奥さんと世良ちゃん
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最近、町中で頻発しているひったくり事件があった。連日朝のニュースを賑わせており、警察も犯人逮捕に向けて捜査を続けている。しかし、犯人はなかなか見つからず、事件は立て続けに起こっていた。
そして、その被害はついにユキにも降りかかった。休日の昼間、ポアロも定休日なので家で今日の昼食メニューのひとつであるロールキャベツを作っていたユキであったが、調味料として使おうとしていた白ワインが足りないことに気がついた。どうしようか…と一度手を止め、しばし思案する。
そしてユキはキッチンの上を軽く片付け、買い物へ行くことを決意した。白ワインを使わずに料理をすることも考えたが、途中まで作ってしまったし、作り始めたからにはしっかりと調味料までこだわって作りたいのものである。凝り性なのはユキもマスターも変わらないようだ。
リビングで仕事中のマスターに、調味料が足りないため近くのコンビニまで買いに行く旨を伝えれば、マスターは驚いたような顔をして立ち上がった。
「コンビニか…」
歩いて5分もかからない程度の距離にあるコンビニ。ユキが1人で外出する際の行動範囲はコンビニと、もう数分ほど歩いた先にあるスーパー。そして家の近くにある公園。それくらいである。
それはなぜか、マスターが心配してこれ以上距離の離れた外出をユキ1人ではさせないからだ。それほどマスターはユキのことが心配なのである。
コンビニなら大丈夫か、とデスクの前で小さく呟いたマスターは、ユキにしっかりとスマホを握らせ、何かあればすぐに呼んでくれと念押しして彼女を見送った。
それから数分後、無事コンビニで目的の物を買うことができたユキは気分良く帰路についていた。
ユキの後ろを歩く、帽子を深く被った男。その男は自分の前を歩くユキを見て狙いを定めた。男はおもむろに走り出し、そのまますごい勢いで彼女にぶつかった。
突然、背後から思いもよらぬ衝撃を受けたユキは転倒し地面に膝をついた。ついでに買ったばかりの荷物も容赦なく地面に転がっていく。
「痛っ…」
思ったよりも強く地面に擦れたらしい。ヒリヒリと痛む膝に手を当て確認すると、そこからは思いのほか多くの血が流れておりユキは動揺した。
とりあえず血を止めようと持っていたバッグからハンカチを取り出そうとして、ユキはようやく自分の身に起きていることに気がついた。バッグが見当たらないのだ。
突然の状況に頭が追いつかずに混乱しているユキはとりあえず地面に広がっている自分の荷物を集めて買い物袋へ詰め直す。とにかく零くんに電話しないと…。
「あ、スマホもないんだった…」
これでは彼に連絡もできやしない。今は家に帰るしかないか、と立ちあがろうとして右足に鋭い痛みが走った。転倒したときに捻ってしまったのだろうか。バッグも盗まれ、怪我までして、本当に散々である。
あまりの災難に途方にくれて、ユキが地面に座り込んでいると、向かい側からこちらに走ってきた女子高生に声をかけられた。ショートボブの中性的な女の子だ。
「これ、お姉さんのバッグだよな?さっきひったくられたみたいだけど大丈夫だったか?」
あれ、怪我もしてるじゃないか!立てないのか?僕の肩に捕まって!と手を差し伸べてくれる女子高生は世良真純と名乗った。そんな逞しく心優しい女子高生にユキは感動した。しかも、彼女はユキを家の近くまで送ってくれるとまで言ってくれている。足首を捻って歩きずらいユキにとっては非常にありがたい申し出であった。
* * *
「本当にありがとう。えっと真純ちゃん、もし気が向いたら今度ポアロっていうお店に来てくれないかな?お礼がしたいの」
「ポアロって…もしかして蘭くんや園子くんがよく通ってるっていう…もしかして噂のユキさんって君のことじゃないか?」
「え?噂…は知らないけど、その名前だと私のことなのかな?」
「きっとそうだよ!可愛らしいお姉さんだって2人も言ってたし、僕も会ってみたいと思ってたんだ。今度絶対ポアロに行くよ!」
