11.暗い雲に覆われる
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これは…奇跡や!
定期テストが終了し、休日も明けた月曜日。ついに最後の科目のテスト用紙が自分の手元に戻ってきた。まだどのテストの点数も確認していない。
返ってきた全てのテストを机に並べて、俺はゴクリと息を呑んだ。点数の書かれた部分を二重に折り返してあるのでまだ結果は分からない。片目を閉じて、意味もなく視界をボヤ化しながら一番自信のあった数学から点数を確認する…そして、そこにある数字を見て俺は思わず椅子から飛び上がった。
な、なんやねんこれ!?こんな点数見たことない!!英語と数字と化学と生物が全部平均点超えとるやないか!これはサムに自慢せなあかんな!も、もしかして2年の中では1番点数ええんとちゃうか、まあ世界史と現代文と古典はギリギリ赤点回避レベルやけど、それでも歴代最高得点には間違いない。
さすがユキちゃんやで。後でちゃんとお礼せなあかんな。俺のテストの点が平均より上やったって知ったらユキちゃんは褒めてくれるやろか。ふとそんなことを思い立った俺はテストを抱えて隣のユキちゃんのいる教室へ乗り込んだ。
「ユキちゃん!俺赤点回避したで!ありがとう!!ユキちゃんのおかげや!」
「ほ、ほんとに?良かったあ。確かに私も勉強教えたけど、いい結果が出たのはあつむくんが頑張ったからだね」
「ユキちゃん、口が上手やなあ。でもそれだけやないで、俺の点数見てや!」
「わあ、いくつか平均点よりも高いね」
「せやろ!もっと褒めてや!」
「ふふ、頑張ったねあつむくん」
俺がユキちゃんの目の前に座って頭を差し出すと、ユキちゃんは俺の望み通りに頭を撫でてくれる。ユキちゃんほんまかわええわ。もう一度ありがとう、と言って今度はユキちゃんの手を引っ張ると、バランスを崩したユキちゃんが俺の方に倒れ込んでくるので、そのままぎゅうっと抱きしめる。ユキちゃん、やわこいなあ。
「おいツム、ユキちゃんに甘えるのやめえや。さすがにキモイで、それと…早くユキちゃんから離れんかい!!潰れてまうやろ!」
「はあ!?なんやねん痛っ!おいサムお前のせいでユキちゃん角名にとられた」
「ユキこっちおいで、潰れてなくて良かった」
サムの勢いにビビったユキちゃんが、俺の腕の中からするりと抜け出した。そして、角名に呼ばれておずおずと俺から離れていく。ユキちゃんが角名の隣へと移動してすぐ、ぎゅっとユキちゃんを抱き寄せた角名。
ブチッと頭の中で何かが切れる音と共に角名に嚙みつこうと歩み寄ると、そこには悪い顔をした角名ではなく、可愛らしいユキちゃんの顔があった。その距離約数センチ、突然間に入ってきたユキちゃんを見て、俺は慌てて急停止した。
「あ、あつむくん…」
「角名…ユキちゃん盾にするんは反則やろ」
文字通り、ユキちゃんを間に挟んだことにより怒りはどこかへ吹き飛んだ。サムのせいで床に散らばったテスト用紙を拾うために屈むと、数学の答案用紙に65点の数字。
そうや、俺今日赤点回避したんやった。
角名のイタズラがなんや、サムの攻撃なんて痛くも痒くもない。さっきユキちゃんに褒められたことを思い出して気分が良くなった俺はさっさと答案用紙を片付けて部活に行く準備を始める。
ま、今日の俺は気分がええからお前らのこと許したるわ。
「その様子だと今回はツムも大丈夫やったんか」
「なんやサムも赤点回避したんか」
「当たり前やろ」
「俺は4教科も平均点より高かったで」
「俺やって古典以外平均点より高かったで」
「なっ!?す、角名お前は」
「俺は全部平均点より上。あと、数字は80点ね」
「ぎ、銀は」
「ああ俺も一応全部平均点よりはいったかな」
* * *
「おい、もしかして侑赤点やったんか」
「いや、赤点は全員回避しましたよ」
「ほんなら何であんな落ち込んどんねん」
「ああ、自信満々で点数自慢してたけど、結局侑が1番平均点低かったんで、多分それだと思います」
その通りや。部室で俺に聞こえるように北さんに丁寧に状況説明をする角名。やっぱりアイツも大概性格悪いやろ。
…なんで俺が1番平均点低いねん。サムと角名にはめっちゃバカにされるし。せっかくユキちゃんに褒めてもらったんに、俺が1番出来悪いやんか。
部室の端っこで体育座りで不貞腐れる俺を見て、北さんが大きくため息をつく。その音にビクリと肩を震わせて大袈裟に反応する俺。その後ろで北さんのユキちゃんを呼ぶ声が聞こえた。なんでこのタイミングでユキちゃんが出てくんねん。もしかしてユキちゃんまで俺のこと呆れて…
「あつむくん、前回の平均点は32点だったんでしょ?今回は54点、みんなの中で1番点数が伸びてるのはあつむくんだよ」
俺の横で、俺と同じように体育座りをしてユキちゃんがそう言った。そして何かグラフが書かれた紙を差し出して「侑」の文字が書かれた場所を指さす。
わかりやすく"前回のテストから一番点数が伸びた人"と見出しが書かれたその棒グラフの中で、明らかに一番高い山をつくっている宮侑のグラフ。つまりこれは…俺が一番頑張ったことを表すグラフっちゅうことやんな…?
