輪廻を巡る旅(前編)
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「あれ、理央?理央だよね…!」
「うんそうだよ、久しぶり」
「久しぶり理央!!」
時刻はお昼過ぎ、お客さんが少なくなってきたこの時間、喫茶ポアロに一人の青年が現れた。
ユキに理央(りお)と呼ばれるその青年は、ユキの姿を見つけては足早に彼女に駆け寄り、そして抱きついた。
抱きついた!?!?
いつものようにポアロにいた蘭と園子はその光景を見てあんぐりと口を開けて驚いた。蘭の隣に座っているコナンも、予想外の光景に思わず持っていたフォークを落とした。
カラン、と音を立てて床に落ちたフォークに気がついたユキは、慌ててコナンのもとへ行きフォークを拾う。
「コナン君大丈夫?これ今変えてくるから待っててね」
「あ、うんありがとうユキさん…」
そう言いながらキョロキョロと辺りを見回すコナンはマスターの姿を探した。
今は買い出しか?さっき裏に回ったのは見たが倉庫に用があっただけかもしれない。となるとマスターはすぐに戻ってくるか…。
「はいこれ、今度は落とさないように気をつけてね」と言って渡されたフォークを受け取りながら、コナンは先程ユキに案内されてカウンター席に座った男から目が離せないでいた。
「ちょっと蘭、あの人知ってる?」
「知らないよ、私も初めて見た」
「ううん…さっきユキさんと抱き合ってたけど、どういう関係かしらね。もしやこれは浮気、不倫…」
「ちょっと園子、ユキさんに限ってそんなことあるわけないじゃない」
「まあそうよね。とすればユキさんに一方的に好意を寄せている相手。いずれにしても…」
修羅場ってやつなのでは!!と声をあげる園子にコナンは思わず叫んだ。
わーーー!!!という子ども特有の高い悲鳴に耳を塞ぎながらコナンを睨む園子。そんな園子に、コナンも負けじと睨みをきかせて彼女を見た。
(おいおいオメー分かってんのか。マスターに聞かれたらどうすんだよ。マスター怒るとマジで怖ぇんだぞ…)
男性が店に来てから、今までの光景をマスターが見ていなくて良かったとコナンは心の底から思った。とりあえず、何かの勘違い、偶発的な事故の可能性を考えて、コナンはちゃんと事情を聞くためにユキに声をかけようとした。その時、マスターがポアロへと戻ってきた。
「ユキ、アレもう売り切れてたみたいだよ」というマスターの声にビクリと反応したコナンはマスターと男の姿を交互に見た。
じーっと、目線を外すことなく例の男性はユキを見ている。
(なんなんだこの人、でもストーカーとかではないよな。だってさっきユキさんと親しそうにしてたし、第一最初に声をかけていたのはユキさんの方だったはずだ)
マスターはこの男の不自然な目線に気が付かないのか、そんなはずは…と再びマスターへと視線を戻したコナン。その先で、園子に呼び止められるマスターを見てコナンは絶句した。
「マスター、あの男の人って…」と意味深な目線を向ける園子を前に、おい!余計なことすんじゃねー!とコナンは叫びそうになった。しかしコナンの心配とは裏腹に、園子に向かってふっと微笑んだマスター。
「…園子さん、いったい君が何を考えてるかは分からないけど、君が考えているようなことにはならないから安心してくれ」
園子に向かってそう言ったマスターの声に、ずっとユキを目で追っていた男がようやく彼女から目線を外した。そして、マスターを見るなり席を立ち、マスターのもとへゆっくりと歩いてゆく。
その光景を固唾を飲んで見守るコナン、園子、蘭。わざわざ自分からマスターに近づいていくなんて、いったい何を企んでいるのか、そんなことを考える3人だったが、しかしながら男がマスターへと発した言葉は、3人の予想とは大きくかけ離れていた。
「お久しぶりです、義兄さん」
「ああ久しぶりだな理央」
そんな会話を聞き、放心すること数秒。最初に我に返った蘭は状況を理解しホッと息をつく。次いで状況を理解したコナンと園子は、目の前で固く握手を交わす男2人を見て叫んだ。
「えええええ!!兄弟!?マスターの!?」
「いやちげーだろ」
「ちがうの?」
「どう考えてもユキさんの弟でしょ、その人」
「…ちょっと何よその顔、ガキンチョのクセに。それになんでそんなとこまでわかるのよ」
「だってマスターと似てないし、マスターに敬語使ってるし、ユキさんと親しげにしてたから…」
* * *
「へぇ海外の大学に行ってたんですね」
「ええ、やっぱり最先端の医学を学ぶにはアメリカで勉強する必要がありますからね」
「すごーい!!それじゃ理央さんってめちゃくちゃ頭良いってことじゃないですか!」
「園子さん、そんなに褒めても何も出ないですよ」
なんやかんやで理央という青年に興味津々な蘭と園子は、ものの数秒で彼と打ち解けた。ユキの助言により蘭や園子の座る反対側のボックス席に案内された理央は現在、女子高生から怒涛の質問攻めに合っていた。
高校卒業後、アメリカの大学で医学を学び日本に帰ってきたという理央。園子はそんな理央に飛びつくように席から身を乗り出した。少し前まで、マスターと理央の修羅場を見られなかったことに不貞腐れていたとはとても思えない。
ユキに似て容姿の良い理央は、やはり園子に気に入られたらしい。それもそうだ。ユキの弟というだけでだいぶ評価は高いが、それに加えて理央は本当に顔が良かった。マスターにも引けを取らないんじゃないかな。ユキと似て少しばかり童顔であるが可愛らしく整った顔立ちをする理央はさながら人気男性アイドルのようだとコナンは思った。
