降谷夫婦の日常②
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休日、フリーランスで行っている副業での作業を終えたマスターは、手を大きく広げ伸びをしたあと、隣で編み物をしていたはずのユキに目線を向けた。すると机に突っ伏している彼女の姿が…。両腕を枕がわりにして頬っぺたを潰しながら眠っている。
仕事用のデスクから立ち上がり、おもむろにユキに近づいたマスターは、すやすやと眠る彼女の隣に腰掛けてその場に頬杖をつく。そうしてマスターはうっとりと目尻を緩め、恍惚とした表情でしばしの間彼女を眺めるのだ。
マスターがしばらくユキの寝顔を見ていると、パチリと彼女の瞳が開かれた。
「おはようユキ」
「あ、零くん…お仕事終わったの?」
「ああ、ちょっと前にな」
小さく欠伸をしたユキは、体を起こし眠そうに片手で目を擦る。その手をやんわりと退けたマスターは、机の端に片付けられた裁縫道具と作りかけのニットに目を向けた。青と白で編まれているそれは、青色の袖の途中で途切れている。
「青色の毛糸が無くなったのか」
「そうなの、ギリギリ足りると思ったんだけど」
「それなら少し外に出ないか?」
「お買い物?」
「それもあるけど、今日は天気も良いし、たまには外をぶらぶら歩くのも良いかと思って」
マスターの提案にユキは大きく頷いた。眠そうだった彼女の瞳も、少しばかり楽しそうな様子に変わる。すぐに机の上の片付けを始める彼女を横目に、マスターも急いで2人分の上着を取りに行った。2人でのお出かけはいつでも楽しみなものである。
* * *
マンションを出た2人は、しっかりと互いの手を握り、普段はあまり行くことのない商店街の通りまで歩いて行くことにした。
ショーウィンドウに並ぶ綺麗な服に目をとられ、ふらふらと歩みを進めるユキに気が付いたマスターはピタリと足を止める。
「欲しい服があるのか?」
「ううん、綺麗な服がたくさんあるなって思って」
「確かに、この桃色のカーディガンは君に似合いそうだな」
「ほんとう?それならこっちの紺色のパーカーは零くんに似合いそう」
そう言って顔を合わせる2人。なんだか気分の良くなったマスターはユキの手を引いてお店の中へ入る。そして先程彼女が眺めていた服と、彼女に似合うと言われた自分の服を手に取り、それらをレジに持っていく。
迷いのないマスターの行動に え!?と驚くユキを他所に、マスターは満足そうにお会計を済ませた。そして彼女の手を引き店を後にする。
さてと、予定外の買い物を終えた2人は商店街を抜けて、大通りへ出る。すると、2人の足元にトマト缶がコロコロと転がってくるではないか。とん、とマスターのつま先にぶつかったトマト缶に2人は再び顔を見合わせる。
少し離れた道端には、破れた買い物袋から飛び出てしまった野菜やお惣菜を慌てて拾う老婦人の姿があった。トマト缶を拾いアイコンタクトを取った2人はすぐに老婦人のもとへ向かう。
「あらあら、手伝ってくれてありがとうねえ」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですからね」
「あの、荷物がかなり多いようですけど家はすぐ近くなんですか?」
「そうねえ…あと15分くらいかしら」
「それなら僕らが荷物をお持ちしますよ」
袋はこれを使ってください。とマスターは先程余分にもらった紙袋に老婦人の荷物を入れた。1人で持つには随分と重い荷物をマスターが持ち、ユキが老婦人を横で支えながら歩き、2人は老婦人を自宅まで送り届けることにした。
お礼にもらったりんごを持ったまま、続いてマスターとユキは近くの手芸用品店へ向かうことにした。しかしその途中、電柱のそばで泣いている子どもを見つけた2人。ユキはすぐに子どもの方へ駆け寄り、目線を合わせるようにしてしゃがんだ。
「こんにちは、ボク。1人でどうしたの?」
ユキが優しい口調で泣きじゃくる子どもに寄り添うと、子どもは小さな声で母親とはぐれたのだと教えてくれた。そんな子どもをマスターは軽々と片手で抱きかかえる。
「お母さんの見た目がどんな感じか僕らに教えてくれないか?一緒に探してみよう」
「うん、きっとすぐに見つかるよ。だから泣かなくても大丈夫。そんなに擦ったら目が痛くなっちゃうよ」
終始穏やかな雰囲気を纏う2人に子どもの方も安心感を覚えたのか、子どもの目に溢れていた涙はいつの間にか止まっていた。今ではマスターの腕の中でキョロキョロと母親を探している。
1人になるまで何をしていたのか、どこで迷子だと気が付いたのか、マスターはひとつひとつ子どもに質問をし、母親が現在いる場所に当たりをつけた。
そうしてマスターの推測した場所の周辺をしばらく歩いていると、どこからか大きな声を出しながら走ってくる女性が現れる。あ!お母さんだ!!と言ってパッと顔を明るくした子どもに、マスターとユキも安心したように微笑むのだった。
「お兄ちゃんたち、ありがとう!」
「本当にありがとうございます!あの、これお礼という程のものではないですけど」
こうして迷子の子どもの母親から受け取った一房のバナナを持って、2人は再び目的地へと歩き出した。
「ユキ、歩き疲れてないか?」
「うん、大丈夫」
「ならいいけど。思っていたより長時間の散歩になったからな。我慢だけはするなよ?」
* * *
黄、青、緑、赤、桃、白、橙と並ぶ毛糸玉を前に、ユキはどうしよう…と首を傾げた。
「何をそんなに悩んでるんだ?欲しい色がたくさんあるなら全部買ってもいいんだぞ」
「ダメだよ、買ったのに結局使わなかった…なんてことになったらもったいないでしょ?」
「でもユキならその余った色を使ってまた別のものを作るだろ?」
「た、確かに…えっとそれじゃあ」
結局、目的の青色を含め3色の毛糸を買うことにしたユキは満足気な表情で店を出た。そんな彼女の笑顔を見て、マスターもつられて幸せそうに目尻を下げる。
さすがにそろそろ帰ろうかと、2人は帰路に着く。信号が赤から青に変わり、横断歩道を渡ろうとしたとき、横から猛スピードでこちらに向かってくる車に気が付いたマスターは慌ててユキの手を引いた。強く腕を引かれて、足をもつれさせたユキは、驚いて目を見開いた。その視線の先で、赤信号を無視して通り過ぎる1台の車。ユキを支えながら歩道へ戻ったマスターは目の前を横切った車を睨んだ。そして、その車はけたたましい音を立ててそのまま近くの店へ激突する。
「れ、零くん!車が」
「ああ、ユキは警察に連絡できるか?」
「うん」
建物に正面衝突した車を見たマスターはまず運転手の様子を確かめなければとユキに警察への連絡を任せた。その後、運転手の安否を確認したマスターは急いで救急に連絡する。
大きく潰れた車に粉々になった建物の窓ガラス、そして建物と車に挟まれた運転手を助けだそうとする救急隊員たち。目の前の光景に唖然として立ち尽くすユキをそっと腕の中へ抱き込んだマスターは、帰り道に事故を目撃したことで待ち受けている事情聴取に大きくため息をついた。
(僕らはただ、散歩をしていただけだったはずなのに。どうしてこうなるんだ…)
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