと申し訳ないな。
コミュニケーションがとれないというのはなんともじれったい。とりあえず、この少年に見捨てられるという最悪な展開だけは避けたいので、全肯定botと化するために適当に頷いておくことにした。異世界での心得はまず味方をつけること。
「…君、目を覚ましたんだね!」
レンジャーの一日の仕事を終えて今日も彼女の様子を確認しに行く。これはここ最近日課になったことだ。いつものように替えの包帯や薬やらを持って彼女の眠る部屋へたどり着いたとき、ベッドの上で体を起こしきょろきょろと辺りを見渡している彼女に驚いて持っていた物を落としてしまった。早く目覚めることを祈っていたけど、こんなに早く目を覚ましてくれるなんて思ってなかった。それに自力で起き上がれるくらい回復してるなんて信じられない。
「こんにちは、身体の調子はどうかな?」
ゆっくりと彼女に近づいて目を合わせてできるだけ優しく声をかける。すると彼女は僅かに眉を寄せて首を傾げた。その後少し目線を外したと思ったら、何を思ったのか今度は大きく頷いて見せた。その行動が少し引っかかって、もう一度同じ言葉を繰り返すと、今度は困ったように首を傾げて目を伏せた。
もしかして耳が聞こえてないのかもしれない…。そうは思ったものの、さっき僕が物を落としたときに音に反応していたことを思い出し頭を捻る。耳は聞こえているはずなのに言葉が分からないということは…。
(言語障害か、言語を学ぶ機会がなかったか…)
しばらく彼女の様子を見るために彼女の横に腰掛ける。僕を目で追いながら、パチパチと瞬きを繰り返すだけで怯えている様子は見られないことに安堵した。彼女か目を覚ましたときに最も危惧すべきことは僕を含め人間を恐れてしまうことだった。彼女を見つけたときの状況を思い返せば嫌でも彼女がいままでどのようにして過ごしてきたかなんて想像がつく。コレイのように過去の経験から人に触れられることを過度に恐れるなんてことがあってもおかしくなかったからだ。
それから視力についてだが、彼女はさっきから僕が動く度に僕の行動を目で追っているようだから恐らく大丈夫だろう。前に傷口に消毒をした痛がっていたから痛覚だってちゃんとある。あとは、味覚と、食欲についても確認する必要がある。恐らく今までご飯をちゃんと食べたことがないだろうから。
(食事をすること自体に抵抗がなければ良いけど…)
ひとまず、彼女の様子は想像よりもずっと大丈夫そうなので、大人しく僕の話に耳を傾けいている彼女に少し待つように伝えてから食料を取りに行く。しばらくじっと僕を見つめてから「少し待ってて」とジェスチャーをすると彼女をまた大きく頷いた。
(やっぱり言葉じゃなくて僕の身振り手振りを意識して見ているようだな)
限り消化の良い食べ物を集めて持ってきて彼女の前へ並べてみる。彼女の目線を辿って彼女の興味を引いているカットしてあるザイトゥン桃を取って彼女の口元へ持っていくと、少し戸惑う素振りを示したが、彼女はすぐに1口食べてくれた。
そして目を見開いてにこりと小さく笑ってから何かを呟いてからザイトゥン桃を2つも食べきってくれた。
「すごい、よく食べられたね…ってごめんね、怖くなかった?」
ぽんと彼女の頭に手を乗せてひっこめた。ザイトゥン桃を食べきってくれたことが嬉しくて、思わず彼女の頭を撫でてしまった。いきなり触れるのはどう考えてもまずい、しかも上から手を伸ばした。直後やってしまったと思ったけれど、僕の予想とは裏腹に彼女は数回、目をぱくりととさせてから小さく笑った。良かった大丈夫そう…というよりも、僕の手に頭を寄せるように体を捩ったので、慌てて倒れそうになる体を支えるはめになった。彼女の目線を辿って、もう一度彼女の頭に手を乗せれば彼女を心地良さそうに目を閉じた。
「君は...本当に僕が怖くないみたいだね」
僕がそう言うと彼女はまた首を傾げる。彼女が人間不信ではないことは良かったが、やはり問題は意思疎通のようだ。
「とにかく、もう今日は遅いから寝るよ。おやすみ」
彼女の身体をゆっくりと横に倒して寝やすいように姿勢を調節してから彼女の部屋を後にする。
夜中、小さなうめき声が僕の耳に届いた。隣の部屋で眠る彼女の声だとすぐに気づいて、慌てて彼女の部屋へ行くと、ベットから転がり落ちて蹲っている彼女を見つけて焦った。ゲホゲホと苦しそうにして床に向かって嘔吐いている。
食欲があることに安心しきっていたが、どうやら彼女の内蔵の方がまだ追いついていなかったらしい。胃がザイトゥン桃たった2個を受け付けてくれなかったようだ。
苦しそうな彼女の様子に申し訳なさが込み上げてくる。少し考えれば分かることだったのに。
「ごめん、苦しかったよね。もっと早く気づくべきだった」
しばらくして吐き疲れたのかそのまま気を失ってしまったので、背中を撫でていた手を止め1度ベットの中へ彼女を戻す。嘔吐物を処理しながら夕方のことを思い出す。
(そういえば、彼女が目を覚ましてから、彼女からネガティブな感情があまり見られなかった…)
――そもそも感情自体が少し乏しいという可能性もあるが、ネガティブな感情を隠していることもあり得るのだ。
言葉が通じないとはいえ、随分とスムーズにコミュニケーションが取れた方だとは思っていたが、逆に彼女のこれまでのことと、言葉が通じないことを鑑みてあれだけスムーズにコミュニケーションが取れる方が異常なのではないだろうか。
