新年も頑張れマスター!
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「「いただきます!!」」
マスターとユキは両手を合わせて、どちらかともなく元気よく声を出した。
元旦、降谷家の食卓に並ぶのは昨夜のうちに夫婦で作った豪華なお節料理と雑煮だ。
「これ美味しい!昨日零くんが作ってたやつ」
「俺はこっちの伊達巻の味が好きだな。君が昨日味付けに悩んでたみたいだけど」
「そうなの、ちょっと甘口にしてみたんだけど、そう言ってもらえると嬉しい」
へにゃと表情を崩したユキは幸せそうな顔で黒豆を口に運ぶ。
大晦日に協力してお節を作り、新年に夫婦2人で食べる。しかもこんな可愛い妻の笑顔まで見られるなんて、なんて素敵な光景なんだろうか。
新年早々に目頭を熱くするマスターは美味しいお節とともに幸せを噛み締めた。
「そうだ、今日はどんな予定にする?」
ひと足先に朝食を食べ終え、緑茶を啜ったマスターはユキに問いかけた。それに対して、ユキはまたもへにゃりと頬を緩めて答える。
えっとねー、まずは初詣でしょ?そして初売り、福袋を見に行くのと後は…と楽しそうに今日の予定を語るユキを、マスターはわたがしのように甘く柔らかい表情で見守る。
今のマスターの今の心境を一言で表すならこうだ。今年もユキが愛おしくて幸せ、である。
――初詣
1週間ほど前にユキの実家から贈られてきた着物に身を包んだ2人はまず最初に初詣へと訪れた。和裁士であるユキの母親の意向で正月に着物で過ごすのはユキの実家では恒例行事。
今年、ユキの身を包んでいるのは薄君色の生地に水仙の花が咲く可憐な着物である。日本を象徴する着物を身にまとい、上品な佇まいで神社の前に立つユキの姿に、マスターは本日何度目か分からない感嘆の声を漏らした。
2人が鳥居をくぐると、さっそく見知った顔を見つけた。ユキがぱあっと表情を明るくして手を上げる。
「あれ、姉さん!!」
「ゼロ!!」
偶然、同じ神社へ同じ時間に初詣へと来ていた景光と理央だ。
寒さからか、少し赤らんだ頬をしながら2人はマスターとユキのもとへ嬉しそうに手を振りながらやってくる。
「2人も初詣に来てたんだね」
「当たり前だろ。姉さんに会うためなんだから」
「??」
ユキはあれ?と首を傾げた。どうやら2人がここにいたのは偶然じゃないようで、近づいた際にふわりとお酒の香りを漂わせた理央が説明してくれた。
「俺らも新年最初に姉さんたちに会いたいけど、2人の時間を邪魔するのも悪いかなっていう気持ちもあったからさ、初詣で偶然会ったように装えば良いと思って」
「なるほど!さすが理央ね。でも遠慮しなくても良いのよ?私にとっては理央も零くんも大切な人なんだから」
理央の発言に、ああそれ全部言っちゃうんだ。と景光は思った。しかし、なんだか気分の良い景光は仲の良い姉弟の会話にあえてツッコミを入れることはせず、ふわふわとした頭でふと疑問に思ったことを問いかける。
「なあユキちゃん、俺は?」
「もちろん!ヒロくんも大切な人に決まってるよ!」
「だよな!!ユキちゃん!」
ガシッとユキと肩を組む景光をコンマ数秒で引き剥がしたマスターは景光から香るお酒の香りに反射的に顔を顰めた。
「もしかしてヒロ、酔ってるな?」
「ああ零さんすみません、俺ら明け方まで飲んでたんで」
自分も酔っ払いであることは棚に上げて、理央は少々呆れた目で景光を見る。なぜなら年を越してからも全く寝ようとする様子がない景光に明け方まで絡まれた挙句、軽いアルハラを受けたことを根に持っていたからだ。
そんな理央の目線など少しも気にならない景光は、参拝客の列に並んでいながら今度はおみくじ箱を見つけてはしゃぎ出す。
マスターも理央も、おみくじや占いのような根拠のない非科学的なものを信じるタイプではないし、わざわざお金をかけて運試しをして、その結果で誰かと一喜一憂するタイプでもない。
だから景光が御籤を指さした時も大した反応を見せなかった。しかし、ユキが景光と一緒になっておみくじに興味を示す場合はその限りでは無い。
数ある御籤の種類を観察しながら、それに関するうんちくを述べ始めるマスターと、ユキにどのおみくじが引きたい?と聞かれたことで真剣に悩み始める理央の姿を、景光は複雑な表情で眺めた。
――――
「でもそれは今後運気が上がるってことだから」
「うん…」
「結局おみくじなんて科学的な根拠がある訳じゃないし、良いことだけ信じれば良いんだ」
「うん…」
「姉さん、大丈夫だよ。だって大吉の俺たちが姉さんにくっついてれば姉さん1人の凶なんて吹き飛ぶはずだし」
「うん…みんな慰めてくれてありがとう」
目尻に涙を溜めたユキを、3人の比較的体格の良い男たちが囲って慰めているこの光景は、初詣に来た客からすると少々目立っているように思う。
