だんだんと花が咲き、春が始まる
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「こんにちは〜予約した双葉ですけど」
「はい、双葉様ですね。いつも当旅館をご贔屓にしていただいてありがとうございます。本日のお部屋はーー」
どう見てもお高そうな旅館のエントランス、無駄に広い空間に質の良い吉祥模様があしらわれた絨毯、入口には金で造られたよく分からない形の像が左右対称に並んでいる。受付の女性と親しげに会話をするユキを見て、宮治は首を傾げた。
確か今日はみんなでお花見する予定だったはずだ。宮治と同様に今日集まったメンバーも皆「どうしてこんなところに?」という顔をしている。
兵庫にある白咲温泉、客室や露天風呂から見える綺麗な景色、また提供される食事が絶品なことで有名な老舗の高級温泉旅館である。
受付を済ませたユキに続き、頭に疑問符を浮かべたまま客室へ案内された一同は、女将によって開けられた扉の先の光景を見て息を呑んだ。
30畳程の和室中央には一枚板のローテーブルが4つ、その上には豪華な海鮮料理を中心に色とりどりの食事が並べられている。そして少し視線を外して窓の方を見れば、部屋の壁一面の窓から青い海の地平線と、満開の桜の景色が飛び込んできた。
「って、そうはならんやろ!!!」
尾白アラン、渾身のツッコミである。
先月、信介組という旧稲高男バレ(北信介部長時)のグループLINEに双葉ユキが『来月、皆さんでお花見しませんか?』というメッセージを投下したことがことの始まりだ。
高校3年間、男子バレー部のマネージャーを努めていたユキからのお誘いである。男子バレー部員はもれなく歓喜し、次々に肯定の意を示すスタンプを返した。
そこからはユキ主導のもと、諸々の予定が決まり今日に至るわけであるが、まさかこんな高級旅館に連れてこられるなんて誰が思っていただろうか。いや誰も思っていない。
男子バレー部の面々は目の前の光景に圧倒され思い思いの表情をしている。豪華な食事に歓喜する者、桜の景色に感動する者、経費について心配する者、反応はそれぞれであったがユキはケロッとした表情で座椅子に座りこんだ。
「だって雨降ったら面倒じゃないですか、今日はお花見だけじゃなくて"おに宮"祝賀会も兼ねてんねん」
「なんやねん"おにみや"て」
「おにぎり宮の略称」
「おい、人の店勝手に略すなや」
本日のメインの目的は治が『おにぎり宮』という店を開業することのお祝いらしい。ユキの口から語られたその事実にバレー部一同は一斉に治を見た。
来月からお店を開業できる。治がそのことを伝えていたのは侑と北さんとユキだけだ。よって、バレー部の面々は今しがた知った事実に大いに盛り上がりを見せた。
うをおー!!という誰かの雄叫びを起点に一気に先輩に囲まれた治。くしゃくしゃに頭を撫でられながら「すげぇなお前!」と口々に褒められる。
嬉しいけれど、ちょっとこそばゆい、その感覚が落ち着かなくてユキを見れば、ユキは少し離れた場所で、満面の笑みでサムズアップしていた。
「ユキ、さすがやなお前」
「あ、信ちゃん。そんなことないで、たまたま治から話聞いたから何かしたろって思っただけや」
* * *
「治、『おにぎり宮』開業、おめでとう」
「「「おめでとう!!」」」
というわけで、お花見兼おに宮祝賀会が開催された。信介の合図で皆が一斉にグラスを掲げる。そして「かんぱーい!!」という野太い声が客室に響いた。
「そういや今日は侑と角名は来れへんかってんな」
「まあ、今はちょうど忙しい時期やししゃーないやろ」
「せやなあ、角名は静岡だっけ?ちょっと遠いな」
「侑は大阪やったやろ、頑張ったら来れたんちゃうん?侑のことやしユキの誘いやったら無理してでも来そうやのに」
生ビールを飲みながら治は先輩たちの話に耳を傾ける。先輩たちの言う通り、今日は我々信介組にとって欠かせない人物が2人いる。侑と角名だ。
先輩たちの話を聞きながら治は、今日の予定が決まった日の夜のことを思い出す。なにせ侑から鬼電と角名からのメンヘラチャット攻撃が面倒くさかったので。
『アイツ、ユキの奴マジで許さん!俺が行けへん日に設定しよって!』
『しゃーないやろ、他のメンバーとの擦り合わせでお前は足切りされたんや』
『ほんまに納得いかへん!!』
『ならユキに直接言えや』
『言ったわ!そしたらアイツ、なんでお前にみんなが合わせなアカンねんって!』
『正論で草』
今日の予定は普通に多数決で決まった。侑や角名がちょうど来れない日が、他のメンバーが来られる日だったというだけのこと。
