15.朝焼けの下に集う
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まだまだはっきりしないボヤけた頭のまま寮を出て、学校へ向かう途中で大きく欠伸をした。
朝5:00稲荷崎高校校門前。
駐車場に止まったバスを見上げて息をついた。
(なんで合宿ってこんな朝早えんだよ。気温高くなってきたってニュース言ってたのに、まだ寒いし。早くユキに会いてえ。うわ、北さんもう来てるし…)
校門をくぐったらさっそく北さんと目が合った。相変わらず、朝からシャキッと姿勢良く佇む北さんの姿にユキの姿を重ねてしまった自分が憎い。やっぱりちょっとこの2人は似てる気がする。ああ早くユキに会いたい。
「角名、おはようさん」
「はよーございます」
北さんに適当に挨拶を返してバス周辺を見渡す。
(…ユキはまだ来てないか)
ふう、と息をついて校門前の壁に寄りかかった俺は、スマホ画面を眺めて何も考えずに写真フォルダをタップする。あ、これこの前ファミレス行ったときの、一生懸命シュークリームを食べているユキだ。
部活の予定表、誰かに送ってもらった授業プリントなどなど、雑多の中に紛れ込んだユキの写真を見つけて俺は画面をスクロールする手を止めた。 俺としたことが、なんでこのユキの写真をお気に入り登録し忘れてたんだ。さっそくお気に入り登録のハートマークをタップしてユキ専用の写真フォルダに移動させていると、スマホの影から俺の顔を覗き込む人影が見えた。
自分よりも小さな影が視界の中をうろちょろするのでスマホから視線を上げれば、ユキが可愛らしく手を振っていた。サラサラした金髪を垂らしたこちらを見上げている。早朝からビジュアルもバッチリとか最強かよ。
「おはようりんたろうくん」
「おはようユキ」
何してたの?と背伸びして俺のスマホに目を見ようとするユキからさり気なくスマホを隠すとユキは不思議そうに首を傾げた。ユキ専用のフォルダ、まあ見せても良いけど、もし引かれたらと考えるとちょっと…いやだいぶダメージ受けるだろうな。
だから画面を隠して誤魔化すように俺の胸あたりをちょこちょこ動く小さな頭を撫でた。少し不服そうにしながらもユキは俺のスマホの中身をすんなり諦めてくれたみたいだ。
「おいそこ、朝から近いぞ俺も混ぜろや」
「あ、おはようひとしくん」
「ユキちゃん!おはよう!」
「ユキちゃん今日もかわええな!おはよう!」
「おー2年朝から元気やなあ」
ユキと2人で話していられたのは一瞬で、俺に続いてやって来た銀に茶々を入れられた。最初こそユキと1秒以上目を合わせることすら出来なかったのに、銀の奴も耐性ができたのか今では積極的にユキに話しかけるようになっていて普通にやっかいだ。
出発まじかになると部員が次々と門を通ってくる。そうなるとユキの周りには、がやがやと人が集まってきて、ユキは嬉しそうに笑顔を振りまく。ユキがこうして楽しそうにしてるのは俺も嬉しいけど、やっぱり他の部員ににこにこと笑いかけるユキは少し気に入らない。
まあユキが本心を見せられるのが俺たちだけなのは分かってるし、今はそれで良いけど…。
(顧問やコーチも揃ったから、そろそろ出発かな…)
「せや!北さん、ユキちゃんは誰の隣になるん?」
「そら俺やろ!ユキちゃんの朝飯俺が持ってんねんで」
「はあ?そんなん今渡せばええやんか」
「ユキちゃんまだ腹減ってへんかもしれへんやん」
「そんなん聞いてみな分からんし、もし今じゃないなら俺が渡したるわ」
順番にバスへ乗り込んで行く中、ユキの目の前で言い合いを始めた双子。誰がユキの隣に座るか、それは俺にとっても極めて重要な問題であるが特に心配はなかった。双子が喧嘩を始めて後ろがつっかえているのを見て俺はしめしめと口角を上げた。だって、向こうに監督と話している北さんがいるから。双子のせいで後ろの人達がバスに乗れません。そういえば案の定、いつものような、何を考えてるか分からない表情で双子の目の前に立った北さん。その眼力だけで双子がビクリと反応して静かになるものだから恐ろしい。
「お前ら朝から喧しいわ。後ろに並んどるのが分からんのか。とにかく、ユキが双子の隣になるのはなしな」
ガーンという効果音がつきそうなほど落ち込んだ双子を北さんが無理やりバスの中に押し込む。それを横目に俺は内心でほくそ笑んだ。
「せやな、ユキも2年と一緒の方が安心できるやろし、角名か銀のどっちかやな」
「じゃあ俺で、銀はユキが隣に居ると緊張し過ぎて落ち着かないそうなので」
「そか、じゃあそれでええか?ユキ」
北さんのその言葉にこくこくと頷くユキ。隣で銀が "お前何言ってくれとんねん" という顔をしてるけど、銀だって北さんが決めたことに口出しは出来ないでしょ。今回は完全に俺の勝ち。悔しそうな銀を無視して一足先に俺はバスに乗り込んだ。
治におにぎりを渡されたユキは、嬉しそうな顔をして俺の隣に座る。かわいいし、なんかめっちゃいい匂いする。そういえばバスの席ってこんなに広かったか、前までデカい男とばっか隣に座ってたから変な感じだ。
* * *
