暗雲が晴れる
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どうして見知らぬ男、それもこんな怪我をした血塗れの男を助けるのか、目の前で黙々と手当をする少女に尋ねた。
「痛いのは、とてもつらいから」
パチリとひとつ瞬きをした彼女はそう言った。そのときの、酷く泣きそうな彼女の表情がずっと僕の脳裏に焼き付いている。
ある事件のさなか、犯人による市街爆破に巻き込まれ突如として見知らぬ場所へトリップした僕を拾ってくれたのはユキと名乗る女性だった。僕を何の疑いも持たず助けた彼女。初めは何を企んでいるのか、どんな見返りを求められるのか、なんてことを考えていたがそれは彼女と過ごして数時間で覆された。
それと彼女と会話を交わしていく中で気が付いたのは、今僕のいるこの場所が、僕の知っている世界とはまるで異なる世界であることだ。良く見れば彼女の服装も、この木製の家も、窓から見える終わりのない草原も、なんとなくファンタジーアニメやRPGゲームに出てきそうな雰囲気がある。まるで夢を見ているようだが、被爆の際に負った傷が痛むので恐らく夢ではないのだろう。どちらにせよ、今の僕は彼女に頼らざるをを得ないようだし、むしろ彼女に拾われた僕は運が良かったのかもしれない。
見ず知らずの男を疑うことなく助けた彼女。見知らぬ世界へ来てしまったと悟った僕が都合の良いよいに状況を説明して、都合の良いように彼女を利用しようとしても、1つ返事で受け入れようとする彼女。そして他人の傷を見るた度に悲痛な表情を浮かべる彼女だ。本当に、彼女からしたらただ単純に怪我をして動けない人を親切心で助けただけのようだった。彼女はとても優しく純粋な人だ。その優しさが彼女を雁字搦めにしていることに気がついたのは彼女と過ごして1週間ほど経った頃だった。
僕が強く疑いの目を向けても彼女は動揺する訳でもなく怯える訳でもなく怒ることもなく、ただ泣きそうな顔で「傷は痛くない?」と、そう問いかけながら手当てをしてくれる。そんな彼女の姿を見て、彼女の手当てを無下に断ることなど出来なかった。それは彼女の作る料理も同様で、最初は食べるのに躊躇していた食事も、僕が手を付けずにいると彼女の方が申し訳なさそうな顔をする。それがどうにも僕に罪悪感を植え付けるのだ。彼女に対して疑念の目を向ければ向けるほど、彼女が優しく無垢な女性であるとことを認識する。だって彼女は、「ありがとう」という僕の言葉を聞くたびに、心底安心したように優しく笑うのだ。これは彼女の敬虔な慈悲深い心からきているものなのだろうか。いや、僕にはむしろ慈悲を求めているように思えてならなかった。何一つとして疑うことをせずに受け入れようとする彼女が、どうにも危うく見えたのだ。
彼女と共に過ごして1週間が経った頃、彼女と僕しか居なかったこの家に2人の男が尋ねてきた。
彼女は来訪者がいるとわかると焦ったように僕を奥の部屋に押し込めた。彼女にしては少し強引だったように思う。何か知られたくないことでもあるのか、しかし先程の彼女は怯えているように見えた。とりあえず会話を聞いて判断しようと、僕はドアの向こう側へ耳を傾けた。
「新しい仕事だ」
「今回も精々囮として仕事を全うしてくれ、くれぐれも死ぬなよ」
彼女の部屋にやって来た男2人はそう冷たく言い放った。そして直ぐに部屋を出ていったようで、バタンと乱暴に扉を閉める音が響くと、僕を押し込めた部屋に彼女が顔を出した。
「ごめんね、急に閉じ込めちゃって」
「それは大丈夫だが…そうだな、君に色々聞きたいことができた」
「えっと…私に答えられることなら」
「それなら、まずは君の仕事について教えてくれないか?」
先程聞いたやり取り、明らかに普通ではない。いくらここが僕の知る世界と違うとはいえ、先程の男の言う“仕事”が健全なものではないということは容易に想像できた。それに、どうしたって彼女が自ら望んでやっているものとは思えない。
