違う世界線の彼ら
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3 違う世界線の彼ら
「降谷さん、公安の協力者になる気はありませんか?」
ある日の夕刻、ポアロに現れた風見は周囲にマスターしかいないことを確認するなり、大きく深呼吸をして思い切ったように口を開いた。
そろそろ店仕舞いをしようと片付けをしていたところだ。ユキはちょうど上階の毛利探偵事務所へ差し入れを渡しに行っている。
わざわざ店が閉まるこのタイミングでポアロへ訪れた風見。確かにこの前、妻を紹介するからまた顔を出してくれという旨の話をしたが、風見の真剣な表情からはどうにもそのような和やかな雰囲気ではない。おそらく敢えてユキのいない瞬間を狙ったのだろう。ユキがいる前では話せないこと、とすれば風見がポアロへ来た理由について、マスターはおおかた検討をつけることができた。
風見は意を決してマスターに提案した。しかし、困ったような笑みを浮かべるマスターはなんと返答したらよいか戸惑っているようだった。
相変わらず風見は真面目な奴だ。この提案だって、散々悩みぬいた上での行動なのだということは、風見の性格を知っている降谷にとっては容易に想像できた。降谷としては、そんな風見の気持ちに応えたい思いはあるのだが、あいにく今の降谷零は前世の降谷零とは違う。
「風見、確かにお前の気持ちはわかるが…今世の俺には愛する妻がいるんだ」
「は、はい それは存じております」
「公安に関わるということは俺自身にも少なからず危険は伴う。つまり俺の妻にも危険が降りかかる可能性がある。今の俺にとって最も大切なのは妻の存在だ。確かに君たちに協力出来ることなら俺の力を貸すことは吝かではないが、今世では妻にとって危険になりうることに自ら関わるつもりはないよ」
「…分かりました」
「すまないな」
「いえ、降谷さんの話は最もです。私が軽率でした」
「そんなことはないさ。君は公安にとってより良い協力者を見つけたかっただけなんだろう。今回の話は申し訳ないが断らせてもらう。だが頼りにしてるよ。君が優秀な警察官であることを俺は前世から知ってるからな」
「きょ、恐縮です」
前世における降谷零という男は日本の平和を守るため、1より10、10より100を優先してきた。小さなの犠牲に目を背けてきたことだって確かに多い。己の大切なものを作らず、家族や大切な人たちとは関わりを絶ち、1人で突っ走ってきたからこそ、今世では1人の女性を愛することを優先したいし、何かあったとき、彼女が犠牲になることなどあってはならない。正義と彼女を天秤にかけたとき、彼女の方に偏ってしまう今の自分には警察の協力者にはなれないだろうと、降谷は風見に語った。
外からパタパタと軽快な足音が聞こえる。その足音を聞いて、優しい顔で階段に繋がる裏口へ顔を向ける降谷さんの視線の先には、毛利探偵事務所から帰ってきた奥さんの姿があった。
「おかえり、ユキ」
「ただいま!あのね、さっき蘭ちゃんと少しだけお話したんだけど、先週から始まった映画が面白そうだから今度一緒に観に行かないかって誘われちゃった!」
あれ?なんてタイトルの映画だっけ?なんて首を傾げる奥さんを愛しげに見つめる降谷さんは、俺の知っている彼と同じようだけど、少し違う。
風見から見て、降谷の今の表情は様々なしがらみから解放されてとても幸せそうに見えた。ああ、この人は今世でいっとう大切な存在を見つけたのだ。そして、大切なその存在のために生涯を尽くすのだろうと、風見は漠然とそんなこと思った。
「今世では日本に住む1人として、君を応援しているよ」と帰り際に降谷に言われた言葉を噛み締めて、風見は何としても彼らの平和を守るのは自分なのだと、改めて心に誓った。
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