あくる日、僕らの憧憬
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「リベルテ」というのは我々組織の総称である。もとより"人助け"を目的として何でも屋のような事をしていたのだが、ここ数年でリベルテの在り方は大きく変わった。まず、ただの民間人助け団体だったのが公共団体の類に属ることになったのが大きな違いだろうか。理由は色々あるが、先輩方と偉い人たちの様々な取引によって今の状態を保っているらしい。警察からの依頼が多いのもこの取引が原因のようだ。ただ先輩方がこの先の我々組織の安泰を目的としてこの決断をしたのは間違いないだろう、と如月の奴が言っていた。ちょっと話が小難しくて俺にはイマイチ理解出来なかった、ということはアイツには黙っておくとしよう。
あ、そういえば俺の名前は高坂翔、こうさか かけるって読むから。実は先日、行方不明だった俺の班のリーダーが帰ってきたらしい。どういう訳か同期の如月の家に倒れていたという話だが、想像力の乏しい俺には状況が全くつかめなかった。
ただまあ、俺らのリーダーが意味不明なのは今に始まったことじゃない。彼女が帰ってきたということは、それは1つの問題が解決することの合図と同義。リーダーが情報をたくさん持ち帰ってきたらしいので、俺たちはこれから忙しくなるだろう。何やら如月が死んだ目で議長に事情説明をしていたので、今日の昼過ぎ、無理やりねじ込まれた緊急議会で詳細が分かるはずだ。これから忙しくなるだろう。今回の任務に俺は参戦させてもらえるだろうか、できれば桜花さんに俺の活躍を見てもらいところである。
* * *
薄暗い部屋の中、ピピッと音を立てて映し出されたパソコンの画面の内容を、高坂は自分の前に立つ野郎の頭を避けながら覗き込む。桜花の胃から取り出されたUSBメモリは無事リベルテ本部に届けられたようで、現在はその情報解析を行っているところだ。
まず画面に出てきたのは弥波(みなは)市の地図、A地点、B地点、C地点とマークされた箇所があり、クリックをすると、各地点で行われている実験内容の詳細がスクリーンいっぱいに広がった。
A地点、最も広い土地を使用して行われているのは武器の開発、威力実験。
―小型拳銃RM、威力増強、防弾ガラス突破、反動により被験者の腕損傷。
―時限式遠隔核爆弾、操作範囲約20km、威力230、A地点5箇所に設置、操作キーはB地点に設置。1km先の被験者は肉片すら残らなかった。
―VXガス/硫化水素/ベンゼン、化合実験及び、致死性の検査。最も強力なVX2I型は危険すぎる。被験者、実験者共に即死、以降は地下の倉庫に保管。
「想像以上に酷いデータね」
「うげ、俺A地点にだけは行きたくないです」
「この小型拳銃、真白さんや湊さんなら使えるのかな」
「こりゃ毒耐性と爆破耐性あるやつがA地点突撃決定だな」
「毒耐性はまだしも、爆破耐性って…もうそれ人間じゃねぇな」
バカみたいに火力を求めただけの武器開発のデータを眺めながら、パソコンの前に座り直接情報分析を行うのは神崎エマ。彼女は気だるそうに煙草をふかしながら実験データに苦言を呈した。神崎の座る椅子を囲みながら高坂を含む例の組織データを見ていた者たちも、神崎に続き各々感想を述べる。
これから作戦会議なのだが、絶対にこの地点には突入したくない。核爆弾はないだろ、どっかの土地を丸ごと吹き飛ばすつもりなのかコイツらは、とみんなの心の声が一致した。なんなら知らない方が良かったかもしれない。
続いてB地点、ここには全ての交易情報を保管してあるようだ。秘密裏に行われた海外組織との密輸情報。組織のメンバー情報。今までこの組織に潜入してきた者達の個人情報。始末情報。そして過去に行われた古い実験のデータ。地図情報によると、拠点をかなり地下に掘られている可能性があった。恐らくこの3つの地点は地下で繋がっているのだろう。核爆弾の遠隔操作もここから行える模様。
