だんだんと花が咲き、春が始まる
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「うへぇ、昨日食べ過ぎた、気持ち悪い」
『良い年して何やっとんねん。胃薬は?』
「あとで買いに行く」
『持ってへんのか。あんまり無理はすんなよ。今日は予定あらへんのやろ?やったら今日はゆっくり過ごしや』
「うん、そーする」
『それじゃ、俺は仕事始めるけど、なんかあったら遠慮せんと連絡しいや』
「おん、お仕事頑張ってな」
通話時間10分23秒。胃もたれが酷すぎてから早朝に目覚めたユキはとりあえず幼馴染に電話をかけた。早朝にも関わらず3コールほどで電話に出た幼馴染は文句一つ言うことなくユキの話を聞いてくれた。若干呆れられているような気もしたが最終的には心配してくれている幼馴染の言葉が身に染みる。
ホテルの朝食も楽しみだったけど、今回は諦めよう。時刻は朝6時、完全に目が覚めてしまったユキは部屋でじっとすることが出来ないので、財布とスマホを持って部屋を出た。
「さて、今日は一日散歩でもするか」
東京にいるのはあと2日。凪との約束と、明日の約束の予定に合わせての旅行なので、幼馴染の言っていた通り今日の予定は特に決まっていなかった。
とりあえずコンビニで胃薬と水を買ったユキはカバンを持って来なかったことを後悔しつつペットボトルを片手にコンビニを出る。
そして左右を見渡してから右に曲がった。なぜならモンシロチョウがそちらへ飛んで行ったので。
ユキは朝の散歩が好きである。この澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、今日がとても良い日になるような気がするから。
すーっと息を吸い込んで、酷い吐き気を感じたユキはその場に蹲まる。胃薬の効果が出るまでやっぱり休もう、そう思ったユキは近場の公園のベンチを見つけて休むことにした。
1時間ほど、休憩を挟んで無事復活を遂げたユキは渋谷にある大きなショッピングモールに来ていた。理由はなんとなく、目印にちょうど良さそうだったから。本日の目的はのんびりと散歩がてら幼馴染と兵庫に住む友達へのお土産を見つけることである。
ひとまず、ショッピングモール地下の総菜屋でポテトサラダを買ったユキは、外の広場に出て陽当たりの良さそうなベンチを探し遅めの朝食を取ることにした。
ぱくり、とポテトサラダを口に入れて、ユキは辺りを見回す。昼に近づいて徐々に人が増えてきた頃である。人の往生を眺めながらユキはふと案内板の前に立っている人物に目を向けて小首を傾げる。
「あの人、さっきからずっと地図と睨めっこしてる…」
迷子なんだろうか。日本を観光しにきた海外の人なのかも。そこまで考えてユキはようやく立ち上がる。
これこそ私の出番なのでは?と思ったからだ。確かにこの数日間は幼馴染の仕事を手伝ったり友達と遊び惚けていたりしたが、双葉ユキは優秀な翻訳家である。彼女にかかれば英語なんて朝飯前だ。よしっ、と意気込んだユキはさっそく件の外国人に話しかけに行こうと立ち上がった。
ポンポンと軽く肩を叩けば、外国人はぴくりと身体を揺らし恐る恐るこちらを振り返った。
フードの隙間から見える艶のある赤毛、そして大きな赤色の瞳とすっきりとした顔立ち。
(わあ、とんでもない美人だこりゃ)
しつこいファンを撒いていたらいつの間には知らない場所にいた。
慣れない東京で迷子になった男、千切豹馬は、充電の切れたスマホを見て舌を打つ。渋谷にはブルーロックのメンバーと前に来たことがあるからと油断していた。そしてブルーロックTVの影響力がここまであるなんて、完全に侮っていた。
目の前に大型ショッピングモールが聳え立つこの広場には人がたくさんいる。誰かに声をかけて助けてもらうことも考えたが騒がれるのはめんどくさい。けれどもこのままでは帰れない。
詰んだ。人目に付かないようフードを深く被った千切は、とりあえず広場にある案内板の前に立ち考える。
* * *
これからどうすべきか。考え始めてどれくらい経っただろうか。千切はぐぅっと鳴る自身の腹を抑えた。
こんな周辺地図を見てるだけでは何も変わらない。そんなことは分かっている。そろそろ足も疲れてきたし、そんなことを思ったとき、不意に肩をたたかれてびっくりした千切は咄嗟にフードを掴んだ。
やばい、バレた。と思い恐る恐る振り返るとそこには「hello?」と手を振る女性がいた。このワンフレーズだけでも分かる流暢な英語。そして次々と女性の口から紡がれる英語に、千切は外国人に話しかけられたと悟った。
何かを聞かれているのは分かるが、焦っている千切は上手くリスニングすることが出来なかった。
どちらにせよ今の自分には道案内などは出来ないので、女性の言葉を遮って「自分も道がわからない」とだけ英語で伝えると、女性があれ?と首を傾げた。
「あれ、日本人?」
「あ、日本人…?」
