ギスギスしたお茶会のかたわら
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アニメ第770話より
ズキリと痛んだ頭にユキは顔を顰めた。皿を洗う手を止めて一度深呼吸をしてから、目線を洗いかけの食器に落とす。カランカランと鳴るベルの音。次々と来店してくるお客様を見て、ユキは慌てて手を動かした。
朝は特に何の問題もなかったのだが、昼頃から突然頭痛に見舞われたユキ。多少の頭痛や目眩はわりと慣れているので、ちょっとの違和感を感じるだけでそのうち治まるだろうと何となく無視してしまった。時刻は昼の12時、店の忙しさがピークに突入する頃、ユキはすでに自分の体調の異変を忘れてしまった。
「ふう、ようやく落ち着いてきたな」
「そうですね、なんだか今日はいつもよりお客さんが多かったような気がします」
溜まった食器を片付けながら雑談をするマスターと梓を脇目に、ユキは小さく息をつく。ピークが落ち着き、一息着いた途端、戻ってきた不快感にユキはシンクに手をついた。幸い2人には気づかれてないようなので、ユキは2人に軽く声をかけてからスタッフ用トイレへと駆け込んだ。
そしてトイレのドアを閉じた瞬間、先程も感じた不快感が何倍にもなって胃から混み上がってくる。
「ゔゔ、ゲホッ」
何度も何度も嘔吐いた末、ようやく収まった吐き気にユキはその場に座り込んだ。数秒間そのまま呼吸を整えてユキはゆっくりと立ち上がり、備え付けの手洗い場でうがいをする。
コンコン、とトイレの扉がノックされた。ユキ?と扉越しで心配そうなマスターの声が聞こえたが、ユキは反応することができなかった。
応答がないことに焦ったマスターはすぐにトイレの鍵を解錠し、中へ入る。
「ユキ、返事がなかったけど大丈夫なのか?って酷い顔色じゃないか!」
「あ、れいくん…」
「もしかして、戻したのか?」
「う、うん少しだけ」
「今の気分はどうだ?まだ気持ち悪いか?」
こくり、と力なく頷くユキの頭をマスターは自分の方へ抱き寄せる。そして慣れたようにユキを横抱きにしたマスターは、彼女を店の休憩室へ運び、ベンチに座らせた。
「今日の営業は昼過ぎまでだから、とりあえずここで休んでて。後は片付けだけだし、すぐに終わらせてくるから」
そう言って休憩室を去ったマスターの背中を見つめてユキは肩を落とした。なんでもう少し頑張れなかったのだろうか。これでは零くんや梓ちゃんの負担になっちゃう。
しかし自分が戻ったところで心配をかけてしまうだけなので、ユキは大人しくここで待つことにした。数分後、1人落ち込んでいるユキのもとへ慌てた様子の梓がやって来る。
「ユキさん大丈夫なんですか!?ごめんなさい私全然気が付かなくて」
「そんな、梓ちゃんが謝ることじゃないよ。私こそ片付け任せちゃったし」
「そんなことはいいんですよ!」
ぷりぷりと怒りながら、横になっても良いんですよ!と自分を心配する梓の優しさにユキは泣きそうになった。キュッと眉を寄せて泣きそうな表情をするユキに梓は焦り出だす。ユキさん!?どこが痛いんですか!と必死な梓の声に、表で看板を閉まっていたはずのマスターが飛んできてユキを自分の腕の中に収めた。
「胸が痛むのか?動かなくていいから少し我慢してくれ」
梓の気遣いに感動を覚え、胸元を抑えていたユキ。そんな彼女を見てすぐに病院へ行こう、とマスターはユキを抱き上げて裏に停めてある車に乗せた。颯爽と現れたマスターに優しく抱かえられるユキ、その光景を見ていた梓は1人胸をときめかせた。
病院の待合室。ユキは強い疲労感を感じて、だるそうに体をマスターに預けていた。マスターは片手でユキを抱き寄せながら彼女の腕をさする。
「ユキ、いつから具合が悪かったか教えてくれないか?」
努めて優しく、マスターはユキを責めるようなことがないように問いかける。ぎゅうっと自分の服を掴む彼女の手を優しく取って、マスターはユキの顔を覗き込んだ。
「ちょっと頭痛があるなって思ったのは、お昼過ぎなの」
「うん」
「だけど、忙しくなったら全然気にならなくて、さっき気を抜いたら、突然気持ち悪くなっちゃって」
「そうだったのか」
申し訳なさそうな顔をするユキに、気が付かなくてごめん。とマスターも悲しそうに眉を下げた。
* * *
ユキは白いベッドの上で、マスターの持ってきてくれた料理本をぼんやりと眺めていた。
結局、体調不良の原因が風邪ではなく、診察だけでは分からなかったため、一度ちゃんと検査をするために入院することになった。たった1日、2日の入院なのに、今朝たくさんの荷物を持って病室に来たマスターのおかげで、ユキは一応退屈することなく過ごしていた。
そんな折、ユキのいる病室に知らない女性の声が聞こえてきた。同室の患者さんのお見舞いに、お友達が訪れたようだ。
どうやら仲の良さそうな女性たちは今からここでお茶会をするらしい。
私も、今度またナタリーちゃんとお茶会したいな。ポツリと呟いたユキの声は誰にも届くことなく、病室を仕切るカーテンに吸われてしまった。
カーテン越しに聞こえるカチャカチャとティーカップを取り出す音が止んだ後、1人の女性が紅茶の種類について話し始めた。ポアロにも、もう少し紅茶の種類があって良いかも、なんて考えながらユキは隣の会話に耳を傾ける。