最後はC地点、ここで行われているのは人体実験。主な内容はヒトの治癒力と細胞破壊のメカニズムについて。まず毒や麻薬、電気等によりヒトの細胞破壊を行い、そして独自開発の治癒薬を用いた治癒実験。次々と行われる細胞破壊に被験者が耐えられなければ終わり、治癒薬が効かなければ終わり、そういう実験だ。亡くなった人間のデータは殆ど残っていない。ここに表示されているのは成功データのみ。
被験者No,472。強い毒や麻薬の連続投与にも耐えたこの被験者のデータは詳細だ。
パソコンの前に座り高い位置で黒髪を結えた神崎エマは被験者のデータと、今朝警察病院からUSBと共に送られてきた桜花真白の検査結果を見合わせた。その資料を前に静かに息を呑む神崎と同様に、桜花に施された数々の実験の事実を悟った高坂も悔しそうに唇を噛む。
「エマさん、これって」
「ええ、真白の生命力が規格外ってことが改めてわかったわね」
桜花真白の血液から出てきた毒物反応とこの実験データはほぼ一致。奴らの治癒薬の影響なのか彼女本人の力なのかは分からないが何故か自力で解毒を開始している彼女にはドン引きだが…いや、さすが桜花真白といったところか。
要は、彼女が収監されていたのはC地点、まさか逃げられるとは向こうも思っていなかっただろうが、彼女が逃げ出したであろうこの地点は今、最も敵が警戒している可能性があるということだ。
「敵が1番多いのはC地点か?」
「でも危険なのはどう考えてもA地点だろ」
「まず、敵陣の情報の要であるB地点責めて中核を潰すのが最初だと思うけど?」
「それもそうだけど、じゃあどの班がどこに突っ込むの?」
「俺らの班はC地点希望で」
「は?お前ら脳筋組はどう考えてもAだろ」
は?脳筋組って俺たちのことか、それに当てはまるのは俺らのリーダーだけなんだけど?と、高坂は隣にいた別班のモブへ怪訝な顔を向ける。戦闘は好きだが自ら死地に飛び込むほどバカじゃないぞという小さな怒りの視線を感じたモブはそっぽを向いて高坂の目線を避ける。最終的にどの班が最も危険地帯へ行くかの押し付け合いが始まってしまい騒がしくなって来た空間に神崎はため息をついた。その時、ガチャ と開く部屋の扉。錆びた鉄の甲高い音を立てながらゆっくり開かれるその扉に、騒いでいたガヤ共は一斉に押し黙った。
「おい、なんかうるさいと思ったら、こんな暗い部屋で何やってんだお前ら」
そう言って薄暗い部屋に入ってきたのは多々良湊。もうとっくに夜が老けたこの時間に、明かりが点いていないにも関わらず何故か騒がしいひとつの部屋。そんな怪しい状況を見兼ねた多々良は迷わず扉を開けた。
コツコツと足音を立ててゆっくり部屋へ入ってくる多々良。彼のつま先がドアの先から見えたその時、部屋の中へいた皆は一斉に壁側へと走りひとつに固まる。一歩でもドアから離れようと押し退け合う野郎ども。そしてついに、ドアの影から現れる人物を、まるでオバケでも出たのかというような目で見てくる高坂たちの存在を視認した多々良は、本当に何やってるんだ…と深くため息をついた。
そして彼は呆れた顔で電気のスイッチを押す。その瞬間、小さく「あっ」という女性特有の高い声が聞こえたが部屋の天井に備え付けられた蛍光灯は無慈悲にもその白色の光を放った。
「あー、もう多々良さん何してんスか」
「そうですよ、部屋暗い方がなんとなく雰囲気あったのに……って、部屋が汚い!!」
突然の明るくなった視界に目を瞑った高坂は数回瞬きした後にようやくハッキリと部屋の状況を把握した。先程まで暗くて見えなかったが床一面に広がるのは大量の紙束。真横の棚や机にあるのも紙束と煙草の吸殻、飲み干したペットボトルの数々。ガタガタと音を立てて慌てて立ち上がった神崎は床に散乱するものを必死の形相で拾い集め始めた。
「あ、ああちょっと、だから部屋暗くしてたのに…」
「ええ、そうだったの神崎さん…」
真っ黒な戦闘服に身を包んだ高坂は森の奥底にある目標地点を見据えて、その場で頭を抱えた。
「終わった…」
マジで終わった。リーダーの代わりに桜花班を率いて前線のA地点に赴いた高坂はその場で蹲る。待ってくれなんで臨時リーダーが俺なんだ。そもそも真白さんが不在な時点でやる気が激減なのに。普通に考えたら真白さんを除けば最年長の如月がリーダーのはずなのに。アイツ寝不足過ぎてポンコツになってやがった。
