心の傷
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前回のこぼれ話とおまけ
先日、大怪我を負いながら廃ビルから救出されはユキは、米花総合病院に入院していた。そして彼女が目を覚ましてから数日後、事情聴取のため警視庁から佐藤刑事が彼女の病室へ訪れていた。
実はまともに事情徴収を受けるのは初めてなユキ。これまでにも何度か事件に巻き込まれているが、彼女は大抵蚊帳の外にいるか、マスターによってガチガチに囲われて関わらないようにされているため、このように聴取という形で警察と向き合うのに、ユキは少し緊張していた。いつもの事情徴収は、可能な限りマスターが受けるようにしているのだが、今回の誘拐事件に関してはそうもいかなかった。ポアロから誘拐された2人は、別々の部屋へ拘束されていたことがわかったために、各々話を聞く必要があったのだ。もちろん聴取中、ユキの隣にはマスターがピッタリとくっ付いているのだが。
「えっと…確かお腹に衝撃を感じて意識を取り戻したんです」
「…そうだったのね」
「そして、あんまり覚えてないですけど、顔を殴られたような気がして、その後また意識が飛びそうになって、殴られたところが痛くて…それで、」
キュッと固く握りしめられたユキの手が震えている。話をしている途中で恐怖が蘇ってきたのか、ユキは続きを話すことができなかった。
はらりと彼女の頬に涙が伝った。それを見て佐藤刑事は咄嗟に口を噤んだ。震えるユキの手を大きな褐色の手が優しく覆う。ユキが反射的にマスターの方へ顔を向ければ、安心させるような優しい瞳をしたマスターの手が、ぽんと彼女の頭上に乗った。
「ユキ、落ち着いて。君が恐れるものはもうないから」
「ええ、話すのが辛いなら無理する必要はないのよ」
マスターと佐藤刑事の優しい声色にユキは1度肩の力を抜く。深呼吸をして、固くなった表情を和らげた。そんなユキの様子に2人の緊張も解れる。背中をさするマスターの手に合わせて今1度、ユキは深く息を吸って、再び話始める。
「えっと、その後に右腕に衝撃を感じて、多分刺されたんだと思います。その時はもう痛くてそれ以外のことは考えられたくて、ただその後に零くんの声が聞こえたんです」
マスターがユキの元へたどり着く前に、ユキは腹を蹴られ、顔を殴られ、挙句には腕を刺された。その事実が彼女の口から語られたとき、マスターはたまらなく悔しい気持ちになった。どうしてもっと早くにユキを助けられなかったのか。そんな考えばかりが頭の中を支配する。
「なるほど、そこで2人が合流したのね。ありがとう、そこまで聞ければ後は彼の方から事情を話してもらうわ。辛いことを思い出させてごめんなさいね」
そう言って病室から出ていく佐藤刑事を見送った後、マスターはいつもより落ち込んだ様子の自分の妻に目をやる。やはり今回の事件は彼女にとって精神的にも肉体的にもかなりのダメージのようだった。
悔しい気持ちを押し込めるように、ユキの背中を抱き寄せれば、腕の中で彼女が震えているのが分かる。このまま彼女が自分の知らぬ場所へ行ってしまわぬように、マスターは彼女を抱きしめる手に力を込めた。
夜中、ユキの付き添いとして共に病室で眠っていたマスターは、魘されているユキの声を聞いて目を覚ました。自分の寝ていた簡易ベッドから起き上がったマスターは、彼女のベッドに腰掛けて、涙が伝う彼女の頬に手を添える。布団の中でも肩を震わせ、静かに涙を流す彼女の痛ましい姿に、マスターの顔もくしゃりと歪んだ。
あまり涙を流しすぎると脱水になる。そう思ったマスターは、彼女をそっと抱き起こして優しく背中をさする。そしてサイドテーブルにある痛み止めと水の入ったペットボトルを取って彼女の肩を優しく叩き声をかける。
「ユキ、ユキ、大丈夫だから。深呼吸して、いったん起きて水を飲もう」
夜中の3時、この時間になると痛み止めの効果が切れるのか毎夜魘されている。それと同時に、先日男に暴力を奮われたことがトラウマになっているようで、痛みと連動して彼女に悪夢を見させているようだった。
ぼんやりと目を覚ます彼女に水を飲ませる。目尻に溜まった涙を親指で拭って頭を撫でればぎゅっと甘えるように抱きついてくるので、マスターも彼女の小さな体を大切に、大切に抱きしめた。
しばらくして、安心して眠り始めるユキの額に、マスターはひとつキスを落とす。そして彼女を抱きしめたまま再び布団の中へと潜った。
約2週間後、ようやくポアロに復帰したユキに対して過保護なマスターを横目に、コナンはユキの方へ近づき、下から彼女の顔を覗き込む。まだ朝だというのに、少し疲れた様子の彼女が気になったのだ。
「マスター、もしかしてユキさん夜眠れてないんじゃないの?」
「実はそうなんだ、この間のことが少しトラウマになってるみたいでね。ポアロもまだ無理しなくて良いと言ってるんだけど…。そうだ、もし良かったら、お客さんが少ないときは君が彼女の話し相手になってあげてくれないか?」
「え、僕が?」
「うん、本当は僕が彼女の隣にぴったりくっついていたいけど、仕事をサボるわけにはいかないからね。彼女、子ども達と話すことがかなり気分転換になってるみたいだから」
「うん!わかった!」
翌日の昼、ポアロにはコナンに連れられて小さな探偵たちが訪れた。元気よく挨拶しながらポアロの扉をくぐった子供たちは、ユキの方へ一直線へ走っていき、ユキの足元はあっという間に子供たちに囲まれた。
「「こんにちはー!!」」
「まあ、こんにちは。みんな元気だね」
「あのね、歩美たちね、ユキお姉さんに会いに来たの!」
「ユキさんがこの頃元気がないと聞いたので!何か悩みがあるならこの少年探偵団に頼ってみるのはいかがでしょう」
「そうだぜ!俺らがカイケツに導いてやるから安心しろよな!」
ユキさん、ユキお姉ちゃん、次々に子供たちにそう呼ばれるユキは、突然のことに驚きながらも少年探偵団たちの可愛らしい気遣いに感謝した。
「ふふ、みんなありがとう。それじゃあ私が特性のケーキをみんなに作ってあげよう!」
「ケーキ!ほんとかよ姉ちゃん!」
「やったー!歩美ポアロのケーキ大好きだからとっても嬉しい!」
「僕もですよ!ありがとうございますユキさん!」
というわけで、最終的にコナンに連れられてユキを元気付けにきた少年探偵団は目的を忘れ、ポアロのボックス席に座りながら彼女のケーキを今か今かと待ちわびている。おい、そうじゃねぇだろ!とコナンはツッコミたくなったが、子供たちの様子を微笑ましく見守るユキを見て、出かかった言葉を呑み込んだ。
無邪気な子供たちを見る彼女の表情はとても穏やかで、いつもの調子を少しずつ取り戻しているように見えたからだ。
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