よくある勘違い
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ある日、ポアロのお客さんからもらった雑誌を眺めていたユキは、あるファッション誌の1ページに目を留めた。そして唐突に思いついたのである。マスターに腕時計をプレゼントしようと。私たちは職業が職業なだけに普段腕時計をつけることはない。だからか、マスター本人も安い腕時計をひとつ持っているだけである。
そこで、男性用の持ち物の善し悪しが分からなかったユキは、まず幼馴染である景光にメールで相談することにした。また、マスターの友達であり、ユキ自身も割と付き合いのある松田や萩原、伊達にもメッセージを送り相談していた。
ここでマスターは普段と異なるユキの行動に気がついた。最近妻が頻繁にスマホを見ている。ユキは普段スマホを長時間見ているということがないので、マスターは彼女の行動に引っかかりを覚えた。
最も、ユキがスマホを見ている原因は男性用腕時計について調べていたり、景光を含め男性陣に例のプレゼントについての相談をしているからであるが。彼女自身はマスターが自分の行動の変化を気にしていることなんて全く気づいていない。
「ユキ、何を調べてるんだ?」
「ぅわ!?零くん、えっと新しいアクセサリーが欲しいなって…あはは」
「それなら今度一緒に買い物に行こうか。どんな物が欲しいんだ?」
「え?ええと…ぴ、ピアスとか…?」
ピアスねぇ…と呟くマスターは小首を傾げて、ソワソワと落ち着かない妻の様子を眺める。ユキは自分の耳にピアス用の穴を開けていないはずだが。プレゼントをどうしてもサプライズにしたいユキは誤魔化すことに必死で自分の発言の矛盾に気がついていない。明らかに嘘をついている彼女だが、別に悪い事は考えているわけではないのだろう。イタズラでも考えているのか?と思案してみるも、何かを隠されるということに思いのほかダメージを受けたマスターは気持ちを落ち着つけるため、とりあえず幼馴染であり親友である景光に相談することにした。
* * *
"最近彼女に何か隠されているような気がするんだ"
と景光がマスターに相談されているという話を小耳に挟んだ萩原は何やら良くないことを思いついた。萩原は自身もユキから相談のメールを受け取っているのをいいことに、さっそくユキへとメッセージを打ち込んだ。
"実用品だから直接店に行って自分の目でも見た方がいいんじゃないか?"
" でも、1人での外出は、零くんあんまり良い顔しないんです "
" 大丈夫!俺も行くからさ、一緒に見て回ろうよ!"
" それなら…"
" だけど絶対にあいつにバレるなよ?"
" でも、私が出かけるって言うときっと零くんも着いてくると思うの"
" んー、それじゃあ、アイツ休日は家で仕事してるんだろ?仕事中に声かけて誘われたから友達と買い物行ってくる!でどうだ?"
" や、やってみます!"
そして、休日の昼過ぎ。今日は午前中からリビングで仕事をしているマスターは現在もパソコンに向き合っている。普段ならこういう時、ユキも家にいて家事をしているのだが今日の彼女は違う。仕事中のマスターを前にユキは意を決して声をかけた。
「れ、零くん!ちょっと友達に誘われたから買い物行ってくるね?」
「今からか?」
「うん!」
「友達って蘭さん達か?」
「え?いや、零くんがあんまり知らない人だよ!」
「……わかった。気をつけて行ってくるんだぞ?」
「うん!お仕事頑張ってね!」
作戦成功!!とマスターに背を向けガッツポーズをしたユキは満面の笑みで荷物を持ち部屋を出ていく。明らかにいつもと違うユキの様子に最初から気づいていたが、あえてマスターはOKを出した。普段のマスターであったなら、できるだけ仕事を中断して彼女について行くはずである。しかも今回に至っては行先すらも曖昧だ。というより、そもそも彼女が敢えてこのタイミングに出かけることなど殆どない。あったとしても近所のコンビニかスーパーだけだ。
行先を伝えず、態々このタイミングを狙って出かけようとするのには、何か理由があるはずなのだ。
(さて、僕の可愛い妻はいったい何を考えているのだろうか)
ユキが出発してから数分後、仕事を中断したマスターはラックに掛かっている上着を手に取り玄関を出た。
* * *
「上手く誤魔化せたか?」
「はい、大丈夫でした!」
なんだか思いの外あっさり許してくれたんですよ!なんでだろうね?と言いながら萩原の隣を歩くユキ。そんなユキの様子に、隠し事が完成にバレていることを悟った萩原は思わず苦笑い。めちゃくちゃユキちゃんが出かけること怪しんでるね、アイツ。待って俺これから追いかけて来るゼロに絞め殺されたりしないかな…。
今回のお出かけは、もちろんユキちゃんへのサポートの目的もあるが、ゼロを嫉妬させようと萩原がこっそり企んでいたのも事実である。しかし思ったよりバレるのが早かったな。
自分の背後を確認し、あるかもしれない未来を想像して萩原は1人肩を震わせた。
