10.取るに足らない嘘
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北さんの家に行く前、ユキの家の最寄り駅を聞いて一緒に行こうと誘った。他のやつよりも早くユキに会いたいし、ユキの私服を誰よりも先に見たかったから。
ちょっと早く着きすぎたかな、と駅前の屋外時計をチラと見遣ると、少し遠くに人影。こちらに手を振って小走り向かってくるあの可愛い生命体は間違いなくユキだ。
あ、今日はポニーテールだかわいい。いつも部活では下の方で結んでるからなんか新鮮。服は白いカーディガンに水色のフレアスカート。制服と違って肩周りが開いててユキの綺麗な鎖骨が見えている。そして白いふくらはぎと足首もスカートの下から見える。その光景が男子高校生の様々な欲を擽ることを、彼女は多分気がついてないのだろう。
「りんたろうくん、お待たせ」
「ユキかわいい」
「ん?ごめんなんて言った?」
「いや、なんでもない。その服似合ってるね」
「ふふ、ありがとう、りんたろうくんもその服、とっても似合ってるね。かっこいい」
「そ、ありがと」
うん、もうユキのすべての発言が俺の心臓を潰しにかかってきてる。緩みそうになる顔をなんとか抑えて、じゃあ行こうかとユキの手を取って歩き出す。なんの戸惑いもなく手を握り返してくる彼女を見て、少し気分が良くなった。
こうして彼女の横で歩いていて改めて気づく。足も歩幅も小さ、首も細すぎ。そんなことを考えながら自分がユキのことをじっと見つめていることに気づいたのは、パチリと彼女と目が合ったから。
「り、りんたろうくん、そんなに見られると少し恥ずかしい」
耳を真っ赤にして俯いてしまったユキ。え、すっごいかわいい。ギュッとユキと繋いでいる手に力が入った。
やばい早く北さんの家に行かないと。勉強会の前に俺のHPが終わりそう。さすがにユキがかわいすぎる。
* * *
「ユキちゃん!!今日もかわええな!」
「ポニーテールて、ユキちゃんやっぱ分かっとんな!」
「てかなんでお前とユキちゃんが一緒に来んねん!」
「せやで!抜けがけは許さへんぞ角名」
北さんの家についてさっそくうるさい双子に絡まれる。まあそうなるとは思ってた。それよりも、ここまで頑張った俺を褒めて欲しいんだけど。ね、ユキ。
ユキの方を向いて心の中でそう問いかける。俺の声は届いていないはずだけど、視線を感じて上を向いたユキが俺の方を向いてにっこりと笑い返してくれるから、また少し気分が良くなった。
「お前らうるさいで、さっさと中入り」
「おい角名、お前のせいで怒られたやんけ」
「いや、俺はなんにも話してないけど」
* * *
双子と北さんとアランさん。そして大見さん、赤木さん、銀、俺、ユキと別れて2つの長机を使って勉強することになった。
ちょっとでも双子の気が勉強から逸れると北さんの無言の圧力がかかる。くじ引きで北さんの向かいに座ることになった双子、まじ可哀想。
しかしユキの集中力どうなってんの。北さんの圧にも動じないし、いつユキの方見ても綺麗な姿勢で教科書をずっと読んでる。
今は質問しない方がいいかな。
「角名、集中力切れてんで、どっかわからんのか」
「あ、まあこの英訳がちょっと」
ユキに気を取られてたら大見さんにバレて声をかけられた。素直に分からない問題を見せると英語は俺も苦手やなあと苦笑する大見さん。その声に気づいてユキがこちらを向いた。
「あ、私が教えようか?」
「うん、お願い」
「へーユキちゃん英語得意なんか」
3年生の2人がユキのわかりやすい説明を聞いてユキのことを褒める。そんなこと無いですよ、と謙虚に首を振るユキに、突然隣の席からでかい声が飛んできた。
侑はどうしても勉強がしたくないらしい。3年生の意識が勉強から逸れたこの瞬間、チャンスとばかりに「ユキちゃん、前アメリカおったらしいんです!」と侑が自慢げに話し出す。しかし以外にも「確かにそうやったな」と北さんとアランさんがその話に加わった。
日本とアメリカの学校ってどう違うんや?そんなアランさんの疑問を皮切りに少しの雑談が始まる。話の流れの中で、ついに3年生にまで英語を教えることになったユキは3年生の問題集を見て的確に解説しているようだった。
「そろそろ昼飯にしよか」
「おっしゃあ!やっと昼や!」
「そういえば昼飯どうすんだ?」
「みんなでカレー作りや」
ちょっとドヤ顔でカレー作り宣言をした北さん。マジかよ。聞いてないんだけど。なにこれ今日って勉強合宿だったっけ?