僕の質問に小さく頷いて、彼女は自身の話をしてくれた。まず、彼女はこの世界では珍しい体質を持っているのだという。彼女曰く「死ににくい」と言っていたが詳細は分からなかった。そして彼女は小さな頃に拾われた身であり、この森の奥に住処を与えられ、それの代価として定期的に仕事を貰っているらしい。それも彼女の体質を利用した「囮」という仕事を。それは囮の言葉どおり誰かの身代わりから人体実験であったり、自爆特攻といった内容まで様々だ。
普通では死ぬような渦中に投げられても死ぬことはない彼女は、命からがらこの家に戻される。そして傷が癒えた頃また新たな仕事が与えられる。
その話を聞いたとき、どうして彼女がこんな目に合わなければならないのかと純粋に疑問に思った。この世界について、全くと言っていいほど僕は何も知らないが、どうみたってこのか弱そうな少女が耐えられるものとは思えない。彼女が口癖のように言っている「痛いのはつらいから」という言葉の意味を理解した途端、言いようのない怒りが頭の中を支配した。
彼女が何を思って僕を奥の部屋へ押し込んだのかは分からないが僕を庇おうとしてくれたのは明白だろう。今、自分の“仕事”の話をする彼女は、自分の立場についてどう理解してるのだろうか。物事を疑うことを知らない彼女のことだ、おそらくこれが普通であると思っているに違いない。
優しくて純粋な彼女が、どうにも危うく見えるのかが分かった気がした。
その日、僕は彼女の家で料理をさせてもらった。料理には自信があったから、彼女の家にあった食材について彼女に聞きながら昼食を作って彼女に食べてもらった。
「わあ、こんなに美味しいものは初めて食べたよ」
「それは良かった」
「れいさんは料理が上手なんだね」
そう言って柔らかい笑顔で食事をする彼女に安堵した。彼女に何かしてあげたいと思ったのかもしれない。彼女には来てから世話になりっぱなしだったから、そのお返しという気持ちもあったけど、そうじゃなくて、ひどく儚げに見える彼女をどうにかして支えたいと思ったのだ。
翌日、彼女にこの世界についてもっと教えて欲しいと頼むと、彼女は街へ連れて行ってくれた。
「あの、私はあんまりお金ないから大したものは買えないけど、ごめんね」
申し訳なさそうに謝ってくる彼女にまた胸が苦しくなった。
「君は、何か興味があることはないのか?」
「興味…海を見てみたいって思ったことがあるよ」
「なるほど、それじゃあ今度一緒に行こうか」
「…え?」
何を言ってるの?と言いたげにこちらを見あげる彼女の頬を撫でてから彼女の肩を抱き寄せると、彼女は戸惑いながらも少し嬉しそうに抱きしめ返してくれる。こうした行為を彼女はどう理解しているのだろうか。
ただ、今自分の腕の中で嬉しそうにする彼女を何度でも抱きしめてやりたいと思った。
このときの僕はすでに彼女に絆されていたのだ。たった数週間しか一緒に過ごしていないのに、どうにも彼女から目を離すことができそうにない。きっかけがどのタイミングかは分からないけど、僕はもう覚悟をしていた。
もとの世界へ帰るとき、必ず彼女を道連れにする覚悟を。
* * *
共に過ごして数ヶ月後、徐々に透けていく自身の体を見て、自分が元の世界へ戻る合図であることを悟った。
握っていた手が空を切ったと同時に顔をあげると、瞳に涙を溜めた彼女と目が合った。途端にギュッと胸が苦しくなる。
「れいくん、一緒に過ごせて楽しかった」
—さよならだね
そう言って頬に伝う彼女の涙を見たとき、強く胸が締め付けられるように感覚に襲われた。そんな言葉は聞きたくない。今度こそ見失ってたまるか、絶対に彼女を置いて行くものかと触れることの出来なくなった彼女の手にもう一度手を伸ばした。すると確かに感じる彼女の温もり。
「れ、れいくん」
彼女に触れられた。伸ばした手が彼女の温もりを掴んだ。
はっと驚いて目を丸くする愛おしい彼女を、逃がさぬようにそのまま自身の腕の中へ引き込む。
