マスターの苦悩
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「あ、これだ」
「ああ君が前に言ってたやつ」
「そうそう!この温泉でしか手に入らない商品なんだって」
お土産コーナーと書かれた棚に陳列されている商品を手に取って観察するユキ。「フローラルフルーティの香り」と書かれたものか、「グリーンティーの香り」と書かれたもので迷ってるのか、2つの商品と交互に取っては置いてを繰り返している。
そんなユキの姿を、マスターが微笑ましそうに見ていた。
ユキが選んでいるのはボディソープである。マスターとしてはどっちの香りでも良いのだが、真剣に悩んでいるユキの邪魔はしたくない。どちらが良いと思う?というユキの視線を感じたので、双方の香りの特徴を解説しておいた。そういうことが聞きたいんじゃない。と、不服そうに頬を膨らますユキを前に、思わず笑みをこぼしたマスターはユキの頭を撫でて誤魔化す。なんとなくこういうのは、ユキに選んで欲しい。
* * *
「ふふ、ね、今日の温泉また行こうよ」
西日が入り込んだ暖かな車内で、ご機嫌な様子のユキがマスターの腕をつついた。
「その様子だと随分と気に入ったみたいだな」
「うん!湯煎の種類もたくさんあったし、あと岩盤浴!初めてだったけど結構良かった」
夕方4時、本日、日帰り温泉旅行を楽しんだ2人は帰りの道を走っていた。
しかしタイミングの悪いことに高速道路は事故渋滞を起こしている。
そのため、ナビを見ながら思考を巡らせたマスターは渋滞を回避するために比較的車の少なそうなルートを探すことにした。
「ちょっと判断を誤ったな」と自分に厳しいマスターは少し険しい表情で運転をしている。
一方で、旅行の余韻が冷めやまないユキは、外の景色を見ながらソワソワと落ち着きなく目線を動かしていた。都心から離れたこの場所には田舎のような田園風景が広がっている。そのため車の窓から外を覗いても山と畑しか見えないはずだ。けれども、外の景色になにかを見つけたらしい、助手席に座るユキが「あ!この道!」 と声をあげた。
「ユキ、どうしたんだ?」
「この道どっかで見た事あると思ったら、この間テレビに出てたところだ」
「へぇ…え、ここが?」
辺りを見回してもあるのは右にガードレール、左に高い山、坂の下に麦畑。言っちゃ悪いけど街頭すらないこんな田舎道にはなにもなさそうだけど…とマスターは運転しながら思った。
「えっとね…」とユキが記憶にあるテレビ番組のテロップを思い出して検索すると、『森の古物屋』と書いてあるホームページを見つけていた。
どうやらこの山道を少し進んだところに、木製の可愛らしい置物を売っているお店があるらしい。ユキが楽しそうにそう話すので、マスターは一度近くの空き地に車を停め、その店に行こうかと提案した。
たぶんこの道を歩いていけば、とホームページにあった地図を見ながらマスターを誘導するユキ。分かりずらい曲がり角から入り組んだ細い山道に入ったところで、マスターはパッとユキの腕を掴んだ。
(今絶対転ぶと思った…)
それにしても、なんでこんな山の中に店を…?いや、それが売りなのか?にしてもちょっと立地が悪すぎないか。店を経営するには立地はかなり重要な条件だというのに…とまたも険しい表情で余計なことを考えるマスターだったが、ユキの案内通り進んだ先には、可愛らしい木製の小さなお店があった。いかにも、ユキが好きそうなファンシーな雰囲気のお店だ。
「かわいいっ」と興奮のあまり飛び跳ねたユキを見てマスターはぐっと心臓を抑えた。
そして中に入ると、なんとなんとコナン君がいるではないか!!
