あくる日、僕らの憧憬
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道中、無駄話をしながら着いた先は、リベルテのオフィスビルよりもはるかに高いビルの前。さすが大手企業である。
とりあえずアポイントを取ることは出来たのだが、そもそもつい最近バズったばかりのウチの会社を、ここの人たちは知っているのだろうか。
うわー大きいねー、なんて田舎から出てきたばかりの芋学生のような桜花の感想を聞いた如月は、さっそく先行きが不安になった。
ビルの中へ入ると、既に取引先の社長と秘書の女性が出迎えてくれているよう。とりあえず、その場で定型的に名刺交換を済ませた一同は、会議室へと移動する。
そもそもなぜ商談にまで4人で来たのか。人数的にはちょっと多いような気もする。実際に話を進めるのは如月と榊の2人の予定であるし、どうしてこの2人を連れてきたのかというと、事前資料にあった社長(ターゲット)とその秘書の情報に"面食いである"と大きく書かれていたためである。黙っていれば美男美女の桜花と高坂は添えるだけ、ということだ。いわばラーメンやうどんの上に乗っている卵黄のようなもの。とりあえず連れてきたら何か効果があるのではないかという如月の提案だった。
今回、榊の役割は上司の如月のサポートをする部下を演じること。榊からしたら桜花ではなく如月の部下というのが非常に気に入らないが、この場に桜花を連れてきてくれたことだけは評価しよう、という気概だ。
社長(ターゲット)が見えたと同時にスっと背筋を伸ばした桜花。さすがに慣れているだけあって切り替えが早い。両手をおへその前でクロスさせ、清楚な感じで微笑む彼女はまさに百合の花のように美しい。榊はそんな桜花の姿を目に焼き付けてから気を引き締めた。桜花真白は榊にとって大事な大事な活力源である。
一方でこのような仕事の経験があまりない高坂。彼は突然おとなしくなった桜花と、取引先に対して下手に出る榊と如月の姿を前に動揺を見せる。
あれ、俺はどうしたら良いのかと。結果、借りてきた猫のようにキョトンとした顔で、案内された椅子へと座る高坂は非常に愛らしいフォルムとなった。
慣れない場所で緊張したように身を縮める高坂を見てバカにしたように笑う榊。そんな榊をキッと睨んだ高坂は荒ぶる気持ちを落ち着けるために、一度大きく息を吸って吐く。ダメだ。ここでブチ切れるわけにわいかない。桜花の前で自分が輪を乱す訳にはいかないのだと、案外責任感の強い高坂はなんとか心の中で自分を律する。
「アイツ、帰ったあとマジで覚えておけよ」
* * *
「ということで、御社と我々のコラボレーションは新時代を切り開くカギになると私は考えているんです。新時代の幕開けの第一歩を踏み込むのなら、やはり御社が最適かと」
こうして交渉が始まった。まずは榊が考えた企画の説明をできるだけそれっぽい言葉で、相手を立てるように話し始める。その表情は真剣で、淡々と話す様子は、さながらデキるキャリアウーマンといった感じだ。綺麗で凛とした榊の顔立ちも相まって非常に様になっている。高坂よりも後輩である榊も、こういった場は初めてだろうに、想像以上の憑依っぷりには如月も驚いた。
これは、かなり心強いぞ。そして改めて思ったがなぜ榊が真白さんに憧れているのかが謎だ。
さてと話を戻して、向かいの椅子にふてぶてしく座るターゲットの様子はどうだろう。この会社は老舗コスメブランドとして名高いが、今ではそれも名ばかりと言わざるを得ない。新たなコスメブランドが誕生していく中で、昔から一線を風靡していたこのブランドが今では時代の波に乗り遅れているように見える。自社のブランド力が新しいものの中に埋もれつつあるのはターゲット自身もひしひしと感じでいることだろう。
