狙われた夫婦
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息を殺し、足音を立てず慎重にマスターは廃ビルの上階へと足を進める。あの男は部屋の場所まで覚えていなかった。そのためひとつずつ部屋を確認する必要がある。階段を上がり最も手前にある扉へ手をかけたとき、少し遠くの方から女性の悲鳴が聞こえた。短い音だったがそれがユキのものであると理解するには十分だった。
「ユキ、ユキ!どうして悲鳴を?何があったんだ!」
ユキの悲鳴を聞いて弾かれたように走り出したマスターが辿り着いたのは、ある扉の前。人の気配を複数感じ取ったことでこの部屋だと確信し、マスターは静かに扉をあけた。そのとき、マスターの目に飛び込んできたのは手足を縛られているユキの上に跨り、彼女の服に手をかけようとしている男の姿。
それを目にした瞬間、マスターの頭の中が真っ白になった。ほとんど無意識に体が動いているマスターは男に向かって思いきり拳を振り上げる。
そして男は壁に叩きつけられた。思いがけない威力と音に、隣でカメラを向けていた男がカタカタと震えて逃げようとするが、殺気を纏ったマスターに睨まれ、その場に腰を抜かした。持っていたカメラはマスターに蹴られ破壊される。
カチャリ、と先程奪った拳銃をマスターは男に向けた。すると恐怖からか男はその場ですぐに気絶してしまった。
「れ、くん」
「ユキ!さっきの悲鳴は何があった…」
暗がりの中、ユキの声を聞いたマスターはすぐに彼女へ駆け寄り抱きしめる。彼女を縛る縄紐を外すために手をかけると、ザラザラした縄の感触の他にヌルりとした感触を感じたマスターは眉をひそめた。生暖かい。まるで血液のようだ。
「ユキ?どこか怪我をしてるのか?」
「み、右腕が」
「(右腕…)」
縄を解き終えて彼女の言う右腕に触れると、彼女の右腕は大量の血液に覆われていた。血の流れ出している傷口を探ろうと彼女の腕を探っていると、ビクッと彼女が体を揺らした。
「っ!悪い、痛かったな。今から止血する。痛むだろうが我慢してくれ」
ハンカチをぐっと傷口に押し付けて止血する。この出血の仕方は恐らく刃物で切りつけられたものだろう。強く目を瞑って痛みに耐えるユキの声に、マスターの心も締め付けられるように苦しくなる。相当深く刺されたようで、中々止まってくれない出血に、マスターの焦りは募る一方だった。
* * *
検問の貼られたポアロ周辺、未だ犯人の行方を捜索中の警察に、とあるメッセージが届いた。
「今!誘拐犯の物と思しき端末から警視庁へメールが届いたみたいです!」
「なんだと!?すぐに逆探知を開始しろ!」
「はい!了解しました」
「おい高木、今すぐそのメッセージ見せろ」
「はい…え、松田さん!?えっと、この画像がそのメッセージですが」
高木が持っていた資料を横からかっさらった松田はこの状況に違和感を感じた。ここまで用意周到に誘拐をした犯人がわざわざメッセージを送ってくる可能性は低いはず、その事に気がついた松田は高木に見せられたメッセージを見て確信した。これは、ゼロからのSOSだ。
* * *
「はぁ、はぁ、はっ」
「(まずい…このままだと彼女が持たない)」
自分の背中に乗せた彼女が荒い呼吸を繰り返す度に、マスターの焦燥は大きくなる。ダメだ落ち着け。焦りこそ最大のトラップだ。前世の頃から何度も何度も口にした言葉じゃないか。松田や伊達にあのメッセージは届いただろうか。どこにどんな監視があるか分からない、もちろん気絶させた男のスマホだって例外じゃないので暗号のようになってしまったが、きっと2人ならすぐにあのメッセージの意味を解読してくれるはずだ。
辺りに人の気配がないことを確認して、人気のない部屋へ入り物陰に隠れる。彼女の体を1度降ろし、呼吸のしやすい楽な体制にしてやる。先程よりも明らかに顔色が悪い。手を握っても彼女の体温が上がるわけではないけれど、このままじゃ本当にユキが…。
「ユキ、ごめん。苦しいだろうけど、もう少し頑張ってくれ」
右腕に巻いたハンカチは既に血塗れで、止血したはずの傷口からは再びドクドクと血が流れ出ている。服の袖をちぎり、いっそう強く巻き付ける。自分の上着を彼女の体に被せ、その上から彼女の冷えた体を抱きしめる。既に彼女の意識はない。弱々しい呼吸音だけがまだ微かに残っている。徐々に冷えていく彼女の身体、固く閉じられた瞼。
やめてくれ、俺は今世でも大切な人を亡くすのか?こんなに近くにいるのに何も出来ないのか…?
