運命の番
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少女が目を覚ましてから三日が過ぎた。
彼女はまだ言葉を発さない。問いかけても、視線で答えることすら難しいようだった。
それでもルナの声に反応するように、わずかに瞬きを返したり、触れられた方向へ顔を向けたりと、確かに“生きようとする意思”がそこにあった。
その日から、ルナはレナードに協力を仰ぎ、少女の身の回りの世話を自ら行うことにした。
少女の世話係には幾人かの使用人が名乗りを上げてくれたが、他人に任せる気には到底なれなかった。
使用人を信用していないわけではない。ただ、目の前の少女が傷ついた身体で怯える姿を見れば見るほど、他の誰かの手に触れさせることができなかったのだ。それに、恐らくだが彼女の種は人間だ。人間は生き物の中でも特別にか弱い存在である。
細い体を毛布ごと抱き上げ、温水を張った桶のそばへと運ぶ。包帯の隙間から見える皮膚は青白く、あちこちに古い傷跡が走っていた。自分の身体を守るための毛皮や鱗のない肌は驚く程にと柔らかくて薄い。彼女の身体は既に傷だらけだった。これまで受けてきた侮辱がこの小さな身体に無数に刻まれているのだ。帝国内でも優秀な治癒士であるレナードが手を尽くしても、彼女の傷は中々癒えきらない。
ルナは眉をひそめ、それでも指先の力を抑えながら、布でそっと彼女の手を清めていった。
身体を拭いてやるたび、少女はびくりと肩を震わせる。
怖くて怯えているのだ。けれど逃げる術を知らない少女は、じっと目を瞑って恐怖に耐えるその様子が、かえって彼の胸を締め付けた。
「怖がらなくていい。君を傷つけるためじゃない」
囁きながら、濡れた布を手首から腕、そして首筋へと滑らせる。
少女の喉が小さく鳴る。呼吸が浅くなり、左の指先が毛布をぎゅっと掴んだ。
また泣かせてしまうだろうか。ルナは布を置き両腕で少女を抱き締める。赤子をあやす時のように、一定のリズムで背中をトントンと、優しく叩く。
ここ数日繰り返していたこの行動は決して無駄ではなかった。その日、少女は初めてルナの胸に額を預けるように身体を傾けた。甘えるように頬を擦り寄せるように動くつがいの仕草に、ルナは密かに息を詰めた。
彼は静かにその背を撫でる。その手つきは絹糸を紡ぐように繊細だ。
わずかに触れ合う鼓動が、確かに伝わってくる。
世話は長い時間を要した。排泄も、食事も、一つひとつが試行錯誤だった。
匙を口元へ持っていっても、少女は口を真一文字に閉じていっこうに食事をしてくれない。時間をかけて何とか食べさせても、ストレスの影響か吐き戻してしまうことが何度もあった。
けれど、少しずつルナに世話をされることに慣れてきた少女は、彼の手に導かれてゆっくりと口を開き、小さな舌先で粥を受け取ると、その後、もう一口、と僅かに顔を前へ寄せてくるようになった。
「……ああ、このスープが気に入ったようだね」
ルナが頭を撫でると、少女の唇がほんのわずかに動く。言葉ではない。だが、その微かな仕草だけで、ルナの胸は温かく満たされた。
すべてを終え、彼女を再びベッドに寝かせると、少女は力を抜いて毛布を抱きしめた。
その表情には、以前のような怯えも苦痛もなかった。
まるで、初めて安らぎを知った子供のように穏やかな寝顔だった。
ルナは椅子を引き寄せ、そっとその頭を撫でた。
「……ここにはもう君を脅かすものは何もない。これからは君が心安らかに過ごせるよう私が護るから、だから安心して眠るといい」
囁いた声に応えるように、少女の眉がわずかに緩んだ。
その表情に、ルナは胸の奥で小さく息を吐いた。