奥さんに迫る影
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14 奥さんに迫る影
きっかけは たまたま立ち寄った喫茶店で運命の相手が働いていた事だと供述しており…。
* * *
初めてこの喫茶店の扉をくぐったとき、聞こえた「いらっしゃいませ」の鈴のような愛らしい声が未だ俺の頭の中をコダマしている。
そして「こんにちは 」と微笑む彼女を見た途端、俺は彼女が自分の運命の相手であると確信した。
色素の薄い髪と、大きな瞳、真っ白なサラサラとした肌に早く触れたくて仕方がなかった。以前ショートケーキを頼んだら俺のために彼女が作ってくれたんだ。「うちの自慢なんですよ」なんて笑いかけてテーブルの上にケーキを乗せてくれた。
しかしその時、ケーキを載せたトレーを運ぶ彼女の胸元にキラリと指輪が光るのを俺は見逃さなかった。
「ねえ、ダメじゃないかそんなところに指輪なんかしたら」
「…えっと、これは私の大切な指輪なので」
指輪を触って愛おしげにはにかむ彼女は可愛らしいが、それではダメだ。だからそこの指輪は外してくれと俺は真剣に訴えた。だって結婚指輪は俺が送ったものじゃないといけないから。しかし彼女は困った顔をして微笑むだけ。なぜだ?意味が分からない。
帰るとき、ちょうど彼女がレジに立っているのを狙って俺は席を立った。スマホを録音画面にしてポケットに入れて彼女にお会計をしてもらう。
これで、家に帰ってもあの可愛い声が聞ける。男性客は他の客に見られないよう俯いて、ほくそ笑んだ。
それから俺はポアロに通い詰めた。彼女からも顔を覚えられたし、ポアロで彼女と目が会う度に笑顔で会釈してくれる。
しかし俺のスマホの録音フォルダも良い感じに増えてきた頃、ある問題が発生した。ここ最近は彼女ではなくて、あの男の店員が俺の前へよく顔を出すのだ。お前に用はないんだよ。けれど俺にはそんなことを言う勇気はなくて、渋々レジ担当が彼女になるのを待った。
そうだ今日は彼女に手紙を用意したんだ。俺の愛が詰まった手紙。お会計のとき、彼女に手渡せば少し困惑していたが「ありがとうございます」と可愛く受け取ってくれた。
そういえば彼女、前に注意したのにまだあの指輪を付けているじゃないか。そうか、俺がちゃんとプレゼントしてあげてないから。次は良い指輪を買って彼女に送ってあげよう。そして首元のチェーンに俺のプレゼントした指輪を通してもらうんだ。
* * *
「あ!そうだ今日あるお客様にお手紙をもらったの」
「手紙?」
「うん、お会計の時に。あの、先月くらいからよく通ってくれているお客さん」
「ああ、あの」
帰宅してすぐに、バッグから件の手紙を取り出すユキ。その手紙の人物にマスターは心当たりがあった。なぜならその先月から通いつめる例の男客は、明らかに彼女に気があるからだ。
ただ、気があるだけで特に何かをする様子ではなかったし、彼女をちらちらと見て満足する程度だったので、レジのときや接客をさり気なく彼女と代わって少しだけ牽制してやった。
しかしまあ、手紙を受け取っていたとは。気弱そうな男だったからと少し油断していたな。そういえば今日は忙しくてあの客が席を立ったタイミングでレジを代わることが出来なかったか。
恋文的なものだろうか?連絡先が書いてあるとかか?