せーの、で開いたおみくじには、大吉、大吉、大吉、凶の文字。理央は今すぐこのくだらない紙切れを破り捨てたい衝動に駆られた。
そんな時、ひったくりだ!!という声とともに、ユキに酷い形相で向かってくる男が見えた。
どん、とユキにぶつかった男はユキが今日のために用意した着物に合わせた白色のハンドバッグを盗み逃走。
たまたまユキの倒れた方向にいた景光はしっかりとユキを受け止めた。その拍子に酔いなんてものは吹き飛んだ。
がしかし、マスターや理央よりも犯人追跡の足は半歩遅れた。気がついた時にはマスター及び理央は颯爽と駆け出し、既に2人に加え犯人の姿も見えない。景光はひとまずユキの安否確認を急くことにした。
一方で犯人よりも恐ろしい形相で犯人を追跡するマスターと理央。500メートルほど逃走したところで、あっさりと捕まった犯人は、さっそく盗んだばかりの白色のハンドバッグを取り上げられ、どこからともなく取り出されたロープで身動きが取れないよう縛り上げられた。
「それじゃあ理央は先に戻っててくれ。俺はコイツを警察に預けてから合流する」
「いえ、それは俺に任せてください。あなたは先に姉さんの所へ戻っててください」
2人とも一般人とは思えない程の手際、そしてナイスコンビネーションだったと目撃者である江戸川コナンは語る。
ユキのもとに残った景光は取り残されたユキに怪我がないかを確認し、2人が絶対犯人を捕まえることを伝えて、安心させることに徹した。
とんだバッドタイミングで起きたひったくり事件。ユキの頭の中で、凶のおみくじとこの事件を結び付けるのは容易だった。
私のせいで事件が起きたの?私のせいで零くんと理央が怪我でもしたらどうしよう!!ユキの思考はそうなるに決まっている。長年の付き合いである景光にも、ユキの思考回路は容易に想像できた。彼女の心は普通よりも少しばかり繊細なのだ。
その後、無事バッグを取り戻して戻ってきたマスター。ぎゅっと抱きついてくるユキを優しく受け止めたマスターは、理央は?と心配そうに問うユキの頭を安心させるような穏やかな手つきで撫でる。
「理央は犯人と"お話中"だよ」
「お話中?それって理央は大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。犯人は警察に預けたらすぐに戻ってくる」
「それなら良いけど」
ほっと息をつくユキに、マスターと景光もアイココンタクトを取り安堵する。
* * *
無事に犯人を警察に突き出してから数分後、せっかくだしみんなでお出かけしようという流れになり、一同は初売りセールとのぼり旗を掲げる雑貨屋へと訪れていた。
「姉さんはどんなものが欲しいんだ?」
「えっと…お化粧品の福袋かな」
「なるほどね…それならこれなんか良いんじゃないか?フルセットメイクって書いてあるし、姉さんが前に欲しいって言ってたしフラワーリップが入ってるって」
「ほんとだ!ちょっと前に好きな女優さんが紹介してたから気になってたやつ!」
「ユキ、こっちの福袋はどうだ?ユキがよく使ってるブランドのスキンケア8点セット」
「うわ、これお買い得すぎる…えっとどうしよう。福袋にも色々あって迷っちゃうね」
マスターと理央、双方から福袋を受け取ったユキが立ち止まって悩み始める。
そんな時、マスターと理央の頭の中ではカーン、とゴングの鳴る音がした。
マスターの選んだ物を買うか、理央の選んだ物を買うか、ユキのその選択は俺たちのマウント合戦における非常に重大な役割を果たす。
むっと対抗心が顕になったマスターと理央は、数秒、お互いに目を合わせた後、どちらの福袋を買うべきか、言い合いが始まった。
2つの福袋を真剣に見比べているユキは2人の言い合いがヒートアップしていることに気がついていないが、傍から見るとまるで2人の男が女を巡って争っている修羅場だ。
おいおい何やってんだアイツら…。
1人別の場所を見て回っていた景光は、マスターたちのもとへ戻ってきた時に見えた景色に呆れたような視線を向けた。
「ゼロ、理央、お前ら何を喧嘩してるんだ。それもユキちゃんの前で」
「あ、ヒロくんはどっちが良いと思う?」
こっちが、零くんが選んでくれた福袋で、こっちが理央が選んでくれた福袋。そう言って目の前に2つの紙袋を掲げたユキに、景光は状況を悟った。
「なるほどな…それならどっちも買ったら良いんじゃないか?」
「確かに!」
景光にはこのセリフの他に選択肢などなかった。マスターと理央はどうにかしてユキに自分の選んだものを買わせたいらしい。その証拠に「ヒロさん!余計なこと言わないでくださいよ!」「ヒロ!お前はどっちの味方なんだ」と双方からブーイングが飛んでくるが、これが最も穏便な選択肢であることを景光は知っている。