そうして訪れたのはメンズ腕時計のセレクトショップ。そう、先程も述べた通りこれは萩原研二の計画なのである。前世からの旧友である彼の動揺を見てみたい。怒られるのを覚悟で、もしユキちゃんが自分のいない所で他の男と歩いてたらどんな反応をするのか見てみたい。というのが萩原研二の願望である。中々の性格であるが、付き合いの長い男友達というのはそういうものなのだろうか。それともうひとつ、少し過保護過ぎ、独占欲強すぎではないかという疑問もあった。まあこれは結局のところ後付けの理由にすぎないが。彼女がマスターの強すぎる独占欲に対して特に何を思っているわけではないのでこちらが口を出す必要はないだろう。しかしこの日、マスターが2人の前へ姿を現すことはなかった。
そうしてユキと萩原がお出かけをすること3回目、ついに萩原のもとへ簡素なメールが一通届いた。
"彼女と何をしてるんだ"
しかも個人的にメールが送られて来たのでユキが萩原と出かけているというところまで既にバレているようだ。尾行をしたのか、巧みな会話術で上手いこと情報を引き抜いたのかは知らないがユキの預かり知らぬところで確実に彼女の行動を把握しているマスターに萩原は恐怖した。
ただ、メールの文面からして、恐らく目的まではわかっていないのだろう。なので萩原はもう少し粘ることした。
"ただユキちゃんの相談に乗ってただけだよ"
それだけ返信する。うん、間違ってはない。さてゼロはどうやって解釈するか、自分ではなく他の男に相談してるというのが肝だ。
「ハギ、お前いつかゼロに殴られるぞ」
「ま、まあ、1発くらいなら…後悔はないよ」
「ったくお前、ゼロはともかくユキに迷惑かけんなよ」
「それは大丈夫、ユキちゃんは無事良いプレゼント選べて今めっちゃ満足してるから!可愛かった!」
警視庁の喫煙所でニヤニヤしながらスマホをいじる萩原に松田は呆れた目を向け、嬉々として最近のユキとの交流を話す親友が近いうちにゼロに絞められる未来を想像した。
* * *
今日で3回目の萩原との買い物。最近の彼女の挙動不審な言動と"何かを隠されている"という感覚、さすがに嫉妬でおかしくなりそうだと思った。彼女のことは大好きだし信じている。だけど萩原からの返信、"相談に乗っている"というのを見て少し、いやかなりダメージを受けた。なぜ俺に相談してくれないのか。俺の一番はお前だし、お前の一番は俺のはずだろうと頭を抱えた。今日、彼女が帰ってきたらまず話を聞こう。いくら夫だからといっても言いづらいことのひとつやふたつあるかもしれない。ちゃんと彼女の話を聞いてあげよう。そう思っていた。それなのに彼女は今日、なぜかめちゃくちゃ機嫌よく帰ってきたのだ。
なんだ、どうしてそんなに機嫌が良いんだ。萩原と何があったんだ。色んな可能性が頭に過ぎったが、とりあえず気持ちを落ち着かせて彼女に話を聞いてみることにした。変に詰め寄って怖がらせるのは本意ではないからな。
「ユキ、俺に隠してることはないか?」
「へ!?な、ないけど…」
「…何か悩み事があるんじゃないのか?」
「ああ!それならもう解決したの、だから大丈夫!」
俺の問いかけに最初焦りを見せたが、次に悩み事について指摘すると、彼女はぱっと顔を明るくした。そしてはっきりともう大丈夫だと、そう答えた。その言葉と表情には、最近の挙動不審さは感じられなかった。どうやら俺に隠していた悩み事は本当に解決したらしい。
そうか、彼女の悩みは解決したのか。俺じゃなくて、萩原が…。
「零くん?どうしたの、具合悪い?」
「…いや、大丈夫だよ。それよりいったい何を悩んでたんだ?」
「え?えっと…それは、」
「やっぱり俺には言えないのか?萩原には相談していたのに?」
「え?なんで知って…も、もしかして萩原さん、零くんに言ってたの?」
その言葉に肯定の意を示して頷くと、彼女は途端にガックリと肩を落とし、しょんぼりとした顔になった。そして「せっかく内緒にしてたのに…」と涙目になる始末。どういうことだ?なんだどうしてそんな悲しそうな顔をするんだ。悩みは解決したんじゃないのか? もしかして、泣くほど俺に知られたくなかったのか…? それは、いや、不味いな想像以上のダメージだ。
「れ、零くんも知ってたなら言ってくれたら良かったのに」
「いや、何を悩んでたかは聞いてな「プレゼントなの」ん?」
「零くんに秘密でね、プレゼントを用意してたの。今日やっといい物を見つけて用意できたから、ようやくサプライズできると思ったんだけど」
「え…プレゼント?」
「うん、萩原さんたちが協力してくれてね、一緒に選んでくれたの。ほら、これ零くんにすごく似合うと思ったの、どうかな?」
そうして目の前に出されるのは青色を基調としたブランド物の腕時計。しかも彼女からの小さなメッセージカード付き。
サプライズ、プレゼント、萩原たちが協力、と彼女の言葉を噛み砕いてようやく理解した。
ーーつまり俺は、たった今、彼女の小さな努力を踏みにじってしまったということなのか…?