はあああ、とコナンは大きくため息をつく。よくよく考えればあのマスターとユキさんが修羅場など迎えるわけがない。なんだか無駄にハラハラさせられたようで、精神的にどっと疲れた気がする。決して蘭が理央とかいう青年に夢中なことに参っているわけではない。
そんな中、蘭と理央の会話の中でコナンは1つ疑問に思ったことがある。日本で行われた医師国家試験といえば確か…直近のものはもう半年程前になるんじゃないか?この疑問を、反射的に口にしたコナン。
理央は驚いたようにコナンを見た。確かに、理央が日本に帰ってきたのは半年前だ。コナンの疑問に理央がそう答えると、パスタを載せたプレートを持ったユキが、理央の前に顔を突き出した。
「え?そんな前に帰ってたの?ならもっと早く教えてくれれば良かったのに」
「勉強に集中するために家族には日本の国家試験に受かってから会おうって決めてたんだ」
「それじゃあもしかして理央、試験受かったの?」
「うん昨日、姉さんに一番に報告したくて」
「すごい、すごいよ理央!!おめでとう!!」
「ありがとう姉さん」
嬉しい嬉しい。全身でそう表すように大きくリアクションしたユキに、理央も嬉しそうに笑った。
「2人ともすごい仲がいいんですね」
「うんうん、理央は昔から私のこと大好きだもんね?」
「うん、よく分かってるじゃないか姉さん」
ユキの言葉に満足そうな笑みを浮かべる理央。そんな理央が一瞬だけ、マスターに挑発的な目線を向けたような気がするのはコナンの気のせいか。
無論気のせいではない。確かに理央は自他ともに認めるシスコンであるが、人前でベタベタと姉に触れるようなタイプではない。どちらかといえばユキの方からくっついてくるように誘導するタイプである。しかしながらマスターの前で、わざとユキを抱きしめる理央は完全にマスターを挑発している。マスターもマスターでそれを理解しているため微妙にひきつった笑みを浮かべているが、現在ポアロ店内で、お客様のいる手前何も言うことが出来なかった。
「どうして医者になりたいって思ったんですか?」
ふいに蘭が理央に向かってそう問いかけた。それに対して、優しげに目尻を落とした理央はユキの方を見てこう答える。
「そうだな…例えば姉さんが何か重い病気にかかったとして、俺に医学知識があれば、俺が治してやることができるんだ」
「もう、理央は昔っからこんなことばっかり言ってるんだよ?」
「いいだろ、姉さんのことが大好きなんだから」と理央は力強くユキの手を握った。姉の笑顔を見て、それに呼応するように笑う理央は幸せそうに見えるはずなのに、少し震えているようにもみえるほど力強くユキの手を握る理央の手。それが決して彼女の手を離すまいと、彼の強い意志を示しているいるようだった。
理央とユキを中心に盛り上がっているボックス席を俯瞰して眺めていたコナンは、その光景を少し不思議に思った。
ふわふわと雲のように不明瞭な意識の中で、"私"はどこかの家庭の中にいた。ソファに座っている私は、膝の上に小さな弟を乗せて一緒にテレビを見ている。隣を向くと、家の棚には赤色のランドセルが置いてあった。どうやら私は夢の中で小学生の女の子になってしまったらしい。私は小学生の女の子で、まだ小さな弟がいた。顔はぼやけていて良く見えないけど、この女の子にとても懐いているようで、甘え上手のとても可愛らしい弟だと思った。両親が出してくれたお菓子を一緒に食べながら、何となく見覚えのあるヒーローアニメを私たちは見ているようだ。
ふっと意識が引き戻された。ゆっくり目を開けると、そこはいつも零くんと一緒に寝るベッドの上で、いつもの家の天井が見える。
(ふふ、なんかすごい可愛らしい夢を見ちゃった。)
穏やかな、暖かい気持ちに包まれたユキは気分良く目を覚ました。
「おはようユキ、今日はちょっと早いな」
「おはよう零くん……んん?」
「どうしたそんなしかめっ面して」
「いや、零くんにさっきまで見てた夢の話しようと思ったのに忘れちゃった…」
マスターと一言二言交わすうち、ユキの頭の中から煙のように消えてしまった夢の記憶。零くんに絶対話したかったのに…と項垂れるユキに、それじゃあ思い出したらちゃんと教えてくれよ。とマスターは笑いながら彼女の背を押して洗面台へ向かわせる。
まだ寝惚けているのか、フラフラと歩いて壁に当たりそうになるユキの肩をマスターはそっと自分の方へ引き寄せた。
* * *
――喫茶ポアロ
昨日に引き続きポアロへ訪れた理央。昨日、ユキと再会できたことが本当に嬉しかったのだろう。客足の少ない時間にユキを呼び止めては、その度に楽しそうに話をしている姉弟の姿を見て、マスターは無意識に笑みをこぼした。
「そうだ姉さん、今度買い物に付き合ってよ」
「うん、もちろん!何か欲しいものがあるの?それならお姉ちゃんに任せてね!」
(そういう意味で言ったわけじゃないけど、姉さんが嬉しそうだしまあいいか)
そういえば、昨日蘭や園子たちと海外留学していた話をしていたが、マスターとしても、当時は理央が海外へ行く選択をしたことに驚いたものだ。まさかこれだけ姉のことが大好きな理央が、たった数年であってもユキのもとを離れる選択をするとは思ってもなかったから。
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