こんにちはーとユキが扉を開け店に入ると、そこには先客がいた。見覚えのある小さな影の招待に気がついたユキはわぁっと顔を綻ばせながら手を振る。
そんなユキにびくりと反応したコナンはぎこちなく手を振り返しす。まさか、こんなタイミングで出会うことなんかあるのか!?コナンは思わずそう叫びたくなった。
コナン君もこのお店知ってたの?と店の奥に入ろうとするユキに焦ったコナンは、「来ないで!!!」と咄嗟に声を張りあげてしまった。コナンの大声にびっくりして後退ったユキがコケないように、ユキの肩はしっかりとマスターが支えている。
「お、大声を出してごめんなさい。ちょっとここに虫がいたものだから…ははは」
む、虫!?とマスターの背中に隠れるユキのそばで、下手くそな作り笑いを浮かべるコナン。マスターはコナンが嘘をついていることをすぐに察した。
ただ…嘘にしても、コナンがあのような大声を出すとは珍しい。彼があれだけ警戒していたんだ、ただ事じゃないことが起きていると思ったマスターはすぐにユキの手を引いて店から離れることにした。
店の外へ出るとサイレンの音が聞こえてくる。チカチカと光る赤いランプが山の下から見えた。自分たちが歩いてきた方向を見ると、複数の警官がこちらへ走ってくる。
「え、警察?」
「どうやらコナン君が呼んだようだな。いったい今回は何に首を突っ込んでるんだあの少年は…」
マスターたちを通り過ぎて店へ入っていく警察に、コナンが状況の説明を始めた。随分と細かく状況を把握しているようで、なおかつ店の間取りや商品の陳列方法まで詳細に話すコナンを見てマスターは、むむ…とこめかみを抑えた。どうやらコナンはここへ来てから一人で好き勝手調査をしていたらしい。なんて危機感のない子どもなんだとマスターはコナンを見た。
たまたま、この近くをスケボーで走っていたコナンは、たまたま叫び声を聞いてここまで走って来たらしい、1人で。そしてこの現場を見つけて警察を呼んだ。
ツッコミたいところは山ほどあるが、とりあえずマスターはコナンの話を聞きながらこの"事故"の原因について考える。
店の奥には高いところから落下したとみえる男の死体があった模様。コナンが聞いたのはこの店を経営している老夫婦のうち奥さんの悲鳴らしい。
高いところの装飾を変えようと脚立に乗って作業していたところ誤って落ちてしまった旦那を見て思わず叫んだ。
泣きながらそう説明する奥さんに、怪訝な目線を向けるコナンは、随分と彼女を疑っているようだった。
コナンはこの店に訪れた時からこの出来事が事故では無いことを確信していた。先程からずっと盗み聞きしていた事情聴取の内容も、コナンの推理を裏付けるものばかり。
(あとは、明確な証拠さえ揃えば…。クソ、今日は人手が足りない)
いつもなら、蘭やおっちゃん、少年探偵団のみんなを使って証拠集めができるのに。そう思ってコナンはハッとマスターを見た。
事故の原因について、いやコナンと同様に事件の可用性を疑っていたマスターはこの事件の原因について考えていた。しかし、ぴたりと左腕にくっついてきた温もりにマスターは思考を止めた。マスターやコナンの重い雰囲気をなんとなく感じとったユキが、不安そうにマスターの顔を見上げているのだ。
これはもう帰るしかないとマスターは判断した。だって俺たちはこの事件に関係ないのだから。
「ユキ、今日はもう帰ろう。さすがにこの状況で買い物はできないし、また今度一緒に来よう」
ユキの顔を覗き込み、優しい声色でそう声をかけるマスターは完全に帰ろうとしている。そして、マスターがユキの手を取って、店から出ていこうと一歩踏み出したのを見たコナンは慌てて声を上げた。
「こ、これは事故なんかじゃないよ!」
だからマスター、事件解決に協力してよ。マスターだって疑ってただろ。そんな意味を込めて放たれたコナンの言葉。現場にいた皆がハッと息を呑むのがわかった。
もちろん、皆と動揺と共に、コナンのセリフの意図を汲み取ったマスターもまた焦っていた。そして、「これは事故なんかじゃなくてさつじ…」と話を続けるコナンの口をまマスターは容赦なく塞いだ。ガバッと大きな手で羽交い締めにされたコナンは堪らず後ろを睨んだ。
「んん!ちょっと何すんだよマスター」
「コナン君、頼むからユキの前で物騒なこと言うのはやめてくれないか。ユキが怖がるじゃないか」
「そ、そんなこと言ったってこれはどう見ても殺人」
「コナン君!!」
「で、でもマスター…」
「ちょ、ちょっと2人とも何してるの?」
「な、なんでもないよ。ちょっとここは危ないから離れようかって話をしてたんだ」
「うん、そうだよね。それじゃあコナン君も一緒に車に戻ろ?家まで送ってくから」
「ぼ、僕トイレ行きたいから…」
「そっか、じゃあ待ってるから早く行っておいで」
「え!?いやいいよユキさんたちは先に戻ってて」
「そんな、コナン君一人残して帰る訳にはいかないでしょ、ねえ零くん」
――こんな危ないところにコナン君を放っておけないでしょ、零くんも早く帰ろう。
――マスターはこのままこの事件を放置して良いと思ってるの?
