あくる日、僕らの憧憬
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病院で目を覚ました桜花は自身に覆い被さる鬱陶しい布団を剥ぎ取り、ガバッと起き上がった。桜花の眠るベッドのそばでうたた寝をしていた如月も、飛び起きた桜花の手が顔面に直撃したことでバッチリと目を覚ました。睡眠中にいきなり頬へ飛んできたストレートパンチを避けきれず椅子から床へと転げ落ちた如月は、左頬を抑えながらベッドの上を見る。
「痛っ!!ま、真白さんいつの間に起きて」
「あ、千颯ごめん」
「ええ、俺のことはいいですから。それよりいつ起きたんですか?身体の具合は?」
よいしょとサイドチェアに座り直した如月の、自分を心配する声に、何と答えようか迷った桜花は、とりあえず適当にグッドサインを出した。如月は相変わらず真面目で心配性な奴である。そんな真面目な如月は目を覚ました桜花を見て、真っ先に枕元にあるナースコールを押そうと手を伸ばした。しかしそんな如月の手を桜花が掴む。
「なんですか真白さん。とりあえず看護師を呼んで貴方の状態を見てもらわないと」
「その前に、私が持ち帰ってきたデータは見てくれた?」
「ええ、それは既に本部に提出していますし、リベルテは昨夜から敵組織の制圧へと動き出していますよ」
だから貴方は先に自分の心配をしてください…と如月は呆れたような目線を桜花へと向ける。しかしそんな如月の態度などまるで気にしていない桜花は、突如ベッドから身を乗り出して如月の両肩を掴んだ。
ええー!!と大きな声を出して如月の肩を揺さぶる桜花は、脳裏によぎった潜入中の記憶を呼び起こす。今敵陣のさなかにいる仲間たちの状況と自分の記憶を照らし合わせた桜花は、このとき仲間の全滅を予期していた。
「なんで私が目覚めるまで待てなかったの!」
「そりゃアンタが直に目覚めるような様態じゃなかったからですよ。勘弁してくださいよ、あんな無茶して」
「でもでも、お手柄だったでしょ?」
「まあそれは…ってそれより、あなたはまだ横になっていてください」
「ダメよ!」
「なんで!」
「千颯、今みんなは敵の拠点にいるのよね?」
「そうですけど」
「なら急がないと、このままじゃみんなが生き埋めに…!!」
顔を青白くさせて両頬に手を当てる桜花、まるでムンクの叫びのような大袈裟な表情をして暴れる彼女をいつものように適当にあしらっていた如月も、"生き埋め"という物騒な単語を聞いて桜花を抑えていた手を止める。
確かに、桜花は有益な情報をたくさん持ち帰って来てくれたが、当然それが敵の全ての情報というわけではない。あの施設は地下に広がっている。それはもう我々の想像以上に奥深くに色々なものを隠しているのだ。今回、桜花が危惧しているのは例の核爆弾。アレは遠隔操作が可能であるが、アレの起動条件は遠隔操作以外にもうひとつある。それは組織のボスの"死"であった。しかもあの核爆弾は我々が想像する範囲を凌駕するほどの威力がある。もしアレが爆発すれば地下に作られた施設など、簡単に潰されてしまうだろう。それはボスの死後、組織の情報を土の中へと隠し闇に葬るため。
これは敵のボスの部屋へ部下として潜入していた時に聞き出した情報である。とドヤ顔で語る桜花。彼女の語る内容を聞いた如月はさっきから桜花が焦っている理由をようやく悟った。
先程とは態度を一変させ、大人しく席に着いた如月は、今自分はどうすべきか真剣な顔で桜花に指示を仰ぐ。如月は相変わらず真面目な奴である。
さて、そんな如月の前でにっこりと笑顔を作った桜花は彼の手を取り立ち上がる。おもむろに病室の窓の鍵を開けた桜花は、そのまま窓を全開にして、如月の手を掴んだまま窓の外へ飛び出した。
「はあ!?ちょっと真白さん、アンタ何やってんですか!」
