運命の番
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優しい手が背中を撫でる。頭上から降ってくる声も、さっきまでとは違う、甘くて柔らかい声。
ミアは甘えるようにルナの胸へ頬を滑らせる。
ここには何も怖いものはない。誰にも殴られないし、変なものを口に入れられない。たまに、苦くて不味い水を飲む事もあるけど、でもその時は優しいルナが背を撫でてくれるし、水を飲んだあとは大抵、体調が良くなるから。これは、この数ヶ月でミアが学んだことだ。ここは暖かくて安心する。
「ミア、眠い?」
「う、ん…」
「それなら最後に薬湯を飲んでおこう」
「ん、ん、まだ、いらない」
「ミア。ほら口を開けて、この後また頭が痛くなるのは嫌だろ?」
ルナがミアの口へ盃を近付けて傾ける。こくこくとゆっくり喉を動かしながら水を飲む様子をルナはじっと見つめていた。
水を飲み終えると、ミアは小さな口をめいっぱい開きながらあくびをする。はふ、と吐息を漏らしながら閉じられた唇に、軽くキスを落としたルナは彼女の身体をベッドに横たえ優しく額を撫でる。
そして、ミアがすうっと眠りに入った事を確認すると、ルナはベッドのカーテンを閉じ、扉の外にいる影に声をかけた。
「失礼します閣下」
「ああ。ご苦労だったなオーウェン。それで、調査に進展はあったのか?」
「はい、それが…」
それから諜報員であるオーウェンの口から紡がれる報告は、ルナの想像を絶する酷いものであった。
エルネア王国は、古来より森の奥で暮らす“妖精族”を捕らえ、その魔力を人の手で利用しようとする禁忌の研究を行っていたのだ。
妖精族とは動植物に生命力をもたらすとされる神秘の種族である。生まれながらにして膨大な魔力を持つ妖精族は、他者に魔力を分け与え傷を癒したり、植物に力を与え枯れた草木を甦らせる事ができる力を持っていた。しかし、はるか昔にそんな妖精族を利用しようと企む獣人族が現れた事で、妖精族は他種族との交わりを避けるようになったと言われている。獣人族は妖精族の力を酷使して妖精族を弱らせてしまったのだ。他者に魔力を与えられる妖精族だが、自らを癒すことは出来ない。加えて、小さく繊細な彼らは強大な武力に逆らう術がなかった。それから妖精族の数が減り、生き残った妖精族たちは森へ身を隠すようになった。
それから、この世界にとって重要な存在である妖精族をこれ以上怒らせないためにも、互いに干渉しないことが大陸の暗黙の掟となっていた。
しかし、エルネアの王はそれを破り、妖精族の雌を拘束した。そして奴隷である1人の少女の身体を改造し、妖精族の血を混ぜて――
“自分に生命力を与えられる混血の子”を作ろうとした"
試みはほぼ失敗に終わり、
生まれた子の多くは数時間で命を落とした。
だが、まれに“死なない個体”が生まれた。
その1人が――ルナのつがいである。
ただし彼女は魔力こそ持っていたものの、妖精族の本来の力――森や他者へ生命力を“与える”能力が欠けていた。
そのため王は「役に立たぬ失敗作」と判断し、約十七年もの間、彼女を地下牢に拘束した。なぜ処分ではなく拘束だったのか。それは彼女が自ら魔力他者に与えられなくとも、彼女の持つ生命力を吸い取り間接的に他者へ与える事が出来たからだ。彼らは魔導具を通してミアの生命力を際限なく吸い取り、“道具”として利用し続けたのだという。
そして、エルネア王国はその事実を隠蔽し、“妖精族の子”を今もなお秘密裏に探し続けている。
ルナの脳裏に、初めて彼女を抱き上げた日の記憶がよみがえった。
薄暗い地下牢。怯え切った瞳。骨ばった肢体。途切れ途切れの呼吸。
そして――
右手首から先がなかった。
逃げられぬよう、両のアキレス腱が切られていた。
それらはどれだけ時間をかけても治ることのない傷である。
そこでルナはふとミアの背にある不可解な傷跡を思い出す。ミアの背中には剣で切られた傷でも、むち打ちや火傷とも違う傷跡があった。
――妖精族の象徴である羽。実際に見た事がある訳ではないが…どの文書を見ても妖精族の挿絵には必ず繊細で美しい羽が描かれていた。
背中の傷はきっと…
幼体のようなその小さな身体で、彼女はどれほどの痛みに耐えてきたのだろうか。
「……ミア」
ルナは報告書を握りしめ、つがいの名を呟く。なぜ、彼女だったのだろうか。なぜ彼女がこんなに辛く、悲しい思いをしなければならなかったのか。そんな想いばかりがルナの胸中を駆け巡るのだ。
「閣下…」
「ああオーウェン、ご苦労だったな。エルネアの調査はもう終わりで良い。これだけの愚行を犯したのだ。世界中に知れ渡れば国はすぐに滅びるだろう。今一番大切なのはミアの身体だ。妖精族、それと人間に関する情報をできるだけ調べてくれ」
「承知致しました。御番様が穏やかに過ごせるよう尽くして参ります」
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