しあわせ色の縁
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
突然、弟から可愛らしい犬の写真が送られてきた。それから「拾った」という文言とともに犬を飼うことになった旨のメッセージが飛んできて、その内容にユキはつい笑ってしまった。
ここ最近、仕事帰りに職場の駐車場で見かけるようになった野良犬。最初は適当にあしらっていたがあまりにも頻繁に出会うことから自分の帰りを待っていることに気づいたらしい。
一度目が合ってしまったら足もとに付きまとって離れないし、車に乗って帰ろうとすると野良犬も一緒に飛び込んでくる。車内のルームミラー越しに野良犬のつぶらな瞳がじーっとこちらを見つめている。そんな出来事が数週間続いた後、ついに根負けした理央がその野良犬を飼うことにしたらしい。
「ユキ?なんだか嬉しそうだな」
理央とのやり取りに夢中でついつい表情が緩んでしまっていたようだ。ソファに転がりながらユキが幸せそうにスマホを見ているので、その様子が気になったマスターが声をかける。
「ふふ、なんかね理央が犬を飼い始めたみたいで」
「へぇ、以外だな。あいつ犬好きだったか?」
「ううん、特別好きとかっていうのではないと思うけど、なんか根負けしたんだって」
その経緯を楽しそうに話すユキだったが、その内容にむむ?とマスターは首を傾げる。
「ほら見て、この子。真っ白で可愛いでしょ」
「…へぇ、名前はなんて言うんだ?」
「それが悩んでるんみたいで、今その相談に乗ってたの」
なんか良い名前ないかな?そう言ってユキがマスターを見上げるので、「そうだな…」とマスターは少し考える素振りをした。
「ハロ」とマスターはユキにも聞こえないような小さな声で呟く。それは前世にて、降谷零とともに暮らしていた白い犬の名前である。
マスターは先程ユキから見せられた写真に驚いていた。だって、どこからどう見ても前世における自身の愛犬「ハロ」と同じ見た目だったから。
隣で弟とのメッセージのやり取りを遡っていたユキが今度は犬の動画を見せてきた。理央に撫でられながら楽しそうに尻尾を振っている。そんな3秒程度の短い動画を見てマスターはなんだか胸がいっぱいになった。
「よしユキ、今すぐに理央に電話してくれ」
「え?あ、もしかして良い名前が思いついたとか!?」
「ああ、とっておきの名前があるんだ」
* * *
『もしもし姉さんどうしたの?』
『あ、急にごめんね理央。ふふ、あのね、零くんが理央に話したいことがあるんだって』
『はあ?何だよそれ、姉さんが俺に用事あるんじゃないの?』
『うん、私じゃなくてね、ちょっと零くんに変わるから』
『あ、ちょっと待って姉さん。俺は零さんとよりも姉さんと話がしたいんだけど…』
『「ハロ」というのはどうだろうか』
『…は?いったいなんの話ですか』
『理央、お前犬を飼ったんだってな?』
『はあ、だからなんですか』
『ユキから君が犬の名前をまだ決めかねてるようだと聞いてな』
『まあそうなんですけど、俺別に零さんに名付けて欲しいわけじゃないです』
『なんてこと言うんだ君は。ところで、「ハロ」っていうのはどうだ?』
『零さん俺の話聞いてます?』
『きっとハロも喜んで返事をしてくれると思うぞ。そして今度ハロに会わせてくれ』
『それは別に良いですけど、もしかして零さん酔っ払ってたりします?もう切っても良いですかね』
『ダメに決まってるだろ、いいか君のその犬は「ド」と「シ」の音が好きなんだ。だから「ハロ」』
『なるほど、イロハ歌に当てはめたんですか。ってなんで零さんがそんなこと知ってんの?』
『そんなことはどうでもいいだろ』
『どうでもよくないです。とりあえず姉さんに代わってくれませんか?姉さんと話がしたいんですけど』
『分かった。それじゃあ俺の提案は受け入れてもらえたということで良いのかな』
