あくる日、僕らの憧憬
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どん、と銃声が響いた。拳銃とは思えないほどの重たい音を放ったソレを持った男は、改造された銃の衝撃に耐えきれずに腕を崩壊させながらその場で尻もちをついた。
その隙を狙った高坂の鋭い拳が男の持っている拳銃を吹っ飛ばし、次いでに男の鳩尾にも右拳を1発。すると男は苦しそうに呻き声を上げて気絶した。これは高坂たちがこの武器庫へ突入してから約1秒ほどの刹那な出来事だ。
武器庫にいた敵組織の幹部たちは、目の前で起こったことが上手く理解出来ずに唖然としている。それもそうだ、高坂が瞬時に気絶させた男は、この武器庫の管理を任されていた敵組織のトップ層の人間であった。高坂たちの突入にいち早く気が付き銃を構えたのもこの男だったのにも関わらずこのザマである。
武器庫の左端、怯えながらモニターの影に隠れた女はひっそりと隠し持っていた小さなスイッチをポケットから取り出した。この急展開に思考が追いつかず、酷く動揺している女は血走らせた目を高坂たちに向けながら、震える手でそのスイッチを押した。
自分が気絶させた男を冷たい目で見下ろしていた高坂は、震えながらこちらを見据える女の微かな殺意を捉えて、咄嗟に振り返った。その女が持っている小さなスイッチのようなものに、爆弾の存在を察知した高坂は仲間に向かって声をあげる。確かこのA地点の地下には大量の毒物が保管してあるはずである。そんな場所で爆発なんか起きたら…。
「おい武器庫から出ろ!早く!」
その刹那、激しい轟音と共に急落した地面。同時に倉庫の地下からむくむくと気味の悪い空気が漏れ出てくる。猛毒広がる地下倉庫、武器庫に残された者たちは次々と毒の渦に呑まれていく。
高坂の合図により入口付近にいた桜花班は一目散に武器庫から飛び出したおかげでなんとか地下へ落ちずに済んだ。武器庫中央にいた高坂も間一髪、瓦礫に捕まり難を逃れたが…。敵は全滅。最後に高坂と目を合わせた虚ろな目の女も、おどろおどろしい色をした蒸気の渦に呑まれた直後、その原型は余すことなく崩れ落ちた。
目的だった敵の捕獲は叶わなかったが桜花班は犠牲者を出すことなく武器庫を後にした。
* * *
場所はC地点、薄汚れたコンクリートの壁に囲まれた大きな実験台の数々。部屋の中に押し込まれ、鎖に繋がれていた被験者たちを助け出した多々良班の周りには、既に斬滅された組織の連中がバラバラと倒れている。多々良は握っているナイフを軽く振り下ろして最後の被験者の鎖を破壊した。
さて、被験者を連れて一度引き返すべきか。それとも班を2つに分けて、片方に被験者の保護を任せ自分たちはさっさと敵の中央に乗り込むべきか…と考えていたとき、多々良の耳に入ってきたのは複数の足音。さっそく追手が来やがった。
徐々に近づいてくる騒がしい足音のする方へ、鋭い視線を向けた多々良は右手でハンドサインを出して仲間に"隠れて待機"の指示を出す。
足音から考えて敵の数はザッと20名程度。対してこちらの人数は6名。今ここで班を分けるのは危険か。B地点の制圧連絡から高坂率いる桜花班がA地点を制圧するまで、高坂の力量をもって計算したとき、彼らがここC地点にたどり着くまで残り数分といったところか。とすれば彼らが着くまで粘ることが出来れば…。
研究室の奥に身を潜めて息を殺す多々良班。救助した被験者を一緒に物陰に隠し、彼らはやって来るの敵を迎え撃つ準備を整える。多々良が手にするのは遠隔スイッチ。そして多々良班の皆が一斉に手にしたのはハンドグレネード。いまさっき、ここから正面にある部屋に小型の遠隔爆弾モドキを仕掛けた多々良は、敵がこちらへ近づいて来た時にその爆弾の音で自分たちの位置情報を親切に教えてあげることにした。
そして、多々良班のいる部屋の付近で止まる足音。敵は多々良たち、または被験者たちの行方を細かく探している様子。なので多々良はポチッと持っていたスイッチを押した。
すると向かいの部屋から聞こえてくるのはポプっという間抜けな空気の破裂音。小さな空気の揺れに反応したのは小型爆弾の横に立てかけられた一冊の本。小型爆弾の横から、ぐるりと大きく部屋を一周するようにドミノ状に並べられた本たちは、一冊、パタリと倒れれば、たちまち倒れ続けていく。そんな奇妙な音と光景に気がついた敵たちは、何事かと揃ってその部屋へ足を運んだ。
このピタゴラスイッチが最終的に行き着く先は、部屋の扉の自動ボタン。ドミノの最終地点に選ばれた『ヒトゲノム』と書かれた本は、倒れると同時に綺麗に扉のボタンを押し込んでゆく。そして、ウィーンという独特な音で閉まって行く部屋の扉に向かって多々良は今だ!と指先を向けた。それに続き、嬉々として部屋の中へと投げ込まれるグレネード。徐々に閉まっていく扉の隙間を上手いこと通り抜けて、部屋の中へたどり着いたグレネードは部屋の扉が完全に閉まりきったと同時に大爆発を起こした。
