7. 澄んだ空色の花瓶
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「りんたろうくん」
やばい、あまりの破壊力に 「ん゛」という変な声が出た。まあ俺が名前で呼んで欲しいって言ったんだけどね。流石に双子だけ名前呼びはずるいでしょ。
「どうしたの?ユキ」
「あのね、ここの部分のルールがいまいち分からなくって」
ほんとに、俺らのためにこんなに一生懸命バレーの勉強してるユキがどうしようもなくかわいい。だけどさ、今数学の授業中なんだよ。
別に俺はたいして授業聞いてないからいいんだけど。
ここ最近でユキについてわかったことがある。まず、最初は真面目に授業受けるタイプの子だと思ってたけど実はそうでもないらしい。マネを始めてからは基本バレーの本ばっか読んでるし、今みたいに授業中とかお構い無しに俺に質問してくる。でも授業中に指されたら普通に答えられるし、俺がわかんないとこ聞くとめっちゃ分かりやすく教えてくれる。だから頭はかなり良いんだと思う。
前にユキのノートを見せてもらったことがあるけど全部英語で書かれてて何も分からなかった。文字を書く時は英語の方が速いらしい。けど現代文と古典には少し苦戦してる様子。まあ俺よりは全然出来てるんだけどね。
それと、毎日ユキと一緒にお昼を食べててひとつ気になることがある。初日にサンドイッチを食べてたのを見かけて以来、治が持ってくるおにぎり以外を食べてる姿を見たことがない。ほら今だって、おにぎりをひとつ食べきったと思ったら治が並べたおにぎりを眺めて、次はどれにしようかなんて迷ってる。
「ユキ、たまにはおにぎりじゃなくて、ユキが食べたいもの持ってきたり買ってきたりしても良いんだよ?」
「うん…でも私治くんのおにぎり好きだし、他に食べたいものもないから大丈夫だよ」
「ユキって普段家で何食べてるの?」
「んー?サンドイッチとか?」
「え、それだけ?」
「うん…私の好きな食べ物だよ」
まさかとは思ったが、かなりの偏食家だった。え、好きな食べ物しか食べたことないけど、何かおかしい?と不思議そうな顔して俺見るユキ。は?かわいすぎんだけど、そうじゃなくて、まだ好きな食べ物が主食で良かったよ。明日からは俺がユキ用のサラダでも用意しとこう。
* * *
「ねえ神代さん、あなたあんまり調子に乗らない方がいいんじゃない?」
「自分の噂知ってる?バレー部の人たちが優しいだけであなたの存在がバレー部に迷惑かけてるから、嫌われる前にさっさとマネージャー辞めた方がいいよ」
体育の授業が終わって、ユキが着替え終わるのを治と廊下で待ってたら女子更衣室から話し声が聞こえた。ユキに向かって嫌味を言う知らない女子の声に、治が今すぐ殴り込みに行きそうなのを何とか抑える。俺も殴り込みに行きたいのは同じだけど、そもそも女子更衣室に入る訳にはいかないし今ここで俺らが出ても多分適当に誤魔化されて終わりだ。
俺がユキと初めて話したときの印象は、容姿が整っててかつ姿勢が良く真面目な子、少し経ってからビビりなとこがあって恥ずかしがり屋な女の子という印象も追加された。仕草も口調も女の子らしくて可愛らしい。あまり自分の主張はせず、どちらかと言えば受け身な性格。 だから、ユキが影で悪口を言われてるのを知って心配だった。それは、バレー部のみんなも同じように思ってたと思う。
男好き、性格が悪い、軽い女、前の学校で問題を起こして転校することになった、色んな男を誑かして調子に乗ってる、バレー部に無理やり入れてもらって迷惑をかけてるetc..