『あ、理央。どうかな?零くんの考えた名前』
『いや姉さん、あの人なんか酔ってる?それとも熱あったりする?』
『え?いや特に、いつも通りだと思うけど』
『あっそう、まあいいや』
マスターがユキにスマホを返した直後、訝しげな声色でマスターについて問う理央。しかしユキには理央の質問の意図が分からなかった。それどころかユキは「零くんもその子のこと気に入っちゃったみたいだね」なんて言って呑気に笑っているので、マスターも一応本気で犬の名前を提案していたのだろうと納得する。
でもまあ、いったん今のは全部忘れよう。やっぱり零さんちょっと変だったし。うん、そうしようと一人頷いて理央は思考を切り替える。
まったく姉さんから電話がきたという事実に喜んでいた気持ちを返してくれ。ということで『そんなことより姉さん…』と理央は雑談を始めその後2時間ほど姉を拘束してからマスターへと返した。
――ハロとの再会
とある日の朝、既に外出の準備を整えたマスターが玄関で待っていた。
「今から理央の家へ行くぞ」
「い、今から?」
「なんだユキはハロに会いたくないのか?」
「それは、会いたいに決まってるよ!」
「なら決まりだな。理央には連絡してあるから大丈夫だ」
* * *
「ハロ!」
マスターがそう呼ぶと、瞬時に振り返ったハロが「アン!」と元気よく返事をする。そして理央の腕から飛び降り、一目散にマスターの方に駆けるハロ。
ハロに会うために自宅へ遊びにきた姉夫婦を招き入れようと玄関を開けたまま、理央はフリーになった右手をさまよわせながら立ち尽くした。確かに人懐っこい犬だと感じてはいたが、こんなにすぐに零さんに懐くなんて。
お前は俺が良かったんじゃないのかよ。ちょっと寂しいじゃないか、と理央は思った。
リビングでお茶をしながら、マスターとハロが戯れている。零くんってこんなに犬好きだったんだ、なんて考えながら理央と雑談するユキは、ふと弟に視線を戻してハッとする。
無意識だろうが、僅かに眉を落として寂しそうな顔をしている理央に、ユキは咄嗟にハロの名を呼んで手招きした。
――あのねハロちゃん、理央が寂しいって顔してるの。
ユキがハロにコソッと内緒話をすれば、ハロは「アン!」と元気よく鳴いてマスターから理央のいる方へ駆け出した。そして真っ先に胡坐をかいていた理央の足の上に乗り、慰めるように理央の腹に擦り寄った。すると理央は嬉しそうにハロの頭を撫でる。
今度はマスターがムッとする番だ。突如自分から離れていったハロに、ほんの一瞬だけだが顔を顰めたマスターを見てふふっとユキが静かに笑う。
(2人ともかわいい…)
* * *
安心しきったような顔をして、理央の腕の中で腹を上に向け盛大にくつろぎ始めたハロ。そんなハロを写真に収める理央の楽しそうな表情を見てユキはほっこりと暖かい気持ちになった。
「そういえば理央、結局その子の名前ハロにしたんだ?」
「うん、なんか電話越しで零さんの声が聞こえてたみたいで、色んな名前を考えたけど一番お気に入りなのがハロだったんだよ」
不服そうに理央はハロの名前を考えていた夜のことを思い出す。なんでも電話越しに聞こえてきたマスターの声に飛び起きて反応を示していたらしい。それはもうハロを家族に迎え入れると決め家に連れてきた時のように、零さんの声を聞いて嬉しそうに反応していたのが気に食わなかった。
「ハロ」って語呂も良かったし、確かにアリかも、とは思ってたけど、零さんが決めたってのがちょっと腹立たしい。
ユキに向かってそんなふうに愚痴る理央の言葉にマスターは「何を言ってるんだ当然のことだろ」というように得意気な顔をしている。
マスターの表情にイラッとした理央がマスターに向かって余計なことを言い、マスターも負けじと反論する。そしてマスターと理央のささやかな攻防が始まるのを、ユキは楽しそうに眺めるのだ。
1/1ページ