楽しそうな女性たちの話を聞き始めて少し経った頃、今度は何かが倒れる音と、同時に鳴り響いた女性の悲鳴にユキは肩をびくつかせた。バタバタと聞こえる複数の足音と、慌てる女性たちの声。驚いたユキはその場で目を見開いて固まった。どんどんと騒がしくなる病室に、どうしてかドクドクと音を立てる自分の心臓。恐怖心を煽られ気分が悪くなったユキは、どうしたら良いか分からず、毛布を抱えて隠れるようにベッドの上に蹲った。
* * *
昼過ぎ、ポアロを閉めてユキの好きなフルーツやゼリーを買い込んでマスターとは病院へやって来た。
病院の廊下を歩いていると、目的地へ行く前に見覚えのある青色のスーツを着た小五郎と小さな探偵が目の前の病室から出てきた。こんな場所で会うとは、と少し驚きながらマスターは軽く会釈をする。
「こんなところで会うなんて珍しいですね。毛利さんたちも何処か具合が悪いんですか?」
「いや、俺じゃなくてちょっと女房がな」
「マスター、"も"ってことはもしかしてユキさんも入院してるの?」
「実はそうなんだ、昨日からちょっと体調を崩しててね」
「ねぇマスター、僕もユキさんのお見舞い行ってもいい?」
「もちろんだよ。きっとユキも喜ぶから一緒に行こうか」
「うん!」
元気よく返事をしたコナンはマスターと共にユキのいる病院へと向かう。どうやら小五郎とコナンの2人は、虫垂炎になった小五郎の奥さんである妃英理さんのお見舞いに来ていたらしい。ちょうど用が済んだところだったので、自分も#名前の見舞いに#着いていくことにした小五郎は、ふとマスターの持つ買い物袋が気になった。
「っていうかお前、それ全部買ってきたのか?ちょっと多すぎだろ」
「何言ってるんですか。ユキの気分が分からないので彼女の好きなものをたくさん買っただけのことですよ。お見舞いですからね」
買い込んだ大量の荷物を見ながら、早く彼女に元気になってもらいたいですからね、と微笑んだマスターに小五郎は顔を引き攣らせる。そして、確かにそうだよな…。と目を逸らしながら曖昧に相槌を打った。実は蘭に言われて自分の妻のお見舞いに来ていて、それまではパチンコをしてたなんて言えない。そんな小五郎の心境を察してか、小五郎とマスターの会話を横で聞いていたコナンは呆れたように苦笑する。
そうこう話しながら歩いていると、どこからか鳴り響いた女性の悲鳴。それに素早く反応した3人は途端に顔色を変え、悲鳴が聞こえた方向へと走る。向かう先が彼女の病室と同じ方向であることにマスターは嫌な感じがした。
到着したのは「高坂樹里」というネームプレートと、その下に「降谷ユキ」のネームプレートが貼ってある病室。予感通り、ユキのいる病室で何かが起こったことを察したマスターは思いきりドアを開けた。
そこには、倒れている女性1人とその人を囲む3人の女性。その奥、カーテンで仕切られていている向こう側にユキがいるはずだ。この様子だと彼女が事件に関わってることはないだろうが、すぐ側で悲鳴を聞いていたであろうユキの様子が心配なのは変わらない。
4人の女性を横目にマスターは病室を仕切っているカーテンを開けた。
「ユキ?」
カーテンの向こう側で掛け布団に包まる彼女を見つけたマスターは彼女のそばに寄り、布団ごと抱きしめる。声をかけるとぴくりと布団が動いて彼女が反応した。
「零くん?」
「うん、来るのが遅くなってごめん。1人で怖かったよな」
布団から顔を出したユキの目には涙が滲んでいる。怯える彼女の様子にマスターの心も痛くなる。きっと隣で事件が起きたのをカーテン越しで聞いていて不安だったのだろう。マスターの顔を見た途端、布団から飛び出したユキはぴったりとマスターの体に抱きついた。
「君は、たまたま事件現場の近くにいただけで関係者じゃない。だから何も気にしなくていいんだ」
警察も到着し騒がしくなる病室、マスターは警察の話に耳を傾けながら、強くユキを抱きしめて、彼女の耳を塞いだ。
体調が悪いと普段よりも感情や情緒が不安定になりやすい。しかも最悪なことに、今回の事件は彼女が体験済みの毒殺のようだ。彼女がどこまで知っているか分からないが、事件を直接見たわけではないものの顔色を悪くして震えているユキがマスターは心配で仕方がなかった。捜査中の伊達に事情を伝えて彼女の事情聴取は少し待ってくれと伝える。すると伊達の意向でマスターとユキには別の待機室が用意された。
伊達の気遣いに感謝だな、とユキを連れて別室へ移動したマスターは大きく息を吸いこんでユキを抱き寄せる。事件現場から離れたことで少し緊張が解れたユキはその場でマスターにもたれて眠った。
マスターの服を掴み安心したように寝入ったユキの頬をマスターの指が撫でる。事件のそばに居たことを嘆くべきなのか、直接巻き込まれなくて良かったと思うべきなのか、事件を起こした犯人にふつふつと込み上げてくる怒りの気持ちを堪えて、マスターはため息をついた。
しばらくして、ドアのノック音と共に伊達が入ってくる。
「ゼロ?事件は解決したがユキちゃんの様子はどうだ?」
「もう解決したのか?」
「ああ、探偵坊主のおかげでな。だからユキちゃんの事情聴取はなしだ」
「そうか、それはコナン君に感謝しないとだな。毒に関しては不本意ながら彼女も体験したことがあるから、余計な記憶を思い出させるようなことはしたくないんだ」
「ああ、俺だって同じ立場だったらそう考えるだろうよ」
「悪いな伊達、後でタイミングを見て部屋へ戻るよ」
「気にするな。俺がいる時はいつでも頼ってくれって言ってるだろ?」
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