「ユキちゃん…好きやあああ!!」
「わぁっ!?」
ユキちゃんは俺が一番頑張ったことを伝えるためにわざわざこのグラフを作ってくれたんやな。だってこれ見てや!あんだけ人のことバカにしてたくせに、ぷぷ、一番グラフが低いの角名やん!!
「あ、侑の機嫌直った」
「すまんなユキ、助かったわ」
「私は事実を言っただけですよ」
「ちょっと待ってください北さん。なんか侑の顔がウザすぎて俺の方がキレそうです。それにユキ、なにそのグラフ?わざわざ作ったの、なんで?全然納得できないんだけど」
「だって、北さんにあつむの機嫌直して欲しいって頼まれたから…」
* * *
ナイッサー、ナイスレシーブ、ナイスキル
体育館内に飛び交う声援を聞きながらコート内を見渡す。テスト明けやけど今日もみんな調子ええなあ。
特に、ユキちゃんが来てからはほんまにいきいきしとるわ。マネージャーの仕事も完璧やし。勉強も完璧やし。気配りも完璧。そんでむっちゃかわええ。
今は3対3の練習中、2連続で試合した俺は1試合分の休憩を挟む。ユキちゃんが作ったドリンクを飲んで、ユキちゃんの姿を探すと、少し遠くの方で彼女を見つけた。
あれ、何やっとるんやろか。体育館のドアの前で話をしとる。多分バレー部のやつとちゃうよな。いったい誰と話しとんねん。
少し頭を動かして覗いてみると、ドアの外に俺らの名前が書かれたうちわを持った女子が2人いるのが見えた。よく見るとユキちゃんは胸の前でバッテンマークを作って首を横に振っている。体育館一階での見学やドアの前で見学はダメやってなっとるはずやしな。たぶん、注意をしているのだろう。
しかしながら、ユキちゃんが注意しとんのに、一向にドアの前から動こうとしない2人組。ユキの話をまるで聞こうとしない女子共に、徐々にイライラが募ってた俺は、助け舟を出してやろうとドリンクをベンチに置いた。
その一瞬、俺がユキちゃんから目を離したときに事件は起こった。
「やべっ!」
「危ない!」
そんな声を聞いて振り向いたときにはもう遅かった。ユキちゃんに向かって勢い良く飛んでいくボール。俺が1歩踏み出した瞬間に、鈍い音がしてユキちゃんが勢いよく倒れていく光景を目の当たりにして、全身の血の気が引く感覚を覚えた。届くはずがないのに伸ばした手の向こう側で、体育館の外に飛び出してしまったユキちゃん。最も近くにいた角名がいち早く気が付いてユキちゃんのものへ駆け寄った。
角名に続いて北さんがユキちゃんのもとへ行く。北さんが保健の先生を呼ぶように指示して角名がすぐに走って体育館を出ていった光景を、俺はコートの端っこでただ眺めていた。
北さんが体育館の外に出て、先程までユキちゃんが注意していた女子生徒に話しかける。北さんが来た途端、ペコペコと頭を下げて苦笑いをしながら去ろうとする女子生徒の態度を見て、腹の底から怒りが湧いた。
ガシャン!と大きな音を立てて近くにあったベンチを蹴り上げると、みんなが一斉に俺の方を向く。しかしそんな目線など気にならないほど、今の俺は頭に血が上っていた。
ユキちゃんが怪我したんはあいつらの所為や。ユキちゃんがずっと注意してたのを無視してたのはアイツらなのに。そもそもアイツらがあんなとこにいなかったらユキちゃんにボールが飛んでいくこともなかったやろ。
グッと自分の拳に力が入るのがわかった。
「おいツム、コーチが呼んでんで」
酷く冷静な声で俺を呼ぶサムのおかげで、スッと頭の中が冷えた。気持ちを落ち着けるように深く息を吐いて、体育館前で北さんに謝る女子生徒から目を逸らす。すでに体育館中央にはみんなが集合していて、コーチが何やら話をしていた。
「これは、誰のせいでもない、誰も自分を責めるんはなしや。神代のことはいったん顧問に任せて、とにかく練習再開すんで」
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