"老舗のコスメブランド×今をときめくファッションブランド"、これはかなり目を引く提案だと思うのだが、ターゲットの表情は変わらず、こちらのアピール効果は今ひとつのよう。
それもそうか。このターゲットは現在進行形で反社会的な組織との関わりがある。そんな状態で他企業との関わりを広げることのリスクだって把握しているはず。しかし商談に応じてくれたということは、最初からこの商談を断るつもりでた訳ではないのは明白。今、このターゲットは何を見極めているだろうか。
そもそも、ターゲットは最初に対面した時から何かを探るような目で我々を観察していた。常に何かを警戒している。恐らく、どこから迫って来るか分からない警察の目に怯えているのだろうが、こういう根がビビりな人物のほうが色々と厄介だ。
となると、やっぱりターゲットの疑いの目を跳ね除けられるほどの信頼、そしてメリットを提示するしかない。
「この件について、こちらがコストを支払うことはしたくない」とスマホをいじりながら言い放つ社長。
この言葉を聞き、如月は僅かに口角を上げた。ターゲット自身の態度はあまり良いとは言えないが、最も大切なのは相手へのリスペクトを忘れないこと。
「その件については心配要りません。コスメブランドとファッションブランドのネームコラボだけでも十分に価値があります。加えて広告等にかかる費用はこちらで負担させていただこうと思っておりますが」
密売に手を出すほどの金銭不足が顕著なこの会社で、コストをかけられないなんてことは知っている。主な原因は豪遊であるがそこは知らないフリとして、今我々がしている提案はコストをかけることなく、利益をあげることのできるお手軽な方法だ。向こう側にメリットしかないこの提案にはターゲットも眉を上げてこちらに興味を示した。
「そんな一時的なコラボでウチがその後もメリットを得続けられる保証は?」
「御社は老舗のブランドですからね、現代の若者が行きとしては少々取っ付きにくいのではないでしょうか。一度若者の間で受け入れられれば若者たちがどんどんと広めていってくれますから、最終的には新卒の雇用にもつながるかと」
この会社は人手不足も深刻である。その理由は経済面の厳しさからブラック企業へと変化したから。ターゲットの威圧的な態度からも人が集まらないのも納得である。今どき威圧だけでやっていける会社なんてほとんどないというのに。時代に乗り遅れるとこうなってしまうものか。まあ忙しいさでいったらウチも負けてないが。
しかしながらここまでのやり取りを経て、少しずつ前のめりになっているターゲットの様子からして、契約締結まであと一歩といったところか。
ちなみに秘書の女性はひたすらに高坂へと話しかけている。ものすごく引き攣った笑顔で対応する高坂には申し訳ないが、如月の布石は今のところ上手くいっているようだ。
「ところで、うちの商品についてはどうお思いで?えっとそちらの、確か桜花さんだったかな」
そう思った矢先のことである。ターゲットが急に桜花へと話を振ったことに榊と如月は驚いた。しかもちょっとニヤついているのがなんか嫌だ。
でもまあ大丈夫だろう。取引先の商品について聞かれることは想定済み。用意した答えを言えばいいのだからと如月は安心しきっていた。
しかし、先程から出されたお茶をじーっと見つめていた桜花は、予想外のタイミングで話を振られたことに慌てて顔を上げる。一瞬、如月の方を見てから、明らかに目を泳がせる桜花に安心なんてものはない。ワンテンポ遅れて口を開く桜花を、ハラハラしながら見守ることになった如月は思わず息を止めた。
「えっと、私ですか?そうですね…やっぱりこのお茶が美味しいなあ、と」
そう言って両手を合わせた桜花は、にこっと可愛らしく笑った。
しかし、見当違いも甚だしいその返答に、ニヤついた笑みを貼り付けたまま押し黙るターゲット。そして如月もまた、引き攣らせた笑顔で桜花を見た。
