スキー場にて迷走
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「はい蘭ちゃん。今日のためにお菓子を作ったから皆で食べよう!これ、後ろに座る子供たちに回してね」
「わあユキさん、ありがとうございます!」
スキー場へ向かうバスの中、ユキはバッグの中からおもむろにクッキーの袋を取り出した。
こうして友達とバスに乗り遠足気分を味わえるのは何年ぶりだろうか。このクッキーは先週決まったこの日帰りスキー旅行を楽しみにしていたユキが昨夜作ったものだが、まだ目的地にすら着いていないというのに彼女は随分と楽しそうである。しかし、ユキの隣の席に座るマスターの様子がなんだかおかしい。少しばかり険しいような表情をしている。
マスターこの時、ある重大な事態に気がついてしまっていた。ユキの笑顔を真剣な顔で見つめるマスターは、ここ最近の出来事を振り返る。そして、マスターはついに、ここ最近の自分たちの事件遭遇率および事件巻き込まれ率がとてつもなく上昇していることを自覚し、座席の上で戦慄した。
(まったく、最近の米花町はどうなってんだ…?いや俺たちの運がないだけなのか、そろそろユキと一緒にお祓いにでも行くべきか…)
車窓から見えるのは雪山。俺たちが今から向かう場所であるが…雪山でスキー、雪山での事件といえば雪崩、遭難、と連想したマスターは隣のユキを見て、咄嗟に彼女の手を掴んだ。
「れ、零くんどうしたの?」
「ユキ…頼むから遭難はやめてくれよ、雪崩に巻き込まれるのも」
「ええ!?どうしたそんな恐ろしい発想に!?大丈夫だよ、一緒ににスキー楽しもう?」
「ああ、そうだな」
そう言いながらもマスターは握った手を離さない。いや、どうにも物騒な思考を切り替えることのできないマスターにはその手を離すことができなかった。心なしか力のこもったマスターの手に握られ、不思議そうに目を丸くするユキ。しかし彼女は特に気を留めることなく後ろに座る蘭とのお喋りに夢中になっていた。
今日この観光バスに乗っているのはマスターとユキの他に、少年探偵団といつもの女子高生3人。そして阿笠博士と景光だ。園子の力により貸切になったバスが目的地に到着する。ずっとユキの手を握っていたマスターは、その瞬間も手を離すことなく、そのまま下車した。
スキー場到着。スキー板を装着等もろもろ準備を終えた後、マスターは再びユキの手を握った。
「あの、それだと滑りずらいんじゃ…」とインストラクターに指摘されるが、真顔で気にしないでくれとマスターが圧をかけるので、インストラクターの彼はそれ以上何も言うことができなかった。
マスターは今日1日できるだけユキの手を離さないことで最近の悩み対策を図ることにしたのだ。
「そういえばユキさん。スキーに誘ったとき、かなりノリノリだったけど もしかして得意だったりするのかい?」
「え?ううん全然。スキーに来るのはむしろ初めてだよ」
笑顔でそう答えるユキに世良はなんだか少し嫌な予感がした。ユキの運動能力についてはみんなも知っての通り。初心者のユキにとってスキーはかなり難しいだろうと思った世良は、ユキにスキーのコツを教えてあげようと思った。そうすればユキともっとお話ができる。だから世良は、僕がスキーのやり方を教えてあげるよ!と声をかけた。しかし、先程からユキの手を掴み、横にピッタリとくっついているマスターがそれを許してくれなかった。
「それは絶対ダメだ」
「…ちょっとマスター、もしかして今日ずっとユキさんと手を繋いでいるつもりじゃないだろうね?」
若干引き気味でマスターを見る世良だが、マスターは特に気にする素振りもなく、何か問題でも?といった態度である。
どれだけ周りに指摘されてとしても、マスターにもそれなりに譲れない理由があるのだ。ユキが心配、ただそれだけの大きな理由が。
(というか、なんでユキはこのスキー旅行にあんなに乗り気だったんだ?ただでさえ運動神経がちょっとアレなのに。この間ポアロの前を雪かきをしたときだって…)
あれは先月、店前に積もった雪をどうにかしようと毛利一家と協力して雪かきをしていたとき。雪の上で盛大にコケたユキは全治2週間の捻挫をした。そして先日、少年探偵団と公園で雪遊びをすると言って家を飛び出したときも、とんでもなく雪まみれになって帰ってきたユキの姿は記憶に新しい。家の中で服を脱いだら床に雪が積もった。どうしたら服の中にこれだけの雪が入り込むのかマスターには甚だ疑問であった。