問題のA地点から数メートル離れた待機地点、高坂率いる桜花班は先にB地点へ向かった別班の指示を待つ。
彼らが突入後、本拠地にいる神崎エマと連絡を繋ぎ敵陣データのハッキングを行うことが出来れば、俺らが安心してA地点へ突入し、被験者保護及び危険武器の確保を実行することができる。安心といっても、最も危険な核爆弾による被害の直撃を防げるという点だけで、あのヤバすぎる武器を持った奴らとは武力衝突するわけだが、そこのところ、神崎さんはどう考えているのだろうか。桜花班だからパワー解決でいけるだろ、という安易な考えだったらどうしよう。否、絶対そうだあの事務員、マジで終わったわ。
ビビッと左耳に付けたインカムに一瞬のノイズが走る。
"B地点制圧完了、A地点は入口に監視員2人、武器管理倉庫に5人、データ室に1人、他はC地点に集まっている模様。A地点制圧完了後、C地点へ合流"
それを合図として臨時桜花班は一斉に目的地へ走り出す。高坂は桜花からの情報によって入手することのできた敵拠点の地図を持って、入口にいる2人の裏を取れそうな位置を探す。
敵陣入口からの死角、木の陰で中型スコープを構えた仲間に指先で合図を送り、その瞬間、高坂は木の上から飛び降りた。彼の着地地点はちょうど入口を守る敵守衛のうち1人の頭上、高坂は容赦なく持っていた銃(鈍器)を振り下ろした。隣にいたもう1人の守衛がこちらを振り向き、突如上から現れた高坂に驚いて声をあげる前に、ソイツは仲間が構えたアサルトライフルの銃弾に撃ち抜かれて息絶えた。
こうして守衛2人を鮮やかに倒した高坂の作戦は今のところ完璧。仲間の指揮も最高潮。
「桜花班、突撃だああああ!!!」
「ひゅーー!翔さん最高!」
「ナイスな突破劇だ高坂!このまま突っ込むぞ」
高坂の奇襲に合わせて森の中より次から次へと飛び出してくる桜花班。少々無駄口が多いが、指揮は非常に高まっている模様。
勢い良く入口突破を果たした桜花班はそのまま地下へ続く道へ進んで行く。錆びた鉄の廊下、数メートルおきに置かれている監視カメラ。恐らく、俺らがこの拠点に入ったことは流石にもうバレてると考えて良い。となれば次の目的地はデータ室だ。
データ室にいるのは1人、この扉の前で、俺らが入ってくるのを待ち構えている。さて、ここではどう出るのが最も最適か。
「高坂、相手はこちらが飛び出すのを待ってるぞ」
「だからなんだ?立ち往生する暇があんなら、突っ込むのみだろ」
興奮を抑えきれずに口角をあげた高坂はそう言って右足を振り上げる。ドッカーン!と音を立てて吹き飛んだ鉄製の扉。扉が飛んだ先には銃を構えていたであろう男。避けられずに扉に下敷きにされてしまった男は口をハクハクと動かしながら何かを訴えているが、生憎短気な高坂はその訴えを聞くほどの忍耐はない。
相手の男を無視して、主データを確認しようと部屋の中へ進んで行く高坂はあることに気が付いた。部屋全体に広がる画面は一様に真っ黒だ。どういうことだ?データを盗まれまいと先回りされたのか?とコンピュータ室の主電源を見た高坂は、綺麗に突き刺さっている鉄破片を見て「あ」と小さく呟いたのち、突如下手な笑い声をあげて班のみんなの方へと顔を向けた。先程、高坂が扉を蹴飛ばしたことが原因で壊れたPC。誰もがそう理解したが、なんとか高坂をフォローしようとメンバーのひとりが発言しようとしたとき、なぜか高坂は追い打ちをかけるようにコンピュータにナイフを突き刺した。
「あははは…画面何も反応しねぇや。も、もう次行こうか。えっと次は武器庫ね、武器庫。相手は5人だっけ、俺らは10-2=8人、ぜんっぜん余裕、むしろ人員オーバーまであるくね?とりあえずさっさと終わらせてA地点行こうか!あ、お前とお前は被験者の有無と後から来る危険物処理班に武器を渡しといてよ」
目をかっぴらいて一息で周りに指示を出す高坂は、他の誰にも話す隙を与えないように矢継ぎ早にほらほらと仲間を急かす。そんな高坂の様子にまた何かやらかしたのだろうかこの脳筋は、と悟った桜花班は何も言わずに高坂の指示の通りに動き出す。ここで高坂の指揮を下げるのは大変良ろしくない。
俺たちは何も見なかったことにしよう。そう言い聞かせた彼らは各々次の目的地へ走り出した。