ポアロの特別な休日
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な、なにこれ!?
今朝、届いた荷物の量を見てユキは大きな声をあげて驚いた。それにすっ飛んで来たマスターも、座り込むユキと床に広がる大量の薄力粉に目を丸くした。
最近ケーキの取り寄せ注文が多くあったため、ケーキの材料をまとめて発注したのだが、どう見ても薄力粉の量が異常である。こういったミスは珍しいな、とマスターは床に座り込むユキを見た。彼女は自分のミスにひどく落ち込んでいるようで、マスターはそんな彼女のそばに寄りぎゅっと抱きしめて慰める。内心ではかわいいなあと思いながらも、口に出すと零くん!!と怒られるのでマスターは心の声を押し込めてひたすらに和やかな笑顔で彼女の頭を撫でるのだった。何をしても可愛く見えるというのはこのことか。
大量の薄力粉をどうすべきかと考えた結果、思い付いたのはお菓子の大量生産である。
梓のアイディアにより約2週間前から常連客に配っていた"お菓子作り体験"のチラシのおかげか、今日のポアロには20人近くの人たちが集まっていた。いわばプチお菓子作り教室である。今日招待したのは基本的に常連客だけなので、お客さん同士も顔見知りが多くあちこちで盛り上がりを見せている。
店の中央には少年探偵団の子どもたち、蘭、園子、世良の3人組、他にも近所の子どもたちや奥様方の姿も見えた。
「ユキお姉さんこんにちは!」
「少年探偵団の皆さんこんにちは」
「今日は何を作るんですか?」
「うな重も作れんのか?」
「うな重…?」
ごめんね、それは作れないかも。と困ったように答えたユキにコナンと灰原は苦笑した。
気持ちを切り替えてコホンと咳払いをしたユキは、いつの間にか店の壁に設置されたホワイトホードの前に立ち、本日やることについて話始める。
「皆さんこんにちは、今日はお集まりいただきありがとうございます!こんなに集まってくれるとは思っていなかったから今すごく緊張してるけど、今日の説明をしますね」
少し緊張しながらも、ゆっくりと話し出すユキを常連客たちは笑顔で見守る。ここの常連客にとって、ポアロの料理はもちろん大切だが、マスターとユキの人柄や笑顔を見たくてポアロに通う人も多いのだ。つまるところ、ポアロの常連客は皆、マスターとユキのことが大好きなのである。
「今日は、なんと!マフィンとレモンムースを作りたいと思います!!」
ジャジャーン!と効果音が付きそうなくらい得意げに今日のメニューを発表したユキに、前列で話を聞いていた小さな子どもたちが飛び跳ねて反応する。ポアロにいる人々はその可愛らしい光景に微笑んだ。ユキの隣にいたマスターや梓に至っては"子ども×ユキ"のその可愛さにやられて完全に表情が緩みきってしまっている。もちろん、今日のイベントを楽しみにしていた女子高生たちも、いよいよ始まるお菓子作りを楽しみだというように笑顔で顔を合わせた。
「マフィンとムースだって!楽しみだね2人とも」
「ほんとほんと!私前からユキさんにお菓子作り教わってみたいって思ってたのよ!」
「マフィンか、あんまり食べたことないけど、ユキさんに教わって作ったら何でも美味しくなりそうだよな」
「世良ちゃんそれ、すごい口説き文句だね」
「でもその通りだろ?ね、ユキさん」
ユキに向かってにっこりと笑った世良。それを見たマスターはとろけたチーズのように緩まっていた表情を一瞬にして引き攣らせた。マスターの横で、世良の言葉に照れながら笑うユキとマスターに向かって謎のウィンクを飛ばす世良。世良のやつ、完全に確信犯である。
あちらこちらで盛り上がりを見せるポアロ店内。そんな中、1人の男が少し遅れて到着してきた。店の扉が開いて反射的にこんにちは!と爽やかな笑顔で入ってきた客に挨拶をしたマスターは、その客の顔を見て、数秒前の爽やか笑顔が嘘のように真顔になった。
「おい、なんで沖矢昴がい来るんだ。暇なのか大学院生」
表情筋が絶賛大忙し中のマスターは沖矢が店に足を踏み入れようとした瞬間、沖矢の行く手を阻んだ。
「実は最近料理にハマってましてね。ユキさんの作るショートケーキが大好きなもので、ぜひこの機会にお菓子作りもと思いまして」