おい、今の社長の問いかけを聞いてなかったのかこの人は。というか許可も得ずになに勝手にお茶飲んでだこのバカ、と込み上げてくる怒りを押さえ込んで如月は頭をひねる。これは非常にまずい。せっかくいい感じで話が進んでいたのに。全部がパーになってしまう。何か、話を切り替えなければ。
お茶…そうだ、お茶といえば。さっきお茶を淹れてくれた人が持ってたトレー、そのトレーの上に乗ってた見慣れないパッケージの茶葉は確か…。
「い、いやー桜花は御社の美容食品が大好きでしてね。確か御社は最近新たな商品として美容茶の販売を開始したとか」
なんとか捻り出した如月の弁明に、なるほど、と目を細めるターゲットは先程まで興味なさそうに背もたれに寄りかかっていた姿勢を整えてこちらを見た。予想外の反応である。ついでにマジで何も考えていなかった桜花も首を傾げて如月を見ている。
如月が先程見たあの茶葉のパッケージ。あれは確かにこの会社の商品だったはずだ。
途端に人が変わったように饒舌になったターゲット。まだ大々的には販売していない新商品まで目を通してるとは、これは正しくウチの会社の熱心なファンと言わざるを得ないな。そう言って突如握手を求めてくる社長は正直不気味だった。これは信頼されたと受け取って良いのだろうか。
秘書の話によるとこの商品は一部の繋がりあるファンにしか配っていない超限定商品らしい。だから会社のホームページにも広告にもSNSにも乗ってない。となると、そんな超限定商品を知っている桜花真白はこの会社の熱烈なファンとしか考えられない!そう解釈されてしまったようだ。
事前にこの会社について調べた時、何もかもハッキングしていたせいでこの茶葉がそんな機密情報だとは思わなかった。如月の中で商品情報が混在していたが、なんとか勘違いしてくれたようだ。
帰ったらとりあえずこの会社のファンだと示す桜花の偽アカウントを作っとかなければ。プレミアム会員的なものにでも入っとけばなんとかなるだろう。
へー、そんなに真白さんがそんなに美味しいって言うなら俺も…とティーカップに手を付けようとする高坂の足を、桜花は咄嗟に強く踏んだ。取引先と自分たちを隔てるテーブル下。ヒールが足の甲に食い込み想定外の大ダメージを喰らった高坂は、痛みに耐えながらなんとか桜花の方へ顔を向ける。
するとトントントンと爪で3回、テーブルを軽く叩く桜花の姿。その不自然な行動に疑問を抱いた高坂は、桜花の行動の意図を探る。トントントンと3回音を鳴らすことの意味としては、ビジネスマナーとしてドアをノックする時の回数。次に想像することといえばローマ字の「S」を示すモールス信号。「S」と言えば警察官の間で用いられる覚せい剤の隠語も「S」だったような。桜花は今、お茶を飲もうもした高坂の行動を止めるためにサインを出したとすると、そこから考えられることは、このお茶に違法薬物が使われているということ。案外すんなりと意味を察した高坂はとりあえずお茶を飲む振りをして誤魔化した。
* * *
「コラボが決まったあかつきには、新商品の共同開発の際にウチの桜花と高坂を派遣させていただきます!」
結局、この提案が最終的な決め手となって商談は成功した。
桜花は、さすが千颯だよ!と言いながら如月の頭を強く撫でているが、彼自身は何となく素直に喜べないでいた。如月はクシャクシャにされた髪を整えて小さく息をつく。
まあなんにせよ商談は無事成功したんだ。ここからのリベルテの目的はわかりやすい。このきな臭い会社へと潜入し、社長(ターゲット)と関わりの深い人物、社長が行ってる密売に関わっている人物を見つけ出すこと。人の機微に敏感な桜花や高坂が得意とする任務である。
「桜花さん桜花さん!私も頑張りましたよ!どうでした?」
「凛香ちゃんもすごくカッコよかったよ!」
「真白さん!俺は?俺はどうですか?」
「えっと…うん!翔もたぶん良かったよ!」
「ありがとうございます!」