『疲れた時には酸っぱいものを』
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万事屋へ向かう階段の下。多少雨避けくらいにはなるだろうというスペースに佇む大きな白い犬。買い物から帰ってきた神楽は、万事屋の下で捨てられているその犬を見つけて目を輝かせた。
第7話『疲れた時は酸っぱいものを』
「ただいまヨーユキ姉。頼まれてたトイレットペーパー買ってきたー」
「神楽ちゃんおかえりなさい!おつかいありがとう」
「うん!はいヨ」
ぽんとユキの手に置かれたのはたった1ロールのトイレットペーパー。あれ?お店に売ってるトイレットペーパーってこんな感じだったっけ?と首を傾げるユキとそんなユキの反応を見て同じように首を傾げる神楽。
「ねえ、神楽ちゃんなあにコレ」
「何ってトイレットペーパーアル」
「ああ、そっか…そ、それじゃあ私トイレに補充しに行ってくるね…」
「あのユキさん考えを放棄して納得しないで下さい。明らかに神楽ちゃんが間違ってますから」
「なにアルか新八、人の買い物に文句つけやがって」
「文句って…普通何ロールか入ってるやつを買ってくるでしょ。こんなんじゃ誰かお腹壊した時どうするんですか」
「便所紙くらいでガタガタうるさいネ。世の中には新聞紙をトイレットペーパーと呼んで暮らす貧しい侍もいるアル」
「そんな過激派いないよ!だいたい神楽ちゃん、トイレットペーパーっていうのは」
こうして新八と神楽によるトイレットペーパーを巡る論争が始まろうとしている中、あまりの騒がしさにソファで昼寝をしていた銀時が目を覚ました。
欠伸をしながらダルそうに起き上がり、口論している2人の方をに目を向けた銀時は、視界に巨大な白い塊が映り込んできたことに、ん?と目を擦りもう一度顔をあげる。
???と頭の中がハテナマークで埋め尽くされている彼の目に映るのは新八と神楽ともうひとつ、人間の等身など優に超えるほどの巨大生物。
銀時は自分の目に映った光景にあんぐりと口を開けた。幻覚かもしれないともう一度目を擦り顔を上げるも、新八と神楽の背後に存在する白色のバカでかい犬が銀時の目にはバッチリと映っていた。
「お、オイ、オメーら何やってんだ…」
「は?何って、神楽ちゃんにトイレットペーパー買いに行かせたら1ロールしか買ってこなかったんですよ」
「いやそんなことより…」
「だから神楽ちゃんにトイレットペーパーの起源から説明してるんですけど」
「おーい!ホントになんの話してんだオメーは!!それより新八、お前の隣にいるデケェ白いのはなんだ!!」
「は?銀さんこそ何言って…」
横を向いた新八の目の前には真っ白な巨大生物。ワンッと鳴きながら新八の方へ顔を傾けた巨大生物は完全に獲物を見つけたような瞳で新八を見つめている。
「ぎゃああああああ!!何コレェェ!?」
「表に落ちてたアル、カワイイでしょ?」
「落ちてたじゃねーだろ!お前拾ってくるならせめて名称の分かるモン拾ってこいや!!ってか、おいユキはどこだ!?まさかソイツに食われたとか言わねぇよな」
「そんなワケないヨ。ユキ姉なら今トイレ行ってるアル」
「あ、ああ、それなら良かったよ…ってそういう問題じゃあねェェェ!!」
はぁ、と息を整えながら巨大生物を警戒する銀時。対する巨大生物はそのつぶらな瞳に銀時と新八を映し、今にも襲いかかりそうな姿勢である。そんな中、ひとり呑気に『定春』と書かれた名札を巨大生物の首に括りつけた神楽。どうやらこのバカでかい犬を飼うつもりらしい神楽を見た銀時は神楽の胸倉を掴んだ。
「オイ!こんな危険そうな生物飼えるワケねーだろ今すぐ捨ててこい!!」