『ねぇユキってもしかして俺のこと忘れてる?俺ちゃんとお花見開催日アンケート答えたんだけど』
『たまたま予定が合わへんかっただけやろ』
『マジでありえない。ユキは俺がいなくても寂しくないわけ?』
『そんなん知らんわ、てかそれは俺じゃなくてユキに直接言えや』
『ユキには言った。けど、なんでみんながお前合わせなアカンの?って言われてメンタル死んだ』
『お前のメンタルしょぼすぎやろ。ユキは普通のこと言っとるだけや』
なんやねんコイツら揃いも揃って俺に愚痴りやがって。面倒なことを思い出してしまったと、治がため息をつけば、隣に座っていた銀がなんとも言えない表情を浮かべて治の肩を叩いた。
「治、もしやお前もか」
「お前もやったか…」
俺ら苦労人やな…銀とお互いに慰めあいながら治は酒を口にする。ユキは男子バレー部、俺らの代で唯一の女子マネだ。癖の強い俺たち双子を始め、校内の女子たちからの嫉妬、人数の多い部活のため1人でやるには大変な仕事量、それら有象無象の壁を乗り越えて全力で男子バレー部を支えてくれたマネージャーである。可愛くないわけがない。
ユキに振り回されるのは今に始まったことではないのだが、高校卒業して何年も経った今でもこの調子とは、俺ら相当重症やな…。ぽつりと言葉を零す治に、銀島も俺も共感だと言うように笑い返す。
「まあ次集まるときは全員の予定が合えば良いな」
「せやなあ」
とりあえず、来られなかった2人に写真だけでも送ったろ、とカニを頬張るユキの写真を撮った治。
ん?とユキの方をよく見ると自分の皿に大量のカニを取り置いて一人で食いつくそうとしているではないか。
あまりにも必死にカニを抱えて、リスみたいにもぐもぐと頬を膨らませているユキ。治と銀島の視線に気がついたのか、その顔のまま2人の方を向いたユキは少しの迷いをみせてからおずおずとカニを乗せた皿を2人の前に差し出した。
「…ぎ、銀と治も食べる?めっちゃ上手いで」
「おー俺も食わせてもらうわ。なにもそんな名残惜しそうな顔せんでも、ユキほんまにカニ好きやな」
「ほんまにな。ユキも、治に負けず劣らず美味そうに飯食うよなあ、俺ももらうわ」
* * *
いい感じにお酒が入り宴会モードとなる客室。騒ぎすぎて大丈夫だろうかと心配する北や尾白にアイコンタクトを取ったユキはグッと親指を上げて大丈夫をアピールした。
もとより騒ぎ倒すのは分かりきっていたのでこの日だけは両隣の部屋も貸し切らせてもらっていた。時刻は深夜1時、酔いつぶれて眠っている人も多数。もちろんそれも考慮のうえでユキはこの客室を宿泊で借りていた。大正解である。
騒ぎとは少し離れた場所、窓際の広縁に座ってお茶を飲むユキの姿を見つけた治は立ち上がった。ユキのもとへ行こうとすれば、何やらパソコンを立ち上げて作業をしているようで、治はマジかと二の足を踏む。
え、こんな時まで仕事??と若干引きながらユキのもとへ歩み寄ればユキはパタンとパソコンを閉じてこちらを向いた。
どうしたの?そんな表情で首を傾けるユキの横に腰掛ければユキはすぐにパソコンを片してツマミを取ってきた。
そんなユキを見て治はユキの仕事を思い出す。確か翻訳家だったかと。翻訳家という職業の人たちが具体的にどんな風に働いているのか、治には分からないがきっとユキは忙しい中この祝賀会を企画してくれていたのだろうと思うと、なんだかこそばゆい気持ちになる。
「ユキ、今日はほんまにありがとうな」
治はただ、ユキにそう伝えたかった。しかし普通に雑談でもするつもりだったユキは、まさかの治の言葉に目を丸くする。そして、ぱちりとひとつ瞬きをして治を見たユキは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「うん、私もありがとう」
ユキは治からお店を開くという連絡をもらったときとても嬉しかったのだ。その嬉しさを表現した結果がこの祝賀会である。だからお礼だなんてとんでもない。
ユキは、治に対してありがとうという最上級の幸せを伝えて、夜桜を見上げながら言葉を続ける。
「私な、治が店始めんのめっちゃ楽しみにしててん」
「…そんなんずっと前から知っとるわ」
「治の店が開店する日、私がいちばんに治の店行ったるから、そん時はこの世でいちばん上手い飯食わせてな」
「おう、楽しみにしとき」
▶▷❀.*゚春といったらお花見 ᥫᩣ*❀٭
↪︎ tsumu. おい!次はないからな!俺が暇なときに招集しろや💢
↪︎ sunarin. 今回ばかりは侑と同意。ユキ俺のこと忘れてないよね??え?
↪︎ kenma. なにここ治安悪