自身を襲う強い風に思わず目を瞑った如月は、全身に力を入れて空中で体の向きを整える。そして如月は繋いでいる手を引き寄せて桜花を抱えたのち、見事に地面へと着地した。
「千颯、車はどこ?」
「車はあの右端に…じゃなくて、まさか俺たちも行くつもりですか」
「そりゃそうでしょ!あの施設のことを一番良く知ってる私が行かないと!ほらほら早く乗って」
こうしてあっという間に助手席に乗せられた如月は入院着で荒運転する桜花の隣で頭を抱えた。頼むから事故だけは勘弁して下さいと祈りながら、桜花に指示された実験施設への地図を広げ、最短ルートを頭で計算する。
「榊、そっちの被験者の様子はどうだ」
「まだ意識は僅かに残ってますが…彼らの生存は時間の問題かと」
懐中電灯を使って被験者たちの容態を診ているのは榊凛香《さかきりんか》。彼女は多々良班として今回の任務に参戦した新人ちゃん。ここに来てからゾンビに襲われかけるわ、生き埋めにされるはで初任務にして散々な目に遭った彼女は、不本意ながらようやく本領を発揮できたことに挫折しかけた心を持ち直した。彼女の得意分野は医学。もともと医者になるべく勉強していた過去のある榊は、助け出した被験者たちをここで死なす訳にはいかないと、限られた条件の中で奮闘していた。
ふと、懐中電灯で照らされた滑らかな岩肌を見つけた多々良。自分たちと共に落ちてきた人や動物の死骸も入り交じった瓦礫やガラクタに囲まれているため気づきにくかったが、この場所は人工的に作られた場所ではないようだ。おそらく、落下した先が天然の洞窟とつながったことで、多々良たちは九死に一生を得たのだが…。時間が経てば、頭上を覆う瓦礫やコンクリートが落ちてくることも、この空間に毒が充満していくことも目に見えている。
灯りひとつもない真っ暗なこの場所では皆が持っている小型の懐中電灯がなければ何も見えない。耳に付けたインカムも地下深くにいるせいで外部との接続が上手くいかない。接続が途絶えたことは本部にも伝わっているはずだが、別の部隊がここに来られるだろうか。我々、多々良班はリベルテの中でも優秀な部隊であると自負しているが、そんな優秀な部隊との連絡が途切れた状態で、新たに隊を送り出すことを本部の人間がやるだろうか。否、そんな被害を増やすような真似を本部がするはずがない。
もしここから希望を見るとするならば、やはり彼らのリーダーの存在だろうか――と多々良は高坂の方へ視線を向けた。高坂は力業で瓦礫を蹴散らそうと頑張っているが、そんなことをしても水平方向への道が開ける可能性があるだけで地上には上がれないという事実をなんで周囲の奴らは教えてやらないのだろうか。
ガタガタといつ壊れてもおかしくないほど車体を揺らしながら森の砂利道を駆け抜ける桜花と如月。視界が悪い森の中、ギリギリで正面に崖があることに気がついた如月は、とりあえず大声を出すことで崖の存在を桜花にアピールした。そのおかげでなんとか急ブレーキを踏み崖端で止まることができた2人は顔を見合わせてホッと息をつく。一度、車から降りて下の様子を確認すると不自然な平地が広がっている。綺麗に木が刈り取られているその場所に人の手が加わっているのは明らかだろう。しかし核爆弾のせいで辺りはぐちゃぐちゃに崩れていて、入口はおろか何処に何があったのかすら全く分からない。
とにかく、一度上から突っ込んでみるか、と再び車に乗った桜花はトランクに積んである手榴弾を取り出すように如月へ伝えた。
「千颯!着地点に手榴弾投げて!」
「なんで!?」
「こうなったら強行突破しかないでしょ!」
入口なんか探してる場合じゃないのは明白。とっとと施設内へ入らなければ仲間の安否すら確認できないからだ。手榴弾の威力を借りて、何とか施設内へつながるまでの穴を空ける。そして、崖上から落ちてゆく車の重さを利用して力づくで地下施設への侵入を成功させた2人は、戦闘の跡が見える施設内に車を走らせながら、さらに地下へ行けそうな場所を探す。崩壊した施設内はもうボロボロで、濁った色の煙を放出させながら走る車は、あちこちに散らばった鉄やコンクリート破片を踏み潰していく。