それにしてもなんで急にスイッチが入ったのだろうか。もともとユキは自分の運動能力を実際よりも過信している節があるが、まさかスキーに興味があったとは。マスターとしては少し意外だったのだ。もちろん、ユキにそこまで真剣にやらせるつもりは毛頭ない。張り切って怪我することは目に見えている。
まだスキー場へ来て1時間も経っていないはずだが、もはや何が起こってもおかしくないとマスターは思い始めていた。
もう早く宿へ戻って彼女と2人で大人しく過ごしたい。ついさっき、リフトから降りる際に躓いたユキの服にくっついている雪を払いながら、マスターはそんなことを思っていた。
そしてインストラクターの指導を受けながら滑り始めること数分、ついにこの時がやって来た。
どこからか聞こえてきたとんでもなく大きな轟音。音の方へ顔を向けると、雪山の頂上付近で舞い上がる吹雪が見えた。
上で舞っているように見えた雪は徐々にこちらへ近づいてきている。ゴゴゴゴゴという地鳴りを響かせながら崩れ落ちてくる雪に、スキー場にいた人たちは一斉に逃げ出した。もちろん、マスターやユキも急いで雪山を降りようと走るが、雪のなだれるスピードの方が速かった。ユキの手をよりいっそう強く握ったマスターは上から降り掛かってくる雪に目を瞑った。
* * *
雪の中からなんとか自力で脱出したマスターはそのままユキの手を引き、雪の中から引き上げる。
「ユキ、怪我はどうだ?頭を打ったりしてないか?」
「うん多分大丈夫だと思う。ちょっとびっくりしたけど」
「それなら良かったけど、少しでも調子が悪かったら言ってくれよ。とにかく一度ここから抜けよう。雪と一緒にかなりの距離流されたみたいだな」
とりあえず問題のなさそうなユキの様子にホっと息を吐きながらマスターは辺りを見回す。一緒にスキー場にいた人達が1人も見当たらない。自分たちだけがかなり遠くまで流されてしまったのか。それとも他の人達も近くにいるのかすら分からない。彼女としっかり繋いだ手を見てもう一度息を吐く。本当に、本当に彼女と離れ離れにならなくて良かった。
ふう、と息をついたユキの足が止まる。ちょっと疲れちゃったと苦笑いするユキの肩を抱きながら、マスターも一度立ち止まった。不意に、吹雪の中から見えた天然の洞窟。雪に埋もれず、かなり大きな空間のあるその一時的に洞窟は身をしのぐに良さそうだ。山の向こう側へ沈んでいく太陽を眺めながら、マスターは一度その洞窟へ避難したほうが良いと判断した。
とにかく、さっさと洞窟へ向かおう。この灯りひとつもない雪の果てでは、日が暮れてしまうと左右も分からなくなるほど真っ暗になるだろう。
「そういえば、どうして急にスキーに興味を持ったんだ?」
「えっと…あのね?実は蘭ちゃん達に誘われる前の日の夜に夢を見たの」
「夢?」
「うん!まるでスキー選手みたいに、私がすごいスピードで雪山を滑ってる夢」
「そういうことだったのか…」
洞窟の中で身を寄せ合いながら、寒さを凌ごうとするマスターとユキ。ふと、マスターの思い出したように口をついた質問に、ユキは先週あたりに見たという夢の話をし始めた。
(良かった。ユキが不安そうにする様子もないし、体調も問題なさそうだ)
せっかくの旅行で、またも事故に巻き込まれた。いやもしかしたら事件かもしれない。この未来があながち想定出来なかったわけではなかったことが恐ろしい。
はああと大きくため息をつくマスターに、ユキは不安そうに眉を下げる。
「零くん大丈夫?具合が悪くなっちゃった?」
「え?いや俺は大丈夫だけど。それよりも君の体調の方が心配だよ。もっとこっちへ寄って、できるだけ身体を暖めないと」
「うん…」
数時間後...コナンと景光を筆頭に夜通し捜索していたスキー教室に来ていた面々は、洞窟内で身を寄せあって眠っているマスターとユキを見つけて心から安堵した。
景光にいたっては自分のスキーウェアを2人に被せ、涙目になりながら大切な幼馴染たちの無事を嚙み締めた。
(2人とも、見つかって本当に良かったけど...なんでスマホに気がつかなかったんだ。めちゃくちゃポケットで光ってるじゃないか..)
そう、どちらかがスマホの存在に気がついていたらこの捜索はここまで時間がかかることはなかったのだ。だから景光たちは連絡が取れないことに焦ったし、事態は一刻も争うものになっているだろうと必死だった。けれど、しっかりと手を繋いで、安心しきった顔ですやすやと眠っている2人。最悪の事態を想像してしまい焦り散らしていた自分の心配は杞憂だったのだと、景光は思わず苦笑した。
(うん、まあ2人が無事でよかった。とりあえず明日にでもお祓いへ行かせよう…。)
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