2つの福袋を抱えたユキが機嫌よくレジを済ませて歩いてくる。
その幸せそうな笑顔を見れば、いつも通りいがみ合っているマスターと理央もたちまち穏やかな顔付きになるのだ。
今日も平和だ。昨晩、ユキの弟である理央と久しぶりに会い明け方まで共に飲んだ。理央の相変わらずのシスコンぶりに懐かしさを感じながら今日を迎えて、いま、長らく見ていなかったマスターと理央のやり取りを見て再び懐かしさに身を馳せた景光はそんなことを思った。
「姉さん、次は何買いに行く?」
「うーん、もうそろそろお昼だけど、理央はお腹空いてない?」
「姉さんが空いてるなら俺も空いてるよ」
理央がユキの横にピタリとくっついた。ユキの両手を塞ぐ紙袋をさり気なく奪い、普段のクールさからは考えられないくらいの笑顔でユキに話しかける。
その光景を見たマスターもまた、ユキの横にぴったりとくっついてさり気なくユキの腰に手を回した。
「それなら、ユキが好きなあの店に行くか」
「あ!良いねそれ」
「理央もヒロもそれで良いか?」
「俺は姉さんが行きたい場所ならどこでも良いです」
「ああ俺もどこでもいいよ」
景光はユキの知らぬ場所で行われているマスターVS理央の争いを眺めながら、マスターの提案に頷いた。そしてこれから向かうレストランの混雑具合をスマホで確認する。
* * *
あ、と思った時にはもう遅い。店内で怪しい動きを始めた客の1人を視界の端に留めたマスターたちは一斉に立ち上がった。
事態は瞬きのうちに収束した。
ユキが机の端にあるメニューを手に取り、さっそく何を注文しようかとワクワクしていた時だ。
バタバタと立ち上がり急に動き出すマスターたちにユキは何が起こったのかと驚き首を動かした。しかしよく分からない。しばらく呆気に取られていると、何やら1人の青年が取り押さえられていた。
ユキは1人座敷の上でぽかんと眺めていた。
ぱちりと、ユキが瞬きをすると慣れた手つきで警察への通報を終えたマスターがユキのもとへ戻ってくる。ユキに怪我はないか、ユキが怖がっていないか、念入りに確認していると今度は両手に水の入ったコップを持って景光と理央が戻ってきた。
「あれ、さっきのって」
「ああさっきそこで店員に殴りかかろうとする客が見えたから」
「そ、そうだったんだ。みんな良くわかったね?私にはいったい何が起きたのかさっぱりだったよ」
「まあ懐に拳銃が見え…じゃなくて男の気性が荒かったから怪しいと思って注視してたんだ」
「な、なるほど!みんなさすがね」
みんな本当に凄いのね、ユキはそんなことを思いながらメニュー表に視線を移した。
よく分からないが何か起ころうとしたのをマスターたちが阻止したらしい。
「えっと、私はアジフライ定食にしようかな。みんなは何にする?」
にこにことご機嫌にメニューを眺めるユキを前に、理央と景光もホッと肩の力を抜き笑顔になる。
「アジフライか、いいな!なあ俺の海鮮丼少し分けるから一口くれないか?」
「わ、いいねそれ」
「ちょっとヒロさんずるい!姉さん、俺の野菜炒めとのも少し交換してよ」
「ふふ、もちろん」
ね、零くんは?何と交換する?そう言って肩を寄せてこちらを見上げるユキの顔を見て、マスターは思わずユキの頬に手を添えた。
なあに?と言いながら擽ったように笑うユキを見ていれば、ふわりと暖かいものが胸の中に広がっていくのを感じる。
コホンと向かい席から聞こえた咳払いに、マスターは水を差されたような微妙な顔をしながら渋々といった様子でユキから手を離した。
もしも事件が起こっていたらきっとユキの気分は沈んでしまって、穏やかな昼食にはならなかったのは間違いないだろう。ほんとうに、今年もそんなハラハラした展開は望んでいない。ユキも俺も、もうお互いにドキドキし合って恋を自覚するような甘酸っぱい恋愛はしていないんだ。
ただ2人で、穏やかに過ごすことが出来ればそれで良いのに。
初詣でみんなで引いたおみくじ、ユキの手元にあった「凶」の文字が書かれた紙がマスターの頭をよぎった。
いやいやまさか、所詮はおみくじのはずだ。そんなもので彼女の今年一年の運勢が左右されてなるものか。
マスターはそう考えるも、現におみくじを引いてから数時間で既にひったくりと、たまたま訪れた店での強盗(未遂)に遭遇。
とんでもなく不穏な始まりである。が、パクリと好物のアジフライを食べて、周りに伝染する程の幸せな笑顔を撒き散らすユキを見ていればマスターにはなんだって出来る気力が湧いてくるのだ。
もしもユキに何かあったのならば、自分がユキを護ればなんの問題ないのだから。
もしも最悪な運命が自分たちの前に立ちはだかったとして、そんなものは力づくでねじ伏せれば良い。
そんなことを考えながらマスターは、揚げたてのカリッとした唐揚げを一口かじった。
1/1ページ