狙われた夫婦
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※作中に暴力表現があります!
米花町で"ポアロ"といえば、毛利探偵事務所のあるビルの1階で営まれている、コーヒー、ショートケーキ、最近ではサンドイッチが名物となっている喫茶店であり、近所の人からたいへん愛されているお店である。加えて米花町の刑事さん御用達のお店ということでも有名だ。
喫茶ポアロを営む若い夫婦はその整った容姿から、言わずもがな人目を引く。確かに、ポアロに初めて来店するお客さんには、店員の容姿を目的としている人も少なくない。
店の亭主、旦那さんの零さんは褐色肌に金髪青目という女子高生に言わせればまさに王子様という容姿をしており、大きな垂れ目が特徴的なベビーフェイス。身長も高く体格も良いためどこを見ても目立つ。更には人生2週目なんじゃないかという程の達観した思考や落ち着きを持っており――ただし奥さんが関係するとその限りではないが――頭も良い、運動もできる、料理もできるという何ともハイスペックな人である。
奥さんのユキさんは色素の薄い髪と目、そして日本人にしては白い肌を持っており、一見して儚い印象を持つ人も多い。しかし小柄な体格と可愛らしい笑顔を振りまく彼女は親切で穏やかな雰囲気を持つ女性である。旦那さんとは対象的に少々独特な思考回路を持っており、行動のひとつひとつが可愛らしい彼女はよく小動物のようだと揶揄されている。性格は優しくお人好し、子供たちからも好かれるお姉ちゃん的存在。そんな彼女は料理上手で手先が器用、ポアロのお洒落なケーキのメニューは彼女の自慢だ。
さて、そんな2人は最初にも述べたように夫婦である。それはもうお互いが何より大切であると傍から見てもすぐに感じとれる程には仲が良く、愛し合っている。まさに理想の夫婦である。喫茶ポアロを経営する周囲の人々から愛される夫婦。そんな2人に忍び寄る怪しい影――
そう。これは、降谷夫妻を狙った計画的犯行だった。
* * *
マスターは目を覚ますと見知らぬ廃ビルの一室にいた。いったいここは何処なのだろうか。自分はさっきまでポアロにいたはずなのだ。閉店後にユキと一緒に新作のケーキについて考えていて、夜も遅くなってきたからそろそろ帰ろうかと2人で車に乗ったはず…。暗くてほとんど周りが見えないが自分以外の人の気配は感じない。頑張って思い出せる限りの記憶をたどるがこれ以上何も思いだせない。ただ分かるのは、記憶の中で最後まで隣にいたはずの大切な妻の姿がないという事実だけ。
とにかく彼女を探すことを最優先にするため身体を動かそうとして、自分の手足が縛られていることに気がついたマスターは小さく舌を打った。その時、部屋の外から聞こえてくる何者かの声にマスターは息を潜める。
「なあ、なんで2人をこんな廃ビルに連れてきて放置なんだよ。殺すならすぐにグサッと殺っちまえばいいのに」
「バカかお前、それだと遺体が残っちまうだろ、この廃ビルの1階に大量の灯油を運ばせてる。そして時が来たら、この廃ビル諸共ドカーンと燃え上がる」
「はは!そりゃいいな」
物騒な話とともに下品な笑い声が廃ビルの中を響き渡る。どうやら彼らはマスターとユキ、2人を殺すつもりで連れて来たらしい。その事実にマスターは静かに息を呑んだ。つまり、この廃ビルのどこかに彼女が囚われているのは間違いないと考えていいだろう。そんな最悪な状況にマスターは妙な胸騒ぎを感じた。
腕を縛る紐を力づくで引きちぎり、足の方も解く。自由になった身体で廃ビルからの脱出前にまずはユキの救出だ。
カンカンカンと鉄の壁を叩いて音を出す。そうすればもう一度奴らが来るはずだ。案の定、マスターの出す音に吊られて近づいて来るのはバタバタと騒がしい複数の足音。恐らく2人、さっきの奴らだ。
それなら――バンッと部屋の扉が開くと同時にマスターは男の顎を目掛けて蹴りを入れる。ガッと白目を向いて倒れる男に気を取られているもう1人の男の鳩尾にも拳を沈めると、男は唸って膝をついた。倒れた方の男が持っていたスマホと銃を抜き取り、まだ意識の残ってる男へと向ける。
「彼女はどこだ」
「ヒッなんだお前…」
「彼女はどこだと聞いている」
「あ、あの女なら…この上の階のどっかにいるはず…」
「お前たちの仲間の人数は?」
「そ、そんなのは知らない!俺はお前達を連れて来るよう指示されただけで…」
「そうか、わかった」
頭にもう1発、マスターは拳を入れて気絶しさせ、誘拐犯たちを自分が縛られていた紐で拘束し部屋の死角に隠した。これで拳銃が手に入った。確かコイツらは彼女の居場所について上の階だと言っていた。敵の人数が把握できていないだけに迂闊には動けなそうだが、とりあえず、警察に連絡を入れておいて助けを呼んでおくのが優先か。
* * *
一方別の階 、手足を縛られた状態で、ユキは未だ目を覚まさずに眠っていた。
「へぇ、ほんとに綺麗な顔した姉ちゃんじゃねぇか、しかも人妻ってのも良いなあ」
「なあ、作戦実行までまだ時間あるんだろ?それなら少し遊んでも文句言われねぇだろ。どうせこのまま燃え死ぬんだし」
「はは、そりゃそうだ。せっかくだし目も覚まさせてやるか」
目の前に転がるユキの腹を、男は硬い靴で一蹴りする。するとユキは短くうめき声をあげて咳き込んだ。男がぼんやりと意識を取り戻したユキの髪を掴んで上を向かせ、その綺麗な顔に向かって強く拳を打ちつけるとユキの体はいとも簡単に吹っ飛んだ。
「おい、また気絶したんじゃね?」
「ならまた起こせばいいじゃねえか」
ズボンの後ろポケットから小型ナイフを取り出した男はそのままユキの二の腕に突きつけた。グサッと刺さったナイフにユキは目を見開いて悲鳴をあげた。
痛みに悶え苦しむユキを見下ろして、いい眺めだと舌なめずりを男は、そろそろこっちにも手を出すかとついにユキの服に手をかけた。瞬間、鈍い打撃音と共に今度は男の体が吹っ飛び、コンクリートの壁にめり込んだ。壁に強く体を打ち付けた男の顔にはくっきりと拳の痕が残っている。
朝、ポアロに出勤した梓は、店の戸締りがされておらず、ポアロの中が荒らされていることに気がついて慌てて警察に連絡した。そこに騒ぎを聞きつけたコナンと小五郎も何事かと駆けつける。現場を観察すると、犯人はポアロのレシピやキッチン用品を盗んで逃走したことが伺える。ポアロ内を荒らしたのは捜査を撹乱するため。
そして目下の問題は、ポアロの裏口に停められたマスターの車。そして未だポアロに姿を見せる気配のないマスターとユキ。車の中を調べると催眠ガスが充満していることがわかった。
つまり、2人は今朝、または昨夜に誘拐されたのだ。それもポアロに対する嫉妬心に駆られた犯人から。
そこまで気がついたのはいいが、これより誘拐犯の足取りが掴めず、2人がどこに誘拐されたのは未だ不明。現場で捜査を進める伊達や松田の表情がいつにも増して険しいのは気のせいではない。いつもとは違う、ピリピリとした空気が広がる喫茶ポアロを目の前に、梓は言いようのない不安に駆られて思わず胸を抑えた。
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