……っかわいい。リュックを両手に抱え、俺に寄りかかってすやすやと眠るユキ。俺の上着をかけてやると、ユキの手が上着を掴んで、ギュッと自分の体に引き寄せた。なんだよその動作、究極にかわいい。思わず手癖のように写真を撮ってしまった俺は悪くない。これもフォルダ入り決定だな。
こうしてユキを眺めていればバスが一度パーキングで止まった。1番前に座ってる北さんが立った途端、隣からガサゴソと音が聞こえてきたので横を見れば双子が慌ててお菓子をバッグに詰めている。
「ふっはは、双子なにやってんのアホすぎ」
「おい角名黙れ!北さんにバレるやろ」
いやもう手遅れだけど。なんで双子はいつもそう大量に広げるのか。結局、仕舞いきれずに散らばったお菓子を北さんに見られた双子はバスの通路に正座した。
続いて俺たちの席までやってきた北さん。無意識に背筋を伸ばして北さんが通り過ぎるのを待っていれば、なぜか俺らの席の前でピタリと止まった。
別に俺は何も注意されることしてないけど、もしかして写真撮ってたのがバレたとか?いやいやまさか写真撮ったのはバスが走ってるときだし...と顔を上げると、真顔から幸せそうな笑顔に変化する北さんの顔を目撃した。もちろん北さんの目線の先にはユキがいる。
(え、何今の、怖すぎんだけど。ユキの寝顔最強かよ。最強だったわ。とりあえずもっとたくさん写真撮っとかないと)
「おい角名!その写真俺にもくれや」
「嫌だ」
「はあ!?なんやその態度は、席譲ってやったのにそらないやろ!」
ギャーギャーと騒ぎ始めた双子を無視しつつユキの寝顔フォルダを作る。そのうちにバスが動き始めたので、双子を一瞥してから俺は前に座る北さんに声をかけた。
「北さん、双子がうるさいです」
「角名!!なに言うてんの!?」
「双子、ユキの安眠を邪魔するのやめや」
* * *
「ユキ、ユキもう到着するよ」
「ん?…あ、おはようりんたろうくん」
「うん、おはようユキ。外寒いからその上着 着てていいよ」
「いいの?」
「いいよ」
「じゃあ借りるね、ありがとう」
そう言って、何を疑うこともなく素直に俺の上着に腕を通すユキに優越感を覚えた。まだちょっと寝ぼけてるのかな。
なんて思ってたら何察したのか前に座ってた双子がぐるんっとこちらを向いた。
「ぐっ角名の上着なのは気に入らんけど」
「ぶかぶかの服来とるユキちゃん、ええなあ」
文句の1つでも言われるかと思ったけど、案外落ち着いた態度の双子に拍子抜けした。
「ユキちゃん、夜はみんなでトランプやで」
「トランプ?わたしやったことないなあ」
「え?ないんか?そんなら楽しみにしててな」
「今日、お風呂上がったら俺らの部屋来てな」
「うん、わかった」
宿舎に向かう途中、侑が練習後に宿舎で何をして遊ぶか、楽しそうに計画を練っていたがユキを含めてトランプ大会をすることが決まったらしい。その提案には治も銀もノリノリで、かくいう俺も少し楽しみだったりする。いい仕事するじゃん侑。北さんにバレたら終わりだけど、このイベントは逃せない。
「じゃあみんな練習頑張ろうね」
その一言で最大限に気合いを上げた俺たちは、本日の練習を開始した。
* * *
「はい、お疲れ様りんたろうくん」
「ありがとうユキ」
ああ、練習終わりのユキの笑顔マジで癒される。なんだろう、ユキセラピー的な?疲れた時に赤ちゃんの動画見ると疲れが吹き飛ぶみたいな。異様に抱きしめたくなるんだよね。汗臭いと思われたくないからやらないけど。
「ユキちゃーん、俺らにも笑顔ちょうだい」という声を聞いて、そっちの方向に走っていくユキ。俺の癒し。もはや、この部活に求められてるのはドリンクやタオルの前にユキの笑顔なのかもしれない。
ちょうど良い味で作られたドリンクを飲みながら、手元に違和感があることに気がついた。試しに手のひらをグーパーと数回繰り返すとわずかに痛む薬指。マジか、テーピングどこにあったっけと体育館を見渡すと、一通り選手の元を巡り終えたユキが小走りで戻ってきた。
「あれ、どうしたの?」
「りんたろうくん指痛むんでしょ?」
「...うんまあちょっとね」
「ちょっと見せて」
そう言って少し強引に俺の腕を引っ張ったユキは手際よくテーピングを巻いていく。俺だって今さっき気づいたのに、よく分かったな。どうして気づいたのかと聞くと、ドリンクを受け取るときにちょっと変な感じがしたと。真剣な顔で作業するユキに適当に返された。
「はいできた。どう?動かしてみて」
パッと手を離したユキの言う通りもう一度指を動かすと、軽く突き指した部分はしっかりと固定されていて痛みもほとんどなかった。
「ありがと、ユキ」
「うんっ」
ぽんとユキの頭に手を乗せたのはほとんど無意識だった。ユキは確かにマネージャーとして優秀だし、選手の不調とかにもよく気が付く。だからこれは、ユキからしたら普通のことなのかもしれないけど、こんな小さな俺の怪我にユキがいち早く気がついてくれたことが、素直に嬉しかった。
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