最悪だ、疑うような真似をして本当にごめん、と謝ろうとして口を噤んだ。
なぜなら、彼女の顔には先程の悲しみの表情なんか一切なくて、今は俺がプレゼントを受け取るのを嬉々として待っている。早く見てみて?とワクワクとした表情をしているからだ。
彼女の手からプレゼントが包まれた袋を受け取った。どうかな?と期待のこもった彼女の表情と「零くんに似合うと思って選んだの」という言葉が俺の頭の中を支配した。そうして込み上げてきたのは、彼女に対するどうしようもない愛おしさだった。
「ユキ…ありがとう、これはもう家宝にしよう」
「え、ちゃんと使って欲しいな?」
「わかったすぐに身につけるよ」
ありがとう、と改めてプレゼントに対する礼を言う。そして、腕時計を身につけたマスターを見て嬉しそうに顔を綻ばせるユキを、マスターは力いっぱい抱きしめた。
かわいい、俺の妻がこんなにもかわいい。彼女のサプライズを完全に台無しにしてしまったのは本当に申し訳ないがとにかく妻が可愛い。そうだ全て萩原に擦り付けよう。恐らく2人で会おうと提案したのも俺のメールに曖昧な返事をしたのも全てアイツの企みだろう。大方俺の嫉妬心を煽りたいとかそんなくだらない理由のはずだ。
* * *
"もう!萩原さん、零くんにバラしたなら言って下さいよ!おかげでサプライズ失敗しちゃいました。だけど選んだ腕時計はすごく喜んでくれました!一緒に選んでくれてありがとうございます!"
あれ、俺サプライズのことは言ってないけど…。仕事の途中、自分のデスクに座りメールを確認した萩原はユキの文章に疑問を感じた。そして、ゼロがサプライズの失敗を全てこちらに押し付けてきたことに気がついた。アイツ…自分がやらかしたからって俺に擦り付けてくるとは…まあ、俺が原因でもあるのだが。
「なあんか思ってたのと違ったな。もっと焦るゼロが見れると思ったのに…」
だけど、2人が嬉しそうだからいいか。ユキちゃんのメールに添付されていた写真、腕時計を身につけているゼロは心底幸せそうな笑顔を浮かべていた。ユキちゃんじゃなきゃ、こんなゆるゆるなゼロの写真撮れないだろうな。そうして写真を眺めている萩原の元に、今度はマスターからのメールが届いた。
"悪いな萩原、俺はだてに精神年齢を食ってないんだ。もう昔ほど恋愛に疎くないよ"
「それで?ゼロの面白い表情でも見れたのか?」
「やだなあ陣平ちゃん、俺がそんなことするわけないでしょ?」
「なるほど、失敗したのか。まあゼロの嫁さんへの愛を舐めてた萩原が悪いな」
「その通りだよ!俺が思っている以上にゼロがユキちゃんのことが大好きだってことがわかっただけでした!」
しかし、サプライズ失敗の真相を知る萩原もやられっぱなしは気に入らない。なので景光と松田と伊達に容赦なくチクることにした。そのことでしばらく旧友たちからかわれるようになることをマスターはまだ知らない。
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