「イヤアル!!こんな寒空の下ほっぽいたら死んでしまうヨ」
「大丈夫だよ、定春なら一人でなんとかやっていけるさ。それにほら、ユキだってそんなデカい犬飼うのには反対だろ?」
たった今トイレから戻ってきたユキ。ユキの姿を見つけた銀時は彼女の肩をガシリと掴む。そんな銀時の目からは、お前から神楽になんとか言ってくれェェ!!という気迫が伝わってくる。
しかし、ユキはそんな銀時の視線からわざとらしく目を逸らす。
「えっと…」
「え、何ユキちゃん、その何かを後ろめたい感じのいじらしい反応は!」
「わ、私も定春可愛いなって思って」
「ええ!?ユキさん本気ですか!?もう一度よく考えて見て下さいよ!」
「そうだよユキ、お前があんな如何にもデンジャラス!な動物と一緒に住めるわけがねーだろ!!」
「なんだヨ、銀ちゃんも新八も!ユキ姉が自分たちに同意してくれないからってもうるさいネ。ユキ姉、ユキ姉も定春の身体撫でてみるといいヨ、めっさ気持ちいアル」
そう言ってユキの前に定春を連れて行く神楽。目の前のもふもふとした大きな犬に心なしかワクワクしているユキは頬を桃色に染めながらゆっくりと定春に手を伸ばした。
「えっと定春くん、こんにち…」
ガブッ
「ッアァァァアアア!!!ユキ!!お前なに普通に食べられてんだよ!!今完全に手懐ける流れだっただろうが!!ユキにだけ懐くみたいなそんな流れだっただろうが!!」
「ちょ、ユキさん!?まずいですよ銀さん、そんなこと言ってる場合じゃありません。ユキさん頭から出血して気絶してます!」
「お、おい神楽とりあえず定春そこに抑えとけよ。新八は早くタオルと包帯持ってこーい!」
* * *
ゼェゼェという呼吸をしながら両手を広げ、寝室の扉の前に立つ銀時。定春に噛まれたユキの頭を包帯でぐるぐる巻きにし、とりあえず布団の上に寝かせた。そして寝室の扉をガムテープでガチガチに固定した銀時は自身の汗を拭いその場に座り込んだ。
ギャグマンガやギャグアニメに通ずる謎の治癒力はユキには通用しない。ユキにとっては怪我=致命傷なんだぞ!!と銀時は定春を睨むがむしろ定春に威嚇された。
これこそユキが宇宙一脆弱な種族たる所以なのだが…。
気が付いたらハチャメチャに散らかったリビングに、頭から血を流しながら激怒する新八。宇宙一の傭兵種族と言われる夜兎の血をひく神楽と戯れる、どこからどう見てもデンジャラスな巨大な犬。これこそ混ぜるな危険である。こんな犬とユキが一緒に暮らせるわけがない。
しばらくして、暴れ疲れて大人しくなった定春、そして遊ぶのに飽きたのか昼寝を始める神楽の奔放な姿に銀時と新八は大きくため息をついた。そして、顔を合わせて決意する。神楽が寝ているうちに、なんとしてでも定春の新たな飼い主を見つけるのだと。
「定春ーー!こっち来るアル!!」
神楽の呼びかけに、普通の人なら吹っ飛びそうなほどの勢いで突っ込む定春。そんな定春を神楽はいとも簡単に片手で受け止める。広い公園で、定春と遊んでいる神楽はものすごく楽しそうだ。
「あれ…?なァ新八、なんで俺ら神楽と定春が遊んでるとこ眺めてるんだっけ」
「なんででしょう。定春の飼い主を見つけるために外へ出たのに、目的達成の前に神楽ちゃんに見つかったからですかね」
頭に包帯を身に付けた銀時と新八は、公園のベンチで言葉を交わす。どうにか定春を万事屋から追い出したい2人は、ことある毎に攻撃してくる定春を引き連れて必死に飼い主になりそうな人を探していた。
「それにしてもすっかり懐いちゃって。微笑ましい限りだね新八くん」
「そうですね。女の子にはやっぱり大きな犬が似合いますよ」
「俺らにはどうして懐かないのか」
「自分を捨てようとしてるのが野生の勘で分かるんですよ」