「ど、どうしよう私作り方わからないよ」
服の袖を引っ張られたと思って少し屈んだら、背伸びしたユキがこそっと俺に耳打ちしてきた。え、何それかわいい。そのまま抱きしめていいかな。
「大丈夫だよ、こんだけ人数居るし。カレー作りくらいだったら俺でも教えてあげらるからさ」
「う、うん」
というわけで、俺ら2年(ユキ以外)で野菜の皮むきとカットをすることになった。
「はあ?なんでお前らと料理せなあかんねん!」
「それはこっちのセリフや!なんでユキちゃんこっちにおらんねん」
「なんか、ユキちゃんと北さんお似合いやな」
「それは言わない約束やろ銀」
「羨まし過ぎる!!」
いやほんとに。羨ましすぎる。北さんあれ絶対役得だよな。それはちょっとズルくない?
ユキが料理できないことを知った北さんは、刃物を持たすわけにはいかないとか言って、ユキにマンツーマンでお米の炊き方を教えてる。他の3年生は副菜作り。
てか、北さんユキに甘々すぎて怖いんだけど。
* * *
「お、おいしい」
カレーをスプーンで掬ってパクっと食べる。小さな口をもぐもぐと動かして。左手を頬に添えてふにゃっと笑ったユキ。その可愛らしい表情に、ここにいる全員の顔も一斉にだらしなく緩んだ。
パクパクとカレーを口に運んで幸せそうな顔をするユキとその隣で同じく幸せそうな顔をしてカレーを食べる治に、お前ら仲ええな!とアランさんからツッコミが入る。
ユキは基本的に食事に無頓着だ。好きな食べ物しか食べないと言っていたが、正確には、それ以外をあまり食べたことがないから食べたことのあるものを好きだと思い込んでる。
俺がサラダを持っていってユキに食べさせたときも普通に食べてたし、昨日ファミレスで頼んだパウンドケーキをユキにも食べさせたら美味しいと言って後から自分で注文していた。
とにかく、自分から何かを食べようとしない。そこにあるからそれを食べるだけ。という感じ。昔からの癖なのか知らないけど、ユキにはそういうところがある。
「じゃあさ、今度はみんなでカレー食べに行こうよ」
「う、うん!行きたい!」
ユキが目を輝かせて俺を見る。何か食べるときは治と同じくらい幸せそうに食べるのに、どうして食事に無頓着なのか。そのチグハグがどうにも不思議で仕方がない。
「おい、何約束してんねん」
「俺らも付いてくからな」
「ユキちゃん、ちゃんと出かける時は俺にも報告せなあかんで」
「うん、わかった」
* * *
「はえ〜ユキちゃんほんまに先生みたいやな」
午前中になんとか課題を終えた双子は、午後からユキにお願いしてテスト範囲の授業をしてもらってる。俺もついでに聞いてるけど、ほんとにもう先生の何倍もわかりやすい。
双子もしっかり理解してるし、北さんもめっちゃ関心してる。英語だって午前から引き続き3年生も一緒に、ユキ先生の授業を受けている始末だ。
「ユキ、今日はありがとな。俺らにまで時間使ってくれたんはめっちゃありがたいけど、自分の勉強あんまできてへんやろ、ほんますまんな」
「大丈夫ですよ、こういう風に人に教えるのは自分の復習にもなるし、今日ほんとうに楽しかったんです」
「そう言って貰えるとありがたいわ。でも迷惑だったら言ってええからな」
ごく自然に、ユキ頭に手を乗せた北さん。ユキは少し照れくさそうに笑っている。
「ユキ、帰ろう」
「あ、りんたろうくんごめん待たせちゃって」
・
「いやーやっぱユキちゃんめっちゃ頭ええなあ」
「これで俺らもテストは完璧や」
「じゃあまた明日なー」
「ユキちゃんありがとうな」
双子と銀と別れて朝集中した駅までユキと2人で歩く。時刻は夕方だけど、やっぱこの時間はもうかなり暗くなってるし、一緒に帰る口実にはぴったりだ。
「もう暗いし、ユキの家まで送ってくよ」
「え、りんたろうくん、大丈夫なの?」
「うん、ユキを1人で帰す方が心配で落ち着かないから送らせて」
「じゃあ、お願いします」
・
「ここで大丈夫だよ」
着いたのは高層マンション。このマンションって確か一人暮らし用のマンションじゃなかったっけ。確か俺がこっちに来る前に色々調べたときに見た気がする。かなり家賃が高かったイメージしかないけど。
「送ってくれてありがとう、りんたろうくん」
「うん、ちゃんと鍵閉めるんだよ」
「ふふ、わかってるよ。じゃあばいばい」
「ばいばい」
大きなマンションに入っていく背丈の小さなユキの姿を見送って、自分も帰路につく。
ユキってひとり暮らしだったのか。1年前に日本に来たばかりでひとり暮らしってすごいな。なんて、ひとり暮らしは色々面倒くさそうだと、なんとなく寮暮らしを選んだ俺には、そんな陳腐な感想しか出てこなかった。
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