あくる日、僕らの憧憬
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
株式会社「リベルテ」は最近の若者トレンドを抑えるほどのファッションブランドを持つ会社である。裏社会と若干抵触している"何でも屋"を表立って掲げるのはちょっとまずいということで、最初はこの"何でも屋"をカモフラージュするために適当に作った会社であった。しかし、何故かここ最近の若者の間でバズってしまったために起こった会社の繁栄。そのため、先日のような大掛かりな仕事がないとき、彼らはこのビルの中で普通に働いている。
非常に不服である、と桜花真白はパソコンの前で頭を悩ませた。「今年の秋冬用の広告考えといて」と議長から渡されたファイル。今年の新デザインを用いた洋服のサンプル資料を片手に、自身のデスクに座る桜花は、至極つまらなそうに欠伸をした。
おかしい…何かおかしいよこの組織!とサンプルブックをデスクに叩きつけた桜花は、ちらっと隣で作業する部下一一高坂翔一一を見遣る。軽く地面を蹴ってキャスター付きの椅子をコロコロと動かした桜花は、そのまま高坂の真横にピタリとくっつき、懐から取り出したチョコレートを彼のデスクに乗せた。
「ねえ翔?この忙しさ、さすがにおかしいと思わない?」
「ええ!俺もそう思います真白さん!だいたい俺らちょっと前まで体張って頑張ってたのに…休む暇すらないなんて」
「そうだよ!もっと言ってやれ翔!」
桜花から渡されたチョコレートを嬉しそうに受け取った高坂は桜花に便乗して声をあげる。そんな高坂を見てウンウンと満足気に頷く桜花。たまたま2人のデスクの後ろを通りがかった桜花の同僚一一多々良湊一一は、そんな桜花の頭をパシッと資料ではたいた。
「おい真白、後輩を良いように使うんじゃない。それに、ここ最近忙しくなった原因を作ったのはお前だからな」
「え…?」
約1年前、これは桜花が行方不明となる少し前の話だが、桜花が気まぐれでデザインしたひとつの洋服。その服が今年の春、なぜかテレビでも紹介されるほどにバズってしまったのである。これが原因のひとつ。そのせいでSNSで拡散される自分たちのブランド、たくさん人達から集まる称賛の声。それを知って気分良くなった議長が、暴走して事業を拡大し始めてしまったのだ。しかも大々的に株式会社「リベルテ」の存在が世の中に知れ渡ってしまった今、偽りの身分を作るための“一般の会社員”というステータスが強化された一方で、ここ最近の忙しさに拍車がかかっていた。
「ちょっと!それじゃ原因は議長なのでは?」
「は?それじゃあお前、あの議長の顔見て文句言えるか?」
ついでに桜花のデスクにあるチョコレートをひとつ盗んで、ほらあれ、と多々良が視線を動かした先は、パソコンの前でなんでかホクホク顔の議長。確か今朝も新作の洋服がSNSのトレンドに乗っていたし、株式会社「リベルテ」でエゴサーチでもしてるのだろうか。議長のデスクはこの部屋の最も奥にある。デスクの上に目立つように設置された"社長"と大きく書かれた札は、議長が習字で手書きしたもの。社長の役割も、議長の役割も存分にこなし、色々なことに挑戦してみたい!という議長の心意気には目を見張るものがあるが、さすがに自ら仕事を増やしすぎである、というのが社員一同の心境であった。
プルルルルという音を鳴らす固定電話。デスクに置かれた固定電話は2つ。片方は株式会社用のもので、もうひとつはリベルへ本部および警察からの呼び出し用。いま音を鳴らしたのは後者だ。
そういえば例の組織は壊滅したが、まだ問題は残っている。奴らの研究データには現代のこの国で違法となるものが溢れていた。そこで今度はこれら密輸が行われていたルーツを探さねばならないのだ。この件は警察の方へ全て引き継がれていたはずだが……。向かいの席で受話器を取った人物一一神崎エマ一一の受け答えの文言からして、たった今警察からの協力要請が来たのは間違いないだろう。
電話を終えた神崎が議長に協力要請について説明する。するとエゴサ中の議長はパッと表情を切り替えて立ち上がった。そして部屋の隅に追いやられていたホワイトボードをスライドしてみんなの前へと持ってくる。警察庁の方から次から次へと送られてくるファイルデータを印刷してホワイトボードへ貼り付ければ、あっという間に刑事ドラマで良く見る景色のできあがり。
なるほど、一応警察の方もそこまでの検討をつけたのか。送られてきた資料には、大手化粧品メーカーの社長をしている男の情報。どうやらこの人物が裏で妙なところと繋がっているらしい。確かに、こういった人物と接触するには我々のこの立場は便利なことこの上ない。
