『誰にも知られたくない過去の1つや2つ存在する』
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「よしっこれで完成だね!新八くん手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ、僕ら仕事なくてめちゃくちゃ暇なんでこれくらい普通ッスよ」
「ふふ、新八くんってなんか真面目だよねぇ」
そう笑ってこちらを振り向くユキに、新八は何となく気恥しい気持ちになった。まるで息子の頭を撫でる母親のような?そんなユキの温もりを感じて新八は心が暖かくなる。
ユキと新八との出会いについては、皆も知っている通り、あの銀時のせいでもうめちゃくちゃなものだった。そのおかげで印象こそ薄れているが、ユキは意外と美人である。お妙を銀時と共に助け出した翌日、万事屋で働くことを決意した新八は改めてユキと顔を合わせたときは驚いたものだ。
それにしても…
「ユキさんって凄い綺麗な瞳をしてますよね」
「…そうかな?」
第8話
『誰しも知られたくない過去の1つや2つ存在する』
『誰しも知られたくない過去の1つや2つ存在する』
「あ?ユキのはなしだァ?」
「はい、よく考えたら僕らユキさんについて何も知らないと思って」
相も変わらず暇を持て余した万事屋。質素な昼ご飯を食べながら新八は先程ユキと料理をしていたときのことを思い出した。新八がユキについて知ってることと言えば、万事屋の家事を担当していること。万事屋にくる依頼にはなるべく関わらないように銀時が囲っていること。普通よりも脆弱な体質を持っていることくらい。
「だからって急にどうしたんだ??何お前、ユキみたいな綺麗な年上女性にちょっと興味持っちゃった的な?ダメだよお前、ユキは俺のなんだから変なこと考えるんじゃねェェ!!」
「変なこと考えてんのはオメーだよ!!僕は単純に疑問に思っただけですよ。例えばほら、ユキさんの瞳ってすごく綺麗な色してるじゃないですか」
「確かにそうアル!銀ちゃんとおんなじ赤色なのに、きらめきが度合いが全く違うネ!」
「オイオイ神楽、俺のこと貶して楽しいですか?」
「なにヨ、ただ本当のこと言っただけアル」
「ちょっと話が進まないじゃないですか!それじゃあ、ユキさんと銀さんってどうやって出会ったんですか?」
「あ?そりゃあオメー…」
――あれは攘夷戦争が終わり、居場所や仲間、何もかもを失った俺がひとり森の中で浮浪生活をしている時だった。体力も限界に近かった俺はとりあえず木陰で一休みすることにしたんだ。いつの間にか寝ていた俺が再び目を覚ましたとき、俺の周りには小さな木の実が大量に転がっててな、どこからかやって来たユキはその手で俺に木の実を差し出してくれたんだ。
「あれ、急に回想始まったよ。それとなんか状況が分かりずらいんですけどユキさんってリスかなんかでしたっけ」
――完全に空腹だった俺は迷わずその紫色のいかにもな色をした木の実を受け取って口にした。
すると、目の前でじっとこちらの顔を覗き込んでいたユキはその澄んだ瞳をこれでもかというくらい細めて、まるで雪の花が咲くように満面の笑みを浮かべたんだ。
「あの色々ツッコミたいんですけど、それ本当にユキさんなんです?野生のリスとかじゃないんですか、回想の中のユキさん一言も言葉を発さないんですけど」
「そりゃオメー、この時のユキは地球語なんか話せなかったからな」
「地球語ってなんだ、この言葉ってこの世界の共通語じゃなかったのか」
――攘夷戦争のあと、何もかもを失った俺に最初に手を差し伸べたのはユキだった。目の前のソイツが天人だってことはすぐにわかった。まず言葉が通じねェ、そして何より、瞳が俺らとはまるで違ったからな。
皮肉なことに、ついこの間まで天人をぶった斬っていた俺に手を差し伸べたのも天人だったってわけだ。しかもソイツは自分の身すら満足に護れねぇ貧弱なヤツだ。俺の手を引いて家にでも連れてってくれると思いきや、瓦礫に足を滑らせて崖下に落下したあげく、数日間気絶したままだった。そのおかげで俺はユキを連れてしばらく洞窟生活だったよ。
その後、なんやかんやあって近くの洞窟にしばらく一緒に暮らしてたんだが、天人の奴らがやって来て森を燃やしやがってな。炎に包まれて煙たい森の中で死にかけたユキを抱えて俺は慌てて森から脱出した。
「んで、その後バアさんに会ったんだよ」
「はい!」
「はい神楽、質問どうぞ」
「ユキ姉はなんでそんなに弱いアルか?」
「それは俺にも分かりません」
「はい!」
「はい神楽、質問どうぞ」
「なんでユキ姉はそんなに弱いのに死なないアルか?」