「本当?真純ちゃんが来るの楽しみにしてるね」
「ああ、僕も楽しみにしてる。じゃあユキさんまた今度!それと、家に入るまでは気を抜くなよ?」
「うん!ここまで送ってくれてありがとう真純ちゃん」
ユキさんに会えて良かったよ!と手を振りながら帰って行く世良を見送ってユキもマンションのエレベーターに乗り込む。少々痛む足を引きずりながら家に入ると、ちょうど外出しようとしていた彼と目が合った。
思っていたよりも帰りが遅く、スマホに連絡しても出ることのないユキに焦ったマスターは、今から彼女を探しに行こうとしていたらしい。マスターは帰ってきたユキの姿を見てほっと息をついた。
しかし、その安心は真っ赤に腫れ上がった彼女の足首を見て吹き飛ぶことになる。
「ただいま零くん」
「おかえり…ってユキ!!」
「ど、どうしたの零くん」
「どうしたじゃないだろ!なんだこの怪我は、服もちょっと汚れてるし、足首も腫れるじゃないか!」
「あっ」
スマホは戻ってきたけど零くんに連絡するの忘れてた…。少し怖い顔でこちらに向かって大股で歩いてくるマスターとは対照に、やってしまったという顔でユキは一歩後退る。
何があったかちゃんと説明してくれるな?と言いながら手際よくユキの足首に湿布を貼り、怪我した膝を手当てしてくれているマスターは少し怒っていた。
そしてひったくり被害に遭ったとユキの口から説明されたとき、マスターは今日一番の大声をあげた。コンビニなら大丈夫か、などと考えていた数分前の自分を殴りたい。
「だけどね、すごくかっこいい子に助けられちゃったの!バッグも取り戻してくれて、近くまで送ってくれたのもその子なんだよ」
「待ってくれ、なんだその話は。誰が誰をかっこいいだって?」
「蘭ちゃんたちのお友達よ、世良真純ちゃんって言うんだって」
「ああなるほど…」
女の子だったのか…とユキに聞はこえないような小さな声で呟くマスター。世良という名前にマスターはなんとなく聞き覚えがあった。確か、以前コナン君を誘拐犯から助け出したときに見かけた子だっただろうか。彼女の口から自分以外の人に対する"かっこいい"という言葉を聞いて、心配の他に違う感情が湧き上がってきたが、まさか女の子だったとは。男ではなかったことにはマスターも安心だが、それとは別に彼の頭にはある不安がよぎった。
俺のライバルはやはり女子高生たちなのか、もしくは佐藤刑事なのかもしれない。
* * *
後日、ポアロには常連である蘭と園子と共に世良真純も姿を現した。
「あ!いらっしゃい、真純ちゃん!」
「こんにちはユキさん!この間ぶりだね、もう怪我は大丈夫かい?」
「うん、おかげでもうすっかり大丈夫だよ」
「それは良かった」
「うん!本当にありがとうね真純ちゃん、それとメニューから好きなもの選んでね」
世良にメニュー表を渡し、ルンルンと効果音がつきそうなほど機嫌の良いユキを見ていた蘭と園子は目を丸くした。
「世良ちゃんってユキさんと知り合いだったの?」
「まあね、この間ひったくりに遭ったユキさんを助けてから仲良くなったんだ」
「ひったくり!?それってユキさん大丈夫だったの?」
「まあその時は多少怪我していたけど、今は良くなってるみたいだし、大丈夫なんじゃないか?」
そう言う世良に蘭がカウンターの方へ顔を向けると、そこには腰に手をあてて、如何にも怒ってますといった姿勢でユキを叱っているマスターの姿が。
「ユキ!キッチンとテーブル席を行き来する作業は控えるように言っただろ。怪我が悪化したらどうするんだ」
「ご、ごめん。真純ちゃんが来てくれたのが嬉しくてつい…」
全くもう…と少し怒っていたマスターだったが、しょんぼりと肩を落とすユキを見てマスターも一緒に悲しそうな顔になった。ごめんなさい。ともう一度謝るユキにマスターはすぐに優しい顔をして彼女の頭を撫でた。
このマスター、奥さんに対して甘すぎである。女子高生たちはそんな2人の様子を微笑ましく見守っていた。
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