降谷夫婦の日常③
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夜11時、お風呂を済ませ諸々の支度を終えたマスターはベッドに入ろうと綺麗に掛けられている布団をめくった。
すると、ポトリと床に落ちる何か。
なんだ…?とマスターが落ちたものを拾おうと身をかがめると、そこには珍しいものがあった。
(これは…ぬいぐるみか?)
見覚えのないぬいぐるみである。今この家にあるぬいぐるみと言えば、ユキが中学の頃水族館で買った白鯨と、つい先月、子どもたちと動物園に行ったときに買った藤色をしたブタのぬいぐるみだけのはずだ。
けれどもマスターを驚かせたのはそれだけじゃない。頭を掴むようにして持ち上げたぬいぐるみ。なんのぬいぐるみなのか確かめようと人形の顔を自分の方へ向けてマスターは目を丸くした。
「零くん?どうしたのそんなところに座り込んで」
歯磨き済ませたユキが白色のモコモコしたパジャマを来て寝室に入ってきた。ユキが来ているパジャマは、先週ショッピングをしたときにマスターと2人で選んだお揃いのもの。ちなみにマスターのは紺色。裸で寝ることが多いマスターでも冬はパジャマを着て寝てくれる、ということでユキが提案して2人でわざわざ買いに行ったのだ。
そんなことはさておき、ユキはマスターの姿を見て首を傾げる。しかしマスターの手の中にある、手のひらサイズの小さなぬいぐるみに気づくと、あ!と声を出してマスターに駆け寄った。
「それ!」
「ユキ、こんなぬいぐるみどこで手に入れたんだ」
「ふふ、可愛いでしょ?私が作ったの」
「可愛いって…なんで俺と同じ顔をしてるんだ」
「それはね、女子高生の子たちに教えてもらったの。推しぬいって言うんだって」
「推しぬい…」
「そう!みんな好きなアイドルとか、好きな芸能人のぬいぐるみを持っててね。ほら私けっこうお裁縫が得意でしょ?だから女の子たちに頼まれたのよ、ユキさんの推しのぬいぐるみ作って!って」
「なるほど…」
つまりそれは、ユキの推しがマスターであるということを示しているも同然。ユキには確かに好きなアイドル歌手や俳優(いずれも女性)がいるはずだが、それでもユキは迷いなくマスターを選んだのである。当然、マスターにはその事実が容易に想像できた。
ふむふむ、なるほどそういうことか、ユキがご機嫌そうに自分のぬいぐるみを作っている所を想像したマスターは、ニヤけそうになる顔を隠していったんぬいぐるみをユキに返した。
すると、ぬいぐるみに対して可愛らしく笑いかけたユキ。「へへ、やっぱり可愛いね」なんて蕩けたような笑顔を向けて、ぬいぐるみの頭を撫でるものだから、マスターは反射的に返したはずのぬいぐるみをユキの手から奪った。なんとなく、モヤッとした気持ちが湧き上がってきたからだ。
「零くん…?あ、もしかして零くんも欲しいの?」
「え?いやそういうわけじゃないけど」
「もう、遠慮しなくても良いんだよ?ゼロぬいはもっとあるから」
ほら見て、と言ってユキはいつも持ち歩いているバッグをクローゼットから取り出してきた。
そして、そこから出てくるのは、エプロンを着たマスター。スーツを着たマスター。そして白いシャツにシックな黒いベストを身に付けたマスター。
「この子はね、女子高生が持ってたキャラクターの衣装を真似させてもらったの。零くんにも似合うと思って」
最後に取り出したベストを身に付けたぬいぐるみについて、ユキはそう説明する。マスターの視界の端でキラリと光ったのは人形が付けているループタイの天然石。無駄に本格的なぬいである。
ユキのバッグから次々と出てくるぬいぐるみに、呆気に取られて思考が回っていなかったマスターは、ユキの話に納得しかけてかぶりを振る。
いや違うだろ、それよりユキはいつの間に俺のぬいぐるみをこんなに量産したんだ…。それに、それぞれのぬいぐるみの衣装に既視感があるのは気のせいか。というかなんでそんな種類が豊富なんだ。そもそもゼロぬいってなんだ。名称まで付いてるのか。なんでユキはこのぬいぐるみを俺が欲しがると思ったんだ。俺が俺のぬいぐるみを持ってるのは、それはちょっと気持ち悪くないか…。
頭の中で思考を繰り返し、ユキの会話に乗せられるがまま、今夜の会話のテーマが「ゼロぬいについて」となったことにマスターはため息をついた。
そのまま布団に潜ったユキとマスターはぬいぐるみを挟む形で横になる。
マスターはユキの話を聞くことが好きである。自分の好きなことや興味のあることを楽しそうに語るユキの顔が好きだから。たとえマスターにとって1ミリも興味のない話であったとしても、ユキが話をしているという事実だけでマスターはいつまででもその話を聞いていられると思っていた。けれども、今回に限りそうはいかなかった。
枕元からこちらを向いている自分と同じ顔のぬいぐるみが気になってユキの話があまり頭に入って来ない。同じ顔をしているのに、ユキが自分ではなくこのぬいぐるみの話をしているのが気に入らない。