もしかしてこれは、苦手なデスク作業から抜け出せるチャンスなのでは?と桜花は議長の話を聞きながら目を輝かせた。いつもは身に付けていないメガネを装備し、わざわざポインターを用いて今回の任務について説明する議長。皆で輪になり作戦会議をしている中、桜花の視界の端には、少し不服そうに自分のデスクへと一人戻っていく多々良の姿が見えた。
ピシッとスーツに着替えた桜花真白は、ビルの外へ飛び出して大きく伸びをした。真上の空で輝く太陽と同じ色をした橙色の髪は後頭部で一括りにされており、そよ風に揺られている。スーツはちょっと窮屈だけど、デスクに縛られるよりマシだ。そんな彼女の後に続いてビルから出てくるのは如月千颯、高坂翔、榊凛香の3人。
彼女たちはこれから例の会社とのブランドコラボの商談をしに行くところである。誰が商談へ赴くか、という話し合いになったとき真っ先に手を挙げたのは桜花。デスクと向き合うのがどうしても嫌だった桜花は嬉々として立候補した。
そして桜花が手を挙げたあと、間髪入れず挙手をしたのは榊。榊がこんなにも積極的になっているのには彼女の上司である多々良も少し驚いていたが、おかげでこの議題は始まって数秒で終わりを迎えた。それから桜花が残りの枠に信頼出来る部下2人を選び、今回の仕事のメインメンバーが決まったのである。
メイクもファッションの一部、ファッションもメイクも一部、メイクとファッションを切り離さず、さらに質の高い満足のいく身だしなみを!という大仰なコンセプトを掲げ、コスメブランド×ファッションブランドのコラボのアイデアをあげたのは榊凛香。彼女のおかげでトントン拍子に進んでいった作戦会議。道中で作戦内容を振り返る桜花は、改めて榊の優秀さに関心した。
「完璧だよ凛香ちゃん!さすがウチのスーパールーキー」
「いえ、桜花さんにそんな風に言われるなんて嬉しい限りです」
「うんうん!謙虚なところもいいね、それじゃあ会社に戻ったら一緒に今年の秋冬広告を考えよ?」
「はい!もちろんです!」
桜花の隣を歩く榊は、頬をピンク色に染めて桜花の言葉に元気よく頷く。会社では伏し目がちな印象を受ける榊だが、今はどうだろう。桜花の隣を歩き、なおかつ目を合わせて話をしているという状況に若干興奮しているようにも見える。
先日多々良班として仕事をしていた時はもっと冷静な感じのキャラだったような…?と女性2人の後ろを歩く高坂と如月は思った。前とはまるで別人のような態度を取る新人を
その光景に、見事に挑発された高坂は、ズカズカと歩くスピードを早めて桜花の横にくっついた。そして榊を睨む。
仕事として商談に向かっている途中、部下2人に両脇を固められた桜花は、頭にハテナマークを浮かべて高坂と榊を交互に見た。
「えっと、いきなりどうしたの凛香ちゃん?」
「いえ、私はただ桜花さんに憧れてて…こうして隣を歩けることが嬉しくてつい」
うつむき加減で桜花の質問にそう答えた榊は、まるで好きな人へ告白する学生のような愛らしさがある。可愛い可愛い同性の後輩からそんな風に褒められたことで、へにゃりと表情をだらしなく緩めた桜花は、もう榊との会話に釘付けだ。
その横で突如、真白さん!!と声を上げて女性2人の会話を遮った高坂。ビクッと肩を跳ねさせた桜花は目を丸くして高坂の方を見た。
「か、翔…?」
「真白さん、俺のことは無視ですか」
「ええ!?別に無視なんてしてないけど、えっと何かあったのかな?」
そう言って困ったように笑った桜花は、どうしよう…と後ろを歩く如月に助けを求めるように目線を送った。3人の後ろを歩く如月もまた、その光景を見て首を傾げる。あれ、これは子ども2人の面倒を見る母親の光景かな?この瞬間、如月は真剣にそう思った。なんだか榊と高坂を前にタジタジになる桜花は新鮮だ。いつも桜花に振り回される側の如月からしたらなおさら。
榊凛香。如月にとっては多々良班に引き抜かれた優秀な人物という認識でしかなかったが、まさか高坂を挑発しようとは何事か。
そういえば、彼らは2人とも真白さんの姿を見てこのリベルテに入って来たんだっけ…と如月は少し過去を振り返る。
高坂と如月は同期である。だから如月は高坂がずっと桜花の後ろ姿に憧れていたのも知っているし、高坂よりも先に自分が桜花班へ招かれたときなんかはかなり酷く嫉妬されたものだ。
それから榊の方は…。これはリベルテ所属者の資料を管理している神崎から聞いた話だが、榊はずっと桜花班に所属したがっていたらしいのだ。榊の本命は真白さん。真白さんのことが大好きで前線を走る彼女をサポートするために医学の勉強をしていた、と履歴書にはしっかり書かれていた。それなのに蓋を開けてみたら多々良班に所属することになっていた。それを知った榊は、最初の頃、かなり不貞腐れていたという。しかし八方美人な榊はとりあえず体裁を保つため、多々良と対面した際の自己紹介では「子供の頃から医者になりたくて勉学に励んでいました」と真顔で話していたらしい。