「ユキ、君はこの世界にいて幸せか?君はこんなにも優しいのにこの世界は君を蔑ろにする。だったら僕が君をこのまま僕の世界に連れ去っても良いと思わないか?」
「…何を言っているの?」
「僕は、どうしようもなく君が好きみたいなんだ…」
絶対に離してやるものかと、彼女を抱きしめる腕に力を込める。すると腕の中の彼女が「ふふ」と小さく笑って僕の胸へと頬を擦り寄せてきた。
「わたしも、れいくんが大好きだよ」
彼女がそう呟いた直後、眩い光に包まれる。堪らず目を瞑ると、そのまま意識が途切れた。
* * *
ぼんやりと意識が浮上する。
目を開けて辺りを見渡すとそこが降谷零のセーフハウスであることに気がついた。まさに夢のような体験であったが、腕の中で眠る愛おしい存在を認識してあの出来事が夢ではないことを確信させる。ああ、帰ってきたのだ。それも彼女と共に。思わず表情が緩んでしまうのも無理ないだろう。
さて、と日付けを確認して驚いた。彼女と過ごした時間は確かに数ヶ月は経過していたはずだ。なのにこちらではたった3日しか経っていない。こうも時間の流れが違うのか、と1人納得してこれからのことについて考える。
3日しか経過していないというのはこちらとしては好都合だ。まずは今頃消えた俺を探しているであろう部下たちに無事だという連絡を入れなければ。
「ああ風見か、明後日にはそっちに顔を出す」
* * *
とりあえず、この2日間で彼女の戸籍を作り彼女がこの世界で必要であろう必需品は揃えた。だが、肝心の彼女が眠ったまま目を覚まさないのが気がかりだ。
彼女が自分の居ないときに目を覚ますと恐らく混乱してしまうだろうことを考慮して、仕方なく部屋に監視カメラを設置して一旦警察庁へ向かうことにした。
「ただいま」と彼女の眠る部屋へ向かえばやはりまだ眠っている。ここまで目を覚まさないとなると色々と不安が募ってくる。無理矢理こちらの世界へ連れてきた弊害か、彼女の身体に何かしらの副作用が生じているのか。
早く目を覚ましてくれ、と彼女の頬に手を添えると彼女が小さく身動ぎをした。
「っユキ!」
「ぁ、れいくん…」
ぼんやりとその名前を呟くユキをめいっぱい抱きしめて彼女の存在を確認する。
「ユキ、どこか身体に違和感とかはないか?」
「た、たぶんない」
「そうか、ならいいんだ。目を覚ましてくれて良かった。何かあったら直ぐに言ってくれ」
* * *
それから目を覚ましたユキに状況を説明すると、最初は混乱しているようだったが なんとか消化してくれた。
「それと、これはユキの戸籍とスマホだ」
「コセキとスマホ…」
「あと、これが1番大事なことだが、僕と結婚してくれないだろうか」
ケッコン…?と首を傾げる彼女が愛しくて思わず抱きしめて、彼女の小さくて白い左手を取って薬指にキラキラと輝く指輪をはめる。ユキは物珍しそうにじっと指輪を眺めると、しばらくしてから小さく頷いた。
因みに戸籍登録のとき既に「降谷ユキ」として登録されているので、どちらにせよ他の選択肢を与えるつもりはなかったのだが。
おまけ、以下原作突入後
「あむろとおる?」
「ああ、これから僕は特殊な仕事にあたるからこれから外ではその名前を使うことになった。だから外ではそう呼んでくれ」
「安室さん?」
「それだと他人みたいじゃないか却下だ」
「じゃあ私は安室ユキ?」
「それじゃあまるでユキが他のやつに取られたみたいじゃないか却下だ」
「…?」
「そうだな…安室透は降谷零の親友、つまり降谷ユキは安室透の親友の妻、安室透もユキの親友だ。よし、これでいこう。俺のことは透くんとでも呼んでくれ」
* * *
降谷ユキ
逆トリした降谷零を拾ったら彼の世界へ連れていかれた。
降谷零
トリップ先で出会ったユキに激重感情を抱いてしまった。
もうこの世界から連れ出して僕が一生護っていくと誓った。
行方不明の上司を探してた人
とりあえず尊敬する上司が無事で安心。
後日、上司から妻を紹介されることになる。
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