「おい!あの廃ビルだ!東都タワーが右側に見える高層ビル、放火を行うための灯油が大量に運ばれてる。メッセージにあった場所で間違いねえ」
「あのビルの中に2人がいるはずだ、被害者の安全を最優先し犯人を捕えろ!!」
車から身を乗り出した伊達が、廃れたビルの方を指さす。続いて目暮の指示で松田を含めた数人の警官がパトカーから降り、廃ビルへと一斉に駆けていく。
ビル1階で灯油を運んでいた奴らは既に捕らえた。追手が来ないということは、犯人及びその協力者はもういないのだろうが、この大きな廃ビルでは2人がどこにいるのかが分からない。松田は大きく深呼吸をする。そして、2人に向かって叫んだ。
「おいゼロ!このビルはもう警察が包囲してるぞ!」
大声をあげて、俺たちが来たことを伝えると、それに応えるようにバンッと上の階から発砲音が鳴った。
おい!まだ誰かいる。犯人は拳銃を所持しているぞ!無闇に突っ走るな松田!そんな上司の声が聞こえた気がしたが、松田はとにかく走った。音が聞こえた方へ走る――そうして辿り着いた部屋の扉を松田は躊躇なく蹴飛ばした。
「ゼロ!!!」
「松田か!?救急車は来てるのか?早く彼女を運ばないと、脈が弱くなってるんだ!体温も低くて、」
「おい、ゼロ落ち着け、今救急隊を呼ぶから」
いつもの冷静さなど欠片もない、焦ったゼロの様子と青白い顔で横たわるユキ、真っ赤に染まった彼女の服を見て、事態の深刻さを悟った松田は静かに息を呑んだ。
駆けつけた救急隊によってユキは担架に乗せられた。ようやく廃ビルから出られた2人。外で待機していた伊達が駆け付けて来てくれる。既に時刻は夕方だ。
暗いビルから出て明るくなった視界の中で運ばれていく彼女の方を向けば、その右頬は真っ赤に腫れ上がっており、マスターは目を見開いた。
は?殴られていたのか?右腕の刺傷しか気がつかなかった、それなら他の場所は?他にも怪我があるのか?
ストレッチャーベッドに横たわるユキの手を握り、一向に離れる気配のないマスターは、なんとも形容し難い怒りと悲しみが混ざったような、泣きそうな顔をしていて、松田と伊達はなんと声をかけたらよいかわからず言葉を詰まらせた。
* * *
はぁ、とため息をつき、ユキの眠るベッドの横に腰をかけるマスター。なんかデジャブを感じる、とコナンは思った。だが、以前よりもいっそう悔しそうにマスターは拳を強く強く握りしめている。心配そうにユキを見つめる青い瞳には不安や焦燥、憎しみの色が浮かんでいて、今にも溢れてしまいそうだと思った。
今回、犯人は人気の喫茶店ポアロに客を取られた、営業妨害だとかいう私怨で2人を誘拐し殺そうとした。その際に計画を実行した1人に暴力を奮われたユキは、頬と腹に大きな痣をつくった。肋骨にはヒビが入っていたらしい。そしてナイフで右の二の腕を刺され大量に出血。マスターの止血のおかげで致命傷にはならなかったようだ。
後日、目を覚ましたユキを見て涙を流すマスターをコナンは影から見守っていた。苦しそうに嗚咽を漏らしながらユキを必死で抱きしめるマスターに、何か思うことがあったのか、酷く複雑そうな顔をする松田を見てコナンは黙ることしかできなかった。
「おい坊主、今日の見舞いはもう終わりだ。帰るぞ」
「うん、送ってくれてありがとう松田刑事」
例の事件から数日後、ポアロにはどこからか事件を聞きつけたヒロが持ってきたとんでもなく高性能防犯カメラと、風見が持ってきた防犯グッズが設置された。そして、退院して早々にポアロ復帰を果たしたユキの仕事を片っ端から奪っていくマスターの姿も目撃された。
「おい、まだ重い物を持つなと言っただろ」
「これも!? (お皿2枚しか持ってないけど)」
「店員さーん、注文お願いします」
「はーい今伺います!」
「俺が行く、君はまだあまり動き回るな」
「わ!(やば、手が滑った。良かったコップ割れてない)」
「どうしたユキ!調子が良くないのか?とりあえず裏で休んでてくれ貧血かもしれない。今日は無理をしなくていい今すぐ病院へ行こう」
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