さて、これで心置き無く次の行動について考えられるな、と敵を閉じ込めた向かい側の部屋で円陣を作り作戦会議を始める多々良班。床に散らばる様々な残骸を地図と駒に見立てて次の移動経路を班のメンバーに示す多々良は、何か奇妙な気配を察知して懐の拳銃に手をかける。多々良のその様子に正面に胡坐をかいて座っていた1人が小首を傾げたその時、バン!と誰かがドアを叩く音。そしてもう一度バン!と音を立てた部屋の扉から飛び出てきたのはゾンビのように皮膚を爛れさせたヒトのようなもの。グレネードを詰め込んだ部屋の扉が破られていることからソレはその部屋から出てきたのだろう。完全に敵を制圧したと思い油断していた多々良班のメンバーの1人に襲いかかろうとしたソイツは、多々良が咄嗟に発砲した一発を諸共しなかった。普通の銃は効かない。でも触れるのは明らかにヤバそう。とりあえず、ゾンビを殴り掛かろうとするメンバーに、多々良は逃げろという指示を飛ばすがその言葉は間に合いそうにない。と思ったその時、光のようなスピードで多々良の視界を横切ったナニカ、と同時に消えたゾンビ。直後、鼓膜が破れそうになるほどの大きな衝撃音が聞こえて多々良は耳を塞いだ。
「ふぅーあぶねぇ!マジでこれやべーな腕引きちぎれるかと思った」
改造されたゴツめのアサルトライフルを片手に多々良の前に現れたのは高坂。いてて、と右手をブラブラさせながら彼は見事に桜花班を連れてC地点へとたどり着いた。ピンチに駆けつけるヒーローのようにタイミング良く登場した高坂は、さきほど吹き飛んでいったゾンビのようなものの詳細について、多々良に訊ねる。
「ちょっと多々良さん、なんなんスかアイツら」
「さあ、今突然現れたからな。一瞬にしてお前に吹き飛ばされたから何も分からずじまいだよ…それよりお前」
その担いでるゴツい銃はなんだと多々良は高坂へ怪訝な表情を向けた。多々良の問に「面白そうだからくすねて来た」と悪びれなく言う高坂はもうひとつ、武器庫から持ってきたピストルを懐から取り出して多々良の前で見せびらかす。
「それも結構ヤバかったんで、お土産です。連続で2発以上打つと肩壊すので辞めた方が良いッスけど」
そう言って高坂が多々良にピストルを手渡す。そして受け取ったピストルを多々良は高坂のいる方向へ向けて構えた。高坂の後ろ、多々良は先程ハンドグレネードを敷き詰めた部屋を注意深く見据えている。
「あの部屋になんかあるんスか」
「念の為だ。さっきのゾンビ野郎はあの部屋から出てきた可能性が高いからな」
多々良の言葉を聞き、酷い火薬のにおいのする部屋を一瞥した高坂は、なるほどね…と口元で孤を描いた。そして持っていたアサルトライフルを横にいた後輩へ渡し、今度はどこからか取り出したグレネードランチャーを肩に構えた。高坂の身長と同じくらいの大きさをしたグレネードランチャー。もちろん、これも武器庫からくすねてきた代物である。
「高坂、お前そんな物も持ってたのか」
「結構いいでしょコレ。多分威力ヤバいんで、みんな逃げた方が良いかも!」
「え、ちょっと高坂!?」
「翔さんそれだと俺らも巻き添えに…」
「大丈夫大丈夫!ほら、目には目をって言うだろ?だからさ、グレネードにはグレネードってなァ!!」
こうして威勢の良い声をあげながら高坂がグレネードランチャーを発砲する。もともとグレネードを入れたのは我々なんですけどね!!という後輩の言葉は、グレネードランチャー発砲によるの爆音によってかき消された。
しっかりと踏ん張らなければ優に吹き飛ばされるほどの熱風に、多々良は咄嗟に両手を顔前でクロスして耐える。しばらくして風塵の止む頃、薄汚れた服を軽く払った多々良が視線を向けた先、敵を閉じ込めた部屋の中は完璧に焼け焦げていた。
流石にこれで敵はもういないだろと、戦いの終わりに誰もが息をついた。ほぼ一方的な殺戮のようにも見えるかもしれないが、彼らリベルテ部隊はもともと敵を殺すつもりがあったのではないと言い訳を残しておこう。
そんな折、轟々と唸るように音を出しながら揺れ始める地面。突如ぐにゃりと歪んだ地面に、高坂すらも足をふらつかせた。予想外の出来事に焦り始める多々良班および桜花班の皆。今の揺れはまだ序の口だというように続いて起こる激しい揺れに、地下研究室はまもなく急落した。次々にひび割れていく地面は捕まるものすらなくなるほどに崩れていく。最終的に地下最深部へと落ちることになったリベルテ部隊は、一粒の灯りすら見ることの出来ない遠い天井を見上げて一斉に顔を引き攣らせた。
ジワジワと漂ってくる有害物質の香りを感じ取った多々良と高坂は絶体絶命のこのピンチをいち早く察して表情を強ばらせる。この組織のトップは、いつか訪れるこの日の出来事を想定して、元より被験者もろとも生き埋めにするつもりだったのだろうか。