根も葉もない噂が少しずつ拡がってる。侑が初日にも悪い噂を聞いたと言っていた。恐らく、俺らバレー部と仲が良いことと、唯一バレー部のマネージャーになれたということから、ユキを妬んでるやつが噂が広めたんだろうなと予想がつく。
俺が噂について知ったのは、たまたま委員会の連絡で喋った女子にこっそり言われたからだ。その時は適当に無視したけど、もしユキが知ったら落ち込むだろうか。もし落ち込んでも俺らが全力で慰めるけど、ユキが悲しむのは見たくない。
だから、今女子更衣室から聞こえてきた内容に動揺した。治を抑えてとりあえずスマホの録音ボタンを押す。話の内容に耳を傾けると、聞こえるのは耳障りな悪口だけ、ユキの声は聞こえない。
今、どう思ってるんだろう。話が聞こえなくなって、更衣室の扉が開いて女子たちが出てくる。最後に体操着の入った袋を両手で抱えたユキが出てきた。
「ごめん、2人ともちょっと遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ、次の授業に遅れそうなわけじゃないし」
「せやな、はよ教室もどろか」
思いのほかユキの様子はいつも通りだった。ちょっとイラついてた治がユキの手を取って歩き出す。
「ユキちゃん、あんな噂は気にせんで」
治が急に歩きを止めたと思ったらユキの方を見て優しく声をかけた。俺もなにか声をかけるべきか迷ったけど、治に続いてさっき言われてたことを訂正した。
「俺らはユキのこと大好きだからね」
「むしろバレー部はユキちゃんが居らんともうダメになってまうわ」
するとユキが顔を上げた。ガラス玉みたいな瞳が俺と治の方を交互に見たと思ったら、少し不思議そうに首を傾げてからこう言った。
「2人ともありがとう。でも、さっきの話のことなら大丈夫だよ。私もバレー部のみんなのこと信じてるから」
私が落ち込んでると思ったの?2人の方こそ、気にしてくれてありがとう、と控えめに笑って俺らを見つめるユキ。
どうやら心配は俺らの杞憂だったようだ。ユキは俺が思ってたよりもずっと強くて優しくて賢いやつだった。今、ユキから出た言葉がすげえ嬉しくて、自然と伸びた手でユキの頭を撫でた。
ふふ、と嬉しそうに目を細めるユキが堪らなくかわいい。ああ、ユキのことまた好きになった。もっとユキのこと知りたい。
治もユキの発言に一瞬驚いてから、好きや!!と叫んでユキを抱きしめていた。
* * *
ある日、俺と治が居ない隙を狙ってユキの周りを知らない男子生徒たちが囲っていた。俺が帰ってきたときにはもうなにやら話をしていたようで、ユキ困ったように眉を下げて男子生徒を見上げていた。
「頼んだらヤらせてくれるって聞いたけど」
「ちょっと俺らに付き合ってくれや」
ニヤニヤしながら胸糞悪い話をするクソ男子生徒たち。早くユキから引き剥がさないといけいなと思って足早にユキの元へ向かおうとしたとき、聞こえてきたユキの凛とした声に思わず足が止まった。
「あなたたちだれ?私あなたたちのこと知らないし、根も葉もない噂を鵜呑みにするような人たちとは話したくないから」
いつもよりも少し冷たい声色でそう言い放ったユキは、にこっと男共に笑いかけてから俺の元へ歩いてきて、俺の手を掴んだ。だから俺もその手を引いてユキの体を男共に見えないように隠した。すると、驚いたように顔を上げたユキが嬉しそうに「りんたろうくん、早くお昼にしよ?」と言って歩き出した。ユキの言動が予想外だったんだろう。男共はその場に固まって立ち止まっていた。
気分の良くなった俺はそれはもう口角が上がっていたことだろう。そうだね、と言ってユキの頭を撫でるとユキも嬉しそうにこちらへ身を寄せてくれる。先程の男子生徒など眼中にもない。ユキが、無意識に俺以外は要らないという周りを牽制する態度を示したことに対する驚きと、とてつもない満足感。ほんとに最高だよユキ、それはかわいすぎる。
後日、俺があの件を北さんに報告したことと、3年にまで噂が広まったおかげで、あの男子生徒たちは北さんの正論パンチをくらったらしい。オマケに担任や生徒指導にこってり叱られている場面を廊下で目撃した。
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