僕が思っているよりも、彼女はもしかしたら気を張っているのかもしれない。もしそうなら、彼女にかかる負荷を少しでも減らしてあげられないだろうか。
私が彼に助けられてから少し経った。彼がいつも眠る前にかけるあの言葉は恐らく「おやすみ」という意味だろう。あと、明るい時は「おはよう」。辛うじてこの2つの言葉は理解した。この前、寝るときに何となく発音を真似てその言葉を発したらめっちゃ喜んで同じ言葉を返してくれたから、多分あってるはず。だけど、その他はまるで理解が進まない。そもそも彼が一方的に話しているだけでは何も分からないのだ。本とか、テレビとか、そんな感じのものがあればいいんだけど、彼は私がベットから動くことを良しとしない。そもそも手足が使えないから自分じゃ大したことは出来ないけど。何とか外に出たいと訴えることに成功しても夜、誰も居ないときに彼の付き添いで数分外に出られるだけだ。ご飯も彼がいつも用意してくれて、微妙な量しか食べられないし。まあ、ご飯に関しては前にあの、桃色の甘い果物っぽいやつを欲張って食べた後、全部吐き戻したのが問題だったと思うけど…。うん、あれは本当にごめんって思ってる。
ああそれと、一昨日くらいから私に新しい名前が付いたみたい。彼が私を指さして何度もその言葉を発するから、多分そうなんだと思う。なんかペットになった気分だ。
彼女ー―ユキ――は以外と活発だ。彼女と過ごして数日、僕も彼女もかなりこの生活に慣れてきたと思う。慣れてきたのはすごく良いことなんだけど…困ったことに彼女は手足がなくて動くことも難しいのに自分でベットから降りようとするんだ。それで何度転がり落ちたことか。怪我だってまだ全然治ってないのに、痛覚があるといっても少し感覚が疎いのか、とにかく無理にでも動こうとする。その度にせっかく閉じてきた傷が広がるんだけど、僕が注意しても何を言っているか分からないだろうし、あまり強く言って怖がらせるわけにもいかないし、どうしたものか。というのが新たな悩みだ。
ときおり、彼女は窓の方を向いたり窓の外や扉の方を向いて何かを訴えているような目線を送ってくる。今は言葉を交わすことができなくても、いつか彼女自身が何を考えているのか知りたい。彼女が本当に心から訴えていることを理解してあげたいと思う。
「△ ▼ △ ▼△ ▼ △ ▼」
「うん?どうしたんだい?」
彼女が何かを訴えている。それも声を発して何かを言おうとしているようだ。彼女が声を出すことは珍しいんだ。それほど何か切実に伝えたいこと、この機会を逃すまいと僕も必死に彼女の訴えに耳を傾ける。
勉強がしたい。どうしてもこの言葉が伝わらない。外に連れ出してもらうことには成功したが、勉強に関してはどうしたら伝わるのだろうか。私、今まで色んな言語を習得してきたから頑張れば数日で簡単な会話くらいできるようになると思うんだけどな。
「てぃなり」それが多分、過保護な彼の名前だと思う。彼の元へ訪れる人がみなそう呼ぶ。名前の後に「せんせい」だとか「ししょう」とか「さん」と付くことが多いけれど、多分これは敬称にあたるものだろう。最初に自己紹介してたかもしれないけど、それが彼の名前であることには最近気がついた。ほら、私ってけっこう学習能力が高いんだよ。それにしても「てぃなり」とはどうやって書けばいいのか。
寝台の横にある机に目線を向けてふと思い出す。そういえば、彼は私の隣でよく何か書類作業をしている。その書類たちに彼の名前があるのでは?と思い立った私は勢いのままベッドから降りようとして地面に激突した。
ぐえ、やっぱり足がないと不便だな。そうだ外に出るときに乗せてもらったあの車椅子、あれは今どこに…と部屋を見渡しても見つからない。くそぉこれじゃどうやって書類を探せばいいんだ…。
一応足首まである左足を上手く使って下の方にあった箱を倒すと、何やら資料の束が出てきた。バサバサと見事に床に広がってしまったけどまあ、大丈夫だろう。
見たこところ、様式的に記録用紙みたいに見えるけど、もしかしてこの右下に小さく書いてある文字って…。
案の定、複数枚ある紙どれにも右下に同じ文字が書かれていることに気が付いた。となるとやっぱりこれが彼の名前である可能性が高そうだ。
そして、この上に書いてある少し型の違う文字、日付であれば数字で間違いないはず。あとは様々な植物のスケッチ、そしてその横に書いてあるのは、普通に考えて植物の名前らしき記録とその情報だろう。つまり植物の名前を聞き出せればさらに文字について理解できる…!!
「×××××××××××!?」
あ、すっかり調べ物に夢中で、かなり時間が経っていたみたい。驚いた表情を浮かべて私の目の前に立つ「てぃなり」は少し怒っている様子。
たしかに今の私、目の前で自分の大切な資料を床にぶちまけてイタズラしてる奴にしか見えない…。まあ、今の私には彼の言葉はまだ理解できないし、とりあえず、怒っているてぃなりを無視して彼の名を呼んで資料の右下にある文字を左足で示してみた。
するとピタリと言葉を紡ぐのをやめて、てぃなりは大きく目を見開いた。
とりあえず、あと3日くらいすれば体力も回復しきって両手両足復活させられるかな?あ、いやどっちかで力尽きるかもしれないしどっちからが良いかな…。
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