「あ、ゼロぬいの由来はね、ヒロくんが零くんのことゼロって呼ぶでしょ?それで語呂が良かったからなんだけど…」
(うん、それは最初から分かってるよユキ。それよりも俺たちの間にこのぬいぐるみを挟むのやめないか?自分の顔が憎たらしくて仕方ないんだが)
せめてもの抵抗として、ユキの意識をぬいから逸らすため、マスターは彼女の頭を撫でたり髪を触ったり、さりげなく背中や腰を触ったりとイタズラをする。しかし全くと言っていいほど無反応なユキ。いつもなら少しは照れたりするのに、今のユキは完全にぬいぐるみに夢中である。
ね、見てよこの子の瞳、ちゃんと零くんと同じ青色なんだよ綺麗でしょ?なんて言ってマスターの目の前にユキはぬいぐるみを突き出した。
くりっとした大きな目で、じっとこちらを見つめてくるゼロぬいに、マスターはなんとなくイラッときた。
うつ伏せでぬいぐるみを見つめながら話を続けるユキ。マスターがユキの髪の毛をかきあげて、ユキの耳をふにふにと触ってみても、彼女は擽ったそうに身をよじるのみ。なんなら邪魔だとマスターから逃げているようにもみえるその行動が、マスターには不服だった。
ユキが持っているのはスーツを着たぬいぐるみ。それ以外の、ユキとマスターの間に寝そべるぬいぐるみ達をベッドの外へ放り投げたマスターはユキとの距離を詰めた。
そして彼女の背に乗るようにして体重をかける。そのまま動けないように後ろから腕を回し、無防備に晒されるユキの耳に、ガブリと噛み付いた。
「ひゃあっ!れ、零くん!!」
「なんだ」
「なんだって、突然なにして…」
驚いて体制を仰向けに変えるユキだったが、不機嫌です!!というアピールを全開にして顔を近づけてくるマスターに、ユキの頭の中は はてなマークで埋め尽くされた。
突然どうしたのか、そんなことを考える暇もなく、マスターは続いてユキの首筋に噛み付いた。ピクリと肩を揺らしたユキ。状況が理解できずよろよろと目線を動かしたユキは、自分の両サイドをマスターの腕に塞がれ、逃げ場をなくしたことを察して顔をひきつらせた。
「れ、零くん…」
「ユキ、そのぬいぐるみを置いて今すぐ俺に構わなければこのまま…」
「わかった!ちょっと零くんストップ!」
「ほら早くその人形を俺に渡すんだ」
マスターが、キスする寸前の距離まで顔を近づけて凄んでくるものだから、普通にビビったユキは泣く泣くぬいぐるみを手放すことにした。
ユキの弱点は色々あるが、中でも顕著なのは擽り攻撃である。マスターに拘束され、その擽り攻撃からなんとか逃げ出さないとと思ったユキは無理やり体を動かした。左右には動けそうにないので、そのまま上にズレたユキ。するとゴツンッと寝室に響く鈍い音。
「いっ〜〜〜」
かなりの勢いでベッド上部に頭をぶつけたユキは声にならない声をあげて悶えた。涙目で痛みに耐えるユキを見たマスターは慌てて彼女の頭を引き寄せてぶつけた箇所を確認する。
「ユキ!?何してるんだ!おいどこをぶつけた、俺のことが見えるか、目眩や吐き気は…」
「だ、大丈夫」
「ほんとか?すぐに冷やすものを持ってくるからちょっと待っててくれ」
* * *
マスターが持ってきた保冷剤とタオルでぶつけた箇所を固定されはユキは、そのまま体を倒されて布団をかけられた。ユキは完全に意気消沈してしまっている。マスターにされるがまま布団に沈み、涙目で天井を見つめることになったユキ。とりあえず、ユキの涙を親指で拭ったマスターは、彼女の機嫌を直そうとまず床に落ちたぬいぐるみを拾って枕元に戻した。
「そういえば、このぬいぐるみは結局女子高生たちに見せたのか?」
「え?」
「さっき言ってただろ、頼まれたって」
「えっと、それがね…」
さっきまでの勢いはどうしたのか、せっかくマスターの方からぬいぐるみの話を切り出したのに、途端に歯切れの悪くなったユキは恥ずかしそうに布団を持ち上げて顔を隠そうとした。
「ほ、ほんとはね、女子高生たちにマスターのぬいぐるみ作ったら見せて欲しいってお願いされたんだけど…なんかそれは嫌だったから、作れなかったって言っちゃった。だって零くんはアイドルじゃないんだもん。私が独り占めしたくなっちゃったの…」
そう言いながら、目線を泳がせ、じんわりと頬を桃色に染めたユキ。その回答に、ズキュンと心臓を撃ち抜かれたマスターはすりすりとユキの頬を撫でている手をピタっと止めた。
突然、真顔になってフリーズしたマスターに、ユキもマスターの表情の意味が分からず小首を傾げる。そんなユキを見て、もう一度ユキの目から伝う涙を拭ったマスターは、そのままユキの目尻に口付けた。
びっくりしてユキは目を閉じた。マスターが唇を離すと同時にゆっくり目を開ければ、今度はご機嫌な様子で、わずかに口元に弧を描くマスターの顔が、ユキの瞳に映っていた。
(ユキ…君はどこまでも可愛いな。そんなに俺を独り占めにしたかったのか。だから隠すようにしてバッグに入れてたんだな…)
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