お互いに首を傾けて数秒、ぱちくりと目を瞬かせた後に女性が「ごめんなさい」と頭を下げた。
「外国の方が道に迷ってるのか思って」
「ああいえ、」
千切はじっとユキの顔を見つめて少し警戒を解く。今のやり取りからして、千切豹馬を知らない人物だと判断したからである。
結局のところ「よければ私のスマホ使います?」と千切の状況を察したユキの提案により全て解決した。
借りたスマホでマネージャーに電話を繋げれば、すぐに迎えに来れるとのこと。その事実にひとまず安堵した千切は、それまでここに待機することになる。
「ありがとう、実はかなり困ってたから助かった」
「いえいえ。私こそもっと早く声かければ良かったね」
「ひとまずはマネージャーが迎えに来てくれるから大丈夫っぽい」
「マネージャー?」
ベンチに座って待っていたユキに、千切は感謝の言葉を述べてからすぐに迎えが来るだろう旨を伝える。するとユキは「マネージャー」という単語を繰り返してハッと瞳を大きくする。
そして、内緒話をするように千切の方へ体を寄せたユキ。周りにバレないような配慮のつもりか、小さな声でこっそりと「もしかして、モデルとかやってたりするの?」と。
ユキがあまりにも真剣な顔でそんなことを言うものだから、なんだかその様子がおかしくて、千切は思わず笑ってしまった。
何がおかしいのかと不思議そうに首を傾げるユキ。千切はそんなユキの頭にポンと手を置いて「ま、そんな感じ」と適当に返事をする。
「やっぱり…どっかで見たことあると思ったんだよね」とひとり納得してしまうユキがまた面白くて、千切は自分の気が緩んでいくのを感じた。
ショッピングモールの広場にある木陰のベンチに、千切とユキは数センチの距離を空けて座っている。さっき内緒話をしたときは近かったのに、すぐに興味を失ったのかスンと真顔に戻り適切な距離を取ったユキの態度が千切は不服だった。
なので、さっきのユキと同じように少しだけ距離を詰めた千切はユキの顔を覗き込むようにして尋ねる。
「そう言えば、お姉さん、名前なんて言うの?」
「…双葉ユキ」
「ユキさん?」
「うん、そうだよ。私の名前を聞いたってことはモデルさんの名前も教えてくれるの?」
「千切豹馬」
「わあ、かっこいい名前だね」
「どーも」
千切はどうも不思議な感覚がした。普段からかっこいい、綺麗だと言われ慣れている千切は、それと同時に好意的な視線を浴びることが多い。別にそれが嫌だというわけではないが距離感を誤られると迷惑なのである。しかしユキはどうだろうか、なんというか、ただ思ったことを口にしただけ。という感じだ。最初にじっと顔を見られたが今はスマホに夢中だし、千切のことをモデルだと知っても「やっぱりね」と納得するだけだった。
もっとこう、なんかあるだろ。というのが千切の正直な感想だった。
千切は人に気を使うのが得意ではない。なので自分を助けた女にどう接すれば良いのかがイマイチ分からなかった。彼女と何か話がしたいが、これと言って話題が思いつかずモヤモヤする。
マネージャーが来るまでとりあえず一緒に待つよ。そう言って千切の隣に座る女は千切の名前を褒めたきり言葉を発さない。
スマホで『東京 お土産』『東京 限定お菓子』と何やら夢中で調べており、いっさい自分の方を向かないのが千切はさらに不服だった。
つまるところ、千切は今日この場所で自分を助けてくれた双葉ユキという女が気になるのである。
「そういやユキさん、さっき英語上手かったけど、そういうの得意なの?」
「まあね、一応翻訳家やってるから」
「へえ、すげえな。なんか勉強のコツとかあんの?」
「勉強?千切くん英語に興味あるの?」
「英語ってか、あー俺、海外でもけっこう仕事すんだけどあんま慣れなくて」
「なるほど。コツかあ、なんだろうな。海外で仕事してるならやっぱり現地の人とたくさん話すのが一番だけど」
「そーいうのじゃないんだけど」
「…?」
「お姉さんが教えてくんねーの?」
「え、私?全然いいけど」
「え、いいの?」
え、いいの?と千切は思った。自分でもめちゃくちゃなことを言ってると思っていたのに、案外あっさりとユキは連絡先を教えてくれたことに驚く。
「英語でチャットするとか、文法の訂正とか、あとまあ電話もできるけど、そんなんで良ければ」
「いやめっちゃ助かる」
助かる…というより、え、この人大丈夫か?と心配が勝った。この人案外抜けてるタイプか?と思った千切だったが、不意にこちらを向いたユキと目が合って固まった。
「ふふ、そう?上手く教えられるか分からんけど、英語学びたいなら私は手伝うよ」
ちょっとだけ訛った口調で、ふふと柔らかく微笑んだユキ。おそらく自分よりも年上の女性、その余裕のある大人びた視線を浴びて、千切はポッと自分の頬が熱くなるのがわかった。
▶▷昨日食べ過ぎた🤢急募、胃薬!
↪︎ kenma. どう考えても昨日の食べ過ぎじゃん、バカなの?
↪︎shinsuke. 無理はすんなよ
↪︎hagiwara. ユキちゃんごめんんん🙇♂️