ついに壊れた車を放ってぐちゃぐちゃになった施設内を道なりに歩いていたその時、足元に違和感を感じた桜花はおや?と歩みを止めた。
この瓦礫の下に開けた空間があるようで、そこに仲間がいると確信した桜花。彼女は地下で なす術なくお手上げ状態の仲間の頭上を塞いでいる瓦礫の上に、地雷と手榴弾を設置した。呑気にしゃがみながら作業する桜花のその様子を見た如月は、瞬時に彼女の腕を引っ張り、自分の耳を塞ぐ。直後、ドカーン!!という大きな音と共に吹き飛ぶ地面。
地下空間へ閉じ込められてから数時間、毒に触れた空気が徐々に広まってきているせいで頭が上手く回らない。ズキズキと痛みだした頭を押さえて、多々良は仲間の様子を見て周る。そのとき、再び訪れた激しい揺れと爆発音に地下にいた者たちは今度は何が起きたのかと頭上を警戒し臨戦態勢を取った。しかし、頭上を塞いでいた瓦礫が除かれてわずかに光射すそこから降ってくるのは一本の縄。
暗闇の中に垂らされたソレは、子どもの頃、国語の教科書で見た「蜘蛛の糸」の代表的なシーンを再現しているようだ。まさかこんなに早く助けが来るとは、とその縄に手を伸ばす多々良の腕を掴む高坂。敵の罠の可能性はないのか、という視線を向けて来る高坂だったが、そんな高坂に対して、いや…と首を横に振った多々良は懐中電灯の明かりを縄先へと向ける。
「こんなことする奴はアイツしかいないだろ」
「ご丁寧に『蜘蛛の糸』って書いてある付箋がくっついてますね」
そして、その糸を辿った先にいるのは慈悲深いお釈迦様、ではなく大きく手を振りながら仲間の名前を叫ぶ桜花と、隣でホッと胸をなでおろす如月。そんな2人を見て、ようやく危機を脱したことを自覚した多々良と高坂は、その場で安堵のため息をついた。
「それで真白は未だベッドの上に拘束されてるのか」
「はい、それに無茶したせいで医者に小一時間ほど叱られてました」
「全く相変わらずだな。あれ、真白ってあんころ餅好きだったっけ」
「ええ真白さん基本なんでも好きだって言いますけど、あんころ餅は特に好きですね。はあ、ホントにもうちょっと大人しくしていてくれると良いんですけど」
コンビニのスイーツコーナーに並んだあんころ餅を手に取った多々良。値札の部分に赤く強調された"新発売"の文字を見た多々良は、迷うことなくあんころ餅を買い物カゴへと入れた。隣でパンを選んでいる如月もメロンパンにしようかクリームパンにしようか悩みに悩み抜いた結果どちらもカゴへ突っ込んだ。
「そういえば、あの核爆発の直接の原因を作ったの、ウチの高坂だったみたいで…なんかすみません」
実は敵モブの中に混じっていたボス。どさくさに紛れて逃げ出そうと画策していたのかもしれないが、気持ちが昂っていた高坂にはモブとボスの判断がつかなかったようで、知らぬうちにやってしまっていたらしい。
「ああ、まあ遅かれ早かれあの状況には陥ってたと思うから何とも言えないが、謝るなら俺じゃなくて議長に言ってやれ」
「議長に?」
「実はあの日の核爆発がたまたま民間人の目に触れたらしくてな」
「あんだけ派手に暴れたんだから、そりゃそうでしょうね」
「議長が『あの爆発は地震だと何とか誤魔化しといてくれ』と警察のほうへ必死に説得していて大変そうだったよ」
ああそれは気の毒に…と目を逸らした如月は溢れそうになる買い物カゴを持ち直してレジへと向かう。ウチのリーダーは今頃大人しくしているだろうか。今朝様子を見に行ったとき、不服そうに頬を膨らませて拗ねていた桜花の姿を思い出して如月は苦笑する。この見舞いの品で少しでも彼女の気分が良くなればいいのだけど。