そんな2つの視線がマスターに突き刺さった。
「……それじゃあコナン君には俺がついてるから、ユキは先に車まで戻っててくれ」と。ユキに悪いと思いながらも、マスターは泣く泣くコナン寄りの妥協案を提案することにした。
「それなら…じゃあ私先に行ってるから、ちゃんとコナン君も連れてきてね?」
「ああわかってるさ」
パタパタと小走りでパーキングの方へ戻ったユキを見てマスターはひとつため息をついた。山道でコケるのだけは辞めてくれよ、と思いながらもひとまずユキを事件現場から離すことが出来たのは良かった。本当なら今すぐにコナンの首根っこを捕まえてさっさと連れて帰るつもりだったが今回ばかりは仕方ない。
「全くコナン君…」
「はは…これで事件について話してもいいかな?」
「ええ、存分にどうぞ。僕も君の保護者としてここにいるから危険なことは控えるように」
「はーい、ありがとマスター!」
コナンの言う通りこの件は明らかに事故ではなく事件である。それが分かっていたマスターもまた、その事実を放置わけにはいかなかった。殺人事件を事故だと処理されることほど胸糞悪いことはない。全て犯人の思うツボだ。それは許されることじゃない。
それに、コナンを1人現場に居させるのはユキが絶対に許さないし、無理やりコナンを連れて車に戻っても、コナンがゴネてユキが困るのは目に見えている。それなら、この小さな探偵と協力して、さっさと解決させるのが今できる最善策だとマスターは思ったのだ。
* * *
さっさと帰るために無意識に捜査の主導権を握りながら現場に指示を出すマスターに、コナンは呆気にとられていた。コナンとしてはマスターには証拠集めの手助けをしてもらおうと思っていたのだが、 そんな手間などかけずとも、マスターの指示のもと迅速に行動した警察によって証拠は大方揃ってしまったのだ。
「さすがマスター!すごいね」
「そんなことないさ、この事件の概要を把握していたのも、事故ではなく事件だと見抜いたのもコナン君の方じゃないか」
「いや確かにそうなんだけど…」
以前からマスターがそのスペックの高さを持て余していることについて議論の余地はあったが、やはりマスターは只者ではない。この事件の真相ならマスターも最初から分かっていたはずなのに、どうして誤魔化すのか。コナンには疑問であった。
今回の出来事は事故ではく事件である。証拠も、推理も、完璧に出揃った今、犯人であるこの店の奥さんには言い訳の余地すらなかった。
警官のひとりが手錠を取り出し、「もう観念してください」と言いながら犯人に近づく。すると、犯人は警官に向かって近くにあった商品を投げつけた。そして警官が怯んだ隙を狙って犯人が店の外に飛び出すと、犯人は停車してあった警察の白バイに跨り急発進した。
最も早く動いたのはコナンだった。マスターの静止の声を無視して、コナンは持っていたスケボーを構えて一目散に犯人を追いかける。続いてマスターも、警察の声を無視してパトカーに乗り込み自らハンドルをきった。
* * *
一方、車内で待つユキは中々戻って来ない2人を心配してマスターに電話をかけようか迷っていた。トイレにしては遅いような気がする。とりあえずマスターにメールを送ると「コナン君が腹を下したから少し時間かかりそう」と連絡が返ってきた。
30分ほど経ち、さすがに遅すぎると痺れを切らしたユキは車から出て少し外の様子を確認する。
広い空き地から出ると整備されてない砂利道がある。お店に行くときに零くんと一緒に歩いた道だ。