「なんでアイツにはあんなに懐くんだろうな」
「懐いてないでませんよ銀さん、襲われてるけど神楽ちゃんがもろともしてないんですよ」
「なるほどそうなのか。ところで新八くん、アレが家に来たら、ユキは生きていけると思うか」
「いや無理でしょ。ことある事に大きな怪我につながる気しかしません」
「だよなァ」
「でも、ユキさんも定春のこと結構気に入ってましたよね」
「ったくよォ女の好みはわかんねぇモンだな」
銀時がそう項垂れると、遊び疲れた神楽がひと休憩をしに隣へやって来た。
「楽しそうだなお前」
「うん!私動物好きヨ。女はみんなカワイイもの好き、そこに理由いらないアル」
「アレ、カワイイか?」
「かわいいヨ!ユキ姉だって定春のこと可愛い言ってた!きっと定春が帰ってこなかったらユキ姉も悲しむに決まってるアル!」
そう言ってニコっと可愛らしく笑った神楽は再び定春のもとへ走っていく。定春の猛進により吹き飛ばされる神楽は本当に楽しそうだ。
ふと、空を見上げて銀時は定春が万事屋にくる未来を想像した。神楽もユキも定春もみんな嬉しそうにしている未来だ。
はあ、でもどうやったらあんな犬をウチで飼えるってんだよ…。
心の中でそう呟き、ガシガシと頭をかきながら空を見上げる銀時。しかし銀時の目線の先は悩みを振り払ってくれる青い空ではなく、こちらを見下ろす黒い服を着たチンピラ警察。
「よォ、ここに居たか」
「あ?なんだオメーらか」
「なんだ?仕事もせずに真昼間から、遊び仲間でもお探しですか?」
「テメェなんかと遊ぶかよ、喧嘩ならまだしも」
銀時たちの前に現れたのは何の因果か、ここ最近度々顔を合わせるような仲となった真選組の沖田と土方。どうにも土方が気に食わない銀時はさっそく嫌味をぶつけた。そしてどうにも銀時が気に食わない土方も銀時に対して当然のように刀の抜く。しかしそんなやり取りを完全スルーした沖田は銀時の前に立ち、定春に目線を向けた。
「時に旦那、そいつァ旦那の犬ですかい?」
「別に俺の犬ってわけじゃねぇよ。なんだ突然」
「幕府の上の繋がりでその手の動物を欲しがってるお方がいましてね、その犬真選組に引き取らせてくだせェ」
「ヤダね、オメーらなんかにやらねぇよ。俺が真選組の言いなりにならないってことは忘れんな」
「んだたとテメェ…!!」
「とにかく、定春は無理はなんで、さっさと帰れ野蛮警察ー」
土方に対してシッシッと追い払うような仕草で真選組の提案を断った銀時。仕方ねぇなと案外すんなりと手を引いた彼らが去って行くのを見ながら銀時は再び定春が万事屋と一員となる未来を想像した。
「よし、オイそろそろ帰るぞ新八、神楽、それと定春。早く帰らねぇとユキが目を覚ました時にひとりになっちまう」
そう言って走早に公園から出ようとする銀時に、神楽は満面の笑みで頷いた。
こうして銀時、神楽、新八は定春を連れて万事屋への帰路につく。
「銀ちゃんホントにいいの?あんなに反対してたのに」
「俺は知らねーよ。テメェがちゃんと面倒みるんだろ。それと、あとは帰ってユキにもちゃんと許可をもらうことだな」
「うん!!!ありがとう銀ちゃん!」
* * *
「それでユキ姉、銀ちゃんには許可もらえたんだヨ。でも銀ちゃんはユキ姉にも許可をもらわないとダメだって言うネ」
寝室のベッドで眠っているのか気絶してるのか分からないユキの隣に正座する神楽。ユキの顔面に向かっておーいと手を振りながらユキに語りかけ続ける神楽に銀時は気がついた。そして近くにあった新聞紙の束でスパーンと神楽の頭を叩く。
「オイ何やってんだ神楽、その話をするのはユキがちゃんと起きてからにしなさい」
⋆第7話おわり⋆