「本日は既に店員オーバーですのでお帰りください」
「零くん、まだ頑張ればお店の中には入れそうだよ?」
「…だそうです、彼女に感謝してください」
相変わらず、最初のすれ違いから一向に改善する傾向にない2人の仲の悪さに、コナンは沖矢のとある言葉を思い出した。「実はマスターの反応が面白くてつい」と変声機越しに語っていた沖矢昴もとい赤井秀一は悪い顔をしていたに違いない。なんだかんだ沖矢はマスターのことが気に入っているのだ。
(ただ、その沖矢昴の態度がマスターにとっては地雷みてぇだけど…)
こうして本日の参加者が無事集まったところで、お菓子作りが始まった。まずは、マフィンの材料を皆で確認し、薄力粉、ベーキングパウダーとバターをよくかき混ぜる。そこに砂糖と塩を加えてふんわりとかき混ぜる。そして溶き卵を数回に分けて加えながらよくかき混ぜる。
「うう〜ずっと混ぜる作業は案外大変なんですね」
「ほんとう、歩美もうヘトヘトになっちゃう」
「あら、お菓子作りは大抵こんなものよ?手を休ませると美味しさが半減しちゃうから」
さっそく音を上げる子どもたちを見て灰原は得意げにそう語る。普段から料理をしている灰原にとっては当然のこと。これくらいで弱音を吐いているようじゃまだまだだと言いながら軽く作業をする灰原を見つけたユキは灰原に感動の眼差しを向けた。
「哀ちゃんよく知ってるのね!お菓子作りが好きなの?」
「ええ、料理は昔からよくやってたし」
「昔からって…哀ちゃんってものすごい天才なのね」
おい、灰原。おめぇ今小学1年生だってこと忘れてねぇか?コナンは楽しそうにユキと話す灰原に心の中でツッコんだ。相手がユキさんじゃなかったら問題発言だったぞ。
しかし、子どもたちが言うように思ったよりも疲れる作業だ。俺たちは交代で混ぜているからいいものの、1人でやるには大分骨が折れるだろう。マスター、ユキ、梓に手伝ってもらいながら一通り生地を作り終えたので、後は皆で型に流し、オーブンで焼くだけ。
焼いている間にムースを作りましょう!と再び泡立て器を手に取ったユキは想像以上にスパルタだった。
「ユキさんたち毎日こんなことやってるのね、やっぱりポアロの名は伊達じゃないわ」
「そうでしょう?うちのユキはお菓子作りが得意ですからね」
疲れた手をブラブラと振りながら音を上げる園子の呟きに、颯爽と反応したマスターが満面の笑みで食い付いてきた。 なんだか今日のマスターは若干テンションが高いような。それからユキの話に興味津々な女子高生たちに気を良くしたマスターは、ユキ自慢をし始めた。
今日のポアロ内はいつにも増して賑やかだ。常連客たちがこうして集まり、交流を深め盛り上がりをみせるのも、この夫婦の人望がなせる技なのだろう。
そんなポアロの店の外に、見慣れた2人組の刑事が通りかかった。
「あれ、今日はポアロ定休日じゃなかったっけ?」
「あ?まあ日曜だからな、って随分盛り上がってんじゃねぇか」
定休日のはずのポアロの中がやけに騒がしいことに気がついた松田と萩原は足を止めて、窓から中を覗いてみる。するとちょうどこちらを向いたユキが2人に気付き、パッと笑顔を見せてポアロの扉を開けた。
「2人ともお仕事お疲れ様です!良ければお2人もどうですか?たくさん出来たのでタイミング良く訪れた2人にもお裾分けです!」
「ん?タイミングって何かイベントでもやってたの?」
「はい!今日は常連さんたちとお菓子作りをしてたんです」
そして、どうぞどうぞとポアロに2人を招き入れたユキ。常連のイケメン刑事2人がポアロに来たことにイベントに参加していた女子中高生がここぞとばかりに目を輝かせた。これ!私たちの作ったやつなんですけど!と次々に配られる作り立てのお菓子に萩原は笑顔で受け取った。
「ほら、陣平ちゃんも!可愛い子たちから貰えるお菓子なんて最高だろ?」
「あれ?萩原も松田もいつの間に、てかその格好、お前ら仕事中じゃないのか」
「いやー、なんかユキちゃんに誘われちゃって」
こうしていつにも増して賑やかになるポアロは大勢の人たちの笑い声に包まれてこの特別な休日を終えたのである。
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