やっぱり私も零くんとコナンくんのところに行こう、そう思ったとき、ユキの耳には向かい側からブーンというアクセル音が微かに聞こえた。徐々に近づいてくる音の方を注視すると、猛スピードでこちらへ走ってくる白バイが見えた。バイクの軌道の邪魔にならないようにと、ユキが道の端に寄ると、なぜかそのバイクはユキの目の前で停止する。
「あれ、あなたはさっきお店にいた…」
「黙って!!」
ユキの言葉を遮って声を荒らげた犯人は咄嗟にユキの腕を引っ張る。
人質、この女をそうだ人質にしよう。頭の中で急遽そんな計画を立てた犯人だったが、犯人がナイフを懐から取り出しユキを脅すよりも、コナンの蹴りあげたサッカーボールが犯人の顔面にぶち当たる方が速かった。
ビュンッとユキの前を通り過ぎたサッカーボールは犯人の顔に直撃した。あまりの衝撃に倒れ込んだ犯人とともにバランスを崩したユキはわけも分からずに尻もちをついた。
そして「いたっ」と声を上げるユキと犯人の間に、マスターがすかさず滑り込む。
「ユキ!!」
「れ、れ、零くん…何これ」
「怪我は!?どこを打った!?」
「…ちょっとお尻がヒリヒリするだけ、大丈夫だよ」
「犯人確保ー!!!」という声のそばで、コナンは息をつく。「ふう、危なかったぜ」ついつい漏れたその言葉にマスターがギロリとコナンの方を見た。
「ち、違うよマスター、危なかったっていうのは犯人を取り逃さずに済んだってことで、ボールのコントロールのことじゃないって」
「そうだとしても、もしユキに当たったらどうするつもりたったんだ!本当に心臓が止まるかと思ったよ」
「ごめんってマスター」
「だいたい君は…」
ああ、始まった…。いや確かにマスターからしたら今回のコナンの行動はハラハラすることばかりだった。一応その自覚があるコナンは心の中で反省している。ユキさんにも、びっくりさせて申し訳ないと思っている。
けれども、こうなるとマスターの小言は長いんだよな…とコナンは明後日の方を向いた。
ーーったく、このやり方は犯人を捕まえる時の十八番だってのに。
ーーそういう問題じゃない!
ーーはいごめんなさい!
「れ、零くん。コナン君も反省してるみたいだしそろそろいいんじゃない?」
(ユキさん…!ナイスフォロー!そうだよユキさんにそう言われたらマスターだって)
「何を言ってるんだユキ。子どもを叱るのは大人の役目なんだ。こういう時にはしっかりと…ってそう言えば、ユキはなんで車から出てたんだ?俺は車で待ってるように言ってたはずだが」
「いや私はコナン君が心配だっただけで…」
ああ矛先がユキさんに切り替わった。ごめんユキさん、と心の中で謝りながらコナンは内心ほっとした。こういう時のマスターの扱いにはユキさんの方が慣れているはずだ。だから大丈夫…だと思ったのだが、
「そ、そうだよ!零くんたちが全然戻って来ないから私、心配で…」
マスターの話を静かに聞いていたユキが突然話し始め、ぐすんと鼻を鳴らした。そのユキの様子にはコナンもマスターもギョッと目を丸くする。
私1人だけ先に車まで戻ってきて、2人が事件現場から戻って来なくて、何かあったんじゃないかって思って、コナンくんの具合も良くないみたいだったし…。
余程不安だったのか、途端に饒舌に話し始めたユキは涙目でマスターにそう訴える。そんなユキの表情を見て、ぐっと込み上げてける感情を抑えてマスターはユキを抱きしめた。
「ご、ごめんユキ。俺たちは大丈夫だからもう不安なことはないよ。ほら、コナン君ももう大丈夫だろ?」
「う、うん!僕も具合悪い?の治ったから大丈夫だよ、ユキさん」
「そ、それなら良いけど…」
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