彼女に向けられたその好意にマスターは少しもやもやとした気持ちになる。
「君には俺がいるのに、他の男から手紙を受け取るのか?」
「そ、そんな!あの人はお客様だよ。それにこの手紙も差し出されたから咄嗟に受け取っただけで、すぐに帰っちゃったから…」
「いや、ごめん君を責めるつもりはないんだ。ただその手紙、先に俺が確認してもいいか?」
「うん、それはいいけど」
彼女が自分以外の男から手紙を受け取ったという事実が気に入らなくてマスターは少し意地悪を言った。慌てて弁解をしてくる彼女が可愛くて咄嗟に抱きしめてしまったマスターは「ごめん、君を疑っているわけじゃないんだ」と彼女を抱きしめたまま呟いた。
彼女からしたらはあの男は本当に、ただ最近よく来てくれる1人の客であって、手紙を受け取ったのも、あの忙しい時間帯で断るのが手間だったのだろう。
しかし他人から、しかも彼女に好意のある奴からもらった物だ。ただの手紙ではないことは明白。
封筒についているのりを剥がして中身を取り出そうと封筒を裏返す。中身が上手く出てこないなと思いながら軽く封筒を揺する。
すると、そこから出てきたのは、びっしりと赤い文字が詰まった手紙。内容を見ずとも気味が悪いことこの上ない。
「どうしたの?」とこちらを覗き込むユキの顔を思いきり抱き込んで自分の体に押さえ付ける。小さく悲鳴をあげた彼女が何も見ないように手紙の内容を確認すれば、男性客が彼女へ向ける歪な愛の言葉の数々。
それを見た瞬間、自分の顔が酷く歪んだのが分かった。この男はどういう意図を持って、彼女と両想いなどと綴っているのだろうか。最悪だ。
予想外の代物に一瞬思考が飛びかけていたマスターは、トントンとユキに背中を叩かれて我に返った。
「ユキ、大丈夫か?」
「あ、うん私は大丈夫だけど…」
驚きで未だ何が起こっているのか理解してないようで目をぱちくりとさせてこちらを見ている。彼女が1人でこの気持ち悪い手紙を開かなくて本当に良かった。マスターは心底ほっとした。
あのクソ野郎、ただで済むと思うなよ。
「零くん?中身見れた?」
「いや、手紙の中身は空っぽだったよ」
「え?空っぽって…新手の嫌がらせかな?」
「そうかもしれないな。とにかく、1度手を洗った方がいい。手紙は俺が処分しておく」
「やっぱり、新手の嫌がらせ…きっとうちのお店が繁盛していて羨ましいのかも!」
何が起こったのか全く分かっていない呑気な彼女の手を取って洗面台に向かう。ハンドソープを大量に出して、あの手紙に触れていた彼女の白い手を丁寧に洗う。 早く、彼女の手を綺麗にしないと。
「れ、零くん?どうしてそんなに気合い入れて洗う必要が…? あとハンドソープ出しすぎ…」
* * *
数時間後、心を落ち着けたマスターは伊達と松田へ連絡した。手紙を渡す所もポアロの防犯カメラを確認しバッチリ映っているのを証拠品として提出したので、例の男客はすぐに逮捕することができたようだ。
伊達と松田、2人に警視庁の取調室へ連れて来られた男は何が何だか分かっていない様子。
「おいおいマジか、なんだこの録音と、この指輪…」
「おい!それは俺が彼女に渡す指輪だ!」
「あー、うん、なんで指輪を?」
「彼女は既に結婚指輪を持っていたんだ。おかしいだろ?だってそこに指輪を渡すのは俺でないといけないのに」
「なるほど、こりゃ相当やべぇ男が連れたな」
伊達が押収した指輪を必死で取り返そうとする男に松田は顔を引き攣らせた。
後日、実は結構やらかしていた男の行為の数々を伝えるために松田はマスターを呼び出した。
男の愚行を聞いたマスターは、旧友の前でこれでもかというほど、その綺麗な顔を歪めてみせた。
「お前の気持ちも分かるが、とりあえず落ち着けよ」
「ああ、分かってる」
「それで、ユキの方は大丈夫なのか?」
「それは、まあ彼女はあの手紙の中身に気がついていないからな。小さな嫌がらせをされた程度だという認識だ」
「そんならまあ大丈夫なのか?いや、嫌がらせも良くねえだろうが。とにかく、しっかりアイツを守ってやれよ」
「ああ、言われずともそうするさ」
(まあ、このハイスペックゴリラが年中そばにいるだけで最強のセコムだろうがな)
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