「え、ちょっと神楽ちゃんどんな質問だよ、少し失礼なんじゃ」
デリカシーの欠片もない神楽の質問に思わず新八はツッコミを入れた。ネガティブな人だったらまるで早く死ねと言われたんだと受け取られてもおかしくない。チラリとユキの方を向く新八。神楽と銀時の会話を聞いてるのか聞いてないのか分からないが、茶碗にこびり付いた米粒を箸で拾うのに夢中になっているユキの様子にとりあえず新八はホッと息をついた。
一方、神楽の質問に銀時はうーんと首を傾げている。
「それは…確かにユキ、俺と出会う前までよく生き抜いて来れたな」
「うーん…私も私の種族についてよく分からないけど、脆い代わりになんか強い生命力があるって昔おじいちゃんが言ってたような気がするよ」
「それってなんかゴキブリみたいアル」
「あれ、神楽ちゃんって今夜の夕食いらないんだっけ」
「ごめんヨユキ姉。悪気はなかったアル」
ドンッと持っていた茶碗を強めにテーブルに叩き付けたユキは真顔で神楽の方を向いた。何も考えてなさそうなユキだがどうやら今の一連の会話は一応聞いていたらしい。それと、自分たちの種族の特徴が例のアレに一致していることに関して多少思うところはあったようだ。
そして湯呑みを持ち、一口お茶を飲んでふうと息を吐いたユキは続けてこう語った。
「私、たぶん檻の中で産まれたの。物心ついたときから1人だったし、手も足も鎖で繋がれてて檻の中から外を見ることしかできない私は色んな人達に見定められてるようだった。多分地球に来る前も奴隷商人のところにいたんだと思う」
「「「……」」」
つまりユキたちの種族は奴隷として捕まり宇宙を渡り歩いていたと…。
ユキが真顔で急に話し始めた自分の過去。重い…。想像以上に重い話だった。新たな高校生活で出身中学を聞くみたいな、気軽に聞いて良い話では決してなかった。話の発端となった新八はダラダラと冷や汗を流しながら膝上に乗せた拳に力を入れた。
ユキ本人は、のほほんとしながら喋ってるけれど、一瞬にしてシーンと静まり返ったリビングは地獄のような雰囲気だ。あの銀時ですらなんて言葉を発するべきか戸惑ってる。
なんだ、さっきの神楽のゴキブリ発言に対する仕返しなのだろうか、対する神楽は「おかわり」と言って呑気な顔でユキに茶碗を差し出している。そして無言で茶碗を受け取ったユキは何を思ったのか茶碗にお茶を注いで神楽へと返した。
「ユキ姉、これ白飯じゃないアル」
「…」
「おい新八、この空気どうしてくれんだよ」
「いやホント、申し訳ないです」
コソッと銀時は隣に座る新八に耳打ちする。対面に座りニコニコとしているユキ、いつもならふわふわした綿あめのような雰囲気なのに、とんでもなく恐ろしいパンドラの箱を開けてしまったような気がして気が気じゃない新八はユキに向かって静かに頭を下げた。
しかしそんな新八の行動にユキは目をまん丸にして驚く。そしてどうしてそんな深刻そうな顔なの?と、私は神楽ちゃんに怒ってるだけだよ?とユキは顔の前で両手を振った。
「私そんな当時の記憶ないから気にしないで新八くん。ほら私って記憶力も良くないし、頭もそんなよくないから詳しいことよく分かんないんだよね」
「そ、そうですよね!ユキさんって結構バカっぽいですからね!何か変な話聞いちゃってごめんなさい、あはははは…」
パシャッと新八の顔に飛んでくるのは先程ユキが飲んでいたお茶。焦りのせいか、独りで言葉を捲し立てていた新八は顔面にお茶を降りかけられたことに押し黙った。
「新八くんは明日の昼ご飯抜きでいいみたいだね」
「いやホントすみませんでした」
――商人がたまたま地球に訪れたとき、船に潜り込んだ猫に興味を惹かれた私は、その猫につられて檻の中から出た。私も当時の自分の生活に疑問はなかったし、檻の中にいることが普通だと思ってたから、商人も私がいなくなるなんて思わなかったのだろう。ほんとんど放置状態だった私の檻には鍵なんか付いてなかった。ボロボロの足枷は私が猫につられて少し歩いた途端、いとも簡単に壊れた。
それから私はいつの間にか知らない森の中にいた。そして元いた場所に帰ることが出来なくなった私はしばらく森で暮らしてたんだ。そこで銀ちゃんに出会った。その時の銀ちゃんは綺麗な銀色の髪は灰色に煤汚れていたし、ものすごくやつれていて、ものすごく暗い表情をしていたけど、私が木の実をあげたとき、初めてこちらを向いた彼と目が合った。ずっと檻の中で1人で過ごしていた私には、そのとき確かに私の姿を捉えてくれた彼の瞳が、ひどく暖かいもののように感じたんだ。
銀ちゃんも、神楽ちゃんも、新八くんも、みんなその瞳に私自身を捉えてくれていることが、とても素敵なことに思えるよ。
⋆第8話おわり⋆